農場と子供たちとスライム
GWが終わってしまって辛い。。
「ん?ブレットの他にも誰かいるな」
農場に着くと、父さんと誰かが話しているのが見えた。子供が二人いるようだ。俺とジャックくらいの背だ。
近づいていくと、父さんもこちらに気がついた。
「おう、ローレンスとジャックじゃねえか!…と、ノエルか?」
「ようブレット、久しぶりだな!お前んとこのノエルが道でへばってたから、連れてきてやったぞ」
おじさんがそっと地面に降ろしてくれた。
勢いで家を出てきたけど、やっぱりまずかっただろうか。もう何度目か分からないけど、自分が子供だってことを忘れていた。流石にここまで勝手に来たら怒られるかもしれない。
「ノエル、1人で来ようとしたのか?母さんとアビーは?」
「うん、スライムが見たくて来たんだ。母さんとアビーはお昼寝してたよ」
「そうか…ダメだぞ?1人で出歩いたら。いくら平和だとはいえ、何があるか分からないんだからな」
「うん、ごめんなさい」
父さんは怒ってないようだった。おじさんの拳骨を見た後だったから、ちょっと気構えてしまっていた。
「分かれば良いんだ。ノエル、残念だがスライムは狩り終わったぞ。今日はもう出ないだろう」
「えっ」
折角来たのに…
今回はいつもより駆除が早い気がする。父さんはスライム狩りに行くと夕方まで帰ってこなかったはずだが、今はまだ昼。日も少しだけ傾いた所だった。
「随分早いな、湧きが少なかったのか?」
「いや、あいつが手伝ってくれてな。効率が良かった。おい!アラン!」
父さんは農場の奥に向かって呼びかけた。農場の森側に人が見える。あの人がアランさんかな?父さんの声に気がつくと、こちらに手を振りかえした。
「なるほどなぁ、アランが手伝ったのか。そりゃあ早えはずだ」
「ああ、スライム狩りでアランの右に出る奴はいないからな」
「にしても、あいつはようやく帰ってきやがったか。…っとすると、この二人はアランの娘か?」
おじさんは父さんの隣にいる、女の子二人に目を移した。話に聞いていた俺とジャック以外の同い年というのは、この子たちだろうか?
「は、はじめまして」
「…」
二人とも金色の髪で碧眼、外見は瓜二つだ。双子だろうか。しかし、片方は穏やかそうな顔をしているが、もう片方はジャックと同じで気が強そうな顔をしている。目付きが鋭い。
「おう!ローレンスだ。よろしくな!二人とも、もっと小さい頃におじさんと会ったことがあるんだぞ。大きくなったな、気づかなかった…おい、ジャック!」
「…は、はじめまして、ジャックだ」
ジャック、俺の時より素直だな…顔が少し赤い。もしかしなくても照れてるな。確かに二人ともかなり顔が整っている。
「俺はノエル、よろしく」
「ローレンスおじさんと、ジャックと、ノエル、ですね。わ、わたしはアリスです、よろしくおねがいします」
「…クロエよ」
アリスはとても礼儀正しい娘のようだ…クロエはジャックと同じタイプだろうか。
「ジャック、ノエル。実は丁度、お前たちを呼びに行こうかと思っていたんだよ」
「そうなのか?」
「ああ。ローレンス、お前はこの前まで西門の警備担当だったし、アランのとこはこの前ようやく街から帰ってきた所だ。ここ何年か家族ぐるみの付き合いなんかも無かったし、子供の顔合わせくらいは、と思ってな。」
「そう言えば、ジャックもノエルとは今日が初対面だったな!」
ジャックの方を向くと、こちらを睨んできた。何故睨む。
父さんとおじさんがしばらく会話をしてる内に、農場の奥にいたアランさんがこちらへとやって来た。
「やあローレンス。久しぶりだね」
「おう、元気だったか?アラン」
アランさんは穏やかそうだ。目つきもそっくりだし、アリスはお父さん似だろうな。クロエはお母さん似なんだろうか。ちょっと気になる。
「お父さん、これ…」
アリスがアランさんに四角い箱を渡す。
「ああ、お弁当か!すっかり忘れてたよ。二人で持ってきてくれたんだね、ありがとう。アリス、クロエ」
「うん…えへへ」
「パパはドジなんだから…」
アランさんが二人の頭を撫でる。慕われてるなぁ。
「そうだ、ブレット。お前に話したい事があったんだ。アランもいるなら丁度良い。少しいいか?」
「なんだ、次の西門の警備の話か?」
「それもあるが…おい、お前ら、ちょっと四人で遊んでこい。俺達は大人の話があるからな、遠くに行くなよ」
そう言うとおじさんはアランさんと父さんを連れて農場の奥へ行ってしまった。子供には聞かせられない話だな。
「遊ぶったって…スライムいないんだろ」
「え?スライムで遊ぶつもりだったのか?」
「ああ、ぼんぼん跳ねておもしろいんだぞ」
ジャックは元気だな。スライムを素手で触ると手が溶けるって聞いたが…
「スライムはまだ見た事が無いから…」
「ふん!やっぱりよわむしだな!」
なんだと。
「でも、スライムは危ないから触っちゃダメって、お父さんも言ってたよ?」
「なんだアリス!おまえもよわむしか」
「よ、よわむし…」
アリスが泣きそうになっている。折角会話に入ってきたのに…
「ちょっと!なにアリスを泣かせてんのよ!」
「うるせえ!こいつが勝手に泣いたんだろ!」
「怒鳴らないでよぉ…」
とうとうアリスが泣き出してしまった。ジャックとクロエは喧嘩し始めたし、どうしようこれ。
とりあえずアリスを泣き止ませたい。
「ほら大丈夫大丈夫。俺も弱虫だから」
「よわむし…うぇぇ…ひっく…」
あ、これは間違えたな。難しい、分からない。
「おい、ノエル!おまえはそっちの味方か!」
「ジャック、女の子を泣かしたら駄目だよ」
「そうよ!女の子はかよわいんだから、男ならやさしくしなさい!」
「だったらおまえはぜんぜん女の子じゃないな!」
「なんですって!」
とうとうクロエがジャックに殴りかかった。アリスは泣き止まないし、収拾が付かないな…父さん達はまだ向こうで話してるし、俺がなんとかしないと。
何か気を逸らせるものは無いかな…と、周囲を見回していると、近くの茂みの影に動く物が見えた。あれはもしかして…
「アリス、あそこに何か居るよ。もしかしたらスライムかも」
「ぐすっ…す、すらいむ…?」
アリスの手を引いて茂みに近づく。しゃがんでよく見ると、影に居たのは手の平くらいの大きさの透明な塊だった。風に吹かれて微妙にふよふよと揺れている。これがスライムだろう。
「わあ…」
「やっぱりスライムだ。こんなに小さいんだな」
「えへへ、ぷるぷるしててかわいいな。スライムちゃん…」
アリスはどうにか泣き止んでくれた。小さく揺れるスライムに夢中のようだ。確かに可愛い。
観察すると、透明な身体に足元の植物を一部取り込んでいるように見える。植物の先端は少し溶けていた。なるほど、こうやって魔素に変換するんだな。
アリスと一緒に揺れるスライムを見ていると、不意に横から手が伸びた。
「スライムいるじゃねえか!教えろよ!」
「おいジャック…」
いつの間にかジャックが隣に来ていた。喧嘩は終わったようで、アリスの横にはクロエが立っている。しかし不機嫌そうに腕を前で組み、そっぽを向いている。
「いいか、こうやって遊ぶんだぞ!」
そう言うとジャックはスライムでドリブルをし始めた。結構小さいのによく出来るな。
ぼんぼんと跳ねている。
「うぇぇん、スライムちゃんがぁ…」
またアリスが泣き出してしまった。さっきまで愛でていた対象がめちゃくちゃにバウンドさせられているのだ。ショッキングすぎる。
「ちょっとジャック!」
「ああ?なんだよ!」
「あたしにも貸しなさいよ!」
クロエはジャックからスライムを奪い取るとドリブルを始めた。止めてくれるんじゃないのか…しょうがない。
俺はクロエからスライムを奪い取った。
「何すんのよ!返しなさい!あたしのよ!」
「おれのだぞ!」
「俺とアリスか見つけたんだよ。ほら、アリス、スライムだよ」
スライムをそっと手の平に乗せ、アリスに見せる。
「スライムちゃん…いたくしちゃってごめんね」
アリスは指先でつつきながらスライムに謝っている。ジャックとクロエはスライムに興味が無くなったのか、何処かで拾ってきた木の枝で互いを叩きあっている。
あれはもう放っておこう。
スライムのぷよぷよとした感触を楽しんで心を落ち着かせていると、唐突に手の平に激痛が走った。
「痛だだだ!」
手の平を見ると、スライムに接している皮膚が破けて血が出ていた。半透明の身体に浮いた赤色の血は、身体の真ん中あたりで透明になっている。こいつ何でも食うのか、そりゃあ駆除されるだろう。
スライムを地面に降ろす。
手の平を見ると流血は収まっていたが、スライムに触れていた部分が赤く腫れていた。ちょっとヒリヒリする。
ジャックとクロエはどうして平気だったんだ…あんなにドリブルしてたのに。
「ち、血が出てたよ…?痛くないの?」
隣を見ると、アリスは少し青ざめていた。心配そうな顔をしている。
「あぁ…大丈夫だよ。ほら、もう止まってる」
手の平を向けるとアリスはじっと傷口を見て、少しだけ安心したような顔になった。
「…スライムちゃんって、やっぱり危ないんだね。お父さんの言ってたとおり」
「皮膚食べられちゃったよ…」
なんとも微妙な空気になり、無言の時間が続く。
やっぱりニワトリ持ってくれば良かったな。
先程のスライムへの反応を見るに、アリスはああいう小さくて可愛いものが好きそうだ。
スライムの代わりにピッタリだろう。ぷよぷよはしていないが、ふわふわしていてとても感触が良い。肌ざわりがいいのだ。
…ああそう、こんな感じの感触。見た目もこの丸くて可愛いデフォルメされた鶏みたいな…
「わあ、なにそれ!かわいい!」
いつの間にかニワトリが手の中にあった。なんで?寝室に置いてきたはずだが…
「…さ、触る?」
「いいの!?さわる!」
ニワトリをアリスに渡す。案の定、ストライクだったようだ。喜んでくれているようで良かったが、あのニワトリは何故ここにあるんだ。
「うわぁ、ふわふわ!」
「うん、そうでしょ。何故かどれだけ揉んでも潰しても柔らかいままなんだよ」
「え…」
そんなやり取りをしている内に、父さん達が戻ってきた。
「待たせたな。どうだ?皆は仲良くなれそうか?」
「まあ、友達にはなれたんじゃないかな…」
「…そうか」
俺と父さんの視線の先では、ジャックとクロエが取っ組み合いの喧嘩をしていた。両手にスライムらしきものを持って、互いにぶつけようとしている。
まだ結構スライムいたんだ…
と、ジャックの頭に拳骨が落ちた。
「ジャック!お前は何をしてんだ!女の子を殴るな!」
「いってぇぇ!」
「クロエ、お前もだぞ」
おじさんとアランさんが2人を引き離した。
ジャックとクロエはまだスライムを投げようとしている。
「すまねえ、アラン!俺の息子がよぉ…」
「いやいや、こちらこそクロエが腕白で申し訳ない。はは、このくらいの歳の子はみんな元気でいいね」
「元気すぎるのも困りもんだ、喧嘩っ早くていけねえ。お前んとこのアリスやブレットんとこのノエルを見習って、少しは落ち着かねえもんかねぇ」
「ノエルは落ち着いてるようで落ち着いて無いがなぁ…今日みたいに家で大人しくしてると思ったら、勝手に出歩くんだよ」
平和だからいいじゃないか、家の外が知りたいんだよ。同い年のアリスとクロエだって、多分ここには二人だけで来たんだろうし…
「うわっ!」「きゃっ!」
唐突に上がった声の方を見ると、ジャックとクロエがびしょ濡れだった。投げたスライムが破裂したんだろう。
「おいおい、俺達まで濡れちまったじゃねえか…」
「僕は元からそこそこ濡れていたから良いけど…」
二人を抑えていたおじさんとアランさんもとばっちりを受けたようだ。
「にしてもこいつら、まだ居たか。農場の中も酷かったが、外にこんだけ湧いてるとなると大量発生かもしれないな」
「この前の大雨のせいだろ。ブレット、アラン、俺も手伝うぞ」
「そうか、助かるよ」
おじさんは手袋を付けると俺とアリスの足元に居たスライムを拾い、そのまま握りつぶした。スライムはただの水に戻った。うわぁ、パァンって音がしたぞ。
アリスも驚いてニワトリの頬を潰してしまっていた。やっぱり驚くと潰すよね、頬。
「俺は一旦子供達を家まで送ってくる。また見ていない内にスライムを見つけかねないしな」
「わりいな、助かるよ」
「いいさ、それに…」
「…ぶえっくしょん!」
ジャックが大きなくしゃみをした。
「…二人が風邪引きそうだしな」
ジャックとクロエのシャツはびしょびしょだ。日は出ているとは言え、風が結構涼しい。
「…このていどで風邪ひいたの?あんたがよわむしじゃない!」
「うるせえバカ女!バカはかぜひかないってこの前母ちゃんにいわれたぞ!」
「それあんたが言われてるのよ!」
また喧嘩が始まってしまった。一方が家に着くまで終わらないだろうな…
「ノエル、クロエの方を頼んだ。ほらジャック、帰るぞ」
そう言うと父さんはジャックの手を捕まえて歩き出した。つられて歩き出したジャックをクロエは殴ろうとしている。え、これ俺が抑えるの。
「かぜ引かなかったらバカ女けっていだからな!」
「だれがバカ女よ!はなたれ男!」
「クロエ、暴力は駄目だって…」
「ふわふわもふもふ…」
子供って元気だな…生活が一気に騒がしくなった気がする。暴れるクロエの拳が鼻に当たってとんでもなく痛い。今日は痛いことばっかりだ。
こうして農場を後にし、帰路に付いたのだった。
アリスだけでも大人しく着いてきてくれて良かった。