農場への道
続きます。
家を出て、農場へ向かう。
父さんの農場は家から少し離れているので、そこそこ歩かなきゃいけない。
農場に1人で行くのは初めてだが、5歳児の足にはちょっときついかもしれない。
5歳になるまでに何度か家の外に出る機会があり、ようやく外がどうなっているのか理解する事が出来た。この村はシレン村と言うらしい。シレン村は50人程度が暮らす小さな農村で、主に小麦みたいな穀物や野菜を栽培して生計を立てている家がほとんどだ。
小さい村と言っても土地だけはかなり広く、ある程度区画整理はされているものの自由な場所に家ごとの農場が作られていた。
村の西側には一応の侵入者防止のために門が建てられている。西以外は森に囲まれており、北、南、東の森から村に人が出入りすることはほとんど無いそうだ。
森からはたまに魔物が出てくる。とは言ってもスライム等の小さな魔物ばかりで、被害も農作物をかじる程度だった。
父さんの農場は東の森と接しており、よくスライムに狙われるので定期的に駆除する必要がある。
今日はその定期駆除の日なので、父さんは農場にいるはずだ。
スライムはゆっくりと動き、身体を農作物の影に潜ませる。農作物を少しずつ溶かして不明な原理で魔素に変換し、身体を大きくしていくらしい。らしい、と言うのは父さんがそう言っていたのを聴いただけだからである。実はスライムを実際に見たことはまだ無い。
父さんは何度か農場に連れて行ってくれたが、毎度スライムは駆除された後だった。
今回は駆除の最中のはずだし、実物が見られるかな。見たいな。
そう考えている内に、農場へと着……かなかった。遠いな…そこそこ歩かなきゃいけないどころか、5歳の足では大分かかりそうだ。あと半分くらいかな…ちょっと足が痛くなってきた。
ステータス画面に『持久力』って項目もあったけど、もしかしてこういう体力を使う作業の効率とかに関わる項目なんだろうか。
記憶が確かなら、あのステータス画面の項目の中で一番数値低かったぞ…
ダメだ疲れてきた。息切れもしてきた。自分の身体にここまで体力が無いなんて思わなかった。
こんなことなら、こっそり持久力系のコモンスキルでも取っておくべきだったかな…取っておけばもう少し楽に動けるのに。
…いや、楽が出来てしまうからコモンスキルの取得は慎重にすべきなんだろうな。いざという時に踏ん張れなくなりそうだ。
考えを振り払った。
でもちょっと疲れた、少し休もう。
丁度、道の傍に広葉樹が生えていたので、木陰で休むことにした。
地面から出っ張っている木の根に腰掛け、一息つく。
「ふぅ…」
座ったまま村の景色を眺める。道を挟んだ先には穀物の畑がある。穀物には詳しく無いので種類は分からない。薄い緑が風に靡いている様が少し綺麗だ。
その向こうにはローレンス一家の家が見える。畑はローレンス家のものだろうな。ローレンス家には俺と同い年の子供がいるらしいが、まだ会ったことは無い。
ローレンス家の更に向こうにはまた畑があり、その畑は森に接していた。あの森に沿ってもうちょっと東に行くとうちの農場にたどり着くんだろうな。
村は木々の揺れる音や農作物の葉っぱの擦れる音の他には、何処かにいるだろう小鳥の囀る声しか聞こえない。空は透き通るように青く、白い雲は柔らかく目立っていた。風は涼しく、空気は澄んでいる。
平和だな…
時折、記憶について考える。3歳以前の記憶はもうほとんど無い。あの日唐突に思い出したのは、俗に言う物心が付いたってやつだったんだろう。 前世の記憶は2年経って大分薄らいでしまったが、全てを忘れることは無いと思う。ただ、前世の名前や家族については何故か忘れるどころか、まるで始めから無かったかのように思い出すことが出来なかった。 その代わりに、自分が死ぬ寸前の最後の記憶、あの絶望と痛みだけは鮮明に思い出せる。
あの記憶がより、今が平和で長閑だと感じさせる。
このままのんびりした生活を送りたいな…異世界に転生したけど、俺はもう痛いのは嫌だからな…冒険とか危ない魔物とかもなるべく関わりたくない。右腕失いたくない。
コモンスキルも取得するにしても、母さんに習って『洗濯上手』とか取りたいな。あれだけ候補があったんだから、きっとあるだろう。
そうだ、生活に便利なスキルならもう取ってもいいんじゃないか?特に危険じゃなければ大丈夫だろう、そうしよう。
父さんと母さんにコモンスキルが取得出来ることを打ち明けても、その理由ならなんとか納得してくれないかな。
「あれ、お前ブレットんとこのノエルじゃねえか?」
ぼーっと考え事をしていると、後ろから声を掛けられた。
ローレンス家の主人だった。腰掛けている木の後ろの畑も、ローレンス家のものだったんだな。農作業をしていたようで、外そうとしている手袋に土が着いていた。
「こんにちは、ローレンスおじさん」
「おう、相変わらず行儀がいいな!どうしたんだこんなとこで、1人か?」
おじさんはよく家に来ているので、顔見知りだった。なんでも父さんとは親友の間柄で、よく農作物を交換したり飲み明かしたりしていたそうだ 。
「はい、父さんの農場に行く途中で…疲れちゃって」
「そうかそうか。1人だと危ないぞ?俺が送って────」
「ふん、よわむしだな!」
おじさんの後ろから、急に罵倒された。子供の声だったが誰だろう。もしかして息子さんかな?息子さんも農作業に来ていたのか。
「おまえ、ノエルだろ。ブレットさんの息子って言ってたな。」
そう言っておじさんの後ろから出てきたのは、俺より少し背の高い男の子だった。髪はおじさんと同じで赤色。いかにも気が強そうな顔をしている。ちょっと不機嫌そうだ。息子さんとはなんだかんだ会ったことが無く、初対面だった。初対面なのに罵倒とは…
「そうだけど…」
「ブレットさんとこの畑なんて、すぐじゃないか!こんなとこで疲れるなんて、よわむしだぞ!」
まあ、確かに…自分でもそう思ってた。
やっぱりコモンスキル取ろうかな?
と何も言わずに黙っていると、息子さんの頭にゴチン!と拳骨が落ちた。
「いってぇ!」
「こらジャック!お前初対面の相手に何言っとるんだ!」
「だってこいつ、よわむしだぞ!」
「人を弱虫だって言う方が弱虫だって俺は何度も言ってるだろ!いいか、ノエルはお前と同い年なんだ。仲良くしろ!」
息子さんはジャックって言うのか。さっきの拳骨、めっちゃ痛いだろうな…ローレンス家の教育は厳しそうだ。
「はじめまして、俺はノエル」
「…よわむしとなんか仲良く出来ないな」
「おい、ジャック!」
「…はじめまして、ジャックだ」
なんだか仲良くしたく無いオーラが見え見えだ。モヤシっぽいのがそんなに気に入らないんだろうか。モヤシなのは事実だから否定出来ないけど…
「よろしく、ジャック」
「ふん!」
「すまんな、ノエル。こんなんだが息子と仲良くしてやってくれ」
「はい」
この村は広いけど人は少ないし、時間を掛けて仲良くなれたらいいな。実は俺とジャックと同い年の子供があと2人いるらしい。出来れば皆で仲良くしたい。
「ノエル、ブレットの農場まで運んでやるぞ、ほれ」
「いいんですか?ありがとうございます」
「いいさ、俺もブレットと話したい事があるからな」
そう言うとローレンスおじさんは俺の身体を抱き上げ、歩き出した。これは楽だ。
「おい!歩けよ!」
「ジャックごめん、おじさん借りるね」
「よわむしめ!」
「ジャック、仲良くしろ!」
そんな会話をしながら、3人で農場へと向かった。