朝食の終わり
あと何話か…
「ごちそうさまでした」
空の食器を持ち、椅子を降りようとする。
床に足が届かず、落下した。
「うわっ!」
落下した衝撃で食器が手から滑り落ち、ガシャンッ、という音と共に床に散乱させてしまう。
忘れていた。この身体は3歳だった。
「おい、大丈夫か!?」
大きな音に気が付き、洗い物をしていた父さんが心配そうな顔をしてこちらに駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫…」
「ケガはないか?足は痛くないか?」
「うん、痛くないよ」
「そうか、良かった…」
父はそう言うとホッとした顔になり、しゃがんで食器を拾いはじめた。
幸い、どれも破損はしてないようだった。
「運んでくれようとしたのか?偉いぞ。でも次運ぶ時は、先にお父さんに言ってくれよな」
「うん」
父さんは食器を拾い終わるとまたキッチンの方へ向かった。父さんに聞きたいことがあったので、俺もキッチンに向かう。
「父さん、本ってある?」
「本?」
父さんにそう聞くと、洗い物をしている手を止めてこちらを向いた。
「あるにはあるが、ノエルは本が読みたいのか?」
「うん」
本はあるようだ。本って異世界だと高価だったりするけど、この世界では結構普遍的なものなんだろうか?
「そうか、最近はアビーにばっかり構っていたから、あんまり読み聞かせてやれなかったしな…」
アビーというのは、妹の名前だ。
アビーが産まれる前はよく、寝る前に絵本を読み聞かせてもらっていた。
「自分で読みたい、もうお兄ちゃんだし。あと、絵本以外の本も読みたい」
「ノエル…」
父さんは濡れた手を布巾で拭くと、微笑んで俺の頭に手を乗せてそっと撫でた。
「分かった。後で何冊か持って行ってやるからな」
「ありがとう、父さん」
「いいさ、成長したんだな。沢山勉強するんだぞ」
「うん」
「文字が読めなかったらどんどん父さんに聞いていいからな」
そう言って父さんは俺を抱き上げ、寝ていた部屋まで戻してくれた。見上げると父さんはちょっと嬉しそうな顔をしていた。息子が成長しているように見えて嬉しいのだろう。
本を読みたいと思ったのは、少しでもこの世界の知識が欲しかったからだ。両親に聞く手もあったが、もし不自然な質問をしてしまえば怪しまれる。なるべくそれは避けたかった。
…よく考えたら、3歳なのに絵本以外の本が読みたいってのも少しおかしくないか?少し軽率な行動だったかもしれない。父さんは気にしてないようだったけど…
もしかして、本当にこの世界の3歳児は皆賢いんだろうか?結構高水準?
「ちょっと待っててな。静かにしてるんだぞ」
父さんは扉を閉めて、どこかに言ってしまった。
わざわざ閉めなくてもいいのに…と思ったが、奥を見ると母さんが寝ていた。その隣の台の上には赤ちゃん用のベッドらしきものがある。恐らく妹が寝ているのだろう。起こさないように閉めて行ったんだな。
俺が起きた時にはそれどころじゃなく、全然気が付かなかった。
「…あっ」
ニワトリをリビングの椅子に忘れてきてしまった。
ステータス画面を見ようと思っていたのに…
リビングの椅子にあるはずだが、扉が閉まって見えない。しょうがない、後で父さんに頼んで持ってきて貰おう。
そう思っていると、扉が開いて父さんがやってきた。
「ほら、本だ。それとこれ、椅子に忘れてたままだったから持ってきたぞ」
ぽんっ、と何かが頭の上に置かれた。
手に取るとそれはニワトリだった。
父さんが気がついた持ってきてくれたようだ。
「ありがとう、父さん」
「ああ。…何冊か候補を持ってきたが、どれがいい?これは図鑑って言って、いろんな生き物について書いてあるんだぞ」
そう言うと父さんはしゃがんで、持っていた本の内の1冊を目の前に置いてくれた。
触ってみると本の表面はざらざらとしていた。表紙に猫のような動物の絵があり、その上には日本語ではない文字で単語が書かれている。
なるほど、これがこの世界の図鑑か。
しかし、知っている図鑑ほどの厚みがない。
開いてペラペラと捲ってみる。
そこには1ページごとに動物の絵が描かれており、その下に説明らしき文が並んでいる。
説明に目を通してみるが…
なるほど。
なるほど……
読めない。
表紙を見た時点で分かっていたが、この世界の文字が読めない。ステータス画面に書いてある文字が理解出来たのは、あれが日本語だったからだ。
この世界の文字に関しては図鑑どころか、絵本すら読解できるか怪しいのでは?
転生後の記憶では、ある程度話せはしても文字までは覚えられていないようだった。
そりゃそうか…よく考えなくても3歳だぞ。
マジか…。
「…父さん」
「ん?なんだ?」
しょうがない、父に全部聞こう。
図鑑が読めるまで聞くことにしよう。
なんでも聞いて良いって言ってたしな。
なんでもとは言ってなかったかもしれないけど…
「文字を教えてください…」
異世界に転生して始めにしなきゃいけないことは、文字を覚えることだった。
翻訳機能なんてものはない。