俯瞰
前回が最終話だったんですが、この話が無いと次に繋がらなかったので急遽書きました。。
「ふふっ…うん、良い!良いね!」
眼科に広がる炎を見て、白い髪の少女は叫ぶ。
一時前までは穏やかで平和な村だったが、今では見る影も無い。家々は崩壊し、村を囲む森の木々や畑は尽きること無く燃えている。
「この感じ、やっぱり大好き…」
少女は自分の肩を抱き、身震いさせる。
炎と共に上がる煙に紛れて黒い霞のような物が、黒い翼を広げ空に留まる少女の元へと集まっていく。
少女は、人々の絶望を食べていた。人が幸せの絶頂から死の淵へ叩き付けられた時の絶望が、少女の性癖並の大好物なのだ。今までに幾つもの村にこうして火を放ち、焼いた。近くに居た盗賊達を洗脳し、村を襲わせた。
それが快感だった。
そして今日、シレン村はその標的にされていた。
「はぁぁ…半年も待った甲斐があったなぁ」
少女は半年以上前からシレン村に目を付けていた。森には火炎瓶や武器を持たせた男達を潜ませ、少女自身は遠くから機が熟すのを待っていた。後は実行に移すだけだったのだ。しかし、つい最近まで近くの街のギルドが目を光らせていて中々実行に移す事が出来ずにいた。
シレン村はなおも赤く燃え続けている。しかし、少女の元へと集まる絶望はその量を段々と減らしていた。
「…そろそろ終わりかな?ふふ、美味しかった」
少女は恍惚とした顔を浮かべ、呟く。この後は男達を炎へと突っ込ませ、証拠を隠滅してお終いだ。これがいつもの手口だった。さて、片付けかな…と、男達の誘導を始めようとした所で下から大きな音が聞こえた。
予想だにしない急な出来事に、少女はびくりと震える。
「な、何?」
音の方を見ると、村で一番大きな炎を上げていたはずの大樹が無くなり、その大樹のあった場所から森の外へと直線上に炎が消えていた。
大樹が存在していたはずの場所には、いつの間にか一人の少年が立っている。
様子を見る為に少女は降下し、大樹の元へと向かうと丁度、洗脳した男達も駆けつけた所だった。
薄い金色の髪をした少年だ。気丈にも男達を見ている、しかし立っている事が精一杯のようだ。
「魔素が欠乏してる…さっきのは魔法だったんだ」
少年の前へ立った男が、斧を振り下ろす。
少女の気に食わない事に、その少年は全く絶望していなかった。死ぬ間際だと言うのに、覚悟した顔をして目を閉じている。
「だめええええええええっ!!」
何処からか現れた少女が、少年を庇った。振り下ろされた斧は背中に深深と刺さっている。あの刺さり方では胸の前面まで貫通しているんじゃないだろうか…少女がそんな事を考えていると、間もなく少年から絶望が噴き出した。
先程までは微塵も感じられなかった少年の絶望が、空を飛ぶ少女の周りへと集まっていく。
そして、
「…あああああああああああああ!!」
少年の叫び声が辺りに響き渡る。ああ、良い。これだ。今日一番に濃い絶望だ、と少女は思う。少女の全身に絶望が満たされていく。
身体に響く甘美な絶望を味わう少女の目に、ふと、黒い物が映りこんだ。少年の倒れている側にいつの間にか小さい何かが落ちている。その何かは、不気味に蠢きながら黒い光を放ち少年を、そして男達を照らしている。
次の瞬間、その黒い何かは破裂した。
「!?っきゃああっ!」
破裂した何かから黒い触手のような物が飛び出し、少女の翼に突き刺さる。飛び出した触手は一本に留まらず数本、数十本と更に数を増やし、下にいた男達にも突き刺さっていった。
「い、痛いっ!何これ!?」
刺さった翼から、何かが吸われるような感覚がする。そして吸われる度に身体の力が抜けていく。これはまずい!そう考えている隙に、更に少女の左足首と右手に黒い触手が突き刺さる。
力が抜け、無意識に身体が降下する。触手を何とかして抜こうとするが、返しが有るのか痛いだけで全く抜ける様子は無い。
こうしている間にも何かが吸い取られている。まるで自分の魂の根幹を削り取られているような感覚。少女にそれ以上考えている時間は無かった。
「…あああ!クソがッ!」
先程までの恍惚とした顔は何処へやら、怒りを顔に滲ませて少女は悪態をつく。
少女は残された左手で手刀を作り、左足首と右手、そして翼を自ら切断した。切断した途端、身体は重力に従って落下し始め、間もなく地面に激突した。
「…っ!くうううう…」
久々に味わう痛みに少女は顔を歪める。だが、未だ謎の黒い物体は動いている。
触手が更に伸びると同時に、少女は再び飛翔した。翼はあくまで補助部品である。速度は出ないが魔素さえ残っていれば飛ぶことは出来る。
あの触手は危険だ、直感がそう言っていた。
少女は必死で飛んだ。
燃え盛るシレン村を離れ、森を飛び越える。
別の場所らしき村を幾つも越え、気が付くと辺りには何も無い草原に一人、落ちていた。
黒い触手は追ってきてはいなかった。
「何だよッ!あの触手…!折角良い気分で楽しんでたのにッ!!」
少女が力を込めると切断した部位の肉が盛り上がり、ゆっくりと元の形を再生し始めた。
しばらくすると切断した部位は完全な形を取り戻す。復元した右手と左足を使って少女は立ち上がる。
いつもより、治るのが遅かった気がする…鈍ったのかな、と少女は思った。ここまで大きな傷を負ったのは数十年振りの事だったからだ。
右の手の平を何度か開閉し、黒い翼をはためかせて動きを確認する。違和感は無いと判断した少女は、再び空へと舞い上がった。
「クソが…あの村、影も形も無く燃やし尽くしてやる…!」
と意気込むものの、シレン村は既に少女の手によって現在炎上中だ。今から戻ってもまたあの謎の触手に襲われるかもしれない。あれには得体の知れない何かを感じる。再び相対した時、どう対策すべきかも分からなかった。怒りが一周回って冷静になった少女は考える素振りを見せる。
「…ドラに行かせちゃお」
少女はそう呟くと、シレン村とは反対側に向かって飛翔し始めた。帰ったら次に襲う村の目星でも付けようかな。もはや触手の事などどうでもいい。今まで何十年と同じ事を繰り返してきたが、今日みたいなことははじめてだった。きっと運が悪かっただけだろう。そんな事を考えながら飛ぶ。
少女は、自分があの触手に何を吸い尽くされ、そして何を奪われたのか等、知る由もなかった。
何故か最終話でアクセスが増えてビックリしました(何か悪い事でも起きたのかと。。)
でもお陰様でこのシリーズの累計PVが1000を越えました。見て下さって本当にありがとうございました。




