崩壊
最終話です。
「おい!ロブ!…くそっ!」
ロブ兄さんは既に事切れており、ジャックが呼びかけても返事は無い。一体何が起こったんだ、何故ロブ兄さんはこんな目にあっているんだ。
「…に、兄ちゃん!あれ…」
「…うん、分かってる」
アビーが指差した先は倒れ伏したロブ兄さんの後ろだ。あいつら、一体何処から現れたんだ…?切っ先を真っ赤に染め、ポタポタと血を滴り落としている銀の槍を持った、複数人の男達がいる。槍だけでなく、斧や短剣を持った者たちも見受けられた。服は粗雑でいかにも盗賊といった感じの格好をしているが、どこか様子がおかしかった。
「な、何なのよあの人たち!目がおかしいわよ!」
男達は皆、目の焦点が定まっておらず黒目をグルグルと回していた。おまけに何人かは目じりから血が流れている。にも関わらず男達の口角は上がっている。笑っているのだ。更に全く喋ろうとしない所がとてつもなく不気味だった。
と、観察していると不意に一人の男が何かを持って振りかぶった。
「!?おい、逃げるぞ!」
「で、でも!ロブ兄さんが!」
「ロブはもうダメだ!いいから行くぞ!」
「クロエも走って!」
「ええ!」
ジャックがアリスとアビーの手を握って村の奥へと走り出す。俺とクロエもそれに続く。走り出して間もなく、後ろからガシャン、と何かが割れる音がした。振り返ると、先程まで俺達がいた場所は真っ赤な炎で燃え上がっていた。
「火炎瓶!?」
「ノエル!かえんびんって何だよ!」
「割れると周囲に火を撒き散らす瓶だよ!あいつら、この村を燃やす気だ!」
男達は次々と火炎瓶を取り出し、西門や周辺の草木、更には森の中にまで投げ入れる。そして、手持ちの火炎瓶を投げ終わると俺達を目掛けて走り出した。くそ、俺達よりも速い!
「あの人たち追いかけてくる!」
「ノエル!頼む!」
「分かってる!『風刃』!」
このまま走り続けても追いつかれるだろう。
俺はその場で一度止まり、振り返って向かってくる男達に風刃を唱える。風の塊は小さいが、一人に命中して吹き飛ばすことに成功した。男は飛ばされた拍子に持っていた短剣を手放す。
「よくやったぞノエル!」
「ジャック!?何してるの!?」
アリスの声が聞こえると同時に、俺の横をジャックが駆け抜けて行った。そのままの勢いで男達の間をもすり抜け、吹き飛ばされた男が持っていた短剣を手にする。
「俺がコイツらを食い止める!お前らは走れ!…ぐっ!」
短剣を構えたジャックに一人の男が襲いかかった。大きく上に振り上げられた斧がジャック目掛けて振り下ろされる。すんでの所でジャックは躱し、空振りした斧はジャックの後ろにいた別の男に命中する。
男の身体は斜めに両断された。
上半身が崩れ落ち、断面からは血が吹き出す。
「きゃあああっ!」
「こいつら、並の力じゃないぞ!スキルでも使ってやがるのか!?」
「一人じゃ無理だ、ジャック!俺も戦う!『風刃』!」
ジャックの死角から攻撃を仕掛けた男を吹き飛ばした。その隙にジャックは目の前にいた男を短剣で力任せに切り倒す。
「ダメだノエル!お前は村の奥へ行け!」
「何でだよ!」
見た所、動ける男はあと五、六人はいる。何人か倒されたのを警戒してか、俺達を半円に囲むように様子を見ている。この人数を相手にジャック一人では無謀だ。
「村に入ってきたのは恐らくコイツらだけじゃない!その証拠に見ろ、村のあちこちから火の手が上がっている!」
「まさか…そんな!」
「アリス達だけで走ってる最中に、他の奴らに出くわしてみろ!抵抗も無く殺されるぞ!」
見えているのは目の前の男達だけだが、確かに遠くに見える森の木々も真っ赤に燃えている。信じたくは無いがジャックの言う通りこの男達の仲間が他にも存在し、火炎瓶で火を放ったのだろう。
とするともう、村の中は安全ではない。
「ノエル、お前が守ってくれ」
「ジャック…」
「大丈夫だ、コイツらを倒したら合流する…それまでアリス達を頼む」
後ろを見ると、アリスとアビーを守るように背にしてクロエが立っていた。しかし、その顔には恐怖の色が見える。
「…分かった。絶対戻ってきてよ」
「ああ、必ず行く!だから早く行け!」
「クロエ!アリス!アビー!ジャックが抑えてくれている内に走るぞ!」
「でも、ジャックが!」
「早く行けよアリス!邪魔だ!」
「…っ!」
ジャックはそう言うと男達に向かって短剣を構え直した。怒鳴られたアリスは怯む。
「…行くわよ、アリス」
アリスの手をクロエが掴んで走り出す。俺とアビーもそれを追って走り出した。
「うおおおおおおおっ!!」
後ろからジャックの雄叫びが聞こえた。もう一度だけ振り返ると、ジャックが一人の男を蹴り飛ばす所だった。しかしその次の瞬間、ジャックの横腹に斧が突き刺さる。
「…!」
「ジャック兄…!」
「ダメだアビー!振り返るな!走れ!」
この光景は三人には見せられない。恐らくジャックはもう来ないだろう…ジャックが命を張って押さえてくれている。俺も覚悟を決めなければならない。繋いでくれた命を守りきる。
しばらく走るとアランさんの家が見えた。どうする、助けを求めるべきか。と少しの逡巡を経ている隙に、アリスが何故か開けっ放しの玄関からアランさんの家へと入ってしまった。まずい。慌てて俺達も追いかける。
「アリス!何かおかしい!戻ってこい!」
「お父さん!お母さん!助けて!村が─────」
「来るなアリス!入ってくるんじゃない!」
居間の奥から怒鳴り声がした。アランさんの声だが、全くらしくない声だ。奥を見ると、一人の男がアランさんを抑えている所だった。両手はアランさんの腹に何かを差し込むような形で固定され、アランさんはその手を必死に剥がそうとしている。その足元には血溜まりが広がっているが、血はアランさんだけのものでは無いようだ。テーブルの脚に隠れるようにもう一つの血溜まりがある。そしてその中心には…
「ま、ママ…!そんな…嫌…!」
「お母、さん…?」
ああくそ、もう手遅れだったのか。アランさんの家には既に別の男が侵入していたようだ。アランさんを見ると、男に差し込まれていたのは短剣だった。アランさんの腹深くに短剣が突き刺さっている。
「…!『風刃』!」
男を吹き飛ばすと、アランさんはその場に崩れ落ちる。短剣が刺さったままの腹を見ると酷い出血だった。
「アランさん!」
「ノエル君か…助かったよ…でも、僕はもう…駄目だ…ごほっ!」
アランさんは口からも血を流す。
「何言ってるのよパパ!」
「…アリス、クロエ…君たちは父さん達の自慢の娘だ。こんなとこで死んで欲しくは無い…ノエル君達と一緒に逃げるんだ」
アランさんの片手をクロエは持ち上げるが、その手にはもう力が入っていないようだった。
「…ノエル君…ジャック君は…」
「…ジャックは…」
「…そうか…きっと守ってくれたんだね…」
アランさんはそれだけで察した。その通りだ。ジャックは命を張って俺達を、幼馴染を守ってくれた。
「…ノエル君…アリスとクロエを頼んだよ…僕は…ここで、ローラと…」
「パパ!ダメよ!一緒に逃げましょう!」
「お父さん!」
アランさんの目から光が失われていく。声も段々とハリが無くなっていく。出血が多過ぎるんだ。もう命は長くないのだろう。
「パパ!」
「お父さん…行かないで!」
「…アリス、クロエ…君たちはきっと、幸せに…」
アランさんの目が静かに閉じられる。そして、アランさんはそれきり何も言わなくなってしまった。
「パパ!…パパ…!」
「うう…ぐすっ…、なんで…!」
二人はその場で泣き崩れる。なんて事だ、アランさんまで…俺達の大事な人達が、次々と思い出となっていく。
「…」
しかし、感傷に浸っている場合では無い。この場に留まっては居られない。外から微かに足音が聞こえてきた。恐らく、例の男達がこの家にやってくる。
「…アリス、クロエ。行こう」
「やだ!お父さんと一緒にいる!」
「…駄目だよアリス姉!アランさんも言ってたじゃん!死んで欲しくないって!ここに居たら殺されちゃうよ!」
アビーもアリスを説得してくれている。足音が近い。男達はもう時期に玄関から現れるだろう。
「…行きましょう、アリス」
「…クロエ…」
「もうママとパパは死んじゃったのよ…後で戻ってきて、一緒にお墓を建ててあげましょう…」
クロエはいつの間にか泣き止み、アリスの手を引いて立ち上がらせた。急いで家を出よう。
と、俺とアビーが玄関に向かうと、丁度二人の男が玄関へ入ろうとしている所だった。
「兄ちゃん!」
「分かってるよ!『風切刃』っ!」
風の刃が玄関ごと男達を切り刻む。吹き飛んだ男達はそのまま動かなくなった。広がった玄関から外を覗くが、この家に来たのは二人だけのようだった。
「外は大丈夫だ!クロエ、アリス!行くぞ!」
「…ええ!分かったわ!」
「アビー!先に走れ!俺は後ろを見る!」
「うん!」
アビーに先導させる。クロエはアリスの手を引いて玄関から飛び出し、そのまま走り出す。周りに誰も居ないことを確認し、俺も追いかける。
そこからはただひたすらに、俺達は村の奥へと向けて走り続けた。向かう先は言わなくても皆分かっていた。
途中、ローレンスさんの家が見えたが既に火の手が上がっていた。畑にも火が広がって燃え盛っている。俺達は火の熱さを感じながらもその横を走り抜けた。
「ローレンスさん…!」
家の周辺に人影は誰一人確認出来ない。ローレンスさんや叔母さんはどうなったんだろうか。無事でいてくれる事を願うが、その可能性は低いだろう。家の後ろに見えていた森は、既に火の海だ。
更に走ると俺とアビーの家が見えた。が、既に家全体に火が広がっており、とても入れる状態ではない。そしてこちらも周りに人がいる気配は感じられず、ただ火の燃える音だけが聞こえる。
「父さん、母さん…!」
「に、兄ちゃん…」
アビーが泣きそうな表情で俺を見上げるが、俺は何も言えなかった。仕方ないじゃないか、俺だって今、不安と絶望に押しつぶされそうなのだ。ロブ兄さんは目の前で殺された。ジャックは目の前で斬られた。アランさん達は目の前で死んだ。ローレンスさんの姿は見えなかった。父さんと母さんは?
「…既に逃げたのかもしれないわ」
「うん…そうだね」
クロエはそう言ってくれるが、もう大体予想は付いている。父さん達は、きっとあの燃え盛る炎の中だろう。俺達にはどうしようも無い。
「…アビー、行こう。もう少しだ」
「でも、兄ちゃん…」
「分かってる…俺だって分かってるんだ。でもお願いだ…アビー、村の奥に行こう」
「ノエル…」
俺は今、一体どんな顔をしているのだろうか。先程まで泣いていたアリスが心配そうな顔で俺の顔を覗き込む。
再び、俺達は走り出した。幸いにも例の男達と遭遇はしていないが、この先で待ち伏せている可能性も無くはなかった。しかし、襲われていない。この村を囲む炎に巻き込まれたか。それとも父さん達の抵抗で数を減らしたか。
とにかく、俺達は無事に辿り着いた。村の一番奥、シレン村のシンボルとも思える、大きな老樹の前。この裏から、東の森を抜けて秘密基地に行くことが出来る。そして更に東に行くと街がある。燃え盛る村を出て、街へ逃げるのだ。そのつもりだった。
だが…
「老樹が…燃えてる!」
既に老樹は巨大な炎に包まれていた。村を囲む森に火の無い箇所は存在せず、老樹の裏にある、比較的厚みの薄い東の森ですら、轟轟と音を立てて燃えている。時折、燃え尽きた木の倒れる音まで聞こえる。
東の森を抜けるための道に入るにはこの老樹の裏に回り込まなくてはならず、仮に道へ入ったとしても両側から漏れる炎に耐えながら進まなくてはならない。
無理矢理に燃える老樹の裏に回り込みこの道を通ったならば、再生力のスキルを持つクロエならともかく、アリスとアビーでは火傷どころでは済まないだろう。勿論、俺もだ。
「どうしよう、兄ちゃん!」
「絶対絶命ね…」
「そんな…」
「…」
一見、どうしようも無いように見える。
頼みの綱は真っ赤な炎に包まれていた。
しかし、俺はまだ諦めない。
こんな時、一つだけ思いつくことがある。
昔から俺が絶望に押し潰されそうな時、不安な時、万が一を考えた時にいつもたすけてくれる…まあ、俺が勝手にそう思っているだけだが、それでも頼りになる俺の固有スキル。
俺は無言でニワトリを手元に呼び出した。
自宅に置いていた筈だが、焦げ痕ひとつ無い。洗濯などした事も無いのに全く汚れないのは不気味だったが、今となっては逆に安心した。燃えてなくて本当に良かった。
久しぶりだな、ニワトリ。頼んだぞ…
更に念じてスキル画面を呼び出し、新しいスキルを取得した。『風魔法上級』、今まで使う必要も無いと思って、あえて取らなかった風魔法の最上級スキルだ。
「ノエル、それって…」
「皆、少し下がっていて」
炎に包まれた老樹に向けて、左手を向ける。恐らく、この魔法を唱えると俺の魔素は尽きる。スキルを取得して分かった事だが、どうやら余りに魔法の規模が大きくて俺のステータスでは唱えられるかどうかギリギリだ。この魔法を使えば、しばらくは魔法を唱えることが出来なくなるだろう。それどころか、魔素の欠乏で動けなくなるかもしれない。
しかし唱えた。
「『風刃竜巻』ッ!!」
唱えた途端、俺の全身から何かが左手に集まっていくような感覚を感じた。そして、手首から肘までの間を風の刃が包むように回転し始める。更に左手だけでなく、全身に風がまとわりつくように集まっていく。
ああくそ、結構長いな。規模が規模だけに、発動までには時間が必要なんだろうか。中々発動しない。
「ノエル!後ろからあの人たちが来てる!」
「見つかったか!」
アリスが叫ぶ。ヤバいな。早く発動してくれ。全身を包む風の規模は段々と大きくなっていくが、それと比例して俺の体力もガリガリと削られていく。立っているのもやっとの状態だ。
「兄ちゃん!わ、わたしが足止めする!」
「ダメだ!兄ちゃんが何とかするから動くな!」
アビーが勇敢にもそんなことを言う。
頼む、せめて無事に発動してくれ。俺の身体はどうなってもいい。俺の大事な、妹と幼馴染達、アビーとクロエとアリスを守らせてくれ。ジャックとアランさんとの約束を守らせてくれ。
「ノエル!もういいわ!顔が真っ青よ!」
「いい訳ないだろ!皆死ぬんだぞ!」
クロエが諦めたような事を言う。
もう左手には感覚が無い。全身には相変わらず強い風がまとわりついているが、それも感じられない。俺は今、立てているのだろうか?ふと、横を見るとすぐ横にクロエの泣きそうな顔があった。俺の周りはこんなにも風が吹き荒れているのに…クロエの金色の髪は風に揺れてたなびいている。そして髪の切れ目から見えるアリスとアビーはお互いの手を握りしめて、迫る男達を睨んでいる。
そうだ、俺はこの幼馴染達を守るんだ。
ここで踏ん張らなくてどうするんだ。
守れなければ、死んでもジャック達に合わせる顔が無い!
気力を振り絞って、全身に力を込める。
「…っあああああああああああああ!!」
次の瞬間、左の手の平から巨大な竜巻が巻き起こった。竜巻は燃える老樹を根元から抉り取り、まるで空間が削り取られたかのように跡形もなく消滅させた。
そして竜巻は勢いを止めることなく、老樹の裏にある道を強引に広げる。道の脇で燃え盛っていた炎をも巻取りながら進むその竜巻は、まるで風の刃で出来た竜のようだった。
「はぁ…はぁ…やったぞ…!」
これ程必死になったのはいつ振りだろうか。前世での最後の記憶、死にかけていたあの時以来では無いだろうか。あの時は自分の命が助かる事しか考えていなかったが、今度は逆に自分の命を捨てるために必死になった。
その甲斐もあり、東の森には人が通れる程の隙間が出来ていた。
「凄いよノエル!火が消えてる!通れるよ!」
「うん…はぁ…本当に良かった…はぁ…」
しかし俺は今にも倒れそうだ。全身が怠く、まるで鉛のように重い。これ以上走ることは出来ないだろう。そして…
「…!あの人たち、来ちゃった」
振り返ると、例の男達が俺達を見ていた。相変わらず焦点の合っていないその目は、炎が反射しているのか血が出ているのか、真っ赤に染まっていた。持っている斧や槍、短剣からは赤い液体が滴っている。一体、何人の村人を殺してきたのだろうか。
…ここが正念場だな。
「クロエ、アリス、アビー…秘密基地まで走れ。そこには食料だって置いてある。それを持って東の街まで行ってくれ」
「…ノエルは?ノエルはどうするの!?」
「俺はコイツらを食い止める。ジャックがそうしたように」
段々と目も霞んできたが、まだ動けない訳では無い。根性で後一回くらいは魔法を放ってやれる自信はある。
東の森も、風の竜巻で消えていた火が戻りつつある。俺がここで抑えれば、クロエ達が逃げ切った頃にはまた炎が燃え盛り、道は閉じるだろう。
「嫌っ!」
「…クロエ」
「ノエルが死んじゃうわ!あたしそんなの嫌!」
クロエが腕に抱きつく。だが、今俺が食い止めなければ、皆殺しにされるだろう。
…俺はクロエに生きていて欲しい。勿論、アビーとアリスにも生きていて欲しい。しかし贔屓する訳では無いが、何故かクロエにはやけに幸せになって欲しいと思うし、絶対に死んで欲しく無い。俺の目の前で死なれるとどうなってしまうか分からない。
だから…
「…アリス、アビー。クロエを連れてってくれ」
「兄ちゃん…!」
「……ノエル、分かった」
俺は優しくクロエの腕を解くと、アリスとアビーの方へと肩を押した。
「ノエルっ」
「大丈夫、また会えるよ」
「そんなの嘘!」
再び俺に近づこうとするクロエを、アリスとアビーが抑える。
「クロエ、行こう!」
「嫌よ、離して!」
「クロエ姉!早くしないと道が閉じちゃう!」
「嫌!ノエル、ノエル!」
流石のクロエも二人がかりではどうしようも無いようで、そのまま引きずられていく。
そして、東の森へと入っていった。
これでいい…あの三人さえ生きていてくれれば、俺はそれで満足だ。この村の最後の希望。まあ、ジャックや父さん達がどう思うかは分からないが、少なくとも俺はこの結果に満足している。前世のように、何も分からないまま絶望と共に死ぬことは無い。
俺は魔法を唱えて男達を攻撃しようとしたが、想像以上に体力を消耗していたのか口すらまともに動かすことが出来ず、魔法を唱えられなかった。
だが幸運なことに、男達は俺を見るだけでクロエ達を追いかけようとはしなかった。東の森の方を見ると、既に道は炎で閉じられかけていた。
「…あ…」
気が付くと、俺の目の前には男が立っていた。銀色に光る斧を持ち、不気味な程口角を上げて俺を見ている。こいつら、結局最後まで一言も発さなかったな。何者だったのだろうか。
森から急に現れて、唐突に村が滅ぼされた。
一体何だったんだろう。
しかし、過ぎた事はもうどうでもいい。
何故なら俺は死ぬ。幾ら疑問があろうともどうせ死ぬならしょうがない。
男は、斧を振りかぶった。これが振り下ろされれば俺の頭はかち割れ、即死するだろう。
…そう言えば、死ぬのはこれが二回目だな。ニワトリ、前世でも死ぬ時はお前が一緒だったな。今回も一緒に行くか?相変わらず丸くて可愛いな。
ニワトリを手に取り、そんなつまらない事を考えていると間もなく斧が振り下ろされた。
じゃあね、クロエ、アリス、アビー。
せめて君たちは幸せに生きてくれよ。
ジャック達と一緒にいつまでも上から見守っているから。
俺は目を閉じて自分の死を覚悟した。
…ああ、これで終わりだ。
「だめええええええええっ!!」
グシャリ、と音がした。目を開けるといつの間にか誰かに押し倒されていたようで、背中には地面の感覚がする。あれ、俺は今、死んだ筈では?まだ生きている。俺の身体に誰かが乗っているような重さを感じる。
「な、なんだ…?」
声を出すと、俺を押し倒して覆いかぶさっていた主が顔を上げる。
「…クロエ!」
涙に濡れた翡翠の目が俺を見ていた。金色の髪が、俺の顔に掛かる。泣いている、しかし微笑んでいる。
一体、何故クロエが。
東の森へ行ったんじゃ無いのか?
そんな疑問が胸に浮かぶ。が、すぐに疑問は吹っ飛ぶ。
俺の顔に生暖かい液体が降り注いだ。
「…!」
クロエが血を吐いていた。胸元を見ると、服は真っ赤に染まり、銀色の鋭利な刃物が飛び出している。
それを見た瞬間理解した。クロエは俺は庇ったのだ。
「く、クロエ…どうして!」
こぽり、と更に口から血を溢れさせ、クロエは俺の腕に倒れ込んだ。口を動かし、何かを言おうとしている。
「………て…………………………ル…」
「なんだい…何が言いたいんだ…」
クロエの頭を俺の顔まで抱き寄せ、まるで抱き合うかのように密着する。そして耳元で微かに聞こえたのは。
「い………きて……………ノエ……ル…」
クロエの顔を見ると、微笑みを浮かべて目を閉じていた。抱き寄せた身体は熱を失い始めていた。
そんな、どうして。
俺は、守れなかったのか。
守ってくれたのか?いや、俺が生きていてもしょうがない。
俺はクロエに生きていて欲しかった。
そう思った時、俺は先程のクロエの言葉を思い出した。
クロエも俺に生きていて欲しかったのだ。
なんて残酷なことをするんだ。
この世界にクロエがいなければ、意味なんて無いのに。
ああ、ダメだ。
もう何も思い残すことは無いと思っていたのに。
希望を託したと思っていたのに。
絶望なんて無いと思っていたのに。
気が付くと、俺の目の前の景色は黒く染まっていた。
これは、俺の怒りや悲しみの炎では無い。
ただひたすらに深く暗く、そして真っ黒な絶望が俺を見つめていた。
やっと書きたい話の下地が出来ました。。
ここまで読んで下さった方がいらっしゃるか分かりませんが、続きは別シリーズで上げようと思っているのでそちらでも是非、よろしくお願いします。
ありがとうございました。




