終わりの予兆
今週末には書ききってしまいたいです。。
追記:本編と分けるためにタイトルを編集しました。
気がつけば成人の儀の前日だった。皆と遊んで暮らしていると、時間はあっという間に過ぎる。それくらい毎日が楽しかった。
「なあ、ノエル…」
「ジャック、何度聞いても変わらないって」
「もしかしたらって事もあるだろ。俺は明日も聞くぞ」
「明日って、成人の儀が終わったら出発するんでしょ?」
「明日で最後だ。そこで断られたら諦める」
「今日まで毎日断ってるんだからもう諦めて欲しかったな…」
ジャックは意外と頑固だった。どれだけ俺と一緒に冒険したいんだ。アリスがめちゃくちゃ行きたそうにしてるんだからそっちを連れて行けばいいのに…
何度かそう提案したのだが、
「アリスは…ほら、危ないだろ。お前と違ってまだ魔法は唱えられないし、冒険に連れ出して万が一ケガでもさせたらアランさんに合わせる顔が無いぞ」
「俺なら良いの?」
「ノエルだしな」
と言われた。そうか、俺だしな。
それなら仕方ないな。
よし、絶対冒険者にはならない。
「とにかく俺はまだ諦めないぞ。ノエルも少しでいいから考えてくれよな!」
そう言うとジャックは橋を飛び降りた。下からドボン!という音が聞こえると同時に、俺の目の前まで水飛沫が上がった。
「ジャック!急に飛び込まないでよ!危ないじゃない!」
「うるせえ!当たらなかったから良いだろ!」
「そういう問題じゃないわよ!」
皆元気だな。明日は成人の儀だと言うのにいつもと全く変わってない気がする。成人の儀が終わり次第、ジャックは村を出て西の街へ向かうと言っていた。なので、皆でこうやって川で遊ぶのも今日が最後という訳だ。
「ノエル!あんたも降りなさい!特訓の時間よ!」
「えっ今日もやるの!?」
「当たり前よ!」
「兄ちゃん、明日から大人なんでしょ!泳げなくてどうするの!」
いつまでも泳ぐことの出来ない俺を見兼ねてクロエが水泳の手解きをしてくれるようになったのだが、結局今日に至るまで全く上達しなかった。上達どころか足が水面まで上がらないので、バタ足すらまともに出来なくてつらい。なのに、クロエは呆れた素振りは見せるものの毎度丁寧に教えてくれるのだ。足だけでなく、頭も上がらない。
「分かったよ。今降りるから」
「おい!お前も飛び込めよ!」
「そうだよ、ノエル!」
普通に橋の横の坂から川へと降りる。
「ノエルってば…」
「お前、川すら泳げなくてどうすんだよ?世界には海とかいうめちゃくちゃ大きい水溜まりがあるらしいが…泳げなかったら渡れないぞ?」
ジャック、まさかお前は泳いで海を横断する気か。
「でも兄ちゃん、不自然なくらい水に浮かないからね…逆に水底を歩くとか?」
「それいいね。もうそれでいい気がしてきた」
「バカ言ってないで練習するわよ、ほら」
クロエが手を差し出す。やっぱり白くて綺麗な手をしているな…父さんやジャックのゴツゴツした手とは全然違う。差し出された手を握ると川の水で湿った感触だけでなく、少しだけ滑らかで温かい触り心地がする。
「ジャック、ノエルの足を持ち上げてみたら?」
「アリス、前にそれやってダメだっただろ。スキルまで使ったのに持ち上がらないとか、あいつの足本当にどうなってんだろうな」
「少なくともノエルの体重よりは重いよね…」
好き勝手言われているが否定できない。恐らく本当に呪われているんだろうから、一度街の教会に赴いてお祓いして貰おうかと考えているくらいだ。
「水の中に入ると何故か足が重いんだよね…」
「足のせいにしないの。こっちも掴んで」
両手をクロエに掴まれて水中へと連れられていく。腰まで川に浸かった途端、急激に下半身が重くなった。ああダメだこれ。クロエが深い所まで引っ張ってくれるが、身体が浮く様子は全くない。それどころか、川の流れは緩やかだとはいえ流れに逆らって直立まで出来てしまっている。
「おい、今日はいつもより酷くないか?」
「水の中なのに立ってるよ、兄ちゃん…」
確かにいつもより下半身が重い。日に日に重くはなっていたが、昨日はまだ微妙に浮くことが出来ていた。川の中なのに地上と同じくらいの重力まで感じるので、気分はもう完全に錨だ。
「クロエ、俺に掴まって泳いでもいいよ」
「あたしが泳いでどうするのよ!良いからもっと先に行くわよ!」
え、もう肩まで浸かってるんですけど…
クロエがどんどん深い所に引っ張っていく。ちょっと…ちょ…おい…
あっ。
「─────────!」
「───?──────────…」
頭上まで水に浸かると、もう皆が何を言っているのか判断出来なくなってしまった。そして水の中に入ってしまったら呼吸が持たない。クロエが俺の両手を上に引いて浮かせようとするが、俺の身体は一向に持ち上がらない。流石にマズイと思ったのか、クロエは俺の両手を握ったまま陸に引き返した。
「ぷはっ!」
何とか顔が出る所まで戻る。
「ごめんなさい、ノエル。まさか完全に沈むとは思わなかったわ…」
「引き返してくれて良かったよ…どこまで連れていかれるのかと思った」
「クロエ姉がそんなことする訳ないでしょ!…でもそれにしても変だよね、いつもはこんな事無かったのに」
全くだ。まさか水底を地上と同じように歩けるとは思わなかった。いつもならあそこまで深い所まで行くと多少は浮く。クロエが引っ張り上げてくれれば顔だって出せるはずだった。
「そうね…今日はもうやめましょうか」
「毎度付き合ってくれてるのに成果が出なくて申し訳ないよ…」
「気にしなくていいわよ。あたしが好きでやってるんだから…成人の儀が終わっても遠慮しないでいいからね」
クロエは優しいな。本当に泳げるようになるまで付き合ってくれる勢いだ。もしかしたら一生このまま泳げないかもしれないが、それでも変わらずに俺の手を引いてくれそうな雰囲気がある。
「兄ちゃん、大人になったら上半身も沈んだりして」
物騒な事を言うんじゃないよ。
あの後すぐに俺とクロエは川から上がり、橋の手すりに腰掛けてのんびりと川を眺めていた。下ではジャック達がはしゃいでいる。いつもの光景だ。
「しかし、この光景も今日で最後かぁ…」
「そうね…」
明日の成人の儀が終わればジャックは村を出る。もしかしたらアリスも無理矢理着いていくかもしれない。どの道、五人が一緒に遊んでいられるのは今日で最後だった。
「…ねえ、ノエル。ノエルは本当に村を出ないのね?」
「え?うん、そのつもりだけど…」
「…そう…」
そう答えるとクロエは何か思い詰めたような顔をした。心做しか顔が少し赤いような気がする。風邪でも引いたのだろうか?最近は少し涼しくなってきて、川から上がると少し肌寒い。
「クロエ、大丈夫?」
「え、な、何が」
「ほら、顔赤いよ?熱でもあるんじゃない?」
「っ!?」
クロエの額に手の平を当てる。…うーん、温かい。でも分からない。よく考えたらこんな風に誰かの熱を測ったことなんて無いからな…判断基準が無い。
「な、なにするのよ!」
「あ、ごめん…熱があるか見ようと思って」
「無いから大丈夫よ!」
「そっか、それなら良いんだけど」
クロエに怒られて額から手を離す。ああ、またやってしまったな…軽率に行動してしまうのは昔からの悪い癖なんだよな。
「…あ…」
何故か少し残念そうな顔をするクロエ。
「え?どうしたの?」
「な、何でもない…」
…うーん、何だかさっきからクロエの様子が変だな。川に入っていた時は普通だったのに。
「その…ノエル、あのね…」
クロエが前髪を弄りながらもじもじしている。
「うん」
「…あの…」
何か言いたい事がありそうだ。
口を挟まずにじっくり待った方が良さそうだな。
「その…」
「…うん」
「えっと…」
「…うん」
「そのね…」
「…ん」
「…」
「…」
長いな…クロエにしては珍しくとても言い淀んでいる。何か言いにくい事だろうか。先程の話からするに、村を出ていって欲しいとかそんな話?まさか、優しいクロエがそんな事を…なんてある訳ないか。
暫くお互いに無言でいると、クロエが少し口を開いた。
「…やっぱりいいわ」
なんじゃそりゃ。
「そんなに言いにくいこと?」
「ううん、あたしの覚悟の問題なの」
覚悟と来たか。これは心して聞かないとダメな話だろうな。俺も心構えだけはしておこう。
「そっか…俺はいつでもいいから、タイミングが良かったらすぐに言ってね」
「そんな単純なことじゃないのよ…」
目を伏し目がちにして呟く。相変わらず顔が赤いな…さっきよりも赤い気がする。やっぱり風邪を引いているんじゃないだろうか。
「ねえ、ノエル」
「うん?」
「成人の儀が終わったら、改めて話すことにするわ。だから、その…成人の儀の後で…」
クロエは上目遣いでこちらを見る。橋の手すりの上で少し前屈みになり、こちらに身を寄せたために長い金色の髪が俺の足にかかった。
「二人きりで、会いたいな」
───────────────────
「兄ちゃんとクロエ姉、橋の上で何を話してたの?」
「え?」
「…!」
「おいアビー…!黙ってろって…!」
「そうだよアビーちゃん…野暮ってやつだよ…!」
川から村への帰り道で、アビーがそんな事を尋ねてきた。特に何も話らしい話はして無いけど…強いて言えばこれから、いや明日かな?クロエが二人きりで時間が欲しいと言うので、取り敢えず約束をした。
「別に…明日成人の儀の後で話が──むぐっ!」
「ダメよノエル!言わないで!」
クロエが顔を真っ赤にして口を塞いできた。何だ、これは秘密の話だったか…失敗したな。
「おいノエル…お前本当にダメだな」
「成長したと思ってたけど気の所為だったんだね」
ボロクソだ。厳しすぎるよ。俺が悪いけど。
この後は、皆で他愛も無い話をしながら歩いた。秘密基地の話、明日の成人の儀の話、ジャックの夢の話…正直まだまだ話し足りなかった。何せ、このメンバーで遊んでいられるのは今日が最後なのだ。幾らでも話していたい、それは皆同じ気持ちだ。しかし、川から村までの道のりは長くない。夢中になって話している内にあっという間に村の西門へと辿り着いた。
「やあ、おかえり」
西門にはいつものようにロブ兄さんが立っていた。もう日は暮れ初めてすっかり夕方だが、この時間はまだロブ兄さんの担当のようだ。
「ロブ!戻ったぞ!」
「はあ、ジャックは最後まで生意気だったね…」
「仕方ないよ、ジャックだもん」
「分かってるけどね…」
これでもマシになった方だからな…ジャックも父さん達には敬意を払ってるんだが、どうも歳が近いとこうなってしまう。
ロブ兄さんはため息を吐くが、仕方なさそうに笑みを浮かべた。
「君たち、村の中とは言え暗くなると危ない。明日は成人の儀なんだから、怪我しないように帰るんだよ」
「はい、分かってます」
「ロブ兄!わたしはまだだよ!」
「君だって鑑定の日が近いでしょ?だから君も安全にね」
ロブ兄さんはやっぱり優しいな。ちょっと臆病な所もあるけれど、基本的には頼れるお兄さんって感じの人だ。
「じゃあね、ロブ兄さん!」
俺達はロブ兄さんに挨拶をして西門をくぐり、村へと入っていく。少し歩いた所で振り返ると、ロブ兄さんが手を降ってくれていた。俺も振り返す。
この後は、途中までは皆で歩いてアランさんの家の近くで解散する、といういつものパターンだ。最初はアリスとクロエを送り届け、その後はローレンス家の前でジャックが別れる。そして俺とアビーが最後に家に帰る。
こうすると決めた訳では無いが、川から帰ってきた時にはいつもそうしていた。昨日まで毎日、そして今日も、最初にアリスとクロエを送り届ける所から始まる。
そのはずだった。
「…がはっ…!?」
ロブ兄さんの様子がおかしい。先程まで降られていた手は動きを止め、目を見開いている。そのまま数秒間止まったかと思うと、ロブ兄さんの口から赤いものが溢れ出した。
「…ロブ兄さん!?」
「…く、来るんじゃない…!」
赤いものは血だった。よく見ると、ロブ兄さんの右胸から銀色に光る鋭利なものが突き出ていた。
「な、ろ、ロブ兄さん…え、何が…!?」
ロブ兄さんの様子に気がついたアリスが怯えた表情をする。アビーとクロエも同様だ。ジャックは強ばった表情をしてロブ兄さんの様子を警戒している。
胸と口から血を流すロブ兄さんの後ろに、人影が見える。それも一人じゃなく、複数人───
そう考察した時だった。
「…あ゛…がっ…!」
更に二本の鋭利なものがロブ兄さんの胸から突き出される。心臓が貫かれたのか傷口から勢いよく血が吹き出し、そしてとうとうロブ兄さんは崩れ落ちた。
「ひ、ひい…」
ロブ兄さんは目を開いたまま絶命していた。先程まで笑顔で俺達を送ってくれていたその顔は、今はその苦しさがこちらまで伝わるように見える程、表情が歪んでいた。
「きゃあああああああああああああああっ!!」
誰が叫んだか、その悲鳴を皮切りに俺達の平和で穏やかな生活、そして暖かく優しい人々が暮らしているシレン村の終わりが始まった。
ようやくここまで来ました。
次で最後です。




