幼馴染達
大分終わりが見えてきました。
アリス達が帰ってきてからはまた五人で遊ぶようになった。皆、身体は大きくなったがやってる事は前と変わらなかった。おまけに村の外に出る許可が出たので行動範囲も広くなった。まあ相変わらず森には入れないので、川か秘密基地かしか行く所は無いのだが。
「おい、今日はどっちに行く?」
「最近は秘密基地ばっかりだし、今日は川にしない?」
「そうだね、じゃあそっちに行こっか」
「川か…」
「兄ちゃん、今日こそは泳げるようになるんだよ!」
無理だ。あれから何回か川で泳ごうとしたが、どうやっても身体が沈むのだ。水に足を付けた瞬間、まるで誰かが足首を引っ張っているかのように浮かなくなる。試しに深い所まで行ってみたら川底でほぼ垂直に立てそうだった。多分呪われてる。川で亡くなった誰かに。因みにアリスとクロエは普通に泳げるようだった。何で?
「カナヅチってレベルじゃないわよね…」
「いや、本当にカナヅチかもしれないぞ。足が」
「飛んでもないこと言ってくれるな…」
俺も前世では人並みに泳ぐことは出来ていた筈なんだが、足が沈むものはしょうがないんだよ。泳ぐどころの話じゃない。
今日も絶対、水の中には入らないからな…
「おい、見ろ!魚捕まえたぞ!」
「ジャックすごい!泳いでる魚を手掴みなんて初めて見た!」
橋の下ではジャック達が遊んでいる。何かとても人間業とは思えないような事が起きてるようだ。どうやったら泳ぐ魚よりも早く水の中で動くことが出来るんだ。
俺はと言うと、丁度木陰になっている橋の手すりに足を川へと向ける形で腰掛けて、皆がはしゃぐ声や弾ける水、そして風に揺れる木々の音を聞いて癒されていた。やっぱり泳ぐよりもこうしている方が好きだな。
「平和だなぁ…」
「…なに年寄りみたいなこと言ってるのよ」
独り言を呟くと反応があった。いつの間にかクロエが川から上がってきていたようだ。前髪の先から滴る水に光が反射している。
「いいじゃないか。こういう雰囲気が好きなんだ」
「ふうん…」
胸の下まで捲りあげたシャツを搾りながら、クロエは隣に座る。肝心な部分はちゃんと見えないように二枚重ねにして着ているが、そういう風に捲ると白いお腹も丸見えだ。
「おヘソ見えてるよ」
「は?」
めっちゃこわい。睨まれてしまった。
「はぁ…あんた、他の女の子にそんなこと言うんじゃないわよ。あたしじゃなかったら殴られてるわよ?」
「ごめん、つい」
「ついじゃないわよ…」
「何だかんだ言ってクロエは殴らないって知ってるから、つい言っちゃうんだよ」
「…もう」
幼なじみ達の中でクロエは一番優しいと思う。最初会った時は手が早くてちょっとバイオレンスな女の子だと思っていたが、今となってはすっかり大人しい。もう片方の純粋無垢な悪魔娘とは偉い違いだ。
バチャッ!
…魚が顔面に直撃した。
「…」
下を見ると無表情のアリスがこちらを見ていた。もしかして魚を投げたのか…ほら、これだ。何も言ってなくとも、心の中でちょっと考えるだけでもアリスは反応するようになってしまった。歳月って怖いなぁ。
「…」
「…ひぇえ」
アリスの豹変ぶりに、川で一緒に遊んでいたジャックとアビーも引き気味だった。
「ノエル、こっちにおいで?」
「…」
いやです。行ったら二度と戻れなくなりそうだから。声は優しげだが、顔が無表情なのでめちゃくちゃ不気味だ。
「ノエル、こっちにおいで?」
「…クロエ、助けて」
「あんたねえ…」
助けを求めるとクロエは呆れたような顔をする。
「また心の中でアリスに失礼なこと考えたのね?…懲りないわね」
「考えただけだよ!何も口に出したりして無いじゃないか!」
「考えてはいたのね」
「…」
「ノエル、こっちにおいで?」
いつの間にかアリスは俺の足の真下まで来ていた。動く様子は無かったのに、一体いつの間に移動したんだ…
「おい、ノエル!諦めて降りてこい!」
「そうだよ、兄ちゃん!じゃないといつまで経ってもアリス姉が元に戻らないじゃん!」
「ノエル、こっちにおいで?」
ダメだ、下に味方はいない。絶対に降りられない。アリスが登ってこないことを祈るしか…ふと、右手が温かい何かに握られる感触がした。横を見ると、クロエが俺の手を掴んでいた。
「…クロエ?」
クロエは何も言わずにこちらを見て、ニコッと笑う。そして、するりと橋から飛び降りた。俺とクロエの手は繋がれたままなので、クロエが降りると当然───
「うわっ!」
ドボン、とクロエと俺は水中に飛び込んだ。
ヤバい、溺れる。
なんてことをしてくれるんだ。
と思ったが、クロエが右手をしっかりと掴んでくれている。更に左手も誰かに引っ張られ、なんとか水面に顔を出すことに成功した。
「ぷはっ!」
「あははっ!ノエル、大丈夫?」
クロエめ、やってくれたな。
しかしクロエと誰かさんが両側から引っ張ってくれるお陰で、何とかそのままの姿勢を維持できている。おお、これが浮かぶという感覚か…この何とも言えない感じ、久しぶりだ。しかし、一体誰が左手を掴んでくれているんだろうか。
俺はクロエの反対側の方を見る。
「…やっと来てくれたね?ノエル」
あっ。
───────────────────
またある日、俺達は秘密基地に集合していた。
「なあノエル。やっぱりお前も冒険者にならないか?」
「またその話か、ジャック」
「だってよ、お前勿体無いぜ!折角魔法が使えるのに冒険しないなんて」
ジャックは度々、冒険者に勧誘してくる。
「魔法が使えても体力が無かったら冒険してもしょうがないよ…それに俺はこの村の穏やかな雰囲気が好きなんだ」
「だからって一生ここにいる気か?」
「父さん達だってそうじゃないか。たまに街には行くらしいし、別に一生って訳じゃないって」
「んなのほとんど同じだろ…」
そりゃそうだけど。でも村を離れたら色々危ないし…例えば魔物だって、スライムやボーンウルフなんて比べ物にならないようなやつは世界に沢山いる。例えばドラゴン、めちゃくちゃ大きくて爪が鋭い、ブレスも吐く。そんなのと俺が戦ってみろ、一瞬で死ぬ自信がある。
「ジャックとノエル、村を出ちゃうの?」
出ないよ。
「ああ、俺とノエルはギルドで冒険者になるんだ」
ならないよ。
「二人がなるなら私も冒険者になる!」
「…別に冒険なんて興味無いけど、放っておいたらノエルが死にそうなのよね」
「えーじゃあわたしも!」
「なんでお前らまで着いてくる気なんだよ!お前らまで冒険者になったら村が廃れるだろうが!」
「村はロブ兄さんがなんとかしてくれるよ!」
そんな無茶な…皆冒険に行きたいんだったら、俺の事なんて気にしなくていいのに。
「俺は村に残るから皆で行っておいでよ」
「ならあたしも残るわ」
「えーじゃあわたしも」
「ええ…」
クロエはともかく、アビーはもう少し自分の意志を持って欲しい。コロコロ意見を変えてるといつかダメになるぞ。
「アリスはどうするの?」
「うーん、実は割と興味あったり…」
「じゃあジャックと二人で冒険すればいいんじゃない?丁度いいじゃん」
「えっ!じゃ、ジャックと二人きり!?ええ!」
いや、二人きりとまでは言ってないけど…何故か急にアリスが赤くなりだした。…ははあ、さてはそういう事だな。帰ってきてからやけにジャックと仲が良いと思っていた。
「ええ〜困っちゃうなぁ…えへへ、でも皆が来ないんだったらしょうがないかも…ジャックと二人で冒険かぁ…!」
ああ、これは完全にそういう事だ。ジャックはどう思っているんだろうか。ジャックが色恋沙汰に巻き込まれるイメージがあまり湧かないんだが、こう見えて真面目なやつだからな。きっと誠実な付き合いをするのだろう。
「いや、俺はノエルとしか行かないぞ」
おい。
「…そっか…へえ、私よりノエルなんだ…へえ」
「はあ…ジャック、あんたねえ…」
ジャック、飛んでもない事をしてくれたぞ。見ろ、アリスが俺を真っ黒な瞳で睨んでいる。真っ黒とか初めて見たぞ。
「だってアリスお前、魔法使えないだろ」
ぶっちゃけすぎだろ。俺の価値は魔法だけか。アリスが固まってしまったぞ。
しょうがない、俺が暇を見てアリスに教えよう…と思ったけど俺の魔法は固有スキル頼みだった。詰んだな…
因みにこの後二時間くらいアリスの目は真っ黒なままだった。




