目覚め
最初なので幾つか投稿します。
また目が覚めた時には、毛布に包まれていた。
いや、目が覚めたというよりは思い出した、と言った方がいいかもしれない。
高度な文明の中で、普通の家族に囲まれて普通の生活を送っていたこと、突如起こった災害に巻き込まれたこと、死に際で変な人に出会って変なものを渡されたこと。
どれもこれも鮮明に覚えており、まるで本当に経験したかのようである。
ようである、というのは、自分自身が夢じゃないかと疑ってるからだ。
本当に俺の記憶か?
いくら記憶があっても疑ってしまう。
何故なら今、俺は3歳だからだ。
昨日まで、父さんと母さんに甘えることしか考えてなかった。新しく産まれた妹に、兄らしくしてみようという気持ちと、両親の注意が妹に行ってしまったことへの嫉妬の気持ちがあった。
…全部頭から吹っ飛んだ。
どうして冷静に分析出来てるんだろうか?
3歳が自分の気持ちを客観的に分析出来るのは異常だ。
ほんとに3歳か?こっちの方が疑わしくなってきた。
でもこの前、3歳の誕生日おめでとうって言って貰えたのは覚えてる。この前っていつだっけ。
記憶が二重にあってよく分からなくなつてきた。
名前はなんだっけ…そうだ、ノエル。
ノエルだ。そう呼ばれていたはず。
思い出した方は…ダメだ、覚えていない。
自分の手を見る。
両腕ともある。右腕は欠けてもいないし、手のひらは結構小さい。
記憶の中の俺の手は3倍くらい大きかったはず。
何度か開閉してみるが、自分の思うように動く。
ということはこっちが現実だな…災害にあったのは夢だ。
ここまで分析出来てるのもアレだ。
3歳だけど急に賢くなってしまったんだ。
人間は3歳になったら急に賢くなるのかもしれない。
きっとそうに違いない。
記憶を全部夢だと片付け、身体を起こしてキョロキョロと周りを見渡す。
「これは…」
毛布を捲ると、自分の身体と一緒にニワトリのぬいぐるみが温まっていた。
夢で出てきたやつだ。
これのせいか、変な夢を見たのは。
やっぱりかわいいな。
大きさは自分の顔より少し小さく、形は丸々としていて愛嬌がある。夢で見たものと同じだ。こんなにかわいらしいぬいぐるみを持って寝たのに、どうしてあんな夢を見たんだ…。
ニワトリを左脇に抱え、外に出ようと身体を起こす。
今は朝だろうか?寝ていた部屋には窓があり、そこから日が射し込んでいるが、部屋の中はよく見えない。
3歳の記憶では、父さんと母さんにおやすみと言って貰えたのが最後の記憶なので、多分朝なんだろう。
朝ならリビングに行けば、父さんが朝食を作っている。
父さんは妹の世話に付きっきりの母さんに代わり、家事に勤しんでいる。
どうにもお腹が空いてしまったので、リビングへ向かうことにした。
木製の床を踏むと、キシキシと音が鳴る。
1歩ずつ歩いていくが、扉が遠い………あの扉の向こうがすぐリビングなのに…
…なんだかとても足が遅い気がする。いや、気がするのではなくほんとに遅い。
あの夢の中での足の記憶が、現実の感覚を狂わせている。18歳の足のつもりで、3歳の足を使っているのだ。
ようやっとドアに辿り着き、ノブを握って…握……握れない。
ドアノブが高く、背伸びをしても握ることすら難しい。
「……」
今まで出来ていた事が出来なくなっている。この身体じゃドアを一人で開けられた記憶が無いけど、そんな感覚がする。
「…………!」
ヤケになってガタガタとドアノブを触っていると、扉の向こうから足音が聞こえてきた。
間もなくしてドアが独りでに開くと、その先には男がいた。
ブロンドの短髪に、青い目、端正な顔付きをしている美丈夫。
俺の父さん、ブレットだった。
「おや、今日は早いな、ノエル。おはよう」
「おはよう。お腹が空いて目が覚めちゃって…」
「はは、成長期なんだな。ちょっと早いけど朝ごはん、食べるか?」
「食べる」
「分かった。今よそうからな、座って待ってな」
そう言って父さんは俺の身体を抱き上げると、リビングの中央にあるテーブルに向かって歩いていく。
力持ちだ。
テーブルの周りには4つの椅子があり、扉から向かって1番手前の右側に位置する椅子にポンと座らされた。
「そのぬいぐるみと遊んで大人しく待ってるんだぞ」
「うん」
父さんは俺の頭を少し撫でてから、リビングと繋がっているキッチンへ向かう。
繋がっている、と言うよりはリビングにキッチンがある。
俺は大人しく、腕で抱えていたニワトリを机の上に置き、気の向くままに頬を掴んだり、むにむにと揉む。
持ち替えて上下に引っ張る。
また頬を持ち揉む。
少し力を込めて両側にぐいーっと引っ張ったところで、あることに気がついた。
…俺は今、どうやって喋っていた?
少し前に交わした父さんとの会話を思い出す。
何気なく話していたが、あれは日本語では無かった。
…日本語?そもそも日本語って何だ?
どこから出てきた?
今、自分が話していたのは何語なんだ?
そもそも一体ここはどこなんだ。
それすら分からない事に気づいた。
自分の家であるのは確かだが、それ以上何も知らないことがとても怖い。
3歳の自分は、家の中とその周りしか知らないはずだし、その事を疑問にも思わなかった。
記憶が混乱してきた。
あの夢はもしかして本当に自分の記憶だったのか?
前世の記憶ってやつなのか?
夢だとは断じきれなくなってきた。
腕が折れていた絶望、肺が潰され呼吸の出来ない苦しみ、目の前の地獄絵図、全部本当だったのか?
不安が俺を包む。
怖い。
昨日まで何も知らなかった。
何も恐れることなんて無く、ただのんびりと平和に暮らしていた。
今日になって何故、突然思い出したんだ。
あんな痛みは知らない。
漠然とした不安から小刻みに震える手の中では、ニワトリがくりくりした目でこちらを見ている。
今はニワトリだけが心の支えだった。
助けてくれニワトリ。
もう揉まないから何か言ってくれ。
なんなんだ、
一体俺の身に何が起きてるんだ。
誰か教えて欲しい。
誰でもいい。
ニワトリ…
そう念じた時、唐突に目の前に青い板が広がった。
ニワトリと俺の顔を挟むように現れたそれには、何か文字が書かれている。
「…?」
ノエル・イーストウッド
Lv.1
生命:20
魔素:40
持久力:5
筋力:7
耐久力:6
魔力:35
固有スキル:【鶏と卵】
コモンスキル:なし