東の森
ただ平和な回です。
アラン達が街へと引っ越してしまってからは、俺とジャック、アビーの三人でひたすら遊ぶ日々が続いた。
アビーには家で色々と勉強を教えていた。が、最初の三年でストックが尽きてしまい、家の手伝いをする日以外は本当に遊ぶことしかしなくなってしまった。
そんなある日、ジャックからある話が持ち掛けられる。俺達はアランさん達の残した家の近くに作った、小屋のような秘密基地で話し合っていた。
「なあノエル、アビー。森の先へ行ってみねえか?」
「森の先?森を抜けるってこと?」
「ああそうだ!」
それは危険だろう。シレン村を囲む森がどのくらい続くのか分からないし、第一、森の中は危険だ。魔物はスライムやボーンウルフくらいしか居ないが、野生動物は色々といる。夜にはボーンウルフだって活発になる。
「ムリだよ、ジャック兄!森なんて抜けられっこないよ…」
「普通はそうだ。でもな、俺だって何も考えずにこんなこと言ってる訳じゃないぞ」
「何かあるのか?」
「ああ!」
ジャックは懐から四つ折りにされた紙を取り出した。開いてみるとそれは地図のようで、所々に文字が走り書きされている。中には『シレン村』と読めるものもある。どうやらこの文字の場所がシレン村のようだ。
「ジャック、これをどこで見つけたの?」
「うちの倉庫を漁ってたら見つけたんだ。父ちゃんに聞いたら、ひいじいちゃんくらいの頃のやつだって言ってたぞ」
「よく残ってたね…」
「ああ、それでだ。ここを見てみろよ」
ジャックはシレン村にあたる箇所を指さす。
「ここが俺達の村だ。で、これを囲む黒いのが森だ」
「へえ〜、面白いね!あっ、こっちには街っぽい名前が書いてある!アリス姉達がいる街かなぁ」
「ああ、多分そうだろうな。いつか行ってみてえもんだ…って今はそうじゃねえ、こっちを見ろ!」
ジャックは、西門とは反対側に位置する東の森を指さした。
「ここの森、めちゃくちゃ薄いと思わねえか?」
「確かに…他の方角に比べたら大分薄いね」
「だろ?そんでこの森を抜けた先を見てみろ…ほら、街があるだろ」
「あっ、ほんとだ!」
ジャックが示した先には確かに別の街がある。しかも、西の街に比べて大分近い。
「俺はこの街に行ってみたいんだよ」
「それで森を抜ける、と」
「ああ、東の森なら行けると思ってな」
「面白そう!」
なるほどな…東の森の大きさは、地図上では村の大きさと同じくらいだ。これが本当なら、草木があるとはいえ半日も掛からずに森を抜けられるだろう。
「でもジャック、街に行ってどうするんだ?」
「あ?うーん、それは何も考えてなかったな。まあ、ちょっと見たいだけだ」
めちゃくちゃ軽い理由だな。でも冒険心をくすぐられる。
「ついでだ。この際だからお前らに俺の夢を教える…俺は冒険者になりたいんだ」
「冒険者?」
「そうだ。あのアリス達の馬車に乗ってたやつと同じな」
アランさん達が引越して行った時、アランさん達を迎えに来た馬車には護衛として二人の冒険者と呼ばれる人が同乗していた。彼らと話す機会が一瞬だけあり、そこで俺とジャックは色々と質問をした。彼らはギルドに所属していて、そこで発行されるクエストを受けて護衛を担当していると言っていた。他にも世界各地にあると言われるダンジョンを調査したり、魔物を討伐したりしているらしい。ジャックはそんな冒険者に憧れているようだ。
「俺は世界を回りたい。そして色んなものをこの目で見てみたいんだ。一生この村にいる気は無い」
「そうなんだ…ジャックまで居なくなっちゃうと寂しいな」
「お前も一緒に来るか?ノエルなら歓迎するぞ」
「えー、ジャック兄!わたしは!?」
「アビーはスキル次第だな。簡単に言ってしまったが、冒険者ってのは危険な職業なんだぞ」
「そんなぁ」
ジャックの言う通り、話に出てきた魔物討伐やダンジョン調査、はたまた要人の護衛なんて全て命の危険と隣り合わせだ。それなりの能力が無ければ務まらない。
「…話を戻すが、俺は世界を見たいんだ。だからその手始めに、東の森を突破して街を見に行こうと思う」
「話は分かったけど、メンバーはどうするんだ?父さん達も呼ぶの?」
「いや、この三人で行こうと思う。森に入るなんて言ったら、どうせ父ちゃん達は怒るだろうからな。極秘に決行する」
「わたしは問題ないよ!」
問題ない…のか?まあ、危なくなったら俺が止めれば良いだろう。暴走するような事があれば魔法で踏んじばってでも村に連れ戻す。
「俺も問題ないかな」
「よし!じゃあ早速実行に移すぞ!とは言っても、流石に一日で突破しようとは思っていない。今から作戦を説明するから、実行はその後だ」
「えー、なんだか難しそう」
「やることは簡単だから聞けって。まずは…」
ジャックの作戦はこうだった。村の奥にある老樹、その裏から東の森に侵入し、こっそりと人が通れるような道を開拓していく。木を切り倒したり等、目立つことはしないが茂みや草花は全て刈りとるつもりだ。これを昼の間だけ進める。そして森を抜けることが出来たら、そこに新たな秘密基地を作る。そしてそこを拠点として街へ繰り出す。以上。
「どうだ!完璧だろ!」
「すごいよジャック兄!」
「結構大掛かりなんだな…」
「一度行って終わり!にはしたくないからな…よし、まずは老樹の所に行くぞ」
「おー!」
俺達は村の奥にある老樹へと向かった。老樹は古くから村に存在していて、しかもかなり大きい。村のシンボルと言っても過言ではない。
「着いたな。早速始めるぞ」
老樹前に着くと、ジャックは背負っていたバッグから鎌を三つ取り出した。
「もしかしてそれでやるつもりなの?」
「ああ、これくらいしか見つからなくてな」
小さめの植物ならいいが、茂みと化しているような植物は結構苦労しそうだ。めちゃくちゃ重労働じゃないか…
「ジャック兄…もしかして、凄く大変?」
「当たり前だろ!苦労無くして実に成らずだ」
「えー!」
俺も、えー!だ。想像以上に大変だし、俺の体力じゃ確実に一日も持たないだろう。ジャック、俺がモヤシだって知ってるだろ。
「ジャック、俺は楽をさせて貰うよ」
そう言うと俺はニワトリを手元に呼び出し、更にスキル画面を表示させる。
「おい、ノエル。いいのか?ブレットさんに言わないでスキル使っても」
「何のスキルを幾つ取ったかまでは細かく言ってないし、今更感あるから大丈夫でしょ」
「お前、たまにそういういい加減な所あるよな…」
送別会の次の日、父さん達とジャック達には俺のスキルについて説明した。そしてコモンスキルの取得についても告白した。ジャック達なら信頼しているし、特に問題はないと判断した。
俺はお目当てのスキルをリストから探す。無駄にページが多くて大変なんだよな…メジャーなスキルは大抵前の方にあるからまだマシだが。
お、あった。『風魔法中級』、このスキルの中の…『風切刃』という魔法が目的である。早速スキルを取得した。
「ノエル、何のスキルを取ったんだ?」
「『風魔法中級』だよ」
「相変わらず便利だなそのぬいぐるみ。手元で簡単に魔法が覚えられるとか、もしかして飛んでもない固有スキルじゃねえか?」
「そうかな…そうかも」
確かに、覚えようとすれば他の魔法だって幾らでも覚えられてしまう。今は風魔法しか取得していないが、リストには『火魔法』『水魔法』『土魔法』『光魔法』『闇魔法』etc…と魔法に関するスキルが沢山ある。これを苦労もせずに覚えられてしまうのだから、もしかしたらかなり良いスキルなのかも。コモンスキルのリストに関しても、父さんに聞いたら本来は一人数種類しか取得出来る候補が無いらしい。10ページ以上存在する時点で異常なのだ。
「で、魔法を覚えてどうするんだよ」
「それはこうするんだ。『風切刃』!」
俺は正面の茂みに手のひらを向けて、『風切刃』を唱える。手の平からは風の刃が飛び出した。『風刃』と違ってこちらはちゃんとした刃だ。
『風切刃』は正面の茂みを貫通し、十メートル程先の木まで軒並み切ってしまった。根元を断ち切られた数本が一気に倒れる。
「うおっ!凄いな!」
「兄ちゃん、こんなこと出来るの!?」
「うーん、うん…」
いや、ここまで一気に刈り取るつもりは無かった。無駄に高い魔力と『風精霊の加護』のお陰で想像以上の火力が出てしまったようだ。これは出力の調整の練習が必要だな…そもそも調整とか出来るんだろうか。
「お手柄だぞノエル!これなら幾分、いや大分早く進められそうだ」
「そうだね、兄ちゃんが切った木とか草を片付けるだけで良さそうかも!」
「うーん…結果オーライなのかな?」
それから俺達は草木を除去し、歩きやすいように道を整えた。そして、俺が新たに風切刃を唱えて草木を切る。このサイクルを数度繰り返した。そしてとうとう、半日も掛からずに森の出口へと出ることに成功した。
「おおっ!見ろ!外だぞ!」
「うわぁ、広い!辺り一面緑だよ!」
森を出ると、そこには草原の海が広がっていた。何処までも続いているように見えるが、ずっと遠くの方には建物らしき影も確認出来る。
「はぁ、疲れた…」
俺は疲労困憊だった。木どころか、草を脇に退かすだけでめちゃくちゃ疲れる。もう大変だ。
だが、草木の除去には大分時間が掛かったがそれでも日が暮れるまでに到達してしまった。
「まさか一日で森を抜けられるとはな」
「むしろ、一日で終わってくれて良かったよ…もう全身が痛い」
「兄ちゃん弱すぎだよ!」
「そうだぞ、ノエル!お前身体鍛えろ!」
この体力バカ共…俺だって運動してない訳じゃないのに、何故か体力が付かないんだ。
「にしても、近くに街っぽいのは見えないな。地図ではすぐ近くなんだが」
「多分縮尺間違ってるよその地図。シレン村と西の街って馬車でも七日掛かるって話だよ?この地図で村と西の街の距離が正しいとすると東の街まではその半分くらいだから、森を抜けても三日は掛かるんじゃないかな」
「…お前、それもっと早く言えよな」
ジャックが責めるような目で俺を見る。
本当に地図が正しいか分からなかったからな…もしかしたら森を抜けてすぐ街がある可能性もあると思った。
「はあ…とすると東の街に行くのは無理だな」
「えっ!ジャック兄、諦めちゃうの!」
「流石に三日はな。父ちゃんに拳骨食らっちまう」
往復すると一週間だしなぁ…大人達の許可を得ないとダメだろう。十中八九許可は出ないと思うし、何より東の森の開拓も大人達には無断で行った。
「仕方ないよ、アビー」
「ええ〜…」
「そう落ち込むなよ。まだ全部諦めた訳じゃない」
「…そうなの?」
「ああ、ここに秘密基地を作るって話もしただろ?それはやっちまう。将来のためにな」
そんな話もしていたな。しかし秘密基地は東の街に行く事が前提だったはずだ。
「将来?」
「俺達が成人してしまえば、少しは融通も効くようになるだろ。そん時改めて東の街まで旅すればいい。その為の拠点だ」
成人すれば、か。シレン村では十五歳で成人扱いだ。現在俺達は十三歳なので、成人まで後二年ある。
「という訳だが、今日は一旦帰るぞ。拠点作りはまた明日からだ」
「はーい」
空を見ると日が暮れ始めていた。一面オレンジ色だった空に紫のグラデーションが掛かり始めている。目の前に広がる草原は風に揺れて波が立っている。
平和だなぁ…こういう光景を見る度に、平和を実感する。出来ることなら、何時までもこんな穏やかな生活が続いて欲しいと思っている。
「おい、ノエル!何やってんだよ、帰るぞ!」
「兄ちゃん、置いてくよ!」
「あ、うん!今行くよ!」
開拓した道を歩き、村へと戻る。行きと比べて大分早く引き返す事が出来た。村へ着くと、村に接する面だけ少し残した茂みを掻き分け、老樹の後ろに出る。
「よし、完璧だな。老樹の裏にでも回り込まなきゃ見えないだろ」
開拓した道は水平に見なければ存在すら分からない。そして水平に見るためには老樹を切り倒すか、回り込まなきゃいけない。当分は大人達にも見つからないだろう。
「じゃあまた明日、ここに集合な!遅れるなよ!」
そう言ってジャックは走って行ってしまった。もう完全に日が暮れ始めていて辺りは大分暗い。
「俺達も急いで帰ろう、アビー」
「うん!」
俺達も走り出した。結局、家に着いたのは日が完全に暮れて、家の窓から漏れる明かりくらいしか見えなくなった頃だった。
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次の日から、俺達は秘密基地の作成に取り掛かった。作業に取り掛かってから一週間程で小屋が完成し、俺達はそこに食料や道具を持ち込んだ。
「これで何時でも旅が出来そうだね」
「ああ、しかもそれだけじゃない!森の中だって探索出来るぞ」
「森の中?ジャック兄、それは流石に危なくない?」
「だからこの周辺だけだ。この小屋がいつの間にか壊されていても嫌だからな。周辺の野生動物やボーンウルフの骨を探して追い出す」
こうして、俺達はしばらく東の森の開拓に力を入れていった。森の道も何度も踏み締められて平坦になり、周辺に大きな野生動物の姿も確認出来なくなった。
そして更に物資を持ち込み、秘密基地を発展させていった。
これ、父さん達にバレたらどうなるんだろうな…




