解決、そして別れ
本日二話目の投稿です。
草木を掻き分けながら進むと、開けた所へ出た。
「アリス!クロエ!」
その場所に二人は居た。アリスはその場に座り込み、クロエはアリスを庇うように前へ立っている。その足元にはランタンの残骸が落ちている。そして、クロエは白い骨の集合体と対峙していた。
ボーンウルフだ。
クロエはこちらの姿を確認すると一瞬安心したような顔を浮かべたが、直ぐに顔を強ばらせた。
「ジャック!ノエル!来ちゃダメ!」
「うるせえバカ女!うおおおおっ!」
その声と同時にジャックがボーンウルフへ向かって走り、そのままの勢いで殴りつけた。ガチャッ、と音を立ててボーンウルフの頭蓋骨が砕かれる。そして頭蓋骨を失った胴体は動かなくなり、そのまま元の骨へと戻った。瞬殺だ。
「ジャック!流石だよ!」
「当たり前だ!おい、アリス、クロエ!森の中に入るんじゃねえよ!」
ジャックは息を吐くと、クロエの方へと歩いていく。
「ジャックとノエル、来てくれたんだ」
「森に入ってるとは思わなかったけどね…見つけられて良かったよ」
「全くだ…おいバカ女、助けたんだから礼くらい言えよな」
「分かってるわよ…助かったわ。二人とも来てくれてありが───」
クロエは安堵した顔で礼を言おうとした。だが次の瞬間、ジャックの腹に白い何かが飛び込んできた。
「ごはっ!?」
「っ!?ジャック!」
そのままジャックの身体が突き飛ばされる。白い何かはその場に降り立つ。よく見ると、ジャックに攻撃を加えた白い何かの正体は、ボーンウルフだった。動く度に全身からカチャカチャとした音を出している。不気味だ。
「もう一体居たのか!」
「…クソっ!」
先程頭蓋骨を砕かれた方のボーンウルフの骨は、地面に横たわったままだった。別のボーンウルフの縄張りにも侵入してしまっていたのだろう。
ジャックは苦悶の表情を浮かべ、横腹を抑えてまだ立ち上がれない。手に持っていたランタンも飛ばされていたが、幸運にも割れずに周りを照らしていた。
と、ボーンウルフが顎をガバッと開き、粘膜の無い口腔と、白く鋭い歯をクロエの顔へ向けた。
「きゃあっ!」
「クロエっ!」
そして、ボーンウルフがクロエに飛びかかる。ジャックは立てず、俺も拳が届く距離では無い。クロエはその場に硬直してしまっている。アリスも座ったまま動けない。
このままではクロエが怪我をしてしまうだろう。…怪我では済まないかもしれない。使い所はここだな。念の為だったとは言え、やっぱり取っておいて良かった。
俺はボーンウルフに手のひらを向ける。
「『風刃』!」
先程覚えたばかりの風魔法初級の魔法、『風刃』を唱えた。手のひらから風の塊が発射された。刃というよりは局所的な強風だな。
そんな感想とは裏腹に風の塊は周りに空気の振動を巻き起こしながら進み、そしてクロエの目前まで迫ったボーンウルフに当たる。
風の塊はそのままガチャッ!という音を立ててボーンウルフの身体を吹き飛ばした。
「…あ」
クロエはその場にペタンと座り込んでしまった。吹き飛ばされたボーンウルフは、全身の骨がバラバラになり、そのまま動かなくなった。それを確認すると俺はクロエの元へ走る。
「クロエ!大丈夫!?」
「ええ…大丈夫」
「そっか、良かった」
見たところ、何処にも怪我をしていないようだ。
「ノエル、助かったぞ」
ジャックが立ち上がり、こちらへと向かってくる。しかし腹を片手で抑えており、まだ痛そうだ。
「ジャック、お腹は大丈夫?」
「ああ、多少痛むくらいだ。問題ない…にしてもノエル、お前魔法が使えたのか」
「うん、初めて使ったけどね」
「そうなのか、誰かに教わったのか?」
うーん、今はなるべく詳細は言いたくない。俺の固有スキルについては一切ジャック達に教えていなかったので、どう説明したものかと丁度考え中だ。
「…それよりここに留まるのは危ないよ。村に戻ろう」
「ああ、そうだな。お前ら、立てるか?」
「…ダメかも。腰が抜けて動けないよ」
アリスが弱々しく返事をする。
「ったくしょうが無いな。俺が背負ってやるから乗れ!」
「えっ…うん」
ジャックはアリスを背負うと、そのままランタンの落ちている所まで歩く。そして、バランスを崩さないようにしゃがむと、落ちているランタンを拾った。
よし、俺はクロエをサポートしよう。
「クロエ、立てる?」
「…あたしも立てないみたい」
「そっか、じゃあ俺がおぶるよ」
筋力は無いが、女の子一人背負うくらいは問題無いだろう。『増強』もした。ちょっとずるいかな。
クロエに背を向けて待つが、中々背中に乗ってこない。
「どうしたの?クロエ」
「…いえ、ノエル…」
「まあ確かに、俺はちょっと筋力無いかもだけど、一人なら背負えるよ。…ジャックよりはバランス悪いかも知れないけど」
「そうじゃなくてね、ノエル」
何だろう、そんなに俺は頼りないだろうか。いや、モヤシだけど。昼間の鑑定で皆の眼前でステータスが公開されたのが不味かったかな。クロエにも俺がモヤシだって知られてしまった。
「…そうじゃなくて、あたしその、今、汚くて…」
「汚い?」
…あー、なるほど。こんな暗い森の中で魔物に襲われ、挙句の果てに死にかけたのだ。死にかけたかどうかは分からないが、とにかく危ない目にあった。そうなっても仕方ない。俺もアリスに詰められた時そうなりそうだった。
「クロエ、そんなの気にしないよ」
「あたしが気にするのよ…」
「でも、そんな事言ってられないでしょ?ここに居るのは危ない」
「…」
ボーンウルフは先程から新たに現れてはいないが、次にまたいつ襲って来てもおかしくない。
「おい、お前ら!何やってんだよ、早くしろ!」
「ほら、クロエ」
「…分かったわ」
ジャックが急かすと、クロエはようやく俺の背中に身体を預けてきた。クロエの細い腕が俺の身体の前に回され、綺麗な金色の髪が俺の視界の端に映る。後ろ手で足の付け根を支え、身体のバランスに気をつけて立ち上がる。
「よし、ジャック。行けるよ」
「なんだクロエ、お前もか!まあいい、急ぐぞ!」
俺達は元来た方へと歩き出した。周りに俺達の他に動く気配は感じない。だが一応、何時でも魔法を放てるように警戒は怠らない。
「…ノエル、ごめんね」
「ううん、大丈夫だよ。二人とも無事で良かった」
背中に少し冷たい感触がするが、二人の無事に比べれば安いものだ。服は洗えば良い。
「ちょっと冷たいけどね」
「もう!」
前に回された腕が頬に伸び、横に伸ばされる。
「痛だだだだ!」
「余計なこと言わないでよ!」
「ごめん!」
ご最もです。申し訳ありません。
草木を掻き分け、しばらく歩いていると西門近くの道に出た。なんとか無事に戻って来れたな。
西門へ辿り着くと、村の中の方からこちらへと向かう幾つもの明かりが見えた。ロブ兄さんが大人達を呼んできてくれたのだろう。
「よし、もう大丈夫だな!はあ、飛んだ目にあったぞ!」
「うん…ジャック、ノエル。本当にごめんね。あと、ありがとう」
村に着くまでにアリスとジャックも色々と話したようで、アリスは落ち着きを取り戻していた。
「ノエル、ここまで運んでくれてありがとう。あたしはもう大丈夫よ、一人で立てそう」
「そう?じゃあ降ろすね」
その場にしゃがむと、背中に感じていた重さが消える。視界の端に映っていた金色の髪も見えなくなった。
「…前から思ってたんだけど、クロエ達の髪って綺麗だよね」
「な、何よ、急に」
「いや、さっきまで顔が近かったからさ。改めてそう思ったんだよ」
唐突に思ったので言ってしまった。率直に褒めたのだがクロエは顔を背ける。照れているのかな。
「…嘘よ、今までそんなこと言ったこと無いじゃない」
「ホントだって、別れる前に言いたかったんだ。伸ばしたらもっと綺麗だと思うなあ」
「…それも本当?」
クロエは顔をこちらへと向けた。アリスとお揃いの綺麗な翡翠の目が俺を見る。目の反射越しに、ジャックの持つランタンの明かりが見える。
「本当だよ」
「…そう」
答えるとクロエはまた俯いてしまった。やっぱり照れているな。クロエにはいつもお世話になっていたし、こういう褒め殺しくらいはするべきだろう。よし、良い事をした。
と、背後から足音が聞こえてきた。大人数だ。
「おーい、ジャック!ノエル!無事だったか!」
「おい、アリスとクロエもいるぞ!」
「そうか!居なくなったのはこいつら四人だけか!?」
「そのはずだ!」
大人達が来たようだ。これで本当に安心だな。父さん達もいる。
「おい、父ちゃん!遅いぞ!」
「何言ってんだバカ息子!幾ら何でも夜に村の外に出るやつがあるか!」
「いってぇ!」
「聞いた時はもう心臓止まるかとおもったよ!あんた!」
「いてっ!母ちゃんまで!やめろ!今アリス背負ってんの見えるだろ!」
ジャックはローレンスさん達に拳骨を食らった。
「アリス!ダメじゃないか!こんなに暗いのに外へ出たら…」
「ごめんなさい、お父さん」
「クロエも大丈夫?怪我は無い?」
「平気よママ…でも、ちょっと」
「…あらあら、家で着替えなくちゃね」
アランさん達もそれぞれ会話している。
そして…
「父さんごめんなさい」
「…先に謝られるとこっちも言う事が無くなるんだがな」
「…」
「まあいい、お前は何故か無事な気がしていたんだ。ジャック達も何事も無かったようだな」
「何事も無かった訳じゃ無いんだ」
「なに?」
取り敢えず俺達は西門を離れることにした。またボーンウルフが現れても危ない。
父さん達と村の中へ戻る道中で、どのような経緯で外へ飛び出してどのような事があったのかも話した。俺が魔法を使ったことを含めて。
「ボーンウルフか!本当に無事で良かったな。ノエルが魔法を使えたとは不幸中の幸いだ」
「父ちゃん、俺も一匹殴り倒したぞ!」
「ノエル、お前いつの間に魔法を覚えたんだ?」
「それは後で父さんだけに言うよ」
「…そうか」
事のあらましを伝え終わるとロブ兄さんは西門の警備へと戻り、他の大人達もそれぞれの家へ戻っていった。俺達も一旦はアランさんの家にもどったが、今日はその場で解散して各々の家へと帰ることになった。
「結局、ジュースすら飲めなかったなぁ。料理も一口くらい食べたかったよ」
「大丈夫だ。料理は父さん達が全部食べておいたぞ」
そういう問題じゃない。
「兄ちゃん、美味しかったよ!」
「良かったね、アビー…」
送別会もとい食事会は中途半端な形になってしまったけど、最終的に何事も無くて良かった。俺達の絆も若干深くなった気がする。
最後が喧嘩別れなんて辛いからな…ジャックとアリスが分かり合えて良かった。
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送別会の二日後、アランさん達は街へ引っ越して行った。当然、俺とジャックを含めた皆で見送りをした。アリスは泣いていたが、この前のようにワガママは言わなかった。
「さよなら、ジャック!ノエル!元気でね!今までありがとう!」
「ジャック、あんたバカなんだから風邪なんか引くんじゃないわよ!ノエル、あんたは筋トレしなさい!乗り心地がイマイチだったわよ!」
街からアラン一家を迎えに来た馬車の窓から、二人が乗り出して叫ぶ。
おい!今更文句言うな!
「お前らこそ元気でやれよ!楽しかったぞ!」
「次会う時はムキムキだ!二人とも見てなよ!」
珍しくジャックは何も言い返さなかった。俺が大人気ないような感じになってしまった。
「あはははは!」
クロエが笑っている。何がおかしいんだ。父さんの血を引いてるんだから筋トレすれば可能性はあるよ。
「またね!皆!」
馬車が西門を離れ、街へと走り出す。
二人は手を振っている。
俺達も振り返す。
馬車が見えなくなるまで、俺達はお互いに手を振りあっていた。




