鑑定の日:前編
めちゃくちゃ長くなってしまったので、前編と後編に分割しました。分けても長いです。
鑑定の日の昼過ぎに、俺と父さん、ローレンス親子、アラン親子は村長の家の前に集まっていた。
母さんとアビーは家でお留守番だ。村長の家は広いが、鑑定を行う部屋は鑑定機材とあと数人程度しか入れないという事で人数制限をしている。
「いよいよだなノエル。俺、昨日はドキドキして眠れなかったんだぞ」
「そうなの?ジャックが緊張するなんて珍しいね」
「緊張するだろ!スキルだぞスキル!ああ楽しみだ!」
ジャックは興奮しているようで、頬は少し赤くなっていた。俺達の中で一番今日を楽しみにしていたからな。
「…私ちょっと怖い…危なかったり、怖いスキルだったらどうしよう…」
「はん!アリスは怖がりだな!」
「あんたも他人事じゃないのよ、ジャック。変なスキルだったら連れ去られちゃうんだから」
「それは噂だろうが!クロエ、お前そんなの信じてるのか!」
「皆そう言ってたのよ!ロブ兄さんだって、去年の鑑定で危なかったって言ってたわ!」
「あいつは臆病だから何か勘違いしたんだろ!とにかく、俺は信じないな!」
ロブ兄さんというのは村の西門付近に住むルドルフ一家の一人息子だ。歳は俺達より三つ上で去年鑑定を受けたらしいが、その年に鑑定を受けたのはロブ兄さん一人だけだったと言う。たまに一緒に遊んだりしていて、俺達とは顔見知りだったりする。
「ノエル、お前は違うかもしれないが、本当はジャックやアリスのような反応が正しいんだ。何せ、親の俺達ですら子供のスキルなんて鑑定の日までは知らないんだからな」
父さんがそう耳打ちしてくれた。流れでこの日を迎えてしまったが、実は結構、鑑定の日は人生においては重要なイベントみたいだ。
よし。やっぱり俺も皆に合わせよう。
「ははは!何だかドキドキしてきたな!スキル楽しみだな!みんな!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………………………………ノエル」
全く態度を変えないのは不自然かと思い、楽しみにしている風を装ったのだが何故か父さんは額を抑えて俯いてしまった。
クロエは何か可哀想なものを見る目でこちらを見ている。
なんだ、どうした。
「お前本当に緊張とかしてないんだな。楽しみじゃないのか?」
「ノエルってば、昔から思ってたけど本当にそういうの苦手なんだね。あんなに沢山教えたのに…」
「ノエル。あんたわざとらし過ぎるのよ。無理すると気持ち悪いから頑張らなくて良いわよ」
ジャックには訝しげな顔をされ、アリスには無表情で詰られる。クロエ、お前はめちゃくちゃ口が悪い。
「鑑定が終わったら一緒におままごとしようね?今日は二人きりでじっくり見てあげるからね」
アリスは先程までの不安は何処へ行ったのか更に無表情から笑顔へと表情を変化させると、全く笑っていない目で俺を見る。
「ブレット。お前んとこのノエルは賢くて何でも飲み込みが早いと思ってたが、不得意なものだってあったんだなぁ。俺ぁちょっと安心したよ」
「…ああ。俺も今知った」
「そう言えばあなた、見た事無かったのね。ノエルはいっつもアリスちゃんに怒られてるのよ」
「はは、勉強会の度にあれが見られるんだ。毎度面白いんだよ」
「何笑ってるの、あなたも同じくらい酷いわよ」
「…そうなんだ」
父さん達まで何か話しだした。
向いてないとは思っていたがそんなに酷かったか…何回やってもアリスに怒鳴られるのは、ただアリスが設定に厳しいだけじゃなかったようだ。
これからは演技とかなるべくしないようにしよう…自然体が一番だ。
傷付いて黄昏ていると、不意に村長の家の扉が開いた。先程まで騒がしく話していた皆は一斉に口を閉ざした。
「おや、皆さん、もうお集まりでしたか。これはお待たせしましたな」
扉から出てきたのは村長だった。髪は薄く長い髭を生やし、優しそうな目をしているのが特徴だ。
「いや、皆今集まったところだ。本日は宜しくお願いする」
父さんが代表して村長に挨拶する。
「こちらこそ、宜しく。今日はどんな金剛の原石が見つかるか楽しみですよ。ささ、皆さん、どうぞお入りください」
そう言うと村長は家の中へと入っていった。
俺達も後へ続く。
村長の家は俺達の家と同じような材質で出来ているみたいで、中がやけに広いこと以外は普通の一軒家だった。
少し廊下を歩いた先で、村長が立ち止まる。
「この先が本日の鑑定室です。申し訳無いですが、希望者の方以外はそちらのお部屋でお待ちくだされ」
「分かりました。ローレンス達、行こうか」
「お茶も用意してありますから飲んでくださって結構です。鑑定が終わるまでご自由にお寛ぎくだされ」
村長が廊下の横にある扉を開けると、テーブルや椅子が並ぶ待合室のようになっていた。アランさん達はそこへ入っていく。
「ジャック、俺達はここで待ってるからな。泣いて帰ってくんじゃねえぞ」
「あんた、泣くくらい良いじゃないか!鑑定なんて大事な日くらい優しくしてやりな!」
「泣かねえよ!なんだよ父ちゃんも母ちゃんも!」
入る直前で、ローレンス親子は言い合いをしている。
「アリス、お前は優しい子だから、きっと優しいスキルを持っているさ。そんなに怖がらなくてもいい。クロエ、もしアリスが泣いちゃったら、宥めてあげて欲しい」
「…うん」
「…分かったわ。でも、パパ…」
「分かってる。クロエ、万が一の時はパパが慰めてあげるさ。大丈夫、クロエもきっと良いスキルだよ」
「ママも一緒よ。あなた達がどんなスキルを持っていたとしても私達は家族なんだから」
アラン親子も部屋の中で話し合っている。
なんだかまるで、これから長い間会えなくなるかの様な雰囲気だ。あれが普通か…よし、もう一回くらい試してみよう。今度こそ。
「父さん、あの〜その…」
「いやノエル、お前は何も言わなくていい。やめろ」
先制された。まだ何も言ってないじゃないか。
「はぁ…ノエル、この前話した通りだ。今日は俺も入る。何かあったら父さんが守る」
「うん、お願いします」
正直、何かあっても何とかなるだろうと思っている。出来れば何も起きて欲しくは無いが、いざとなったらニワトリを呼び出してコモンスキルを全部取得してでも逃げる覚悟はしている。もしそうなったらこの村から出て逃亡生活でも始めなくちゃならないが…
皆に迷惑は掛けられない。
「皆さん、もう宜しいですかな?こちらへどうぞ」
村長に促され、ジャック達はそれぞれの家族と離れる。
俺と父さん、ジャック、クロエ、アリスの五人は村長に着いて行く。村長は廊下の奥へと向かっている。突き当たりまで行くと扉があった。
「こちらが鑑定室です。鑑定士の方はもうお見えになっていますので、入ったら鑑定士の方の指示に従ってくだされ」
村長が扉を開け、鑑定室の中へと入っていく。
俺達も続いて順に入る。
「ようこそ、お越しくださった。おや、今年は多いね。部屋が窮屈だ」
部屋には既に一人、人が居た。この人が鑑定士だろうか。
「…お久しぶりです、鑑定士殿。本日は宜しくお願いする」
「もしかしてブレット君かい?最初の鑑定ぶりだね、でかくなったもんだ…こちらこそ、宜しく」
父さんは鑑定士と呼ばれた人と顔見知りのようだった。
鑑定士は頂点が尖っていて鍔の広い魔女のような帽子を被っていた。声から判断するに女性のようで、足元まである黒いローブを身にまとっている。帽子の下からは長く尖った耳と、銀色の綺麗な髪が覗いている。
そして鑑定士の立つ横には、四角く黒曜のように深い黒色をした台が置かれていた。
「ふむ、そちらは息子さんか?わざわざ鑑定を希望してまで付き添うなんて、ブレット君は心配性だ。鑑定も安くないんだぞ?」
父さんの隣に立つ俺を見て鑑定士が言う。
「ああ、そうだ。だが息子だけじゃないぞ。この子達の護衛も兼ねている。この子達の親からも頼まれて、費用は分担して出して貰ってるんだ」
今気づいたが、鑑定士を見る父さんの表情は堅い。
「…あの話だろ?誰が何のために噂を広げているのか知らないが、その所為でブレット君のように皆疑っているんだよ…証拠も無いのに。…まあ、噂されているような事は決して無いから安心していい。ギルドは野蛮な事はしないのさ。君の時も、何も無かっただろう?」
「それは、そうだが…」
「歯切れが悪いね。何か心当たりでもあるようだ」
「…」
鑑定士と父さんは無言で視線を交わしていた。なんだこの空気。鑑定士の視線が俺を捉える。父さんは視線から俺を庇うように一歩前に出た。再び視線が交差する。
しばらくして、鑑定士はふっと息を吐くと笑顔を浮かべた。
「なんだ、随分と警戒するじゃないか。何もしないって。どの道、鑑定をしてしまえば分かる事だ。さっきも言ったけど、連れ去ったりなんかしないさ。心配しすぎだよ」
そう言われて漸く、父さんは少し警戒を緩めたようだった。どうやら俺が思っていた以上に、父さんは俺を心配している。
「…そうだな。皆、おかしな雰囲気にして済まない。鑑定士殿、邪魔をした。進めてくれ」
父さんは先程まで立っていた位置に戻ると、鑑定士に進行を促した。
「心配で親がしゃしゃり出てくるってのはよくある事だよ。ブレット君、君も立派に人の親になったってことだね。泣きながら鑑定を受けた男の子はもう居ないようだ」
「おい、鑑定士殿…」
父さんが泣くなんて想像出来ないが…ははあ、さては父さん、この鑑定士の事が苦手なんだな。道理で警戒する訳だ。
「ふふ…さて、始めようか。何、やる事は単純で簡単だ。ただこの台の前に来て手をかざすだけ。後は全部私に任せるがいい。名前、レベル、能力値、固有スキル…君達の全てを丸裸にしてあげよう」
「…ごくり」
ジャックが唾を飲み込む。
「それと注意事項だ。子供達、これから君達が行うのはただの能力測定じゃない。能力値や固有スキルは、使い方によっては暴力にも成り得る。自分とスキルを正しく知る事、他人を傷付けないこと。勿論、自分自身も。以上を厳守してね、でないと本当に連れ去って実験体にしてしまうかも…」
鑑定士は帽子を深く被り直すと、身につけているローブを思いっきり広げた。ローブの中には、幾つもの白い骸骨が吊るされていた。
「…こんな風にね!!」
おい、どこが鑑定士だ。ただの魔女だろ。
「…ひっ…!」
「大丈夫よ、アリス」
怯えてしまったアリスをクロエが宥めている。ジャックは珍しく固い表情だ。ロブ兄さんが言ってたのはこれだな。こうやって子供達に危険意識を植え付けるのが鑑定士の常套手段なんだろう。
「うん、まあいいかな」
俺達の反応を確認した鑑定士は、満足したような顔をして頷く。
「鑑定士殿、あんたまだそんなことやってたのか…」
「良いじゃないか。こうでもしないと子供達はピンと来ないんだよ、スキルが危険だなんて」
「もっと他にやり方があるだろう…」
危険意識どころかトラウマが植え付けられそうだ。
「これが一番手っ取り早いんだよ…ふむ、そうだね…今回はブレット君もいる事だし、お手本を見せて貰おうかな」
「はあ、分かった。俺が最初だな」
そう答えると父さんは黒い台の前に立った。俺達四人はその後ろで横並びに待機している。
「ブレット君、手を」
「ああ」
父さんが台に向けて手をかざすと、台の正面からぼんやりと青い長方形が浮かび上がった。そこには白い文字が書いてある。ニワトリのステータス画面と同じだ。唯一違うのは、書かれている文字が日本語では無いという点だ。
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ブレット・イーストウッド
Lv.27
生命:158/158
魔素:54/55
持久力:95
筋力:120
耐久力:80
魔力:42
固有スキル:【剛力】
コモンスキル:なし
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「…ふむ、中々良く育ったじゃないか。剛力なんて持っているのにこの筋力とは恵まれているね」
「スキルに頼らず仕事をしてるんだ。これ位の数値じゃなきゃ困る」
とは言いつつも、父さんは少し誇らしそうだ。ええ、父さんいいスキル持ってるな。『剛力』は、発動すると魔素を消費する代わりに一時的に全身の筋力に1.5倍の補正を掛けるスキルだ。つまりパワー型である。
「そうかい。で、どうする?コモンスキルは何か取得するかい?」
「いや、止めておこう。まだまだ俺自身の肉体だけで十分だ」
「スキルポイントが腐るよ、ブレット君…君がそれで良いなら良いけどね」
そう言うと鑑定士はローブの中から紙の束を出し、青いステータス画面を見ながら何かを書きだした。
「…こんなもんかな。ほら、ブレット君。今回の鑑定結果と証明書だ。無くすんじゃないよ」
「ああ、分かっている」
鑑定士は紙の束から一枚を契ると、ローブから更にカードの様なものを取り出した。二つを父さんに手渡す。
「まあ、こんな感じだ。簡単だろ?」
カードと紙を受け取った父さんは俺達の方へ戻ってきた。なる程、想像していたよりも大分簡素だ。
「ただ画面を見て、記録するだけなんだね。もっと詳しく教えてくれるのかと思ってた」
「父さんは二回目だからな。初回は色々と説明してくれる」
「そうなんだ」
俺を含め、子供達は能力値とか見てもサッパリだろう。
「ここまではデモンストレーションみたいなもんだ。次からが本番だよ。さあ子供達、誰が最初だい?」
「…俺!俺だ!」
鑑定士が声を掛けるとジャックが前に出た。父さんのお手本を見た事で心の中のハードルが下がったのか、完全に元気を取り戻している。
「元気だね、君。名前は?」
「ジャックだ!」
「勇ましい名だ、威勢も良い。ジャック君、望み通り君から鑑定しようか」
「やったぜ!」
ジャックが黒い台の前に立つ。
「じゃあ始めよう…そこに手をかざして、そう。そのままだ。動くんじゃないよ」
こうして俺達四人の鑑定が始まった。




