勉強会と友達
調子が良かったので二話分書けました。
「ノエルくんは飲み込みが早いね…」
勉強会を始めて三十分程経った頃、アランさんが俺のノートを見てそう言った。
「この単語なんて教科書の後ろの方にあったものじゃないか…?」
アランさんは繰り返し書かれている単語を指で指し示した。
「…実は、文字はもうほとんど書けるんです」
「えっそうなの!?」
アリスがこちらを見る。
図鑑を読み漁って両親を質問責めにした甲斐もあり、文字の読み書きはほとんど完璧だった。しかし、アランさんが貸してくれた教科書を読むと、間違えた覚え方をしている文字も多かった。
それに、単語等の複雑な文字の組み合わせとなるとまだまだ知らないことは沢山ある。
俺はそんな文字や単語を重点的に探して、ノートに書き込んでいた。
「うわぁ、ほんとだ。むつかしい文字ばっかり」
「よく見ると僕が知らない単語もあるな…」
「…あんた、なんでこんな文字まで書けるのよ」
アリスとクロエが俺のノートを覗き込む。
「母さんに教えて貰ったんです。家の本を読みたくて昔から質問しまくってました」
「カミラさんか…街出身ってこともあるけど、流石カミラさんって感じがするなぁ」
「母さんって街生まれだったんですか?」
初めて知った。確かに、母さんに何か聞くと大体何でも教えてくれるので知恵袋みたいだとは思っていたけど、それが街由来のものだとは知らなかった。
「おや、ノエルくんは知らなかったのか。カミラさんはブレットが街から引っ張ってきたんだ。一目惚れだなんだので口説いてきたって言ってたよ」
そうなのか、これは面白いことを知った。帰ったら父さんと母さんに聞いてみよう。
「カミラさんは街では有名な人でね、今でも街を歩いているとたまに名前を聞くくらいなんだ。良いとこのお嬢さんだったってのもあるけど、街一番の美人で頭も良かった。才色兼備ってやつだね」
「そんな人がよくうちの父さんと結婚してくれましたね…」
「僕達も驚いたよ。ローレンスなんか、結婚の話を聞いた時は冗談だと思って爆笑してたから」
父さんは優しくて顔もそこそこだが、決して何かが飛び抜けて優れている訳では無い。単に人柄と情熱で勝負して勝ったんだろうな。中々やる。
「そしてノエルくんもその両親の才能をしっかりと受け継いでいたようだね。会った時から思っていたけど、君はとても行儀が良い」
「そうでしょうか…」
「そうだよ。うちのアリスだって、そこまで自然に丁寧語を使ったりなんて出来ないよ」
アリスがこくこくと頷く。
と、様子を見ていたクロエがノートをこちらに向けて話しかけてきた。
「ノエル、この文字ってどういう意味なのかしら」
「ああ、それは『植物』だね」
「…ありがと」
クロエはノートを自分の前に戻すと、何かを書き込んだ。
今、アリスとクロエが一緒に見ている教科書のページ辺りなら大体は答えられる気がする。
「ノエルくん、もし良かったらアリスとクロエの教師役になってくれないかい?」
「俺がですか?良いですけど…俺もこの通り、知らないことも多いですよ」
そう言ってアランさんにノートを見せる。
「現時点で僕よりも知っていることは多いと思うよ。それに、僕だけじゃ限界な部分もあるって考えてたんだ、手伝ってくれると助かるな。勿論、何かお礼もさせて貰うよ」
「そうですか…」
お礼か…そういえば、アランさんの家には他にも教科書があったりするんだろうか。もしそれを貸して貰えれば、もっとこの世界について知ることが出来るかもしれない。
「アランさん、数学とか魔法の教科書って持ってますか?それか、図鑑とか」
「う〜ん、教科書は無いかなぁ…図鑑は何冊かあるよ」
「その図鑑を見せて頂けませんか?勉強のお手伝いをする時に見せて頂けるなら、その話を引き受けます」
「それならお安い御用だよ。でも良いのかい?勉強のお礼が勉強だなんて」
「好きなので嬉しいくらいですよ。これからよろしくお願いします」
「ああ、ありがとう。こちらこそよろしく」
そう言って俺はアランさんと握手をした。
思わぬ収穫だ。一体何の図鑑があるんだろうか。動物とか魚でも良い。うちにある図鑑と書いてある内容が少しでも違えば知識になる。
「ノエル、これからまいにち来てくれるの!?」
「毎日じゃないよ、勉強の日だけ来てもらおうか」
流石に毎日勉強する訳じゃないんだな。出来ることなら少しでも図鑑を読みたかったので、ちょっと残念だ。
「あんた、来るたびにアリスとおままごとすることになるわよ」
「えっ」
クロエがそんな事を言ってきた。冷や汗が流れる。それは完全に頭から離れていた。
「ノエル、おままごとのお勉強もしようね」
アリスがニコニコしている。終わった。また軽率なことをしてしまった。どうしていつも俺は目先の事ばかり考えて行動してしまうんだ。あの演技指導をこれからずっと受けるのか。今まで見てきたどんな教師よりも厳しいぞ、アリスは。うわぁ…
俺が頭を抱えて唸っていると、唐突に玄関の扉が叩かれた。
お客さんだろうか。
にしては乱暴に叩かれている。
「おい!ノエル!いるんだろ!出てこい!ノエル!」
聞き覚えのある声がした。
「はいはい、ちょっと待ってね」
アランさんが椅子を離れ玄関の扉を開けると、そこにはジャックがいた。
「やあジャックくん。いらっしゃい」
「え、あ、こ、こんにちは、アランさん」
ジャックは出て来るのがアランさんだとは考えて居なかったらしく、しどろもどろになっていた。いや、ここはアランさん達の家だが。
「…っじゃなくて、ノエル!おい!やっぱりいるじゃないか!」
アランさん越しに俺の姿を見つけると、ジャックは俺を指さした。
「なによジャック!ノエルになにかよう!?」
椅子に座ったままクロエが叫ぶ。
「うるせえ!おまえには話しかけてねえ!おいノエル!おれとしょうぶしろ!」
「勝負?」
突然アランさんの家に押しかけたと思ったら、何を言っているんだろうか。
勝負とは穏やかじゃない。
「ジャック、何で俺がここに居るって知ってたの?」
「おまえんちに行ったんだよ!そしたらここにいるってブレットさんが言った!」
「俺の家に?それは何で?」
「きのうから父ちゃんがうるさいんだよ!ノエルみたいにおちつけだの、ノエルをみならえだの、うんざりだ!」
なるほど、それで俺と勝負して勝ったらローレンスおじさんに何も言われなくなると思ったんだな。
「でもジャック、勝負って何の勝負をするつもり?」
「それは!…えーと、うんと…ちょっとかんがえるからまってろ!」
何も考えずに来たんかい。
「ジャック!ノエルはいまあたしたちに勉強をおしえてくれるとこなの!しょうぶなんてしてるひまはないわ!じゃまよ!」
「はあ?べんきょお!?バカ女がぁ?」
おい、クロエの父はそこにいるんだぞ。
「誰がバカ女よ!あんたこそ、なにも勉強してなさそうじゃない!あんたの方がバカよ!」
「ぐぬ…」
図星だったのか、ジャックは言い返せなくなってしまった。そして少し考える素振りを見せると、俺の方を向いた。
「おい、ノエル。おれに勉強をおしえろ。あんなバカ女におしえてないで、おれにおしえろ」
「なんですって!」
ジャック、勝負はもういいのか。気の変わりようが早すぎる…しかし、そう来たか。案外ジャックも根は真面目なのかもしれない。
「どうせ文字もかけないくせに何言ってるのよ!ノエルからおしえてもらおうだなんておこがましいわよ!」
「うるせえバカ女!おれが勉強すればおまえよりもだんぜんかしこくなれるんだからな!」
この二人は何時でも何処でも喧嘩するな…まあ喧嘩する程仲が良いとは言うから、殴り合うとこまでいかなければ大丈夫だろう。
アランさんもいるし。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。ジャックくん、丁度いい。うちのアリスとクロエも、ノエルくんに勉強を見てもらうことになったんだ。君も一緒に勉強しないか?」
「おれがこのバカお…」
「おいジャック!」
「…おれがクロエとアリスと勉強?」
「そうだよ、ペンとノートは僕が貸してあげよう。どうだい?」
アランさんは優しいな。俺もジャックだけ仲間外れにするのは少し気がかりだったから、中々良い流れだと思った。
「…でも、あいつといっしょなんて」
「ふん、あたしにバカがバレるのがこわいのね!やっぱりバカ男じゃない!」
「…なんだと!」
クロエが挑発する。
「おい!アランさん!おれも勉強する!あのバカ女におれがかしこくなっていくところを見せつけてやる!」
挑発に乗ったジャックはアランさんにそう言うと勝手に家の中に入り、テーブルへ向かって行った。
「はは、良かった良かった。これで皆仲良しだね」
アランさんは楽観的だな…にしてもクロエ、今のはわざと挑発したんだろうか。
もし故意だとすると、クロエは意外にも気配り上手なのかもしれない。
アランさんは扉を閉め、ジャックの分のノートとペンを用意し始めた。
俺は元に座っていた椅子に向かう前に、クロエの座る椅子の側まで行く。
「クロエ」
「…なによ」
「さっきの、ありがとうね」
「…ふん、しらないわよ!」
やっぱりわざとだったようだ。何でもない様な顔でノートに文字を書いてはいるが、頬と耳が赤くなっていた。
俺は椅子に座ると、ジャックに俺が文字を書いたノートを見せる。
「おい、ノエル!これはなんだ!」
「これが文字だよ。結構種類があるんだ」
「はあ?このぐねぐねした棒が文字?」
「あんた文字すら見たことないの?一体どういう生活してるのよ!」
「うるせえ!文字なんてみなくても生きていけるだろうが!父ちゃんも、新聞とかいうのは読んだことないっていってたぞ!」
「…ローレンス…新聞くらい読まないと駄目だぞ…」
「うるさいよぉ…」
これ本当に勉強会か?騒がしすぎるんだけど…
俺はジャックとクロエが言い争いをしている内に、簡単な文字表を用意した。
「ほらジャック、これ」
「ああ?なんだよ…」
「文字表だよ。 まずはこれを練習しよう」
「ああ…」
ジャックは素直に受け取ると、表を見ながら自分のノートに一文字ずつ丁寧に書き写している。まだ全然整った字では無いが、この調子ならすぐに上手くなるだろうな。
喧嘩っ早いが、こういうとこは本当に真面目だ。
「ノエル、これはなんて読むの?」
「ああ、それは…」
「おいノエル!この文字とこの文字はおなじじゃないのか!かたちが似ているぞ!」
「ちょっと!こっちがさきよ!」
「うるせえ!おまえはさっきまでノエルにずっと聞いてただろ!いまはこっちの番だ!」
「ふぇぇ…わたしも聞きたいのに…」
「…僕も後でいいかな、ノエルくん」
「アランさんはクロエとジャックを止めてくださいよ…」
アランさんは教える側じゃなかったのか。こんなの図鑑を読む暇なんて無いぞ…
「あんたはだまって文字を書いてなさいよ!ノエルがべつべつにわけたってことは、その文字とその文字はちがうのよ!それくらい分かりなさいよ!」
「うるせえバカお…んん?そうか、いや、それくらい分かってたからな!」
「だったらもういいでしょ!ノエル!おしえなさい!」
「うん、その単語は…」
「おい、ノエル!この文字は!」
「…あんたいいかげんにしなさいよ!」
こうして、賑やかすぎる勉強会は日が沈むまで続いた。
それにしても、昨日までは一人で勉強していたのに今日で一気に騒がしくなったな。自分の勉強の時間は減ってしまったが、友達と一緒に勉強するのも悪くない。とても楽しい。
楽しすぎて時間を忘れてしまっていた。父さんに伝えた帰宅時間も過ぎてしまい、帰った時にはすっかり日は沈んだ後だった。
父さんと母さんはめちゃくちゃ心配していたらしく、家に着くと父さんは俺を探しに行くために玄関で準備をしていたところだった。
初めて父さんに拳骨を食らった。




