とある神殿騎士の聖女候補観察日記
俺はキール、二十一歳。
ここフォルティーン王国で神殿騎士をしている。
平和な国だったが、一年前に謎の魔力を宿した隕石が落ちてきたことで情勢は一変した。
謎の隕石から生まれてくる魔物のせいで国は荒れ、俺たち神殿騎士も本来の職務とは違う魔物討伐などの仕事に駆り出されるようになった。
それまでは神殿の草むしりが主な仕事だったのに、だ。
半年ほど経ったある日、神託が下った。
『この国の危機を救うためには聖女の存在が必要である』と。
国中から聖女になりえる少女が神殿に集められ、聖女候補として最終的に十人に絞りこまれた。
その中の誰が聖女になるかはまだわからないが、神殿騎士の俺たちはそんな聖女候補の身の回りの警護をすることになった。
…………なったのはいいんだが。
一つ言っていいか?
こいつらはいったい何をしに神殿に来たんだ?
金髪のきつい巻き毛に青い瞳。背はやや高め、全体的に華やかな印象の聖女候補ミリア様。
十人いる聖女候補の中の一人なのだが、俺は一度も彼女が聖女らしいところを見たことがない。
いや、それどころか日替わりで変わる護衛対象の聖女候補たちが聖女らしかったところなど一度たりとも見たことがない。
俺は今日も今日とて聖女候補の護衛をしながら、目の前で繰り広げられる恋愛イベントなるものを見せつけられている。
「レオナルド様、小さなお花が咲いていますわ」
ああ、今日もいい天気だなぁ……。
聖女候補、お役目しろ。
「二人きりのときはレオだろ? ほら、そんな小さな花よりこっちを見て――今はその海より青い瞳が他のもの見るなんて耐えられない」
おい、王太子。幼馴染みだか何だか知らないが、なに聖女候補を誘惑してやがる。花にまで嫉妬すんな。ってか、城に帰って仕事しろ。
ちょいちょい挟む小言には目を瞑ってもらいたい。
聖女候補としてのお役目を果たすわけでもないのに、毎日のように神殿裏の泉で逢引きしやがって……口から砂糖を吐きそうなほど甘いセリフを聞かされるこっちの身にもなってほしい。
くそぅ、俺も彼女が欲しい。
ついでに休みもほしい。
爆ぜろリア充がっ!
魔物退治に駆り出されるよりは体力的にはずっと楽なはずなのに、精神的な消耗が半端ない。なんだかよくわかんないものがゴリゴリと削られていく。
そのせいか、俺と同じで聖女候補の護衛をしているやつらはみんな疲れた顔をしている。
最初は女の子を護衛できるなんて騎士としてこれほど嬉しいものはないですね! なんて喜んでいた後輩も、今では虚ろな目でもう誰でもいいから聖女決まってくれないですかねなんて言っている。
ぶっちゃけ俺も同意見だ。
早く草むしり業務に戻りたい。
ああ、あの平穏でまったりした日々が懐かしい。
毎日ピンク色の空気を見せつけられる俺たちの身にもなってほしい。
いつしか俺たちは行きつけの酒場で冷えたエールを片手に、聖女候補たちのことを愚痴り合うのが日課になっていた。
こんな不毛な日課もう嫌だあああああ!!
俺は一気にエールを呷ると、向かいに座る短髪のがっちりした体格の同僚に声をかけた。
「おい、ジャック。お前んとこは今日どうだったよ? 今日の護衛はララベル様だっけ?」
ジャックは俺の同期で、同じ釜の飯を食ってきただけあって気心の知れた仲だ。
だからこそ本気で愚痴り合える。
やつはテーブルに頬杖をついて深いため息をつくと、今日あったことを思い返して頭を抱えた。
「あいつ……今日はバーラン卿とただ公園にピクニックに行っただけだった……」
「まじか……」
「キールのとこは? 今日はミリア様だったか」
「うちは王太子と神殿裏デートだったわ……」
俺がそう答えると、隣に座ってエールをちびちび飲んでいた後輩のアベルがすっと右手を挙げた。
「アネッサ様なんて、また変な男引っかけて酒飲んで帰ってきただけですよ!?」
「おう……」
三人とも今日の報告が終わったところで口を閉ざしてため息を吐きだす。
「ほんとにあの中から聖女になれる人なんて出てくるんでしょうか……」
『それな』
後輩のぼやきに、俺とジャックは声をハモらせて項垂れた。
***
ある日、聖女候補が一人脱落した。
何があったのかは知らないが、とある貴族の次男坊と駆け落ちしたらしい。
これはあれか。
いわゆる大恋愛の末の逃避行というやつか。
本当、神殿に何しにきたんだよとつっこみたくなる。
残る聖女候補はあと九人。
ふんわり茶髪にエメラルドの瞳の天真爛漫系ララベル。
金髪のきつい巻き毛に青い瞳の侯爵令嬢ミリア。
ミリアの双子の妹で髪をハーフアップにしたおっとり系マリア。
ストレートの黒髪に黒い瞳の清楚系オリヴィア。
ウェーブがかったピンクの髪に赤い瞳の可愛系シシリィ。
腰までの金髪をツインテールにしたツンデレ系アリス。
銀髪に青い瞳の男勝りな元騎士のジュリ。
赤髪に深紅の瞳の妖艶なお姉さんアネッサ。
ひざ下まである長い白髪に紫の瞳のつるぺた幼女ローリア。
最後の方の説明が適当になったのは気のせいだ。
とにかく聖女候補はこの九人に絞られた。
…………まぁ、九人ともまともに聖女らしいお役目をしてないんだけどな。
一番マシなのは一番年下のローリア様だろうか。
あの子はいつもふらふらと外出しては猫やらウサギやらと戯れている。
正直、あの子の護衛の日はピンク色の空気がないだけに心が安らぐ。
ついでに幼女が動物と戯れる姿は心が癒される。
ただちょっと不思議ちゃんなのがなぁ……。
生活力がなさそうでお兄さん心配になっちゃう。そんな子だ。
***
今日の護衛対象を確認したら元騎士をしていたジュリ様だった。
ジュリ様か……。
俺は銀髪に青い瞳の麗人を思い浮かべてため息をついた。
あの人の護衛の日もピンク色の空気にはならないんだが、彼女はなぜか男に変な対抗心があるらしく、隙あらば護衛騎士に剣の相手をさせている。
朝から晩までずっとだ。もちろん聖女候補としてのお役目はそっちのけである。
俺たちの間でこっそり鬼軍曹とよばれているのを彼女は知っているんだろうか。
彼女が聖女になったら間違いなく脳筋な聖女になるだろう。
そして神殿が闘技場になる。間違いない。
きっと神殿にいる騎士はすべて彼女の剣の相手として平穏な日常を奪われるのだ……これはいただけない。
「そらっ! そんな逃げ腰で私の剣が受けられるとでも!?」
「っ……!」
女性とは思えないほどの重い剣を受けて跳ね返す。
「へばるな! もっと遠慮なく来いっ!」
そうして鬼軍曹相手に日が傾くまで剣の相手をさせられて、彼女を神殿の自室まで送り届ける。
ようやく終わった。
だめだ……今日は飲みに行く気にすらなれない。
ジュリ様恐ろしや……。
そのままベッドに倒れ込みたいのを踏みとどまって、烏の行水のごとき早さで湯浴みをして眠りについた。
***
次の日は腰までのストレートな黒髪に黒い瞳が印象的な清楚系のオリヴィア様。
オリヴィア様はもともと神殿で働いていた巫女見習いで神殿にいるヴァイスという神官と仲がいい。
それはいい。それはいいんだが。
どうしてここのやつらは俺の前で堂々と逢引きするかね。
会うならもっとこう、護衛の俺を撒いてこっそり会うとか、夜の闇に紛れて会うとか色々あるだろうが。
それにしても……。
俺はちらりと目の前で赤面し合う二人を胡乱げな目で見やる。
「すみません、わざとではないんです」
「わ、わかっていますよ、ヴァイス。だ、大丈夫、だから……その……手を……」
頬を染めながら繋がれた手に目を向けたオリヴィア様に、ヴァイスさんは顔を更に赤くして慌てて手を放した。
「す、すみません!」
「い、いえ……」
「………………」
「………………」
離された手を少し寂しそうに見つめてお互い無言になる。
おーい、俺、ここにいますよー。見えてますかー?
もっと手を繋いでいたいなら素直にそう言えばいいじゃんって思うのは俺だけだろうか。
傍から見てもお互い想い合ってるのがばればれなのに、どうしてそのことに当の本人たちだけ気づいてないんだろうな? いや、実は気づいていて気づかないふりをしてるとか?
純情なのはいいんだが、いかんせんもどかしい。
でも他の聖女候補はともかく、この二人の恋愛はなんとなく応援したくなるんだよなぁ。
もう聖女とかどうでもいいから結ばれてください。お願いします。
あー、じれったくて背中がむず痒い。
そうして今日も無事に一日が終わり、聖女候補を部屋まで送り届けて同僚と飲みに繰り出すのだった。
***
その次の日は腰までの金髪をツインテールにしたアリス様。
彼女はあれだ。所謂ツンデレというやつだ。
なぜお礼を言うのに一度つっけんどんな態度をとるのか。
それに慣れるまではいちいちカチンとしたものだが、たかが護衛にお礼の一つも言えないような輩もいるので、お礼が言える分だけ彼女はましなほうである。
そんなアリス様はよく町に出かけてエリクという小柄な少年を探している。
何をしている人かは知らないが、よく路地裏とかにいるところを見つけられて、アリス様に「偶然ね!」とか言われながらずりずり引きずり出されている。
エリク君は「しょうがねぇなぁ」とか言いながらまんざらでもない顔で付き合っているが、違うぞ。町中ずっとお前のこと探して歩き回ってたんだからな?
建物と建物の隙間の狭い路地もぜーんぶ確認してるんだからな?
いつも偶然を装ってるけど、偶然なんかじゃないことを俺たち護衛だけが知っている。
めっちゃ執着されてるの気づいてるか? アリス様、実はヤバイ人だぞ?
これを知ったら、エリク君は裸足で逃げ出すんじゃないだろうか。
今日も今日とてアリス様はエリク君を発見するやいなや強引にデートに持ち込んだ。
二人がボートに乗ってキャッキャウフフしてるところを少し離れたボートから見守る。
しょうがないだろ、一応聖女候補の護衛なんだから。目を離した隙に何かあったら責任問題だ。
その時、二人の乗ったボートがガタンと揺れた。
「!?」
アリス様の小さな悲鳴に体が反射的に動いたが、ここはボートの上。
「ぬあっ!!」
自分が乗ったボートも大きく揺れて、しまったと思うと同時に冷たい水の中に落ちた。
やっちまったと思ってアリス様を見たら、彼女はしっかりエリク君に抱きとめられていた。
「エリク……」
「ったく、そそっかしいやつだな。しっかり俺につかまってろよ」
「っ……あ、あんたがそういうなら……つかまっといてあげるわよ――――その、助けてくれてありがとう」
そして始まるピンク色の時間。
俺はそれを冷たい水の中から顔を半分だけ出した状態で見守る。
………………これ、俺いらなくないか?
バランスを崩して抱き合うような形になってる二人を見ながら俺は思わず遠い目をした。
くそう、早く帰りたい。
***
そのまた次の日。
赤髪に深紅の瞳が印象的なアネッサ様が今日の護衛対象だった。
彼女はとてもそそられる体つきをしていて、いつも目のやり場に困ってしまう。
露出の高い服に豊満で柔らかそうな胸。
彼女の護衛についたやつは一度はラッキースケベな展開に憧れを抱くはずだ。
目のやり場に困ってしまうとか言いながらも、視線がついつい胸に行ってしまうのは男のさがなのだ、許してほしい。
アネッサ様は聖女候補のなかでも一番年上で、飲み屋のママさんのような性格をしている。
そのせいなのか、碌な男が寄ってこない。
彼女自身困っている人を見ると放っておけないらしく、包み込むような包容力で毎日いろんな男を誑かしている――誑かしているというのは少々語弊があるかもしれないが。
町に出ればいつも変な男に引っかかり、酒場や喫茶店で人生相談になって、最後はなんだかいい雰囲気になって男が一方的に熱を上げてピンク色の空気になる。
今日も冒険者パーティーを追い出されたっていう暗い顔した魔法使いを引っかけて、公園のベンチで身の上話を聞いてあげている。
「……というわけで、恥ずかしながら役立たずの烙印を押されてしまいまして」
「まぁ……」
「はは……これで十三回目なんです、パーティー追い出されるの……俺、きっと魔法使いの才能ないんです。もう冒険者もやめて田舎に――」
「そんなことないわ! まだ諦めちゃだめよ!」
アネッサ様はすっかり沈み込んだ名も知れない魔法使いの両手を握って励ましているが、正直そいつには励ましじゃなくて引導を渡してあげた方がいいと思うんだ。
狭い洞窟の中で爆裂系の魔法はまずいだろうがよ。冒険者じゃなくても命の危険を感じるぞ。
他の十二回、何をやらかしてパーティー追放になったのかすごい気になるんだが。
そんなことを思っている俺の前で、セクシーな美女に励まされて魔法使いの目に光が戻ってくる。立ち直るの早いな。メンタルは強そうだ。
「ありがとうございます! なんか、もう一回頑張ってみようって気になりました」
「よかった!」
「ええ! それで、その……お礼に今からお茶でもいかがですか?」
「ありがとう」
こうして今日もアネッサ様は一人の青年を救った。
やってること自体は聖女様っぽいんだが、セクシーな服と吐息まじりなしゃべり方のせいで聖女っていうよりは飲み屋のママなんだよなぁ。
アネッサ様に救われた男はこうして彼女に落ちていくのである。
これは午後からピンク色の空気待ったなしだな。
これが天然の人たらしってやつなのか。
あー、俺もその柔らかい胸に抱かれたい。ちくしょうが。
***
その翌日の護衛対象は、ミリア様の双子の妹でストレートの金髪をハーフアップにしたおっとり系のマリア様だった。
顔はミリア様そっくりなのだが纏う雰囲気が正反対で、同じ環境で育ってるのにどうしてここまで違う人間になるのかと護衛の間でも首を傾げられている。
そんなマリア様の想い人は宰相の息子アルバート様だ。
頭がよさそうな眼鏡男子で、いつもお昼になるとマリア様はサンドイッチの詰まったバスケットを俺に持たせて思い人のところを訪れ、ひと時の逢瀬を楽しんでいる。
「アルバート様、お口に卵がくっついておりましてよ?」
「どこですか?」
「右の……もうちょっと左ですわ、その下――」
「マリア、取っていただけませんか?」
「仕方ありませんわね」
マリア様が苦笑してアルバート様の口元に手を伸ばす。
その指が卵の欠片をつまむと、アルバート様がすかさずマリア様の手を掴んで卵をつまんだ指を口に含んだ。
「ん……ご馳走様。貴女の手からこうして食べさせてもらうのは格別ですね」
「っ!!」
笑みを深めて詰め寄るアルバート様に、マリア様は顔を真っ赤にして硬直した。
もしもーし、俺いますよ。ここに。
がっつり見てますよー。見せつけられてますよー。
ピンク色の空気を全開で振りまく二人にくらりと眩暈を覚える。
これ、他の同僚にも聞いたんだけど毎日やってるんだぜ?
アルバート様、絶対わざと口元にくっつけてるよな?
ついでにマリア様にもつっこみたい。
なぜいつも服を選ぶだけで午前中が終わるんだ?
女性あるあるなのかもしれないが、着るものに頓着しない俺にはどうにも理解できない。
いやね、彼女が聖女候補としてちゃんとお役目を果たしてくれれば俺だって別に文句はないんですよ?
けどな、思い人との逢瀬が終わると即行で神殿に帰って、延々と彼との会話を日記にしたためているのはどうかと思うんだ。
もちろん聖女候補としてのお役目をしている時間などない。
用があって話しかけても、会話の最後はなぜかアルバート様に収束される。
恋愛脳、恐ろしや。
***
更にその翌日は、ふんわりした茶髪にくりっとしたエメラルドの瞳が可愛らしいララベル様だ。
もともとパン屋の娘だったようで、よく神殿でクッキーやマフィンなどの焼き菓子を作っている。
彼女の護衛の日は型崩れしたお菓子にありつけるとあって、護衛の間でも人気は高い。
ちなみに上手くできたお菓子は絶賛猛アタック中の政務官バーラン卿に献上される。
今日も今日とて午前中をお菓子作りに費やし、バーラン卿のところへ向かう。
ララベル様はバーラン卿の執務室のドアをノックすると、返事が返ってくるのも待たずにバーンとドアを開け放った。
「バーラン様! 今日も来ちゃいましたっ」
「これはこれは……ララベルではありませんか。今日は何用ですか?」
「じゃーん! お疲れだろうと思って美味しいお菓子を焼いてきたんです!」
「まったく……貴女という人は……では、ありがたくいただくとしましょうか」
自分で『美味しい』とか言っちゃったよ……。
もはやテンプレとなったやりとりに目を覆いたくなった。
彼の執務室を唐突に訪れて、仕事を中断させてお菓子を振る舞う。
なかなかの傍若無人ぶりに、バーラン卿の額に見えない青筋が見える。
ララベル様、気づいてくれ。親密度を上げようとしてるそれ、逆に親密度下げてるから!
『……』に含まれている意味を察してくれ。
小さくため息つかれちゃってるだろ!
それでも優しいバーラン卿は聖女候補の誘いをむげにはできないと、いつもお茶や散歩に付き合ってくれるのだ。
顔よし、家柄よし、職種よし。
三拍子そろったバーラン卿を落としたいのはわかる。
でもなぁ……ララベル様。
バーラン卿だけはやめといた方がいいと思うぜ。
そいつ絶対お前のこと欠片も好きだと思ってないから。
ピンク色の空気の中、砂糖のように甘い言葉を聞いてきた俺にはわかる。
こいつの言葉は上辺だけで心がちっともこもってない。
ついでに言うなら目の奥が笑ってないんだよ。何考えてるかわかんないから怖ぇんだよ、その人。
散々利用されて捨てられる未来が見えて仕方ないのは俺だけだろうか。
ちらりと卿がこちらを見て口の端をあげた。
ヒェッ……。
目が合ってゾクリとしたものが背筋を駆け抜ける。
…………卿が男色家という噂は本当なのかもしれない。
少しだけ身の危険を感じた穏やかな日の午後だった。
***
ぐ……此度もまたこの方の護衛が回ってきてしまったか……。
ウェーブがかったピンクの髪に赤い瞳が目を引く可愛系のシシリィ様。
仕草も可愛らしく、見た目だけでいうなら護衛の中でも一番人気がある。
え? 含みのある言い方だって?
そりゃあ、俺たち護衛は彼女が可愛い皮を脱いだところを知っているからな。外見の可愛らしさと中身のギャップで一番精神の消耗が激しいんだ。
俺は公園のベンチに座るシシリィ様と硬派な騎士ジョアン様のやりとりを眺める。
「シシリィ様、髪に花が……」
「やだ、どこ?」
「ええと、左側の……」
はいこれ、一昨日見たやつー。
シシリィ様は絶妙に花を避けて頭に触れる。
やがて自分で取った方が早いと思ったのか、ジョアン様が彼女の頭に触れて髪にくっついていた小さな花をそっとすくい上げた。
「ありがとうございます」
上目づかいで恥じらうようにお礼を言うシシリィ様にジョアン様の尊顔が赤面する。
俺はその様子を残念な目で見るしかない。
ジョアン様……俺たちの憧れジョアン様が……。
ジョアン様は王宮の騎士団に所属している騎士で、神殿騎士の俺たちからしたら雲の上のような人なのだ。もうね、俺たちなんかとは存在感が段違いなわけよ。
まず身に纏う気迫が違う。それに隙がない。
騎士の中でもジョアン様に憧れるやつは多い。
それなのに、だ。
ジョアン様もシシリィ様につかまっちゃったかー……。
いつも隙がなさそうなのに、シシリィ様を前にすると途端にポンコツ化するの勘弁してほしい。
憧れの騎士様のこんなギャップ知りたくなかったと泣く同僚の多いこと……。
俺は昨日とは逆でジョアン様に言ってやりたい。
こいつだけはやめておけ、と。
このお嬢さんは自分がどういうリアクションを取れば男に可愛く見られるか熟知している。
その証拠に、その頭についてた花は待ち合わせの前にその辺で摘んでたやつなんだぜ? それをわざわざジョアン様の見てないところで頭につけたんだ、俺は見てたぞ。
ちょっとわざとらしいところもあるが、そこは見目の良さがカバーしてしまうので相手の男はそれに気づかない。
理想が高く、気に入った男がいるとすぐに気がありますモードに突入。可愛い女の子に詰め寄られて男の方もすぐにその気になってしまう。
そうして騙されて捨てられた男を見るのももう両手では足らなくなった。
ジョアン様もその男の一人にされてしまうのかと思うと何とも言えない気持ちになった。
彼女のせいで女性に夢を見られなくなった男は少なくないはずだ――――俺も含めてな。
最近ではシシリィ様がジョアン様とどのくらいもつかを賭けるのが護衛の間で流行っている。不毛すぎる……。
***
はぁ……今日も疲れたな。
シシリィ様を部屋に送り届けて帰ろうとしたところで、俺はもう一人の聖女候補を見かけた。
あ。ローリア様だ。
ひざ下まで伸ばした白い髪を風になびかせながら、幼い少女が視界の端を横切っていく。
もうすぐ日が暮れるというのに供の一人もつけないで歩くなんて危ないだろうと、こっそり彼女の後をつける。
どこにいくんだ?
柱の陰に隠れて見守っていると、ローリア様は草陰から出てきた猫に乾燥した小魚のようなものを差し出した。
ああああああ、尊い。
今日の護衛がシシリィ様だっただけに、彼女の裏表のない姿がすごい輝いて見える。
ああ……いいものを見せてもらった。
思わず手を前に合わせて拝む。
そうして見守っていると、猫が一匹増え、二匹増え……おいおい、どこまで増えるんだ? ってか、この神殿どんだけ猫潜んでんだよ。
ローリア様が猫まみれになったところで思わず柱の陰から飛び出した。
「ローリア様、大丈夫ですか!?」
大量にくっついた猫から彼女を抱き上げると、ローリア様はきょとんとした顔をして俺に小魚を差し出してくれた。
「あなたも食べたいのですか?」
紫色の綺麗な瞳が俺を見てにこりと微笑む。
やべぇ、超かわいい。
見惚れて半開きになった口に小魚を突っ込まれたところではっと我に返る。
「……………ありがとうございます」
そうしてもっしゃもっしゃと食べた小魚は、塩味もなく何とも言えない味がした。
斜め上の優しさが心にしみるぜ。
一番マシとか言ってすみませんでした。
ローリア様……まじで聖女になってくんねーかな。
そしたら俺、生涯仕えるのに。
俺はローリア様を抱きかかえたまま部屋に送り届け、今日も気心の知れた仲間の待つ酒場に意気揚々と飲みに繰り出すのだった。
断じてロリコンではない。(by キール)
お読みいただき、ありがとうございました。