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結婚式と海の祝福

 

「だって、入学式なんて堅苦しいだけでしょ?」



 エレンは少年のような笑みを浮かべている。

 自由奔放だな、とオーロラは感じたがそれが今はとても心地よくて、鉛のように重たかった心が軽くなった気がした。


 オーロラたちを乗せた馬車はどんどん学園から遠ざかっていく。



「……なんだか、少し悪いことをしているみたいですね」



 王子様と学園を抜け出して、なんていつかこっそり読んだ物語みたいだ、とオーロラはくすりと笑う。

 ユーリは馬車の中にいるのだが、2人の世界を邪魔しないようにと極力存在感を消しながらも微笑ましく見守っている。


 少し表情が明るくなったオーロラを見て、エレンはほっとしていた。それと同時にあの義姉をいつか平手打ちしてやろう、と思うのだった。




「ああ、もう着いたみたいだ」



 馬車が止まり、オーロラはエレンにエスコートされ馬車を降りる。



「わあ、綺麗な海……!」



 青く、太陽の光でキラキラと輝く海が広がっている。

 白い砂浜にパンプスを履いて降り立つのは申し訳なく感じて、オーロラはおもむろにそれを脱ぎ捨てる。

 エレンもオーロラを見て履いていたブーツを脱いだ。



「……幼い頃、よく辛いときは海に来て、眺めていたんです」



 海に吸い寄せられるように歩きながら、そんな言葉が口をついて出た。


 エレン様と初めて会ったあの日、私は本当は消えてしまおうと思ったの、とは言えなくて、オーロラは一瞬言い淀む。



「ごめんなさい、まだ伝えていないこともたくさんありますのに……」

「いいよ、ゆっくりオーロラのこと聞かせてほしいな。僕はいつでもオーロラの味方だから」



 優しい笑顔。オーロラの目頭が熱くなって、そのあとすぐ視界がぼやける。



 そんなこと言われたこと、今まで一度もない。

 大好きな母ですら、そんな言葉は言ってくれなかった。母は父を信じ切っていたから……

 なのに、どうしてエレン様は私がほしい言葉ばかりくれるの。



 突然、唇にあたたかさを感じてオーロラは目を見開く。

 オーロラの鼻先に整ったエレンの顔がある。

 まつ毛が長い。綺麗な顔。髪の毛がくすぐったい。

 そんなことしか考えられなくなって、もうその次の瞬間には息を吸うことで精一杯になった。



「ん、は、エレン、さ、ま……」



 とろんとした表情でオーロラが絶え間絶え間に言うと、エレンはようやくぴたりと止まる。それからぶわわっと顔を赤くする。



「ごめん、がっつきすぎた…………」

「い、いえ、そんな……」



 初めての感覚だった、はじめてのキスがこんなに甘いものだなんて思わなかった。

 だけど、そんな思いは恥ずかしくて口にできそうもない。


 そうオーロラがもじもじとうつむいているのを、変に勘違いしたらしい、エレンは「本当、ごめん……」としおしおっとしてしまった。



「ち、違うんです……! そ、その、ただ少し驚いてしまって……」

「嫌、じゃない?」



 オーロラはこくりと頷く。すると途端にエレンは笑顔になってオーロラを抱きしめた。

 ぎゅううっと縫いとめられてしまうんじゃないか、という強い力で、オーロラは思わず身をよじる。


 するとエレンはふふっと嬉しそうに笑ってそれから流れるように跪く。



「オーロラ、改めてここで誓わせてほしい。僕は君を愛していて、ずっとずっと側にいたいと思っている」



 エレンは言葉をゆっくり選ぶように続ける。



「どうか、君もそうであってほしいと、願うほど僕はオーロラに対しては余裕がないんだ」



「あんな王太子まで出てこられたら困る」とぼそりと呟き、エレンはオーロラの手を取った。



「ゆっくりでいいから、オーロラも僕のこと知ってほしいし、欲を言えば好きになってほしい」



 そこまで言うとエレンはオーロラをじっと見つめた。



 もったいないくらい嬉しい愛の言葉だ。本当に自分に向けられているのかと思ってしまいそうになる。

 エレンが紡いでくれた言葉ひとつひとつがオーロラの心を幸せで満たしていく。


 応じたいけれど、オーロラはそれに相当する言葉を持ち合わせていない。



「私も、エレン様をもっと知りたいです。エレン様の……その、妻になれることが本当に嬉しいのです」



 オーロラはなんとか言葉を絞り出すと、後は想いをのせてエレンの手をぎゅっと握りしめた。

 エレンがぱあっと顔を輝かせる。そして何か――おそらく感謝を伝えようとした矢先、海から水飛沫が上がった。



 ばしゃんばしゃん、と音がしたのと同時に拍手が沸き起こる。


 オーロラが驚いてみると、たくさんの人魚が水面から顔を覗かせていた。



「おめでとうございます! エレン様!」

「エレン様とオーロラ様万歳!」

「お二人ともとっても素敵です!」



 そんな声がそこらじゅうから聞こえてきてオーロラは驚きつつも少し照れくさくなってエレンに目をやる。

 エレンはオーロラを見て少しはにかむとオーロラの肩を抱き寄せたままみんなに手を振ってみせる。


 エレンの王子らしい振る舞いと、まるで結婚のお披露目みたいなそれにオーロラもつられるように手を振る。



「こんなに集まってくるとは思ってなくて」

「ふふ、いいですよ。結婚式、できてよかったですね」



 思わぬ結婚式になってしまったけれど、とオーロラは笑う。それでも海に住む人魚たちに認められたような気がして嬉しく思った。



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