秘密のやりとり
「僕と協力して、あの2人の婚約をなかったことにしないか」
王太子にあるまじき発言。
そんなこと海底王国に無許可でできるのかしら、と疑問に思ったがマリーは「話だけでもお聞きしますわ」と笑みをたたえたのだった。
オーロラたちが王立学園に入学する3日前、秘密のやりとりは王宮の一室で行われていた。王国の要人、さらに王太子テレンスまで揃っており、マリーはそこに呼び出されたのである。
「君の義妹は国内でもかなり稀な癒しの魔法保持者だったのだけれど……知ってたかな」
「…………いいえ、知りませんでしたわ」
あのオーロラが? 母は知っていたのだろうか。なんにせよ、自分よりも劣っているはずの彼女が優れた魔法を保持していることはかなり気に食わない。
「僕は国のために彼女をあの人魚の王子様から取り返したいと思っているんだよ」
「それは、グランメール様のお近くにおかれるということですか」
「………ああ、なるほどね、それも嫌なのか」
マリーはとにかく彼女が自分よりも優れていて幸せなのが嫌だった。
自分でもどうしてここまで毛嫌いしているのか不思議に思うが、母が捨てられる原因となった彼女がただでさえ許せないのに、自分よりもなんでもできてしまうから。
母もそれに気がついて彼女から本を取り上げ、勉強する暇を与えまいとしたのだろう。おかげでマリーのいじめも正当化された。
「今、オーロラは人魚の王子様と幸せに過ごしているのでしょうか」
「たぶんね。そこにいる要人たちによればなんでも王子の方が彼女に迫っていたらしい」
「へえ」
マリーの中でぶちっと何かが切れる音がした。
許せない、音を上げて帰ってきなさいよ。王子に好かれるなんて許せない、魔法を持っているのも許せない!
「……わかりましたわ。代わりに条件がございます」
「なにかな」
「成功した暁には彼女に過酷な労働を。それから私に条件の良い結婚を」
「嫌な性格してるね」
マリーは不敵な笑みを浮かべる。
こうしてテレンスは魔法のため、国の利益のため、マリーは義妹の幸せを壊すため、2人は秘密裏に手を組むことになった――
***
「どうしてって、私はあなたの家族でしょう? だから特別に入学許可が降りたのよ。あなたがここに配属されると知って1人では心ぼそいと思って」
予期せぬ義姉との再会にオーロラは何も言えなくなってしまう。急に喉を締められたような感覚になり、声を出したくても出せなくなってしまうのだ。
「僕がついているのでその心配は必要ないかと」
エレンはオーロラを庇うようにマリーと対峙する。
マリーはエレンを一瞥する。
「人魚の王子様と会えるなんて嬉しい限りですわ。これからよろしくお願いしますわね」
にっこりと笑ったマリーは「では後ほどの入学式で」と言うと歩いて行ってしまった。
――どうして。もう、会わなくて済むと思ったのに。
怒号、暴言。マリーの攻撃はオーロラの精神を深く抉っていた。
王太子もいらしているのだからしっかりしなくては、となんとか持ち直そうとするが震えが止まらない。
様子を見かねたテレンスがオーロラを宥めようと手を伸ばす。しかしその手は音を立てて振り払われる。
「彼女は僕が付きそいますので――彼女に触れないでください」
エレンはオーロラの肩を抱いてそう言い放った。
そうしてテレンスの反応を待たずにエレンはオーロラを連れて研究所とは反対方向を向く。
少し怒っている様子でずんずんと歩いていくエレンに手を引かれながらオーロラが歩いていくと、エレンはそのまま馬車に乗り込もうとする。
「エ、エレン様、入学式がまだ……!」
泣きそうなどうしようもない自分を心配してくれていると気がついたオーロラは「心配なさらないでください」とぎこちなく笑ってみせる。
その様子にエレンは少しむっとした。
「今から、結婚式をしよう」
突然すぎる言葉に目を瞬かせるオーロラにエレンは含みのある笑みを浮かべたのだった。