幸せがつまった新生活 1
馬車を降りると、目の前にはオーロラの屋敷の何倍も大きい離宮がそびえ立っていた。今日からここで暮らすのかと思うとオーロラは変に緊張してしまいそうになる。
豪華な作りの離宮に見惚れていると、メイド服を着た女性たちが3人の前で深くお辞儀をした。
「私はメイド長のヘレンと申します。これからは私たちがみなさまの周辺のお世話をします」
メイド長のヘレンは30代後半、といったところの女性だった。
離宮にはメイド、召使いは10人ほどしかいないらしく、その10人だけで広い離宮を何から何まで管理するのだそう。
「こちらの召使いを呼ぼうにも薬の消費がな……」
エレンがそう考えているのを、ヘレンたちメイドは「お気になさらないでください」と微笑んだ。
オーロラが声をかけようとするとヘレンたちは「さあ中へ」と3人を離宮内へと促してしまい、言うタイミングを失ってしまった。
さすが王族の離宮だけあって、内装も豪華で芸術作品のように綺麗だった。彼女たちの管理がいいのか使われていないはずの離宮はどこもピカピカに磨きあげられている。
ひとまず、各々の部屋に案内されることとなり、それぞれ向かう。オーロラはメイドの1人、ティナに連れられこれからの自分の部屋に期待を寄せながら扉を開けた。
「わあ……!」
「ふふ、お気に召しました?」
オーロラは大きく頷いた。輝かせた目を見てティナもほっと安堵した。
オーロラにとってふかふかのベッド、それから風をきちんと凌げる窓さえ有れば十分嬉しいのだが、そんなオーロラから見てこの部屋は幸せを詰め込んだような部屋だった。
憧れていたしっかりとした机、並べられた本棚、大きすぎる明かり――シャンデリア。
オーロラは「本当にいいのですか」と改めてティナに問いかける。ティナはもちろんです、と笑った。
「長旅でお疲れでしょう、少し休まれてはいかがです?」
思えば、オーロラは王都へ2日ほどかけて馬車で揺られていた。ほぼ休むことなく王宮へ入り今に至る。
エレンたちもそれが分かっているのか会いに来る様子はない。
「……そうします」
「じゃあまずもう少し休みやすいお洋服に着替えましょうか。それから少しお茶にしましょう」
ティナに言われ、オーロラは立ち上がった。
最後に家族に用意された豪華なドレスから、離宮に用意されていた締め付けの弱い柔らかな白色のエンパイアドレスに着替える。
そのままティナはオーロラに鏡の前に座るよう促す。
それから櫛で髪をとかし始めた。
時折、その櫛は引っかかる。
今日のために仮にも王宮へ出向くのだから、と父に渡されたヘアオイルでも完全に髪が指通りの良い絹のような髪質になったわけではない。
それに、こんなに優しく誰かに髪をといてもらったのは母が亡くなって以来だった。
「…………これからは私たちがたくさんお手入れして差し上げますね。オーロラ様の髪は本当に綺麗ですから、もっと綺麗にしましょうね」
ティナはぽろぽろと涙をこぼすオーロラに何も聞かず、そう微笑んだ。
それからありったけのシャンプーとヘアオイル、お手入れ用品を用意して「腕がなります!」と笑って見せたのだった。
しばらくオーロラが部屋で談笑をしていると、コンコンとドアがノックされた。ティナがドアを開けると、そこにはエレンとユーリが立っていた。
「今から話をしたいのだけれど、いいかな」
エレンに促されオーロラは立ち上がる。
エレンとユーリは壁を支えに歩いているようだったが、先ほどよりはだいぶ歩けているように見えた。オーロラはお茶を飲んでいる間に練習したのかしら、と少し申し訳なく思いながらも2人の飲み込みの早さに驚いた。
一方、エレンはラフな格好になったオーロラにだいぶ悶えていた。ユーリはそれを呆れた目で見ているのだが、そんなこと気づくはずもない。いや――歩くのが精一杯で反論できないだけかもしれないけれど。
談話室にはヘレンたちがクッキーなどのスイーツが並べてあった。
オーロラは久しぶりのスイーツに、エレンたちは初めて見る陸の食べ物にそれぞれ目を輝かせている。
その様子をそばで見守るヘレンたちは3人の可愛らしい反応に夕食は豪華にしようと固く誓った。
「えっと……お話とは、なんでしょうか?」
「ああ、そうだったね」
ひとしきりスイーツに手を伸ばした後、オーロラは思い出したように口火をきる。
「まず、もう少し僕たちのことと、この親睦で何をするかを知ってもらいたいなと思って」
エレンは真面目な表情で説明を始めた。
まず、自分たちは薬のおかげで人間の姿になっていること。1週間ほどの効果だということも万が一のために知っておいてほしい、と告げる。
「万が一、とは……薬が足りなくなってしまったり、急に切れてしまうことがあるということですね?」
「ああ、そういうことだね。まあ、頻繁にそうなるわけではないしなくなったらまた取りに行くさ」
オーロラは見せて貰った小瓶を眺め、一体どんな材料で作られているのだろうと思う。
とにかく、最初から疑問だったスラっとした足は魔法のような力によってできていると分かり少しスッキリした。
「それで、この親睦における双方が出した条件のことなんだけどね」
「条件、ですか……」
オーロラは一体どんな条件だろうと固唾を呑んだ。
そして、エレンが口にした言葉に思わず大きな声をあげてしまった。
「王立学園に入学!?」