海の祝福は優しく甘く 2
最終話です!
「海の魔女、という方が海底王国にいらっしゃいます」
オーロラはポツリと話し始める。このことは海底王国でも一部しか知らないが、エレンに承知を得てこうして話しているのだ。
「その方はお願いを叶えてくださるそうです。しかし大きな願いを望むほどその分対価は大きくなります」
そうオーロラが言い、エレンが寄り添ったことで勘づいたのだろう。国王は「そうか」と承諾するように頷く。
「これが、私の答えです」
オーロラは花を一輪差し出した。そう、陸の花と海の花が作り出したあの白い花を。
オーロラはこの花を一目見た時、まるで両国間の平和を、新しい世界を表しているように思えた。
オーロラはおもむろに目を瞑り、そして花に祈りを込める。オーロラを包み込むような光は美しく、聖女かなにかと見紛うほど幻想的だった。
部屋にいたほとんどが、ようやく呼吸をするのを思い出したかのように我に帰ると、オーロラの手には金色に輝く花が握られていた。
「私の魔力を微力ながら込めました。これを贈らせていただきます。どうか、平和のためにのみ使ってください」
オーロラはそう告げ、国王に花を差し出した。
この花はオーロラの魔力を含み、咲き続ける。この花がもたらす癒しは些細なものではあるがこのオーロラが生まれ育った国を見守ることはできる。
「私がこの魔法をもう使うことはありませんが……最後に皆さまのために使うことができてよかったです」
「深く――深く感謝する」
国王はこの時、エレンの父が言っていたことを深く理解し酷く後悔した。虐げられて生きてきたはずの目の前の女性はこんなにも優しく強く人々を想って生きているから。
「テレンス様も、どうかお元気で」
「……ありがとう」
オーロラはそう笑いかけ、美しく礼をした。テレンスは目を見開いたあと、柔らかく笑った。
退室していくオーロラとそれに寄り添うエレンを見て、2人の幸せを願わずにはいられなかった。
***
すっかり日が暮れた海岸で、オーロラはとある人物を待っていた。オーロラたちの傍にはまとめた荷物がある。あれから色んな人たちのところへお礼の挨拶をして回ったらすっかり遅くなってしまった。
「……あなたがオーロラね?」
突然聞こえた声に顔をあげる。海岸から上半身を出した海の魔女は、マリーの話に出てきた老女とはとても思えない美しい女性だった。
彼女を連れてきたのはエミリアだろう。喜びが隠し切れないのかうふふと笑う姿にオーロラも緊張を解かれた。
「私がオーロラです。お会いできて嬉しいです」
「そう固くならなくていいのよ」
海の魔女はオーロラにそう笑いかける。本当にイメージと違いすぎる、と思いながら姿が見られないかと心配すれば海の魔女は「魔法をかけてあるから誰にも見られないわ」といたずらっぽく笑った。
「……今日はずいぶんとその、お若い姿で出てきたんですね」
「あったりまえでしょう。エレンからずっと話を聞いてて楽しみにしていたんだから」
どうやら海の魔女は姿を変えられるらしい。オーロラが納得している傍らエレンはため息をつく。海の魔女はオーロラを浅瀬へ来るよう言うとオーロラの手を取った。
「私は等しく幸せを与えたいと思ってるのよ。だからあのマリーには少し痛い目を見てもらったの。……嫌、だったかしら?」
眉を下げて訪ねる海の魔女にオーロラはふるふると首を横に振った。少し心苦しく思ったけれど。
「よかったわ。じゃあ、そろそろあなたのお願いを聞かないとね。さあ言って頂戴。あなたは何を望んでいるの?」
「私は――」
チラリとエレンを見る。微笑んで頷くエレンはオーロラを安心させる。
「私は人魚になりたいです。エレン様や皆さんと海で暮らしたいとそう、思ったのです」
ずっと悩んでいた。
マリーにも言われた通り人魚と結婚し生活を共にした前例はない。かといってどちらかが薬を飲み続ける生活も嫌だった。
だけど、オーロラは忘れられなかった。
あの海で泳いだ心地よさと海に住む人魚たちの優しさを。
「……素敵ね。対価は、どうしようかしら」
「私の、治癒魔法では対価になり得ませんか」
「治癒魔法を……?」
海の魔女は酷く驚いたようだった。それほど治癒魔法は珍しい魔法なのである。対価として魔法を差し出せばオーロラはもう魔法を使えなくなる。
「海の魔女様にそんな心配は不要かと思いますが……正しく平和のために使ってくださると約束してください」
オーロラの目はどこまでも真っ直ぐだった。
紫色の瞳が夕日に煌めいて、より決意の硬さを感じさせる。
「……十分すぎる対価よ。そうねぇ、じゃあ時折人間になれる薬をプレゼントしにいくわ、どう?」
海の魔女の粋な計らいに気がつき、オーロラはぱあっと笑顔になる。これで、ハンナやテレンスにも会える。
「じゃあ、準備は、できた?」
「はい」
オーロラはエレンと手を繋ぐ。ユーリは後ろから、エミリアは海から顔を出して2人を見守る。
オーロラとエレンは笑い合い――その姿は海へ消えた。
心地よい感覚。柔らかい水が体を包み込むようなあたたかさ。
「私、本当に人魚になったの……!?」
「うん、おめでとうオーロラ。これで僕とお揃いだね」
紫色の美しい尾ひれがあることにオーロラは思わず笑みと一緒に涙までこぼしてしまう。
エレンはもらい泣きしそうになるのを堪えるように笑いオーロラを抱きしめる。
「じゃあ、また会いにいくわね」と海の魔女が帰って行こうとするのでオーロラは必死に引き止め、凄い勢いでお礼を言う。
それに付き添わなければならないエミリアは膨れつらになりながらも「お姉さまあとでね!」と手をブンブン振っている。
「これからはエミリアとも暮らせるなんて……嬉しいわ」
「エミリア様はますますオーロラ様に甘えたさんになりますね」
ユーリがそう笑い「ね、エレン様」と揶揄う。エレンはユーリをじとりと見てからわざとらしく咳払いをする。
これは言わずもがな、オーロラと2人きりにしろ、の意である。
ユーリがそそくさと離れていくのをオーロラは不思議そうに見ているとユーリはオーロラの手をとり、ぎゅっと握りしめる。
「オーロラ、ありがとう。僕と海で暮らすことを選んでくれて」
潤んだ瞳にオーロラは思わず頬を染める。
エレンは少し申し訳なさそうな、でも本当に幸せそうな表情で。
「……人魚の私も愛してくださいますか?」
「そんなこと聞かなくても、僕はオーロラを愛し続けるよ」
エレンはそう言うとオーロラに深く口づけをする。
オーロラから自然と笑みがこぼれた。
――エレン様となら、どこへいっても大丈夫。
「エレン様、そろそろ行きましょう。きっとみんな待ってますよ」
「そうだね。みんなに挨拶したらさっそく出かけようか。オーロラに見せたいところがたくさんあるんだ」
笑い合って、2人は手を繋ぐ。
これからオーロラは美しい海底で生きていく。
愛しいひとと一緒に、海の優しくて甘い祝福に包まれながら。
無事完結致しました!
読んでくださった方、少しでもこの作品を気に入ってくださった方、評価やコメントをくださるととても嬉しいです。
最後までお付き合いいただきありがとうございました!




