海の祝福は優しく甘く 1
長くなりそうだったので2話に分けました!
次回最終話です〜!
「ユーリ様も他の皆様も無事でよかったです」
「助けていただきありがとうございます、オーロラ様。俺、情けない姿をさらしてしまい恥ずかしい……」
「い、いえ……! ユーリ様の蹴りかっこよかったです」
次の日、目を覚ましたユーリはベッドで上半身を起こしてはにかむ。オーロラは額のタオルを交換してやったりと甲斐甲斐しく世話をしているのだが、その傍らエレンはじとりとユーリを見つめている。
「……そんな顔しなくたって、俺はオーロラ様を奪ったりはしませんからね」
ユーリはくつくつと揶揄うように笑う。もちろんエレンのそのジト目が「心配かけて……」という安堵も含まれているとわかってのことだ。
エレンは「オーロラもうユーリ元気だから放っておこう」などと言い少し拗ねてしまう。
「もうエレン様ったら」
そう笑うオーロラも内心困っていた。あの甘いキスをしたあとからエレンがつきまとう勢いで甘ったるいからである。
いわく「一瞬たりとも離れたくない」とのことだがさすがにオーロラも気が持ちそうにない。
こうはにかんでいる今でさえエレンはオーロラをまっすぐ見つめてくるのだ。ユーリのしらっとした目もお構いなく。
どうしようか、とオーロラが考えていると離宮の一室であるこの部屋をノックする音がした。
ヘレン、ティナを筆頭に離宮の召使いたちが入ってきて3人の無事をまず泣きそうになりながら祝ってくれた。
実はこのやりとりはユーリが眠っている間にも行われたのだが、その時は少し心配の方向性が変わってしまっていた。ティナなんて「オーロラ様とエレン様が幸せなら私も幸せですぅ……」とわんわん泣き出す始末であった。
「今日は、王宮にてその、色々ありますでしょうし……わたくしどもぜひ皆さまに感謝の意をお伝えしたく……」
代表してヘレンが告げる。だいぶ濁されていたが、色々とは、色々……なのである。おそらく先日の件も含め、オーロラの意向も尋ねられることだろう。
だからメイドたちはお礼を伝えにやってきたと話した。
オーロラたちも一人一人話を聞きながら時に涙ぐみそうになる。
オーロラにとって彼女らはあたたかい家族と同然だから。
話を一通り聞き終え、ヘレンが来客を告げた。そこには見舞いの花束ともう一種別の花束を抱えたカンナが立っていた。
「色々と無事に終わってよかったよ。終わりよければ全てよしだからね」
ハンナらしいお見舞いの言葉とともに花束を受け取る。ハンナはオーロラの頭をポンポンと撫で「よく頑張ったね」と微笑むのでオーロラはじんわりと目頭が熱くなる。
受け取った花束を花瓶に生けながらオーロラはあることに気がつく。
「あの、こちらの花束はもしかして……」
「ああ、海底王国からオーロラが持ってきてくれた花……の子孫とでも言っておこうか」
ハンナがいうのはもう一方の見慣れない花束の方。あの時沈没船の奥の洞窟に群生していた花とはたしかに異なっている。
透明に近い白色にメノウのような輝きが相まって魅入ってしまうような美しさ。
「色んな実験をしたんだよ。そもそも持ってきてくれた花は長くは咲かなかった。きっと陸では育たないんだろうね。そこで私は陸にある花を掛け合わせてみたんだよ。そうしたらね、面白いことが起きたんだ」
「一体、どんな……?」
オーロラが尋ねればハンナはもったいぶるようにいたずらっぽく笑う。
「この花は魔力を含めることが分かった。一度魔力を含んだ花はしばらく咲き続けると思う」
オーロラははっとしてハンナを見つめた。ハンナの言わんとしていることが分かったからだ。
「……オーロラ嬢が悩んでいることもこの花で解決さ。もっともそんなことをしてもらう資格はないと思うけどね」
「……たしかにそうかもしれませんね」
オーロラはぽつりと呟く。エレンとユーリはその様子を見ながら覚悟が決まったんだと理解した。エレンはそっとオーロラに寄り添う。
「それにハンナさんや仲良くしてくださった方たちにお礼がしたくて」
「本当に優しいね。私はオーロラ嬢がそれで幸せならなんだって構わないよ」
ハンナはそう柔らかい笑みを浮かべた。娘を見るかのようなその眼差しにくすぐったい気持ちになりながらオーロラは頷いた。
***
王宮の謁見室は非常に重苦しい雰囲気だった。
国王が玉座に座り、奥ではテレンスが控えている。オーロラ、エレン、ユーリはある人物たちを後ろから見守っていた。
ある人物たちとはオーロラの家族――モーヴクオーレ家である。そう、今彼らは先日の件含め断罪されている。
驚いたのは、国王が海底王国からの国王――エレンの父と飲み仲間になっていることだった。なんでもオーロラのことを『治癒魔法を持つひと』という扱い方しかしていないことをエレンの父はひどく怒ったのだという。
お酒の力もありつつ、オーロラの良さとエレンとの仲睦まじさを語りつくしたエレンの父のおかげか、国王もすっかりオーロラを気に入っていた。
最終的に断罪するに至ったのは、テレンスの進言により明るみになった貴族としてあるまじき暴力行為と先日マリーが暴走したことによる危険度の度合いが高かったからだ。
終始マリーは深くフードをかぶっていた。
エレンいわく、海の魔女と契約を交わしたマリーは何かしらと交換にあの莫大な魔力を得たとのことだった。しかしもらうものが大きければ大きいほど対価も大きくなる。マリーは約束の期限を破ったがために代わりとして彼女の生命力が取られたらしかった。
しわくちゃになった顔を隠すように何も発さず、縮こまった彼女を義母が必死に謝りながら庇う。まだ愛のある親子だとは思ったがその隣で「私は何も関係ありません」と必死に訴える父の醜さったらなかった。
「私は何も知らないと何度言えば……」
「口を慎め」
国王の鶴の一声で場は静まり返る。どんな弁明も認めないという視線をモーヴクオーレ家に向けると3人はひっと声を漏らした。
それから国王はオーロラたちの方へ視線を向ける。そうして深く頭を下げるのだ。
「私の国の者が失礼なことをした。彼らには私から厳しい処罰を与えよう。しかし――私の心に海底王国への疑心があったことは事実だ。本当にすまない」
「顔をお上げください。これから両国間のそういった考え方も少しずつ直していけばよいではないですか。そもそも僕はオーロラとの結婚を認めてくださっただけで十分なのですが」
「寛大な心に感謝する」
エレンの笑みは少しいたずらっぽくもあった。これは許します、という意味が込められているものだと理解したのか国王も安堵を含んだ笑みを浮かべた。
しかしその後の「オーロラを傷つけた彼らは許しませんけどね」と言うエレンの目は笑っていない。
「それからオーロラ嬢。今までのあなたの処遇は本当に酷いものだっただろう。気づくことができなかったのは本当に悔やみきれない。本当にすまない」
「そ、そんな、国王様……!」
オーロラは慌てて顔を上げるよう促した。部屋の奥でテレンスも深く頭を下げているのが目に入りオーロラはますます慌ててしまう。
「彼らの処罰は、あなたの望むようにしようと思うのだが、どうだろうか」
国王から促された質問にオーロラは考え込む。一方でモーヴクオーレ家は真っ青になった顔でオーロラを見つめている。
酷い扱いにオーロラが怒っていないわけではない。でもオーロラがここで酷い罪を言い渡せば負の連鎖が続くだけだ。オーロラはそれをよく理解していた。
「私は彼らに何も罪を与えようとは思いません。どうしてもと仰るのなら国民のためになるようなことをしてください」
オーロラのこの発言にモーヴクオーレ家は呆然とした。エレンは少々不服だったようだが、なんとか堪えているようだった。国王も多分この後オーロラの父親を引っ叩くぐらいは目を瞑ってくれるだろう。
「本当にあなたは優しいのだな。よし、いいだろう。お前たちは領地をますます潤せ。それから海は特別綺麗にするように。もちろん今より監視の体制は厳しくなると思え」
国王はそう告げると目で退出を促した。モーヴクオーレ家はペコペコと頭を下げながら逃げるように退出していった。
「あれでよかったの?」
オーロラはエレンの問いに頷く。エレンは「オーロラがいいなら……って言おうと思ったけどやっぱり少し待って」と言うと国王に礼をし、速やかに部屋を出て行く。
そのあと聞こえてきたのは強烈な平手打ち――おそらく許されるけどかなり痛そうな――が父親に繰り出されたのだろう、とオーロラは苦笑する。
この後尋ねられるのは今後の意向――オーロラが陸でエレンと過ごすのか、海底で人魚となって暮らすのか、だ。
オーロラはまっすぐ国王を見上げた。




