義姉の策謀
ありえないありえない!!
マリーは研究所を1人苛つきながら歩いていた。テレンスとの一件もあるため今はひっそりと学園を訪れているのだが。
憎たらしい義妹が観衆の中で人魚たちを思う発言をしたのを目の当たりにしてから、マリーの機嫌はすこぶる悪くなっていた。
学園では義妹、オーロラを慕う人間が増えた。きゃっきゃと挨拶する者に対してもオーロラは天性の優しさで対応する。無論オーロラの性格が良く謙虚であるのは虐めていた自分にあるという自覚はある。
だって、そうしなくちゃいけなかったもの。
私はいつだって義妹より上であることを望まれた。
義妹を毛嫌う母は常にそう言い続けた。だけど実際はオーロラに勉学の機会を与えないなど嫌がらせをしてもなおマリーよりも器量が良かった。
それが余計マリーを苦しめた。
テレンスに持ちかけられた話も失敗に終わりテレンスは完全にオーロラに丸め込まれた。婚約者のいる王太子であるから下手な行動はしないだろうけどこれからも彼はオーロラをひっそりと慕うのだろう。
それに、何より許せないのは。
窓から中庭で楽しげに話すオーロラとエレンを見下ろす。幸せそうな笑顔で2人は見つめ合う。
『人魚になんていくらでもいってしまえばいいのよ。それに人魚の王子にオーロラが受け入れてもらえるはずがない。恥をかけばいい』
そう言った母の願望は全く外れてしまったわけで。
オーロラは珍しい魔法まで持ち合わせていて、見目麗しい王子にはこんなにも愛されている。
一緒に海底王国で愛を誓ったとかいう話だったわよね。
聞いた話だとオーロラも人魚になったとかで――
マリーがそう噂話を思い返していると、偶然オーロラとエレンが連れ立って現れた。マリーは咄嗟に物陰に身を潜めるが2人はマリーには気が付かず部屋へと吸い込まれていく。
2人の会話に耳を傾けながら、マリーはある一つの欲望に支配される。
彼女たちは海底王国で式を上げたというのだ。
つまり、2人は人間から人魚になるなんらかのものを持っているということだ。
――ならそれを奪ってしまえばいいのよ。
いっそ海に行けたら。ついでに困らせることができたらそれでいい。
マリーは気がつけばエレンが椅子にかけっぱなしにしていたジャケットからそれらしき小瓶を抜き取っていた。
「どっちが人魚になる薬かしら」
海岸で2つの色違いの小瓶を眺めながら考える。まあどちらを選んでも実害はないと判断しマリーは薬を飲み干した。幸いにもはじめに飲んだ方が人魚になる薬だったようで、一瞬の苦しさを除けば案外海にはすぐ慣れた。
今頃困っているかしら、そう憂さ晴らしできたことを嬉しく思いながらもマリーはどんどん海底へと泳いでいく。
特に意味はないけれど、もしかしたら彼女の中ではそのまま遠くへ行きたいという願いがあったのかもしれない。
――一生、幸せそうな義妹を羨んで過ごすのだろうか。
はたと気がつき泳ぐのを止める。どうしようもないやるせなさが襲った。
オーロラのような素敵なパートナーもいなければ特別な魔力もない。
悔しい。変わりたい。私だって魔法がほしい。そうすればきっと――
「何か、お望みかい?」
一気に変わった雰囲気に呆然としているとマリーの目の前には魔女のような風貌の人魚がいた。しかししわがれた声から、年寄りなのだとマリーは思ったが恐る恐る口を開く。
「お願いをすれば叶えてくださるの?」
「ああ、もちろん。ただ対価は必要だけれど」
「それでしたら我が家の財産はいかがでしょう? 両親は私には甘いですからいくらでも出してくれましてよ」
そうさりげなく嫌味ったらしく言えば老魔女はふむ、と考えいいだろう、と承諾した。
「魔法がほしいのだろう? そんなありきたりな願い、とうに聞き飽きたわ。対価もありきたり。実につまらない」
含んだ笑みを浮かべる老魔女にマリーは若干怒りを覚えたが声を荒げてこの上手い話を無かったことにするのはよくないと我慢する。
すると老魔女はパチンと指を鳴らし「はい終わり」と言った。面倒くさそうに言われ腹が立ったが、魔法が使えるようになったのは本当らしかった。
岩を壊そうと思えば壊せる。髪を編み込んでみて、とどうでもいいお願いですら魔法が叶えてくれる。
「ありがとうございます。3日以内には対価を支払いに伺いますわ」
高揚感を覚えたままマリーはお礼を告げ、海面へと浮上し始める。
魔法を見せたくて仕方がない。オーロラの人魚王子よりもいい男を見つけて彼女より有能であることを知らしめる必要がある。
「魔法は使いすぎると……なんてありきたりなことだが言った方がよかったかね」
そう老魔女が知ったことないけどね、と言いたげに呟く声は、マリーには届くはずがない――
***
「……私はこうして魔法を手に入れたってワケ。ああ、薬のことは謝るわ。ほらもう一瓶は残ってるわ」
マリーが意気揚々と言うのをオーロラは険しい顔で聞く。と同時にマリーが薬を奪ったことでエレンは倒れてしまったのかと怒りをも覚えた。義姉との対峙は相変わらず恐ろしいがそれ以上にマリーのその行動がオーロラには理解し難かった。無論、プライド高いマリーはオーロラにコンプレックスを抱いて、など言うはずもないのだが。
「男たちはこの通り。私が願えば彼らは言う通りだし、炎や氷を出すのはお手の物。それに――ほら」
そう少し笑み、マリーは鋭利な刃物を掌中に出現させる。オーロラが青ざめたのを見てマリーはさらに笑った。
「ね、私の方が魔法を使いこなせるし、あんたより出来がいいってわかるはずだわ。今の私だったら癒しの魔法も使えるかもね。あら、あなたを刺しでもして奪うことってできるのかしら?」
顔を歪めたままのオーロラを見てマリーはクスクスと心底嬉しそうに笑い声を上げた。
オーロラは一瞬周りを見回した。本能的な逃走反応からくるものではあるが、オーロラは周りの人たちは皆マリーによって操られるか眠らされるかしている。味方がいないと悟りオーロラは半歩退く。
そんなオーロラを見ていたマリーは「ああ、刺すつもりはないのよ?」と何とも言えない表情で笑顔を浮かべた。
「私はただ、あなたから幸せを奪いたいだけなのよ」




