王太子の胸の内 2
今回の作戦は、オーロラを自分に惚れさせるのが目的だった。
マリーがオーロラを呼び出し、いじめる。そうしてあらかじめ用意していた血糊入りの柔らかい素材の植木鉢をテレンスに投げつける。そうすれば当たったところで怪我はしないし、助けられた、という嬉しさからあっという間に自分を好きになるだろうと思っていた。
魔法を使わせなかったのは怪我が嘘だとバレないようにするためだった。だけどオーロラはえらくその嘘のために口にした「君のためを思って」という部分に反応したようだった。
好都合だと思った。それに輪をかけて一緒に過ごす間も優しくし、プレゼントだってした。
彼女は申し訳なさそうにしながらいつもお礼を言った。その笑顔がなんだか可愛らしく思えたのはきっと気のせいだ。
最終日、彼女は人魚の王子の印をつけていた。自分の瞳の色のペンダントを贈るなんて、強い執着心だと思った。それと同時にこの2人につけ入る隙はないのだと痛感した。
それが柄にもなく悔しくて、珍しく心の声をこぼしてしまった。
婚約者なんて政略結婚なのだから情はなかった。相手がいるとなればなおさら。それに今まで王太子として贅沢ながら無機質な生活を送ってきたと思う。
今回だって治癒魔法が手に入るならなんだってよかった。政治の一種だと、そのくらいの認識だった。
それなのに。
目の前の彼女は虐げられて生きてきたはずなのに、可憐で真っ直ぐだった。嘘をついているこんな自分のことを心配して、「いつでも話を聞く」と微笑んで。
「テレンス様?」
はっと顔を上げるとテレンスの視界にはマリーが映った。返答のないテレンスを心配しているのか首をこてんと傾けている。
「……異母姉妹とはいえ、こんなにも違うんだな」
「なんのことでしょう?」
そう笑うのもあざとく感じて一種の気持ち悪さを覚えた。テレンスはこの作戦会議すら馬鹿らしく思えて適当な理由をつけて席を立つ。
「僕は違うやり方でいかせてもらう」
「……それは、惚れさせてこっぴどく別れる、という当初の予定から変える、ということですか」
「ああ。彼女を惚れさせることは至難の業だ。でも、強制的に別れさせることはできる」
魔法はほしい。国のために必要だからだ。
……というのは建前で本当はこのどうしようもない物足りなさと悔しさを認めたくないだけ。
テレンスはそのことに気が付いてはいないようだった。
テレンスはそう言い残し、部屋を後にした。1人残されたマリーは不機嫌気味にため息をついた。
「ほんと、男って愚か」
***
あれから、オーロラとエレンはいつもと変わりない日々を送っていた。エレンが少しテレンスを気にしているくらいであとは穏やかな日常。
オーロラとエレンは離宮にて紅茶を片手に談笑をしていた。
するとそこへかなり慌てた様子のティナが部屋に駆け込んできた。その様子に側にいたユーリが何があったのかと尋ねる。
「エレン様とユーリ様についての嘘話が学園中に広められているようで……!」
オーロラとエレン、ユーリは顔を見合わせて急いで詳細を求めた。
「人の命を……吸い取っている?」
「ペンダントをつけられたものは餌食に……?」
オーロラたちは顔を見合わせて目を瞬かせた。
嘘だとすぐにわかる内容だが、何も知らない、むしろ人魚を好ましく思っていない人たちからすれば恐ろしいと思える内容だろう。
ティナによれば学園中で広まっているこの噂は離宮にまで届くほどだという。
つまりエレンとユーリ人魚は人の命を奪いにきたと思われており、オーロラはその被害者としてみられているというのだ。
「それだけではありません。王宮にまでこの話は広まっていて、オーロラ様を守るためだと離縁させようという動きも見られているらしく……!」
ティナの情報網の凄さにも驚かされたが、オーロラは怒りを覚えた。それに離縁という言葉がオーロラの胸をきゅっと締め付ける。
「私……エレン様やユーリ様、それに大切な海底王国のみなさんが誤解をされたままなのは嫌です……!」
ぎゅっと強く拳を握りしめ、オーロラはそう言い切る。
真っ直ぐなその姿勢に一瞬オーロラに部屋中の者が釘付けになった。
「誰かがひどい噂を流していることは間違いない。問題なのは、それがいたずらなのか本気なのか……だけど」
ユーリのその言葉にオーロラも同意した。いたずらだって十分嫌だけれど。
「とりあえず、ハンナ様のところへ行ってみてはいかがでしょう?」
「そうだね。彼女ならどう対処すべきか僕たちにいいアイデアをくれるだろう。それに彼女は自信を持って僕たちの味方だと言い切れるからね」
ティナの提案にエレンが賛同した。
ハンナもきっとこの噂に怒っていることだろう。オーロラもそう思いながら賛同した。
「じゃあ善は急げだ。早くなんとかしよう」
エレンに手を引かれ、オーロラたちは離宮から飛び出した。




