王太子の胸の内 1
更新すっごく遅くなってしまってごめんなさい......!
「……あの、えっとこれはいったい……」
「バラだよ。ずっと側にいてもらっているお礼」
「お気持ちは嬉しいですが……そもそも私のせいで」
オーロラは学園の廊下でにこにこ笑うテレンスを見て眉を下げる。テレンスの腕には包帯が巻かれていてしかもそれがテレンスの利き手であったために彼は今不自由になってしまっている。
でも、そばにいて身の回りのお世話をすることで腕を怪我したこととマリーの失態を帳消しにしてくれるとはなんてお優しい方なのだろう、とオーロラは感謝する。
あのあと、医者を呼んで来て治療を施されたテレンスだが、オーロラの魔法は一切受け付けなかった。
それも、オーロラの身を思ってのことだ。
本来、義姉のマリーを罰するべきだが、マリーはあれから数日間学園に顔を出していないようで罰を与えようにもできない。そこでオーロラが「私が代わりに」と申し出たのだ。
義姉のことは好きではないが、王子に怪我を負わせたとなれば話は別だ。家族の中の誰かが責任を持つのは当たり前のことだった。
そうして、テレンスの怪我が治る約2週間後ほどまで一緒に過ごすことになったわけで。しかしテレンスはオーロラを気遣うばかりか、今のようにちょっとしたプレゼントまでくれようとするからオーロラは一層申し訳ない気持ちになる。
「素敵だと思うんだけどな、君によく合うと思うよ」
テレンスはそう言うとオーロラにバラをまた差し出した。確実にとらせるよう傾けられたバラを、慣れているのね、なんて思いながら受け取る。
「ああ、そろそろ時間だね。今日もありがとう。また明日」
テレンスに言われ、オーロラが時計を目の端で見ると時刻は午後4時。学園も終業時刻のためオーロラの役はここまでで良いとのことだった。
オーロラはペコリと頭を下げてその場を後にした。
「あの、エレン様……?」
離宮に帰るとすぐ、むすっと頬を膨らませたエレンに無言で出迎えられた。「研究作業はやく終わったのですね」とか話がしたいけれどエレンはここ数日、テレンスが怪我をした日から機嫌が悪い。
もしくは――オーロラがテレンスと過ごすことになったと伝えたあたりからだろうか。
「オーロラ様、毎日エレンはオーロラ様のことを心配してらしてるんですよ。ね、エレン」
「…………どうしてそう余計なことばかり言うんだ」
「だってオーロラ様が気まずそうですから」
ぷりぷり怒っていたエレンだったがユーリに諭されるとオーロラの顔をチラリと見て黙り込む。
それから「あー」と突然顔を覆いその場に座り込んでしまう。
「僕、カッコ悪いなぁ……嫌だよね、こんなことで嫉妬してるなんてさ」
「でもさ、正直オーロラは何も悪くないけどね」とエレンはテレンスといることの不必要性をさらっと訴えると今度は大きくため息をついた。
「いえ……私の不注意でもありますし……」
「本当、優しすぎるよ」
エレンはそう言うと立ち上がり、ぐいっとオーロラの腕を引き寄せた。それから首に手を回す。
「僕が助けに行けなくてごめん。ただの一度だって君を傷つけないと、傷つけるものから守るって誓ったのに」
「これは……?」
首から離された手と、胸元に光る青い貝殻のペンダントにオーロラが気付き尋ねる。
「それは海底王国に伝わるペンダントなんだ。愛する者どうしでつけるもので、僕も色違いを持ってる」
エレンがシャツからペンダントを引っ張って見せてくれた。紫色のオーロラの瞳のような色の貝殻。そうなるとオーロラの持つエメラルドブルーの貝殻はエレンの瞳を表しているということに思えてオーロラは照れくさそうに俯く。
「オーロラに危険があるときは、僕のペンダントが光るから。小さい男だと思うかもしれないけれど……」
「私こそ、心配をかけてしまってごめんなさい。ペンダント、とっても嬉しいです。それに」
「それに……?」
「私はエレン様しか見えてませんから」
オーロラがはにかむとエレンはあまりの情報量の多さに固まった。ペンダントを喜んでくれた上、照れながらそんなことを言われてはエレンもにやけるしかない。
やれやれ、と結婚してもなお相変わらずな2人をユーリはどこか親目線で眺めた。
***
「今日で終わりかあ、ちょっと残念だな」
「お怪我が治ってよかったです」
2週間後、オーロラとテレンスは向かい合ってお茶をしていた。
テレンスの腕の怪我はすっかり良くなり、今日で条件を果たしたことになる。それでテレンスはお礼に、とオーロラをお茶に誘ったのだった。
「海底王国はどうだった?」
「とっても綺麗で楽しいところでした。それにみなさま優しくて」
「そうなんだね」
テレンスは感情のこもっていないような上辺だけの返事をする。その視線はずっとオーロラのつけるペンダントに注がれている。
「……エレン様とはどう?」
「エレン様は……とても素敵な方です。優しくて一緒にいると落ち着きますし、本当に楽しくて。このペンダントもくださって」
胸元で貝殻を撫でたオーロラの少し赤らんだ頬を見てテレンスはなんだか嫌な気分になった。そして滅多にない嫌な気分になったせいか、普段ならしないミスを犯した。
「幸せそうで、いいね。僕たちとは大違いだ」
「……? テレンス様は、とても仲が良い婚約者様がいらっしゃるのですよね……?」
オーロラも不思議には思っていた。婚約者もいる王太子がいくら罰のためとはいえずっとひとりの令嬢と過ごしていていいのだろうか、と。てっきりオーロラは見目もよく優秀な人気者な王太子なのだから、婚約者に何かされると思っていた。
「それは嘘だよ。彼女とは政略結婚。僕も彼女に興味はないし彼女も好きな男性がいたようだから好きにさせてあるんだ。仲が良くても良くなくても結婚しなければならないのが僕たち王族だからね」
「でもそれでは聞こえが悪いだろう」とテレンスは付け加える。たしかに、オーロラはテレンスが婚約者と共にしている姿を見たことがない。それと同時に呑気に惚気話をした自分を少し責めた。
「そうなのですね……」
「仕方のないことだから。そんな悲しい顔をしないでよ」
「ですが……」
眉を下げるオーロラにテレンスは「まあ僕のことは気にしないでよ」と諭すと話題を変えた。
「君は、どうしてマリー嬢の代わりをしようと思ったの? 君は悪くないし、マリー嬢を見つけ次第罰を与えようと思ったよ。それに君は……あまりよくされてこなかっただろう」
打って変わって別の話題にオーロラは少し言い淀んだ。
たしかにマリーのことは嫌いだ。好きになれるわけなんてない。家族の過失は家族が補うのは当たり前だとオーロラ自身も思っていた。けれど家族なんかでは、ないのだから。
「……魔法を、大切な人のために使うと決めたばかりでした。もちろん自分も大切にしろと痛いほど言われてきました。だけど、自分に使ってそれがどんどん甘えになっていくと思うと怖くなりました」
小さな怪我も治せばいい、それが積み重なっていくのは海底王国国王やハンナ、それからエレンとの約束を破ってしまうような気がして。
「だから、守ってもらえたのも私の身を案じてくださったのも本当に嬉しくて。だから少しでも恩返しができたらと思ったんです」
そうオーロラが伝えると一瞬、テレンスの瞳が罪悪感に揺れた。
「あの、私でよければいつでもお話をお聞きします!」
「え……?」
どうしてそこまでしてくれるの、とテレンスが訪ねようとしたとき――部屋のドアが開いた。そこに立っていたのは若干不機嫌そうなエレンと少し疲れたような顔をするユーリ。
「テレンス様、お怪我は大丈夫ですか」
よく顔を合わせてはバトルを繰り広げている2人のことだからまた言い争いが始まるだろうとユーリは呆れていたが、テレンスが言い返さないことに違和感を覚えた。
「オーロラ、そろそろ4時になるよ。挨拶して帰ろうか」
「そうですね。テレンス様、ありがとうございました。お茶会楽しかったです」
オーロラは「無理はなさらないでくださいね」と言い頭を下げると半ばエレンに連れられる感じで部屋を出た。
「なんだ、これ……」
1人部屋に残されたテレンスはオーロラが出ていったドアから飲みかけていた紅茶に視線を移す。
テレンスの胸の内にはいやな喪失感と悔しさが残っていた。




