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秘密の沈没船

更新遅くなりました、ごめんなさい!

 

 翌朝、オーロラはぱちっと目を覚ました。



「人魚姿で……私」



 昨夜のことがフラッシュバックしてオーロラは呆然と呟いた。

 夢みたいで、でも本当で。この心地よさがオーロラをただただ幸せな気分にさせる。



「あれ、起きたの……」

「起こしてしまいましたか? ごめんなさい」

「いいよ、嬉しい」



 にへらとエレンは笑う。こちらも夢見心地だ。

 しばらく見つめ合っていたかと思えば、エレンはおもむろに顔を近づけ、キスをする――



「お兄様ー! オーロラ様ー! エミリアですわー!」



 おそらく悪気はないであろうエミリアの無邪気なノックに2人は飛び上がり、いそいそと身支度を整える。

 エレンが少しぶすっとしながらもエミリアのためにドアを開ける。



「おはようございます!」



 エミリアはそうにこにこ笑うとオーロラに抱きつく。男兄弟しかいないエミリアにとって姉ができたことが本当に嬉しいのだ。



「オーロラ様! 今日はお出かけしませんか?」

「お出かけ? どこに行くつもりなのかな」

「あら、お兄様あそこに決まってるでしょう!」

「ああ、あそこね」



 オーロラは2人の会話を聞きながらどこだろうと想像してみる。きっと面白いところなのだろう。






「えっと、ここは……」

「沈没船ですわ!」



 2人に連れられてきたのは、真ん中から真っ二つに折れた大きな船。藻がついていたりとかなり老朽化しているが元は豪華な客船だったことが窺える。エミリアによればかなり昔からあったらしい。



「陸のものがいっぱいあるのだけど、どういうものか分からなくて。オーロラ様に色々教えていただきたくて!」

「分かったわ」



 目を輝かせるエミリアにオーロラも思わずくすりと笑った。エレンもそんな2人を目を細めて見守る。


 船の中は金貨や宝石も落ちていて、貴族が乗っていた船だろうかと勘ぐりながらオーロラは辺りを見回す。



「これはなんというのですか?」

「これはね、ティーカップというの。紅茶という熱い飲み物を飲む時に使うの」

「それ美味しいの?」

「ええ。私は大好きよ。エレン様も好きだと言っていたからエミリアもすぐ気にいるわ」



 そんな風に陸のものについて話に花を咲かせていると、エレンがオーロラの肩をつつく。



「そろそろ、見せたいものがあるんだけどいいかな」



 放っておかれて拗ねているのか頬を膨らませそう言うエレンにエミリアはそうだったわ、と思い出したように言う。

 オーロラはエレンに腕を引かれながら泳いでいく。船の奥はどんどん暗くなっていく。どうやら船尾は無くなっていて奥の洞窟のような場所にいけるようになっているらしい。


 暗さで周りが見えない、とオーロラが思っているとエレンが「見ててね」と笑った。

 その直後洞窟に響いたのはエレンの澄んだ歌声で。



 ……なんて、綺麗なのかしら。



 初めて聞くエレンの歌声はうっとりするようで、どこか安心感もある。人魚が歌が上手というのは本当なのね、なんてオーロラが耳を澄ませていると。



「わぁ……!」



 思わず声を上げてしまうほど、目の前は美しく輝いていた。壁には青く輝く宝石が埋め込まれていて、地面からは色とりどりの花が咲いている。その花の中にはハンナさんの研究室で見たものとよく似ているものもある。



「僕の歌声に反応するんだよ」

「き、綺麗です……! すごく……この景色もエレン様の歌声も……!」



 キラキラと続きを乞うような目で言われ、エレンはその顔は反則だよ、なんて思いながら「ありがとね」と微笑む。その隣ではエミリアが「お兄様の歌声素敵でしょう!」と誇らしげだ。



「これを見せたくて。僕たち兄妹の……まあ秘密基地みたいなものだから」

「オーロラ様も家族になったんですもの!」



「もちろんお父様には内緒ですわ、絶対来たがりますもの」と少し苦笑したエミリアにオーロラもつられて笑う。その直後に涙がじわっと滲む感覚。



「家族……」



 ぼそり、と呟いたオーロラをエレンが抱きしめる。その暖かさにオーロラは涙をせきとめられなかった。エレンの胸に顔を埋めて泣くオーロラをエレンもエミリアも背中をさすりながら見守る。



「それに、ハンナさんへのお土産にもなるかと思って」

「たしかに……大喜びだと思いますよ」



 涙でまだ潤んだ目でオーロラがふふっと笑うと、エレンも優しい目を向けて頷く。エミリアがいくつか花を摘んで、取りやすそうな宝石を取る。


「じゃあ、そろそろ城に戻ろうか」とエレンが言い、エレンを先頭にオーロラ、エミリアと続いて船内を泳いで戻る。泳いだ水圧で船の天井がみし、と音を立てる。



「痛いっ!」



 エミリアの叫びにも似た声に2人が振り返ると、エミリアが尾ひれから血を流していることに気がついた。どうやら老朽化した天井の一部が崩れ、木片が刺さってしまっているようだった。



「大丈夫!?」



 慌ててエミリアのそばに寄ったオーロラは、エミリアの翡翠色の尾ひれからどくどく流れる血に、いつかの出来事を重ねて見てしまう。



「木片を抜いた方がいいな……少し我慢するんだよ」



 エレンの言葉ではっと我に返り、オーロラも「もう少しの辛抱よ」と声をかける。かなり、大きな鋭い木片。引き抜けばさらに血が溢れるだろう。


 傷や、血を見るのは辛いことだ。だけど家族と言ってくれたエミリアが傷つく姿はもっとオーロラにとって辛いものだった。



「大丈夫、私に任せて」



 オーロラはぎゅっと目を瞑ると傷口に手をかざした。金色の葉が傷口を繕うように治していく。

 オーロラが目を開ければ、今にも泣き出してしまいそうなエミリアが映った。その姿にエミリアは思わず腕を伸ばして抱きしめる。



「偉いわ、よく痛みに耐えたわ。痛かったでしょう」

「ありがとう、お姉様……」



 それなのにエミリアは声を上げて泣き叫ぶこともしなかった。このくらいの女の子なら耐えがたいはずなのに。

 姉、と呼んだエミリアにオーロラは心の底から助けることができてよかった、と感じた。




 ***




「ありがとう、オーロラ。私からも礼を言おう」

「い、いえ、そんな、エミリア様を助けることができてよかったです……」



 王宮に帰るとエミリアは疲れて眠ってしまい、オーロラとエレンは国王に呼び出された。国王はすぐさまオーロラに感謝を告げる。



「僕からも、本当にありがとう」



 エレンからのもう何回目になるか分からない感謝をオーロラは少し戸惑い気味に笑い返す。



「しかし、癒しの魔法……本当にすごいものだな」



 国王は真剣な眼差しをオーロラに向ける。その表情はどこか不安げにも見えてオーロラは表情を強張らせた。



「良いか、オーロラ。魔法というのは制限や限度がある。必ず私益のために使おうとする者が現れるだろう。そこで、エレン。お前がオーロラを守るんだ」

「言われなくともそのつもりです」



 そんなにすごい力なのね、とオーロラは自分の手を見つめる。どうしてこんな魔法が使えるのだろう、そう思うがそれらしい理由は無いし魔法が使える者がいないわけではないから気にしなくていいのだろう、とは思う。



「オーロラは今まできっと大変な思いをしてきたのだろう……その分の先祖かなにか、オーロラのその優しさを感じて、与えたのではないかと思うがね」

「私の、優しさに……」

「確かに、オーロラみたいな心が清らかなひとはそうそういないと僕も思うよ」



 エレンがオーロラの手をぎゅっと握って微笑む。そんな褒めるほどに値しない、と言いかけた口はエレンの人差し指によって止められてしまう。



「これからはその力を自分が本当に必要な時に、それから大切な人のために使いなさい。……私の娘と、それから昔のことにはなるがエレンのことも助けてくれて本当にありがとう」



 国王はそう柔らかい笑顔を浮かべる。その言葉はオーロラの胸に染み渡るようで、オーロラは大きく頷いた。






「本当に、帰ってしまうの?」

「ええ、ハンナさんも待っているでしょうし、やることも多いもの」



 エミリアが上目遣いでそう言うものだから、一瞬揺らぎかけるがオーロラはそう言う。

 海底王国で過ごすのも本当に楽しいしできるならここにいたい、と思いながらもオーロラとエレンは陸に帰ることに決めたのだ。

 ユーリもお土産をたくさん抱えてオーロラたちを待っている。

 オーロラはエミリアの頭を優しく撫でる。



「また来てもいいのなら……いつでも来るわ」

「ええ、絶対よ!」



 国王や、たくさんの人魚たちに見送られながら、オーロラたちは陸に向かって泳いでいく。


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