オーロラの不安
「あ、明後日ですか……?」
「ああ、そうです、陛下が明後日がいいと」
戻ってきたユーリにオーロラとエレンはそう告げられた。デート後部屋で仲良く談話していたところに割り込んできたものだからエレンは一瞬不快そうにしていたがその報告を聞くなり「そうか、やっとか」と顔を綻ばせたのだった。
「海底王国での結婚式……」
オーロラは唐突に入った大きすぎる予定に呆然と呟く。
翌日、学園で授業を受けていても、何をしていても明日のことを考えてしまう。
どうやって、とか細かいことはこちらで任せておいてというものだからエレンに任せっぱなしになっているけど……
海底王国で、つまり王様の前で誓うということはエレンとの結婚は確実なものとなるわけで。
「大丈夫ですか?」
「あ、ユーリ様、ごめんなさい、ぼーっとしてしまって」
今、オーロラはユーリとカフェテリアで向かい合って紅茶を飲んでいた。
エレンはというと、「オーロラとゆっくりするためにやること全て終わらせてくる!」と研究所での調査や明日の準備など諸々行なっている。
そんなエレンがオーロラを1人にするなよ、と任せ半ば強制的に2人は一緒にいるのだ。
ユーリ様と2人きりになることはあまりないから、少し緊張するわ……
紅茶を飲みながらちらりとユーリに目をやる。ユーリは明日のことだろうか、資料に目を落としている。
エレンとユーリは旧知の仲。それに割り込むのはなんだか申し訳ないような気がしてしまう、とオーロラは思っているわけで。
「……緊張、しますか?」
「へ、あ、いえ、ユーリ様といるのももちろん楽しいです!」
「? 明日の結婚式のこと、ですけど……」
はやとちりした恥ずかしさでオーロラは顔を伏せる。
ユーリは知ってか知らずかくすくすと笑っている。
「いやあ、エレンが必死になって牽制するわけがよくわかります」
「牽制?」
「はい、それはもうすごいんですよ」
ユーリはエレンの必死さを熱弁した。道行く人に眼を飛ばすだの、ポートリヒト王国の要人がいたら文句を言いにいくだの、オーロラは知らない事ばかりだった。
さすがに、王太子のテレンスに会うごとに言い合っていることはユーリは言わなかったけれど。
「まあ、バレずにやりたいと思うのが男なので。わかってあげてください」
「でも、エレン様がそんなに牽制などなさっているのは、なぜなのでしょう……」
ユーリはオーロラの天然っぷりに資料を落としかけた。
オーロラはエレンが自分を好きだということは理解していても牽制してしまうほど好き、という男心はさすがにわからないようだった。
それに、オーロラはすれ違う人が思わず振り返ってしまうほど自分が美しく、儚い雰囲気を纏っていることに気が付いていない。
「これは、大変ですねぇ……」
「なんて?」
「いえ、なんでも」
ユーリはエレンが「早くオーロラが僕のだっていう印が欲しいんだ!」とわーわー騒いでいたのを思い出し、苦笑した。目の前に座る令嬢はかなり天然のようだから。
「エレンと一緒になるのは、不安ですか?」
オーロラはそう尋ねられ、言葉につまった。
嫌いではない。むしろ今までの人たちを思えば好印象でしかないし、いつも愛を感じる。こんなにいい殿方とはもう巡り合うことはないと思う。けれど。
「私も、エレン様に同じだけのことをしてあげられる自信がないのです」
「……なるほど」
ユーリはその一言だけでほぼ理解したようだった。
オーロラの言いぶりからエレンを好いていることも伝わってきたし、なんなら昨日のデート風景を盗み見た限り2人は十分愛し合っていると思う。
「私は、家からの援助もなければ、エレン様にもらったものを返せるだけの術もありません。それを、どう表現すべきかも分からないのです」
オーロラはかつての家でのことを思い浮かべていた。
母は優しかったけれどいつも父からの愛を得られないことを嘆いていた。父が女性を取っ替え引っ替えするのも理解はし難かったし、ましてや義母と義姉から優しさを感じたことなどない。
本で愛が何かは知っているし、エレンが自分を愛してくれていることも分かるけれど、オーロラはそれをどう伝えていいのか分からない。
「エレンは、昨日、オーロラ様が一緒にいたいと言ってくれたことが嬉しかったとしきりに仰ってました」
「もっとも、エレンは家のことや金銭のことは全く気にはしてはいませんが」とユーリは言い、それからオーロラをまっすぐ見て微笑んだ。
「少しずつでいいんです。それから、自分の心の声をよく聞いてあげてください。一緒にいたい、というのはオーロラ様のお気持ちだったのでしょう?」
オーロラはこくりと小さく頷いた。同時にそれってすごく恥ずかしいことをしてしまったのでは、と顔を赤くする。
「エレンは、オーロラ様がしてくれたことならなんだって喜びますよ。オーロラ様は、エレンと結婚するのは嫌ですか?」
「いや、じゃないです」
「なら、話は早いですね。オーロラ様から結婚したいと仰れば鼻血でも出して喜ぶでしょう」
「そ、それはいいのでしょうか……」
オーロラが困り気味にそう返す。冗談を交えながらもユーリはオーロラの気持ちを導いてくれていた。そのことはオーロラにも分かってなんだかんだユーリの優しさに嬉しくなる。
「ユーリ様、本当にありがとうございます」
「いえいえ。俺で良ければいつでも相談に乗りますよ」
「エレンがしつこいときはすぐ駆けつけます」とけらけらと少年のように笑うユーリにオーロラも思わず笑みを浮かべた。
「私、エレン様との結婚式なんだか楽しみになってきました」
そうオーロラが微笑んだそのとき、後ろでガシャーンと陶器が割れるような音がした。慌てて振り返ればそこにはエレンが突っ立っている。
「オーロラ、嬉しいよ……」
へらりと笑ったエレンの鼻からは血が滴っている。
「あ、鼻血出しましたね」
「わああ、ユーリ様、そんな呑気なこと言わずに! エレン様、ハンカチです!」
鼻に柔らかいハンカチを押し当てられたエレンはますます幸せそうに笑っていたーー




