癒しの魔法
オーロラはハンナに連れられて研究所の廊下を歩いていた。人通りの多い廊下で、すれ違う人たちがみんな自分を見ているような気がしてオーロラは縮こまりながら歩いていく。
陸に上がってきた人魚の王子様の婚約者。それだけでもかなりの話題になるのに入学式をさぼっていた、となればオーロラは一躍有名人扱いである。
「着いた着いた……ってあれ、どうしたー」
オーロラは縮こまっていたのに加えて目の前にあるなんだか物々しい扉を前にし、完全に顔を伏せていた。
そんなオーロラにハンナはうははとまた快活に笑う。
「そんな怯えるもんじゃないから、ほら見てみ」
「は、はい……」
恐る恐る顔を上げると、オーロラは思わず目を見張った。
少し暗がりの部屋いっぱいに不思議な光を放つ植物や魚などがいる。洞窟の中の宝石のような、神秘的な光景にオーロラも感嘆の息を漏らした。
「これはね、私が研究している海の生物たちだよ」
「ハンナさんお1人で、ですか!?」
「いやいや、生徒たちにももちろん手伝ってもらっているよ。集めたのだって私が自力で取ってきたのもあるが大体は知り合いの漁師とかからもらったものだしね。まあ、人魚たちと親しくなってもらったものもあるけれどね」
「すごいですね……」
研究熱心だわ、とオーロラは感心した。エレンたちにも抵抗がないのはハンナが人魚たちと仲がいいからなのだろう。
「それで、どうして私をここへ? 海の生物のことであればエレン様やユーリ様の方がお詳しいはずですが……」
「人魚たちに害を及ぼすものもあるからね、とりあえずオーロラ嬢だけ呼んだんだ」
「これは人魚にしか聞こえない嫌な周波を出すんだ」などとハンナが説明するのを聞きオーロラは納得する。
「でね、この中には原因はわからないが弱っているものがある。これみたいに光が消えかけているのがそうだと思うんだが……オーロラ嬢にはこれを治してもらいたい」
部屋を見渡すと光が絶え絶えになっているものがいくつか見られた。ただ、明確な傷や破損部分がないものを治せるのかとオーロラは自分の手に視線を落とす。
「いつか、オーロラ嬢の力を利用しようとする人が現れる。現に、もうそういう動きがあると思うんだが……」
「私もそういう風に映っていたら申し訳ないけれど」とハンナは前置きをする。
「私は、能力は適切に使って欲しいと思ってる。そのためにもどこまでが正しい使い方かオーロラ嬢自身が見極めておく必要があると思うんだ」
「私自身が……」
「そう。それに少々君は騙されやすそうな性格をしているから……心配でね」
騙されやすい、と言われたのははじめてだったけれど、否定するほどの自信はなかった。たしかに何か言われても言い返せないから。
「分かりました。私、頑張ります」
自分の魔法のことは自分が1番知っておく必要がある。
それから――人に騙されない方法も学ぼう。
そう決意してオーロラは手をかざした。
***
「オーロラどうしてるかなあ」
「まだ分かれて30分もたってないですよ、エレン」
エレンはユーリに呆れられ、大きくため息をつく。
本当はオーロラについていきたかったが、ハンナに「図書館で人間の歴史を学んでくる方がよっぽど有意義だ」とか言われ、エレンたちは渋々図書館へとやってきていた。
それにしても、とエレンはちらりと視線を動かす。
エレンとユーリの周りを大量の女子生徒が囲んでいるのである。おそらく人魚に興味があるのだろうと思っていたが色めき立つ様子からはそうではないと判断した。
エレンとユーリはかなりの美形であるため、うつむいて本を読む姿はかなり美しくずっと見ていられるレベルだ。
2人はうげ、と顔を見合わせる。これではおちおち本も読んでいられない。広げてある「人類と歴史」という分厚い本を閉じると2人は席を立つ。
いい感じに2人は歩き回りながら、声をひそめて話す。
「……そろそろ準備は整いそうか?」
「ああ、結婚式ですね。この前簡易ですがやられたばかりではないですか。それもわざわざあんなキスまで見せつけてきて」
「うっ……仕方ないだろう、あの時はその、気分が高揚してたんだ……」
エレンは数日前、浜辺でオーロラとキスしたことを思い出して、顔を真っ赤にした。ユーリは「からかっただけです」と楽しげに笑う。
「結婚式の件ですが、まだ使いの者からの連絡が来ていなくて……明日にでも俺が直接聞いてこようかと思います」
「明日か……」
エレンはそう呟く。
ユーリがいないということは、オーロラと2人きり、というわけで。
それに王立学園は自分で授業を選ぶ選択制のためあまり心配はない。あとは王立研究所の方がどうなるかだが――
そうエレンが半ば明日の予定を決めにかかっていると、数メートル先にオーロラが見えた。
「何を読むの?」
「ひゃあっ! きゅ、急に来られるとびっくりします……」
図書館で大声を上げたことを反省するようにオーロラはひそひそ声でそうエレンに言う。
エレンは「ごめん」ときもち嬉しげにそう謝ると、オーロラが抱えていた本に目を落とす。
それから、なんとも言えない題名に首を傾げた。
「人に、騙されない方法……?」
「あ、これは、その……」
言いあぐねるオーロラにエレンは「オーロラは優しいからね」と口角を上げて見せる。
「でも、僕がついてるから大丈夫」
「とっても嬉しいのですけれど……でも私がもっとしっかりしないと、と思いまして……!」
そう悪気なく言ったオーロラだったが、エレンは「僕そんなに頼りないかな」と言わんばかりにしょぼんとしてしまう。
それにユーリは大爆笑しているわけだが。
「じゃあ、オーロラ。明日僕とデートしよう」
「デート、ですか?」
「そう。明日はユーリがいなくて2人きりだからね。それに僕がデートプランを考えるからオーロラは存分に僕を頼ってくれて構わない」
エレンは自信満々にそう言う。幸い、先程たくさん魔法を使ったこともありオーロラはハンナから明日休むよう言われている。デートなんてしたこともないオーロラは一体どんなことをするのだろう、とエレンを見ながら思いを巡らせる。
「えっと、じゃあ存分に頼らせていただきますね」
「うん、任せておいてよ」
明日は早く帰ってきて2人のデートを観察しよう。絶対面白いぞ、とユーリは応援半分、面白半分そう2人を眺めていたのだった。




