転生令嬢、獣人美少年達と出会う
「んぁ……ふ、ぅ………」
紅潮した頬と潤んだ瞳をした猫耳の美少年が、甘い声を漏らす。
「ここが気持ちいいんだ?……もっとして欲しい?」
まだ未成熟な喉元を撫でれば、細い髪と白い耳が揺れる。
「っあ……して、ほしいっ……!」
私の手にすり寄りながらねだる姿は、少年とは思えないほどに扇情的だ。
「ふふ……いいこだね」
不意に反対側から服を引かれそちらを向くと、物欲しげな表情をした犬耳の美少年が私を見つめている。
「ねぇっ……そっちばかり、ずるい……僕も、して欲しいよぉっ……」
縋りつくように媚びる少年のとろけた瞳が堪らなく背徳的で、ごくりと唾を飲み込んだ。
垂れたふわふわの耳が彼の愛らしさを強調していて、すぐにでも触りたい欲望に駆られる。
「もう……待て、って言ったでしょう?仕方のない子だね…」
ねだられるままに少年の首に指を滑らせると、彼も吐息を漏らしながらよがり始めるーーー。
はい、ストーップ。ここまで音声だけならR18。ですが私、決して悪いことはしておりません!何故なら私は、彼らを撫でているだけ。変なところは一切触っていませんので!
そう、私は猫耳犬耳尻尾のついた美少年達を両脇に侍らせて撫でているだけなのです。その上、私の体は五歳の幼女。お縄にされようわけがない!
合法の触れる美少年万歳!私今、転生先で最高に幸せです!
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悲しい人生を生きて異世界に転生し、転生先で自分らしく生きていくという物語が流行っているらしい。
そんな話を聞いた数日後、平々凡々に生きてきた私は、居眠り運転のトラックからペットの犬と猫を守ろうとして死んだ。
仕事ばかりで恋愛もできずに生きてきて、癒しはペットの二匹だけだったのに。神様ひどいよ。
今月の労働も残業も無駄だったなあ。二匹は無事かな。私が死んだ後も大切にしてくれる飼い主に巡り会えますようにー…なんて考えながら意識が無くなっていって。
目が覚めたら自分は赤ちゃんで、随分と華やかな屋敷で生活していた。
わあ。これが流行りの転生かー、なんてお気楽なことを考えながら、屋敷で楽しく過ごして早五年。
この世界には魔法もなく、ドラゴンや妖精もいないってことがわかった。
異世界転生するならもっと派手な世界観に転生したかったのにー。ちょっと残念。
まあ、裕福な伯爵家のお嬢様として生まれただけでも幸せだと思う。生まれてから苦労なんて一切してないもの。ありがとう神様。
その日は珍しく、屋敷に来客があった。
「お父様!お客様がいらしてるの?」
ぱたぱたと廊下を走っていき、父の書斎の扉を開けた。
後ろから「お嬢様!いけませーん!」と付き人のナリアの声がするけど気にしない。
この屋敷にお客様だなんて、私が生まれてからの五年間では初めてのことだもの。ちょっとくらいご挨拶したっていいよね!
「あっ…ララ!勝手に入るんじゃない!」
お父様の周りにはお父様と同じくらいの歳の男性が二人と、男の子が二人いた。男の子たちは私と同じくらいの歳に見える。
わあ、二人とも美少年だあ。短パンに太ももがきらめいて見える。
勝手に入ってきた私を見て、お父様は大きなため息を吐いた。
「お父様、だめよ!ため息は幸せを逃すのよ?」
「誰のせいだ…」
頭を抱えるお父様を見て、二人の男性がくすくすと笑う。二人とも振る舞いや身なりが上品で、一目で位の高い人なのだとわかった。
あ、もしかして私、大変失礼なことをしているのでは?
「もう観念して、お嬢さんを私達に紹介してくれないか?」
「君が娘を大事に思っているのはわかるが、いつまで屋敷に閉じ込めておくつもりだい?」
私が来たせいで、お父様が責められていらっしゃる!?
お父様がもう一度盛大にため息をついた。
「ご、ごめんなさい!私、お父様のお邪魔をしようと思ったわけじゃないの!ただ、お客様がいらっしゃるのは珍しいから、気になって…」
「いや、いいんだ。遅かれ早かれ、紹介しなきゃいけない時が来ていただろうから」
手招きされるままにお父様の隣に並ぶと、大きな手のひらが頭の上に優しく乗った。
「娘のララだ。今年五歳になった」
「ララ・ファソラージェです」
困ったようにぶっきらぼうに私を紹介するお父様を不思議に思いながら、ワンピースの裾を持ってレディらしくお辞儀をする。
おしゃまな子どもだと思われたのか、男性の一人が「ふふふ」と笑った。
「小さなレディ、初めまして。私はドグニア・ルーヴァニアと申します。こっちは息子のシアント。君と同い年です」
優しそうに明るく笑うドグニアさんの後ろから、子供らしくにこにこと笑った男の子が前に出てきた。
茶色のふわふわした可愛らしい髪からもふもふした犬の垂れ耳がのぞいている。
「シアントです。よろしくね!」
わあ。かわいい。まんまるの大きな瞳と笑顔から癒しのオーラが出ている。
手を差し出されたので握手すると、嬉しそうに可愛い尻尾をぶんぶんと振ってくれた。
………ん?もふもふの垂れ耳?可愛い尻尾?
「次は僕達の番だ。お嬢さん、初めまして。僕はキャトリス・ティーグルスと申します。お前もご挨拶なさい」
落ち着いた笑みを浮かべるキャトリスさんが、後ろにいた男の子に前に出るよう背中を押して促した。
「……シャルガス」
ちらりと私を見てからふいと顔を逸らしたその男の子は、さらさらの金髪からふわふわの白い猫耳が出ていた。
男の子の後ろを覗いてみると、毛を逆立てて膨らませている尻尾が見えた。
「あ、あの」
「愛想のない息子で申し訳ない。この子も君と同い年だから、仲良くしてやって欲しい」
キャトリスさんが私に謝ってくるけれど、それどころじゃないんですけど。
息子さんたち、可愛い耳と尻尾がついてますけど。どういうこと?
混乱したままお父様のほうを振り向くと、目が合った。お父様も私の出方を伺っているみたいにこちらをチラチラ見ている。
「あ、あの…」
「ん?なんだい?」
ドグニアさんとキャトリスさんがにこにこしながら私のほうを見るので、一生懸命言葉を選んでみる。
「かわいいお耳と尻尾が……あるんですね?」
とりあえず思ったまま声に出してみると、ドグニアさんとキャトリスさんが目を丸くし、顔を見合わせてからお父様を見た。
お父様は気まずそうに目を逸らしている。
「ジャン!君、まさか…この子が生まれて五年間、外の世界のことを何も教えてこなかったのか!?」
「し、仕方ないだろ!うちの家系に獣の耳や尾を持つ者はいないんだから!」
「そんなことを言って、娘を隠しておきたかっただけだろう!使用人には獣人もいるはずだ!教えようとしなかっただけだろ!」
「あーそうだよ!!可愛い娘を何処ぞの馬の骨に渡してなるものか!!」
ぎゃあぎゃあ喧嘩している三人を見て、シアントくんはおろおろしており、シャルガスくんは我関せず窓の外の空を見ている。
……え?もしかして、この世界、立派に異世界してる?私が知らなかっただけ?
ヒートアップする三人を尻目に、シャルガスくんが大きくあくびした。
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「……とりあえず、もう帰ってくれないか。娘に色々と説明しなくちゃいけないから」
三人の喧嘩が落ち着いたところで、ボロボロのお父様がそう言った。
「本当にちゃんと説明するんだろうな!」
「するよ!だから早く帰ってくれ!」
「また改めて息子達に紹介してくれよ!じゃなきゃ意味がないんだからな!」
「わかったよ!帰れ!」
本当に喧嘩、落ち着いたんだろうか。帰り際まで騒がしい。
去っていく四人に軽く会釈をすると、ドグニアさんとキャトリスさんは会釈を返してくれた。
シアントくんは手を振ってにこっと笑ってくれる。
シャルガスくんは振り向きもしないがキャトリスさんにゲンコツされて仕方なさそうに頭を下げた。
嵐が去ったところで、お父様が「さて」と私に向き直る。
「お前に言ってないことが、実はたくさんある。聞いてくれるか?」
たくさんあるの!?
中身は大人だからなんでも知ってると思い込んでこの五年間生きてきた。恥ずかしい。
「……うん、全部聞きたい」
そう答えると、お父様は何故だか、少し寂しそうに笑った。
「この世界には、獣人という生物がいる。……というより、獣の耳や尻尾のないノーマル…俺たちのようなただの人間は、かなり少ない」
話の始まりで既にキャパオーバーになりかけた。普通の人間が少数派ってこと?ファンタジーだなあ!
「で、でも…お父様もお母様も、お祖父様お婆様も使用人たちも……耳も尻尾も見たことないよ!」
だからこそ、この世界は平凡でつまらないと思い込んでいたのに。
「うちの一族は、男が必ず後を継ぐことになっている。ファソラージェの血を引く男の遺伝子を持つ子供は、必ずノーマルが生まれるんだ。うちに嫁ぐ女性も、できる限りノーマルから探すようにしている。私やお前の母、お前の祖父母は皆ノーマルだ」
お父様が近くにあった紙にペンを走らせる。簡単な家系図を書いて私にわかりやすいように説明してくれた。
まあとりあえず、一緒に住んでいる私の家族はみんな普通の人間ということだろう。ちょっとほっとした。
「使用人達はノーマルと獣人両方いるが、獣人は皆、耳と尻尾を隠して生活してる」
使用人のみんなを思い浮かべてみて疑問に思う。みんな帽子なんか被ってないのに、どうやって隠してるんだろう。
私の疑問を察したのか、お父様が説明を続ける。
「獣人は生まれた時から、耳と尻尾がある。二十歳を迎える頃には、それを隠せるようになるんだ。さっきいた大人、ドグニアとキャトリスの2人には耳も尻尾もなかっただろう?」
そう言われて思い返すと、確かに二人にはなかったように思う。じゃあシアントくんとシャルガスくんは、子どもだから耳と尻尾があったということなのか。
すんごい可愛かったなあ、あの二人。前世で飼ってた犬と猫を思い出した。
「獣人とノーマルの差は、獣の耳と尻尾があるかないかだけなの?」
「いや。獣人は五感が優れていたり、力が強かったりと大きな差がある。ノーマルよりずっと優秀だ。王族や貴族階級、その他の裕福な者達、王宮騎士などは、基本的には全て獣人達が占めている」
へー、全然知らなかった。私、本当に何も知らずに生きてきたんだなあ。
そんな呑気なことを考えてから、またふと疑問に思う。
「……でもうち、伯爵家だよね?」
私が首を傾げると、お父様が苦虫を噛み潰したような顔をする。あまり突っ込まれたくないことだったみたいだ。
「そう。うちはノーマルでありながら、爵位を得ている唯一の家系だ。……うちは、特別なんだよ」
特別。どうしてそんな曖昧な答えかたをするのか、私にはわからない。
特別な理由、かあ……。ご先祖様が王族に恩を売ったとか、そんなところなのかな。
お父様は見上げる私の頭に手を乗せ、ぽんぽんと髪を撫でた。
「……まだ、お前は知らなくていいことだよ」
お父様の顔には、悔しそうな、寂しそうな表情が見えた。どうしてそんな顔をするのか、全然わからない。
「全部話してくれるって言ったのに!」
「言ってないよ。お前が全部聞きたいって言っただけだろ」
頬を膨らませてお父様を睨むけれど、笑って流された。
「……できることなら、一生隠しておきたかったよ」
お父様が悲しげに何かを呟いたけれど、私にはよく聞こえなかった。
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「ジャンは娘に、全てを話すと思うか?」
ファソラージェの屋敷からの帰り道、車まで歩きながらドグニアがキャトリスに問う。
「話してもらわねば困る」
キャトリスはふん、と鼻を鳴らしながら、横を歩く息子の頭に手を乗せた。
「あの娘には、シャルガスと結婚してもらわなければいけないからな」
「それは困るなあ。シアントに頑張ってもらわないと。な?」
ドグニアが笑顔で息子を振り返る。
「はい、父様!僕、頑張ります!」
「はは、その意気だ。なに、子供さえ産ませてしまえばこちらのものだからな。その後いらなければ捨てて、好きな同族の雌と再婚していいんだぞ」
シアントはドグニアに頭を撫でられて、嬉しそうに微笑んだ。
「シャルガス。遅れをとるなよ。あの娘を嫁にした一族が、次代の国を牛耳ると言っても過言ではないんだ」
「……はい」
シャルガスは俯きながら父に返事をした。