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アーマーソーサー  作者: 焚火斗 薪斗
1/1

弾痕

謎の地球外生命体「ヴァリアン」に襲撃される人類。人工筋組織を使用したバイオアーマーを着用し対抗するものの彼らは人間に対抗すべく進化していた。

人類の数は激減。文明は衰退、低迷。唯一、発展しているのは兵器開発のみである。

その激動の最中、物資運搬で戦場に派遣されてしまった少年がいた。

 

 荒れ果てた街。兵器の轟音が全方位から聞こえ、砂ぼこりが視界を覆い尽くしていた。

 その中を、155cmに満たない身長の少年たちが、曲がり切った背でミリタリーバックパックを背負い、

腕の中にはを抱えて走っていた。

 汗で冷えた上半身と震えおののいた下半身は、泥水と小便と少年以外の血で濡れ、駆けるたびにドシャドシャと音をたてる。


 「僕たち帰れるかな・・・」

 

 弱弱しく発せられた声は、隣で息を切らしているシユウに聞こえるか聞こえないかほどの大きさだった。シユウは少年の少し前を走っている。シユウは小さく振り返り、少年の胸を小突いて言った。


 「もう少しだ。前線からもう少しで離れられる!ほら、主力部隊がさっき頭の上を通過していっただろう?押し返してるんだよ!だから、弱気になるのはやめろ!」


 そして、シユウ精一杯の笑顔を作った。小柄な少年はシユウの笑顔見て、小さく頷いた。

 幼い2人は荒廃した街で幾度となく響き渡る銃声を聞いた後だった。前線から離れているような気はしなかった。話している最中にも4~5キロ離れたところで爆炎が上がった。

 とても鍛えられているとは言えない身体は震えあがり、身長155CMの身体が3CMほど縮んでみえた。

 とても兵士には思えない風貌である。


 分隊のスピードが緩んだ。少年は息切れで苦しくなった肺に少しでも酸素を取り込もうと、空を見上げ大きく息を吸った。深呼吸すれば気分も落ち着く、そんな考えも空気中の塵を吸い込んで咳き込んでからは、意識して息を整えることすら億劫になった。

 空は灰色に染まり太陽どころか雲さえ見えず、走っている少年兵たちの顔に血の気はなかった。


 部隊が再び移動を開始した時だった。ズュヒュと肉を切り裂く音を聞いた。

 やけに近く聞こえた。“棘”が肉体を突き抜ける音が聞こえたのは、棘が耳元を通っていたからだった。

 

 近いも何も、棘が耳の肉を奪っていったことに仲間が倒れてから意識した。

 奴らの放つ“棘”はバラの棘のような形で硬度は鉄並み、秒速300㎞を超え、殺傷能力は十分であり、アーマーを装備していない少年たちには銃弾と変わりなかった。

 少年の右耳を半分打ち抜いた弾丸が、すぐ右後ろの味方の腹部を貫く。

 少年は仲間が倒れるのを見るのとほぼ同時に痛みを感じた。

 仲間のくぐもった叫び声が耳を刺した。


「ぁぁ゛ア゛ア゛ア゛ア゛グゥうぅ」


 少年は痛みを感じ、右耳を片手で押さえた。

 少年の正面を走っていた仲間も撃たれたのか、走っていた勢いとともに転がりながら倒れていく。

 シユウが辺りを見渡しながら「動くな!」と叫び、少年から距離をとっていった。

 走っていた勢いをころさずに、撃たれて崩れ落ちた仲間の隣へ仰向けで滑り込む。うめき声をあげながら倒れ込んでいる仲間の腹部や脚部からは、大量の血が流れ出ていた。

 尻から地面に落ちた少年は腹筋を使い体を起こし、支給された軽量化ライフルを構え、さっきまで走っていた方向へ銃口を向ける。


 引いていた血の気が戻り、顔に狂気が現れる。シユウが不安そうな顔をして「撃つな!」と叫んでいるが、少年の耳には届いていなかった。

 耳たぶがついていたところから血が噴き出した。喉を絞り声を荒げさせる。


 「ああ”あ”あ”ああぁあぁぁ」


 少年は出せる限りの声を絞り出した。

 手ぶれを抑えるとこなく標準の定まっていないライフルの引き金を引く。


 ターン


 たどたどしく構えたライフルから1発、弾丸が発射され、少年の目の前の土煙を切り裂いていく。

 銃の発射音の振動が体から離れていった。静寂が自分を包むような感覚を脳が感じる前に無数の棘を身体に浴びることになった。銃声と自分の体に棘が入る音が聞こえた後、少年は力なく、棘の勢いに押されるがままに仰向けに倒される。シユウは少年を見つめながら、悲痛な顔を浮かべ、物陰に隠れた。


 少年より前を走っていた隊長の男が叫んでいる。

 「退け!後退だ!後退しろ!物陰に隠れ…」

 無数の棘が彼の身体に降り注いだ。彼はその場に倒れ込んだ。隊長より若い隊員が叫ぶ。

 「馬鹿野郎!姿勢を低くしろ!的になりてぇのか!物陰に隠れろ!」

 周りの仲間も慌て始める中、彼だけが倒れた仲間の下に駆け寄っていた。

 

 倒れてゆく途中、灰色の空が見えた。少年の目に太陽の光が届くことはなかった。バックパックが背中にあるせいで首が背中側に曲がり視線は頭上へと流れた。

 崩れかけている建物、荒れ果てた道。後ろを見ることなく走り去って行く仲間が見えた。


 意識が遠のいていく中で仲間の走っていく足音と、背中を撃たれ隣で横たわっている仲間のうめき声が他の音よりやけに大きく聞こえた。

 少年は少しずつ首だけを動かして、隣で倒れている仲間の方を見た。

 仲間はうつぶせで少年のほうを向いていた。目尻に涙が流れた痕があった。

 涙はすでに止まっていた。

 

 彼は左手を少年のほうへ伸ばしていた。

 親指と人差し指で掴んでいただろうと思われる写真が地面に落ちていた。

 写真は2枚。彼と彼の両親、それと幼い少女。4人が笑顔で写った写真。もう1枚は孤児院だろうか、少し荒れた建物の前で子供たちが並んでいる。写真は彼の指から滑り落ちた位置にこぼれていた。

 

(写真。 届けてほしかったのかな……)


 少年は腹に力を込めてガクガクと震える頭を起こし、顔を腹の方に向け、震える右手を左胸のポケットへ伸ばし、写真を2枚取り出した。腹部から激しく出血している。流れ出る血は紫色に変色していた。

 長距離型のヴァリアンは尾が狙撃銃のようになっており、その棘には毒があった。

 病院のベッドの上で生命維持装置をつけながら笑っている妹の写真と、家族4人で数年前に撮った写真。

 家族写真の少年は12歳くらいだろうか、妹もベッドの上の姿より幼い。2人とも笑顔で目は輝きに満ちている。

 目の前まで写真を持ってきたが、1、2秒見ただけで、首と腕の力がなくなり、頭と腕が地面に向かっていく。

 地面を叩いた手から写真が零れ落ちると、隣の彼が落とした写真とほぼ同じ位置に落ち、写真が4枚並んだ。その間、写真から目を離すことはなかった。


 少年は仲間を見る。彼と家族の話をこの戦闘の前にしたことを思い出した。

 

(悪いけれど郵便配達なら僕も頼みたいところなんだ)


 と少年は心の中で呟いた。10秒かけてゆっくりと呼吸とする。

 そして、自分が持っていた写真を見て、何かしら声を出そうとする。うめき声、泣き声どれも出なかった。

 もう1度写真を手に取ろうとしても体は反応しない。胸のあたりが血で暖かくなっていく感覚が伝わってくる。


 (よかった。 写真が無事で)


 胸部から血が流れ出る。少年はゆっくりと息を吐きながら空を見た。

 太陽が顔を出していることもなく、鳥が空を飛んでいることもない空を見た。

 大都市に向かうヴァリアンの群れを留めておく最後の砦であった。追い込まれた防衛軍は、より多くの戦闘員を前線に送るため、後方からの支援を少年兵に物資運搬をさせて成り立たせていた。


 周りの崩壊した建物、割れた街灯、かつては国外れの賑わっていた商業街だった。

 美しかった市街地も、落とされた戦闘機や乗り捨てられた戦車、アーマー兵の武器だった近接武器が散乱している。


 轟音の中、視界の隅で刀を振るう兵士。確実に近づいてくる無数の足音。

 この兵士以外に仲間は見えない。あっという間に囲まれたが彼は冷静に剣を構えていた。

 並みの筋力では振るのも困難な剣を軽く一振り。顔は露出しているものの一般兵とは違いスーツを着ている。

 後方支援部隊で、最も手練れらしいこの兵士は、倒れる仲間をかばいながら敵を切り裂いていく。

 剣は強く握ることなく、軽く添えるようにして持っている。相手の攻撃を受け流し、バランスを崩した相手の急所を的確に切り裂く。数の有利など無かった。前後から同時に切りかかった敵は互いに尾を突き立てあった。彼の手には剣とナイフが握られた。ヴァリアンたちは何が起きたのか分からない表情を浮かべながら倒れた。彼は前後からの攻撃を同時に受け流していた。

 

 しかし、優勢だったのはヴァリアンどもが距離を空け始めるまでだった。

 対ヴァリアン戦闘は大火力攻撃がメインである。しかし、この部隊に支給されている武器ではせいぜいかすり傷をつけるか、陽動くらいしかできなかった。

 唯一、大火力兵器を使用せず、ヴァリアントを絶命させることができる武器が“剣”であった。

 従来の剣とは違い、最新科学を詰め込んだ剣は主にアーマー兵の近接武器として支給されていた。

 使用者の腕にもよるが何十匹というヴァリアントを屠った者もいるらしい。

 

 長距離攻撃からヴァリアンがメインとする近接攻撃に切り替わったのは運が良かったとしか言えない。

 

 敵は距離を空け、無数の棘を飛ばし始めた。

 勇敢に戦っていた彼も棘を躱したり、防いだり、剣で受けたりするものの体力は長くは持たなかった。


 ヴァリアンの一体が横たわっている少年の息に気付いた。奴らの爪が目の前でキラリと光る。

 少年は目を閉じた。

 

 4枚の写真、映っている全員が笑っていた。ボヤける視界の真ん中で爪の先が動くのがぼんやり見えた。

 

 ノエルは顔を歪め、血が溜まる喉から声を出した。


 「死にたくない」


 強く閉じた目から一粒の涙が垂れた。


 その瞬間、真横の半壊した建物に空を飛んでいた輸送機が落ちてきた。

 黒い煙に包まれた輸送機は炎を纏いながら轟々と音をたて、建物を呑み込んだ。

 その衝撃にヴァリアンはバランスを崩した。

 一瞬の隙を突いて飛び出してきたシユウが少年の傍にいるヴァリアン目掛けて火炎グレネードを投げつけた。頭部が激しく燃え上がったヴァリアンがもがくうちに、シユウは少年を荒く肩に担いだ。


 「しっかり掴まれ。応援が来てくれた」


 何人ものアーマーを着た兵隊が周りに降り立った。

 一瞬のうちに辺りにいたヴァリアンが倒されていった。

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