因子~幽霊の演技をしたらなにかと出逢った日~
どよんと停滞した空気を破壊しにかかった最終兵器団長による、一方的な次の劇においてのスタメン発表から10日ほどたったある日のこと。
夏特有の澄み切った青い空と柔らかな風に誘われ、今日は近くの広場で練習をしようということになった涼風の一行。夏休みが始まったばかりの七月の末、まだ秋には遠く、うだるほどではないが動くのが多少嫌になるような刺すような日差しが差し込んでいる。
「あれ、こんなところにお客さんなんて珍しい!嬉しいな…こんにちは。ねぇ、私とあそぼ!!!」
楽しそうに真っ白のワンピースでくるくると回って、すっと手を差し出す茉未。
…よくよく見ると、まだセリフを覚えていないらしくその手にはしっかりと台本が握られていたりする。
「カット、違う。なんだろう、もっとしとやかな中にも燐とした強さという…明るさというかを…」
監督チックに椅子に座り、台本をまるめてぽんぽんと肩を叩く咲夜。
その的を得ているようで一向に要点を得ていない言葉に健気に頷くと、もう一度台本を見つめて、すっと目を閉じて…ゆっくりと前をむく。
「ねぇ…私と遊ぼぅ?」
「うーん…なんか違うんだよな。もう少し幽霊らしく…」
セリフ一つにもすぐにダメだし。咲夜による演技指導はふだんの雰囲気でGO!結果あってればOK!になりがちな団長よりかなり厳しいものだったりして、若干茉未もうんざりしている。
「よっしゃ、みなごくろうさん!そろそろ休憩にするで!」
今回、総監督という名のお茶汲み係、団長の声にみな一斉に作業を止めて振り替える。
「「「了解しました!!!」」」
あちこちから声が重なり、みな団長のもとへと歩みだす。
この辺の教育は本当によくできているのだった。
勿論、咲夜たちも例外ではなく歩みだすのだが…なぜか相方の茉未はぴたっと止まり一人だけ小首をかしげて反対方向を見ている。
「まーたん?どうしたんだ?」
その様子が気になったので咲夜も横に立って同じ方向に目をやるが特に変わったものはない。
今度は茉未の顔を覗いてみると何かに怯えたような瞳をしていた。
「う…ん……いや、なんかね…変なんよ…」
何かを言い淀んでいる。
「なにかって…」
「咲夜~まーたん~早よ来いや!!」
団長の催促する声が自分の声をかき消したことに、まったくと呆れて肩をすくめる咲夜。
「ったく…うるせ~な。しかたない、とりあえずいったん戻れるか?」
「う…うん。だいじょびによ…」
本当は何かを言いたいという気持ちを飲み込むように苦笑いを浮かべながら、走りだす咲夜の後ろをついていく。ただただ、ちょっと進むごとに同じ場所を気にしながら…。
「ほらよ、ごくろうさん!しっかり水分補給するんやで!」
団長の手から冷たいお茶と一緒にスイカを半玉づつ手渡される。
「へっ?すごいすごーぃに!大きいスイカ!どうしたのこれ?」
周りの団員も手にしているのを見ると二人で一玉となったら奮発したことになる。
「どや?今回の劇を依頼してくれた人たちが差し入れにくれたんや!大事に食うんやで!」
団長の説明を綺麗にスルーしつつ、暁那さんから渡されたスプーンをサクサクとスイカに差し込む咲夜。
「うん…みずみずしいスイカだ」
「お前はちゃんと話を聞かんか!?それから味わえ!!」
頭をどつかれてスイカを落としそうになりながら少し考える。
「うーん…欲を言えば塩がほしいかな?もっと甘みが引き立つし…」
「もういい、おまえは食べなくていいわ、こんのあほんだらがぁ~!!」
「うわ、ちょっと種飛ばすなよ!?きたねー!!」
そんなやりとりを団員たちは各々にスイカを口にして笑いながら見ている。
でも、そんな中またも一人…じーっと反対方向を見ている茉未。
~やっと見つけた…~
何かを感じ、びくっと身体を震わせる。
「…どうかしたか…?」
その様子に気が付いた信也が問い掛ける。
それに応じて茉未はひどく青ざめた神妙な面持ちで振り替える。
他の団員達も何事かと茉未を中心に集まりだす。
~やっと見つけたよ…~
「あのね、あのによ、私…私、とりつかれてるのかも…」
「…へっ?」
~…晴一…私の…~
あまりに予想外な言葉にみな拍子抜けした声を発する
「とりつかれてる…?」
それから一斉に茉未の背後に目を向ける。
「…咲夜に…か?」
茉未の背後にはおそらく身長差40センチはある咲夜が立っている。
特に気にしたことはないが確かにいつでも横にいるので背後霊的なものと言えなくもない。
「…それじゃあなくて…うぁ~ん、きっとね、きっと、幽霊さんのまねなんかしているから…
幽霊さんがぁ怒っちゃったによぉ!」
とりあえず背後霊認定された軽く咲夜のことは無視してキャーキャーと騒ぎだす茉未。
咲夜は小道具で準備していたボールをぽんぽんを投げあげながら注意深く再度後、茉未が気にしていた方向を見渡す。
「ふーん…幽霊さんかどうかはともかく、誰かいるのは確かみたいだな、っと…」
藪のなか目がけて思いっきりボールを投げる。コツン…という音と共に小さな悲鳴があがり藪がガサガサと動く。猫が獲物を狩るように足音をたてずに素早く藪の前まで駆け寄る咲夜。
…よっぽど咲夜のほうが幽霊らしい。
「まーたんを恐がらせてるのは誰かな~?」
「えっ!!!」
それを見ていた全員の目が点になる。
幽霊の犯人と思われる者を掴み出した咲夜ですら対応に困り止まっている。
咲夜が手をつかんで引きずりだしたのは
「女の子!?」
「亜水弥!?」
晴一が他の団員とは違った意味での叫び声をあげる。
「え~~~~!!!」
さらにその声に驚く団員一同。
少し赤みがかった髪を三つ編みにして、黒い瞳を憂欝げに落としながら少女は困ったように顔を上げた。
「えっと、ども~晴一…おひさ!」
危険人物でもなく女の子が相手だったことに大慌てで咲夜が手を離す。
「本当に…亜水弥か…いや、だとしてどうしてこんなところに?」
「晴一、その私…ずっと晴一を…探していて…」
おどおどとしながらも、なんとか話を聞いてもらおうと晴一の腕を掴む亜水弥と呼ばれた女の子。
「に、に?幽霊さんじゃないのかに?」
「いや、っていうか…この展開は…」
晴一を探していたという言葉にみんなが二人の関係を探りたくてワクワクしだしていた。
「なんや、なんや?おっ、亜水弥ちゃんやないか?どないしたんや?」
親しげに肩をたたく団長。
まさかの第三勢力の登場にさらなるざわめき。
「あっ、暁羅さん!!」
「さらに団長の知り合い!?」
「つまり…誰?」
「いや、だから亜水弥、おまえどうしてこんな所に…!?」
それぞれが疑問を一斉に投げ掛けるなか、亜水弥と呼ばれた少女は意を決したように皆の前にでて腰に手を当て、大きく息を吸い込んで言い放つ。
「私、晴一の幼なじみにして、恋人以上の関係のはずなのに友達以下な扱いをされている小波亜水弥って言います。
いつも晴一がお世話になっています!」
深々と一礼、ぽかーんとその様子を見つめる団員達。
なんというか、余計に困惑が広がっている。
というか‘恋人以上友達以下‘とはいったい?
「えーっと、それでその亜水弥さん?がどうして俺たちをこそこそと見てたんだい?」
咲夜のもっともな問いかけに、さっきまであんなに堂々としていた亜水弥がもじもじと草をちぎりだす。
「こそこそ隠れてて…団長の知り合いで…に!
…これって、もしかして、もしかして団長の愛人さんなのかに?」
目を輝かせる茉未。
こういうことに興味津々なお年頃でありながら、かつあまり意味は分かっていないのが厄介極まりない。
「いや…それは色々と犯罪だろ!?」
何気に失礼なツッコミを入れる珱稚さん。
「…何より…本妻がいない…」
あっているけれど論点がやっぱりズレてる信也君。
こそこそと話し合う団員たち。
ため息をつきながら静かに晴一が亜水弥に歩み寄る。
ビクッと心細そうに亜水弥の肩が震える。
「改めて聞くけど…亜水弥どうしてここにいるんだい?」
その声はとても優しいけど…いつもの物とは違い本気で問いつめようとしていることがわかる。
「どうしてって……ひどいよ……晴一兄…」
下を向いて小さく呟く。
「どうしたんだ?」
泣き出しそうな目を必死につり上げて顔を上げ思いっきり睨みつける亜水弥。
思わず周囲が圧倒されている。
「ひどいよ!!晴一兄…私になんにも言わずにいなくなって…やっと見つけたのに…
久々なのにそんなロマンスもへったくれもないこと言ってぇ…だいたい体のことっ」
「俺が呼んだんや!!」
団長の声が亜水弥の言葉をかき消す。
あっ…と口を押さえてしゃがみ込む亜水弥。
彼女が座り込んだ芝生に黒いあとがついていく。
「俺が呼んだんや…」
茉未が亜水弥に近寄り大丈夫ですか?と肩をさすっているのを横目に見ながら晴一が団長に問いかける。
「事情知っていますよね…どうして呼んだんですか?」
「そんなの決まっとるやないか…」
どこか遠くを見つめながら団長が紡ぎ出す言葉。
「たまたま晴一を探しとることを知って様子見とったら、その姿が健気で可愛かったからに決まっとるやないか…」
百万ドルの笑顔を浮かべながら言い放つ。
重い沈黙が走る。
身体を守るように静かにひとかたまりにまとまっていく団員たち。
「…そういや自分らで言うのもなんだけどここにいるやつって、大抵顔が一定以上だよな。」
うんうん…頷く。
「私…最初あった時、誘拐同然に連れてこられたしなぁ…」
さらに頷く。深いため息が木霊していく。
意図せぬ方向に団結していく団員たちに笑顔のまま凍りつく団長。
「と、とにかく今日は亜水弥ちゃんも…っと」
ポツ…ポツ…みんなが手を広げて上を見る。
「雨だ!」
ザーァァァァ…まさしくバケツをひっくりかえしたかのように降り出した雨の雫が涙の痕を流していく。
「まーたん!風邪ひくからおいで。」
すぐに咲夜が薄手の上着を脱いで茉未をつつみこんでやり、そのままおんぶをして走り出す。
夏とはいえ身体が弱く入院しやすい茉未のパートナーとしては絶対に油断ができない。
「ゲリラ豪雨やな、撤収だぁ~~!」
「了解しました!!」
蜘蛛の子を散らしたように走り出して片づけを始める団員達。
一気に暗くなった空からは、まるで攻撃するかのように雨粒が落ちてくる。
どうしたらよいか分からず立ち尽くす亜水弥。
少しの迷いの後に、それを断ち切るかのように二、三度首を横に振ると晴一は意を決して彼女の細い手首をつかんだ。
「とりあえず行こう…風邪ひくぞ?」
「!!うん。」
ここにきて初めて二人はぎこちなく微笑みあって並んで走り出す。
晴一の捨てたはずの過去が、彼の運命を追いかけるようにやってきた。
振りやまない雨とともに、それは止まらない未来へと彼らを流していく…そんな夏の一ページ。