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反発~暁羅父さんの反抗期の息子への対処法~

晴一が家族に加わって数日間、めげずに何かあるたびに声をかける晴一への咲夜の態度が大きく変わることもなく、それ以外のこともこれといって可もなく不可もない日常が続いていた。


そんななか、学生組たちには楽しい楽しい夏休みがやってきていた。    


「に~、午前中の部活終わったらすることないよね~」


楽しいはずの夏休みだというのに、ソフトボールとともにゴロゴロ部屋の中を転がるまーたん。

彼女は正直なところ運動神経があまりよくない。

走らせれば、タッタッタというよりかはてちてちてちてちという効果音が付いてくる。

いや、正確にいえば、彼女の血の繋がりでの姉や父が陸上で国体選手に選ばれるほどの実力を持っているのでセンス的なものはあるのだが…いかんせんそれをドジさが上回っている…おつりがくるくらいに。

現在も父になし崩し的に入部させられたソフトボール部で一生懸命頑張っているのだが、初めての試合では緊張のあまり左打ちフォームのまま右打席に入りキャッチャーの頭をぶん殴る方向に打席に立つという奇跡を起こしてしまっている。


ゴロゴロゴロゴロ…それでも、できないなりに一生懸命に午前中は部活にいそしんだためもう今日の気力は使い切ったとばかりにだらけて転がるのをトスッっと咲夜が手で受け止める。


「あのなぁ…まーたん、まーたんは学生にとっての大切なことを忘れているよな?

というより、分からないから教えてって持ってきたと思ったらそのまま俺に宿題やらせといて、それはないだろ。」


大体まーたんは咲夜と二人で過ごすことが多い。

勉強面についても決してデキは悪くないのに気を付けないと宿題をため込む傾向が強いので咲夜が家庭教師代わりとなっている。

そんな家庭教師の不満を聞いてまーたんははむくっと起き上がると上目使いでじーーーーと見つめる。


「だって、兄さん頭いいんだもん…まーたんがやるよりしゅばば!って終わっちゃうから!

早く終わったら兄さんともっと遊べるもん…まーたんたくさん兄さんと遊びたいの!えへっ☆」


極め付けとばかりに小首を傾げる。

ちりーん…どこかで風鈴の涼し気な音がした。風が通り抜け熱気が一瞬ゆるむ。

どこにでもあるようなほのぼのとした夏の風景。


「…あ~ったく可愛いなぁ…」


歩くシスコンがわしゃわしゃと頭を撫でる。


「えへへへへ~★☆(よっしゃあと一歩に!!)」


わしゃわしゃ…ニコニコッ。

わしゃわしゃ…ニコニコッ…無限ループになりかねないやりとりが続く。


「あれ、二人とも帰ってきていたんだ?おかえり」


アホな行為中にいきなり声をかけられ二人そろって間抜けな顔で振りかえる。

いつからいたのかそこにいたのは…諦めない心で咲夜との関係性を改善しようとしている晴一だった。


「あっ!晴一お兄ちゃん。ただいまだよー!」


「…チッ、邪魔しやがって…ただいま」


こちらも引くに引けなくなって一応最低限の挨拶はしつつも険悪な態度をあらわにする咲夜。

もうそのくらいのことではめげず、それを無視して二人の部屋に座り込む晴一。


「二人は本当に仲いいんだなぁ~」


あえて空気を読むことをやめ、じと目の咲夜の視線を一身に受けながらなんとか会話の糸口を探す。


「あたりまえじゃないですか、俺の可愛い妹なんで…なぁ、まーたん。」


まーたんの顔を自分の胸に引き寄せるとそのままぐりぐりと押しつける。

空気を完璧に自分たち二人で埋めてしまおうとする咲夜。

流石に苦しいのかばたばたとそれから逃れようとするまーたん。


「うにーー!!!やみてぇーーー!!」


バタバタ。ぐりぐり…バタバタ。ぐりぐり…。

不毛な兄の仲良し自慢という名の過度なスキンシップが続く。


「あははっ!!本当に仲良しなんだな、二人は!」


じゃれあう小動物を見ているようで微笑ましくなってしまいついまとめて二人の頭を撫でようと伸ばした晴一の手は、まるで猫じゃらしに反応した猫のような素早さで咲夜の手によって払い除けられる。

熱いやかんに触れてしまったときのように距離をとる。


「おっと…」   


「…すいませんが兄妹水いらずなものですので…部外者が割って入る資格はないですね~」 


笑顔をうかべながら完璧な拒絶を示す咲夜。

ダラダラとまーたんの額に冷や汗がにじむ…いくらなんでもこの空気はよくない…劇団最年少ながら懸命に空気を読むまーたん。    


「にー!ちょっと咲夜兄さん!!ごめんなさい…晴一お兄ちゃん!!」     


「や、学ばない俺が悪いんだよ、大丈夫。」


「…本当だよ。」


「兄さん!もぅ…」


ムスッとする咲也…穏やかな笑顔を浮かべつつも気まずそうな晴一。

どうしょうもなくなってしまって二人を交互に見るまーたん。


「「「……………………」」」


誰も何も言えず、立ち去るにも立ち去れず、風鈴の音すらしなくなった部屋は時が止まったようだった。      

「咲夜ー、まーたん、晴一も次の公演の打ち合せするさかいおりてこいー!!」 


ここで、空気は吸うものだ主義の団長の声が助け舟とばかりに響いてきた。

内心それぞれにこの場から逃れられる道ができたことにほっとする三人。  


「分かりましたに~~!ほら、ほら早くいこうよ!!兄さん、お兄ちゃん!!」


ずっとゴロゴロしていたまーたんが先陣をきって走りだす。この空気から逃げきるために…。

ただし、逃げ出した先が安全であるという保障がないことを彼女は忘れていた。

そう、逃げ去った先には空気をぶち壊すむしろ爆弾に爆弾を投げつけることで処理をしかねない団長が待っているのだ。



下の階ににおりるともうすでに数人の団員が椅子に座り台本に目を通していた。   

忘れてはいけない。‘涼風ここ‘はただの駄弁り場ではなく’劇団’であるのだ…一応。


「あっ、信也お兄ちゃんもう来ていたんだ!」 


「…ん。」


「となり失礼しますに!」


内心でガッツポーズをしながらまーたんはここぞとばかりに信也の隣の席に座る。

咲夜が意地を張っていることを知っている妹からの小さなお節介で、咲夜と晴一は残った隣同士の席に座るしかなくなった。

まぁ、そこで駄々をこねるほど大人げなくはない咲夜は不機嫌そうに椅子を引き、それに続くように晴一も静かに席についた


三人が席に着くのを見届けた団員がホワイトボードを片手に立ち上がった。    


「久しぶりにボランティア公演の依頼が来たんや。

せっかくやから新しい劇をしたいと思って考えに考え…やっと…やっと完成した!

苦節一週間の大傑作やでぇ~今回のテーマはなぁ…ドルルルルルルルルルルルルルル…」     


もったいつけるように自分でドラムロール音を口にしながら、団員たちからのどこが苦節なんだよ…という視線を一身に受けても気にしないでホワイトボードに文字を書いていく。          


「桜と…雪と…幽霊と青年…?」   


異様に&で繋がれた単語をぽそりと朗読するまーたん。  


「…うげぇ…毎度のことだけどセンスねぇ…」


「確かに、なんでもかんでも綺麗なものをつなげればいいって訳じゃ…ねぇ?」


「しかも今夏だし、桜と雪ってどうよ?」


「素材が良くても料理の仕方が難しいやつだね…。」


「…勢いだけ…」


思わず初めに本音を口にしてしまった咲夜の横を何かが通り過ぎる。

かすっと自分の横を通過した何かを感じて、振り替えるとそこにはさっきまで団長が喜々として掲げていたホワイトボードが壁にもたれかかるようにして落下していった。


「そこ、うるさいで…」         


新たにいかにも投球しそうなポーズでマジックを持って笑顔を向ける団長を見て完璧に青ざめ、動きのとまっている団員一同は背に腹は代えられずに揃って頭を下げるのだった。


「「「……すいませんでした」」」        


会社だったら明確なパワハラ、でもここでは団長命令は絶対!それが‘涼風‘の家族の決まりだから。

そんないやいやでもテーマ盛りすぎじゃない?と言いたくても言えない微妙な空気にも負けず、何事もなかったかのように団長ははいはい、次行くぞーと話を続けていく。


「今回はな…一筋縄にはいかんからな。せやなぁ…ちょっとまーたん静かに倒れてみ。」 


なんだかよくわからない指示を受けたまーたんは怪訝そうな表情を浮かべながら言われたとおりまーたんは静かに一歩前に出て…バタッ…と倒れる。

仮にも劇団員であるまーたんは、手をついたりすることなく、本当に突然意識を失ったように見える倒れ方を披露した。        


「はいOK!!うん、まーたんもかなり演技がうまくなってきたなー…でも今のだと今回はNGだ!!」   

若干ぶつけたらしく腰のあたりをさすりながら、まーたんは不服そうな目をして起き上がる。


「えー、なんで!?かなり静かにいったによ!!まーたん史上始まって以来の驚きの静けさ!」


「なんかもはやまーたんは掃除機かなにかになりかけとるけど…確かに静かだった…でも質量感があっただろ周りの空気が動いとる。」  


「いや…空気を動かすなって、それ幽霊でもなくちゃ…「そう!!幽霊なんや!!言ったやろ?今回のテーマ!!ヒロインは明るい幽霊ちゃんだ!!あっちなみに配役はまーたんな!!」          


一人勝手にヒートアップしていく団長。

こうなってしまうと彼を止められるものなどいないのだ。           


「私、絶対重量感なく倒れるとか人じゃない動きなんて、死んでもできそうにないんでよろしくに!!」


「…確かにまーたんは死んでもばたばたしてそうだな」           


「に、多分テレビから出て来ようとしたら、頭ぶつけて床に落ちると思うに!」


それはどんなどじっこホラーなのか。

いなくなってなお、どったんばったん、てちてちてちてち…それはそれで中々に怖い気もしなくもない。   

「うるさーい、いいからまーたんはこれから幽霊でも観察しとけ!!」      


「いやぁ!!私幽霊嫌いだもん、怖いのやだに」        


「人間、成せばなるんや、諦めたら負けやで!」


それ以前に絶対、十中八九幽霊さんとは会えないと思うから無理だ。


「それから、相手役となる青年。大樹だいき役はせっかくやから初舞台で主役や!

晴一にやってもらう!」 


困惑したようにざわめく団員。

今までにない配役。

‘涼風‘では生活上のサポートも含めて二人一組となって行動するという「パートナー制度」というものがとられていた。必然的に一緒にいる時間が長くなることで息があってくるので劇においても大体が二人セットで配役されてきた。

大きく音を立てながら立ち上がる咲夜。


「なんで!?まーたんのパートナーは俺だろ!!!」 


「うるさい、団長命令や!初舞台なんや、主役変わってもいいやろ。今後のお披露目の意味を込めて。

それにまだ晴一にはパートナーを組ませとらんし、幽霊のイメージはまんままーたんなんやからなんも問題ないやろ」


「でも!!!」   


不満げに食い下がってくる咲夜に呆れたと言ったように首をふり立ち上がる団長。


「他の役はおって発表する。咲夜ここで一番偉いのは誰だ?この家で生活できとるんは誰のおかげや?」     

悔しそうに唇をかみしめ下を見つめる咲夜。

止めに入るべきか否か対処に戸惑う団員たち。


「…団長です」   


団長は話はすんだとばかりに机の上の書類をそろえると、そのままドアの方へと進み立ちどまる。


「ほな従うことやな。咲夜には今回、まーたんについて演技指導をしてもらう。んじゃ、これで解散や。」  


パタン…静かにドアが閉まっていく。

気まずい空気のみを残されて…誰もどうすることもできない。

本日何度目かの沈黙。 


「…よし、台本読み合せから練習するか、行くぞ茉未!」


何事もなかったかのように顔を上げてほほえむ咲也。そのあまりに予想外の反応にさらに周囲は戸惑う。

咲夜なりの懸命の強がり。親である団長に歯向かうことができないことや、自身が周囲へ迷惑をかけていることは自分が一番わかっていて、同時にとまらない感情に苦しんでいたのだ。


「う、うん。えっと…」


急いで台本を抱き上げて咲夜の後へとつづいてチラッと部屋に残った団員たちに頭をさげながら外へとでる。    

…パタン…  

再び閉まったドアを呆然と見つめる残されたものたち。


「俺が…主役?」


勿論、急に主役に抜擢された晴一も戸惑っていた。


「…荒れるな…」 


ぼそっとつぶやいた信也の声にみなしっかりと頷いていた。


空気が動いとるだのなんだの言っていたけれど、結局団長は空気をぐちゃまぜにして混乱に混乱をよんだ末に結果乗り越えて「家族の絆」とやらを強めようとしているのだということが分からなくもない子どもたちは改めてみんな、空気を読んで、ため息をつきつつ従うしかないのだった。





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