反発~咲夜君は微妙なお年頃~
ドタタタタッ。豪快な足音が辺りに響く。
小柄な少女が転がるように走り抜け、長身の少年がその後をかばうように追いかける。
「まちやがれ!!茉未!!信也!!」
それを追うもう一つの足音が辺りに響く。彼だけはタタタタッと一人軽やかなステップで走り抜ける。
チラッとその様子を目にした後に嫌々と首を振る少女の後ろ姿。
「チッ…」
それを見さらに加速する少年。ギョッとして加速しようと頑張るけれど身体能力がついていかない少女。
「本気になるの禁止~~」
体の大きさによるリーチの違いなのか、少女の運動能力が低いのかすぐに差が縮まる。
グイッと後ろから抱き留められ、宙ぶらりんで手足をバタバタする。
「…っはぁ…はぁ…よし、無駄に小回り良く動きやがって一匹捕獲!」
「咲也兄~大人気ない!大人気ないって漢字で書くと大人気ないってなってちょっと悲しいよね☆」
「はい、まーたん、難しい言葉つかえて偉いね…って誰が大人気ないだよ、うるせー片割れはどうしたのかなぁ?」
一度少女を下ろし猫をつかむように襟首を掴み直す。
「苦しぃ~く~る~しい」
キョロキョロと辺りを見渡す。その視線が途中で止まる。
「そ~こ~だっ!!」
片手で少女を掴んだまま、床にあった座布団を投げ付ける。
「…痛い…」
一人の少年がのっそりと出てくる。
すかさず少女をハンドバックのように小脇に抱え、走りより後ろから少年の首に手を回す。
「さぁて…親愛なる弟妹たち…じっくりお話をしようじゃないか。」
「…うにゃ~」
「どうして、君たちは俺が大切だからって壁に飾っているバスケットボールで…まさかのバレーボールをするのかな?」
正座させた二人の前で満面の笑みを浮かべる咲夜。
フランス人の血がわずかに入った彼の顔は彫刻のような美しさをもっている。
…額の青筋さえ気にならなければ、の話だが。
「でも、でも見てよ~このあざ!!」
ぴょんぴょんと音がしそうな動きをしながら少女が腕まくりをするとそこには誰が見ても痛そうな内出血の跡。
「超痛かったんだよぉ…」
うん、うんと隣で正座している少年も腕組みをしながら頷く。
「そうか、まーたん可哀想だったな…あとでちゃんと湿布してあげるから…でもな、兄ちゃんどうしても言いたいことがある…あたりまえだろ!!バスケットボールなんてただでさえ重いのでバレーなんか普通しねよ!!」
「…普通紙ねぇよ…?」
「信也兄…多分だけどそれは違うと思うにょろ。」
「この変換ミスみたいな言葉遊びはいいから、早く、バレーボールもあったのにバスケットボールを使ったわけを答えなさい…さん、にー…」
二人に聞こえるように大げさに指をパキパキと鳴らす。
あ、これ本気で怒っているやつだと青ざめる少女と少年。
「常に高みを目指すまーとしては、スリル…を求めてみました…エヘ」
「…んじゃあ…」
ちゃんと答えたからいいよね?とばかりにそそくさと立ち上がる二人。
「…どこに…どこにバレーにスリルを求めるバカがいるんだーー!!!」
「主にここなの~ごめんなさいなの~」
バタバタバタバタ…今日は追いかけっこが終わらない。
再び少年が二人を持ち上げようとした瞬間
「なんや、なんや騒がしいやないか?」
部屋に入ってきたのは長い黒髪を低い位置で束ね和服に一眼レフを首から下げた異様に要素の多い男性。
「あわわわ、団長~~!!たしけて!たしけて!」
その怪しげな男性にここぞとばかりに助けを求める少女。
「なんや、真っ昼間から咲也はセクハラしとるんかいな?」
「ちげぇよ。兄弟の愛があふれるふれあい中だ、ばか暁羅。」
めんどくさいものに見つかったとでも言いたげに舌打ちをしながら、ちゃっかり手に抱えていた二人の頭をごりごりとこすりあわせる。
「わわっ痛いよぉ~」
「…ハゲる!!」
茉未には団長、咲夜には暁羅と呼ばれた呼ばれたうさんくささの塊の男性は、大げさなジェスチャーとともに深いため息をついた。
「バカとはなんやバカとは…まったく、親を敬うって気がたりへんのやないか?
…まぁ今日のところはええわ。すまんかったなぁしょっぱなから騒がしくて。」
振り返った団長の後ろには見慣れない一人の男性が立っていた。
長身痩躯にサッパリと高校球児のようにカットした黒髪。
人のよさそうなほほ笑みには優しさと落ち着きを兼ね備えていた。
「いえいえ、元気なのはなによりですよ。」
状況がつかめずぼーっと見つめる三人の視線に気が付いたのか、青年は一歩前へ出て団長の隣に並んだ。
「あー、こいつは今日からおまえたちの兄貴分になるんやさかい、仲良くせぇへんと怒るでぇ…。」
恐竜をイメージしたように手をわきわきとして、すごみを効かせる。
「瀬野晴一です。仲良くしてもらえたら嬉しいな。」
団長とは違った落ち着いた口調で名乗った男性はあまりのテンポの良さに置いていかれて事態を全く飲み込めていない三人組に手を差し伸べた。
そこでようやく三人はハッとしてお互いに顔を見合わせる。
「ん?珍しいな?緊張してるのか?そこの無駄に背がデカいエセ金髪が咲夜でちっこいのがまーたんこと茉未、無口なのが信也や。ほら、挨拶!」
雑すぎる説明のあとにつけたされたその一声で三人組は反射的にピンッと背筋をのばす。
「水無月咲夜です!!この劇団では主に‘数学‘を担当していて…えーっと学校ではバスケ部に所属してます。」
「菱沼茉未ことまーたんです!!えっとね、ここではみんなのご飯とかえっと、あ、そう‘家庭科‘を担当しているの!好きな食べ物があったら教えてください。」
「…神山信也…担当…‘社会‘。…同じくバスケ部だ…。」
名前とこの「涼風」という暁羅が作り上げた劇団という名の家族生活においての担当をそれぞれに答えると、茉未と信也は新しく兄になるという青年の手を嬉しそうに握った。
劇団‘涼風‘。
元をたどれば戦時中に孤児を集めて、笑うことを忘れた子どもたちと日本に笑顔をと演劇を行っていた団体。現在においては創設者の血を引く長谷川暁羅が、社会の陰でなにかしらの問題を抱えている子どもたちをスカウトと言う名の半分‘誘拐‘に近い形で集め、それぞれの得意なことを互いに教えあい、支えあい、家族のように生活をしながらたまに劇をするという場になっている。
劇という形にこだわるのは、ここに来る子どもたちが自由に感情を表せるようになるリハビリのようなものらしいが…いかんせん集められた子どもたちは一癖も二癖もある子ばかり。
というわけで、さっそく新しいお兄さんと楽しそうに世間話をし出した弟妹の姿に差し出しかけた手を引っ込める少年が一人。
…いきなりきてはいそうですかなんて受け入れられるかよ。 馴れ馴れしい…。
こいつらは俺の弟妹なんだよ!
切れ長の目が不機嫌だと言わんばかりにぎーっと吊り上がる。
本能的に自分の大切な者をとられたくないという思いが強すぎる咲夜は一人、その微笑ましいはずの光景を輪に入らずに見つめていた。
「まーたんちゃんは、小さいのに料理が得意なんだ、偉いね。」
「えへへ、あの、まーたんでいいのです。まーはこれでも中学生さんなんですよ!晴一兄さん。」
「ごめんごめん、小さくて可愛かったから小学生かと思っちゃったけど、お姉さんなんだね。」
ぴょんぴょんと自分の身長をアピールするまーたんの頭を撫でる晴一の手。
「咲夜君、信也君。俺もバスケ部だったんだ。よかったら一緒にやろうか?」
「バスケ部!本当か…!」
同じ部活だったことが嬉しかったらしく珍しく微笑む信也。背を押す手。
それは俺の役目だったはずなのに…俺の腕はまーたんを包み込むために、信也を支えるためのものだったはずなのに。何かが足元から崩れるのを感じて…たまった唾液を音を立てて飲み込むと咲夜は拳を握りしめた。
「認めねぇ…俺はおまえが兄だなんて認めねぇぞ!!」
そう自分の中でだけ呟いたつもりの言葉は、自分の意思に反して怒鳴り声となっていたことに咲夜自身が一番驚いていた。
いつも自分たちをリードしてくれていた兄の異変に茉未の目がまんまるくなる。
ついさっきまで和気あいあいという言葉がぴったりだったこの場の空気が固まるのが痛いほどに分かる。
気まずさから誰もが言葉を飲み込む。
その沈黙をやぶる団長の声。
「なんや咲也?反抗期か?ちゃうなぁ…ははぁ~ん、可愛い弟と妹がとられるんやないかと心配になったんやな」
顔を真っ赤にしている咲夜の心をさらにあらだてるようにとんとんと胸をつついてくる団長。
たちが悪いのはこのからかいが団長にとっての親子のスキンシップのとり方のようなものであるということだった。
すべてが図星…咲夜の頬がかぁっとさらに熱さを増していく。
「咲夜兄さん…」
心配したように耐えかねた茉未が顔を覗き込む。
本来ならば、笑ってごめんごめん、大丈夫だよと答えているのに今はそれすら…堪え難かった。
自然に硬く握りしめた手がピクピクと波打っているのを感じるのに力の抜き方を忘れたように動けない。
「いきなり馴れ馴れしかったよね。ごめんな…嫌われちゃったかな?」
晴一が自身の軽率な対応を申し訳ないと、様子をうかがうかのように問い掛ける。
その声が今の怒鳴り声とはとは対称的な穏やかな口調で…もうそれすらめちゃくちゃ気にくわない。
「はい、か~なり嫌いましたねぇ」
咲夜もその返答がダメなのは分かっている。
内心では俺今最高に嫌な奴だと頭を抱えているのに…でも、とまらない、とめられない。
溢れだした感情が言葉となって次々と口を突く。
「いきなり入ってきて、はいどうぞ、俺がこれからお兄ちゃんだから仲良くしましょうなんて、虫がよすぎるんだよ。俺たちは俺たちで折り合いつけて生活しているっていうのに。」
違う。
‘涼風‘にやってきたということは晴一が苦しい何かを抱えていることを咲夜自身が一番その意味を理解している。だから…こんなことを言いたい訳じゃない。
それに…俺だっていきなりあらわれて、和の中に入れてもらったというのに。
「咲夜兄!!」
見兼ねた茉未が咲夜を制するように声を上げた。
エコーがかかったかのようにあたりに余韻が残る。
その声によってやっとフリーズ状態がとけた咲夜は、大きなため息をついた。
「…とにかく俺は絶対に認めない…。」
乱暴に戸を開けてついてこようとする茉未を手で追い払い部屋から走り去る咲夜。
後ろであまりの出来事に茉未が泣きそうになっているのがわかっているのに…これが自分らしくない行為であることは明らかなのに、どうしても妹を撫でる手が、弟を支える手が…許せないのだ。
「…認めない、認めない…認めない認めない」
その言葉を何度も何度も転がしながら…咲夜はすっかり爪痕がついた手を忌々しく思ったのだった。