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幕間~劇団涼風の一日「未知と晴一の憂鬱」~


新型コロナウイルスの騒動によって、団員たちの多くが自宅待機するようになった3月。

勿論イベントを行うこともできず、各々に時間をつぶす手段を試行錯誤していた。


「にー、にー、アイス買ってきたにー。おこたでぐでってして食べるにー。」


「あー、こら!まーたん、マスク外して、コート脱いでお手々洗ってうがいしてから!」


「にー!アイス溶けるー!」


「だーめだ、はい、洗面台へ行くぞ!」


イマイチ危機感というものから遠い茉未を小さい子どもの世話をするように手をやく咲夜。

いつもと変わらないようで、いつもよりも何倍も過保護になっている。

涼風の団員の中には医療関係者も多いことで、謎の肺炎としてコロナがニュースになり始めたかなり早い段階から年上組と医療人組が話し合いをして‘感染しない・させない‘をモットーに動いていた。

ある意味では統制が取れているが、現場を最前線で見ている医療機関組の消耗も激しい。

そんな中で、一人他の人たちとは違った視線でニュースを見つめている団員がいた。

瀬野晴一せのせいいち


ー新型コロナウイルスにはエイズウイルスのタンパク質が挿入されているー


その一言が彼の心に大きな波を立てた。

それが人為的だという人もいれば、陰謀論を説く人もいる。

いずれにしてもその衝撃的な事実は新型コロナという未知のウイルスをさらに凶悪に彩るにふさわしかった。


「…晴一、顔色が優れないようだけど…ちゃんと眠れているかな?」


晴一が涼風に来てから、毎朝研修医の珱稚おうじとの問診が行われている。

自分とさほど年の変わらない研修医に何ができると初めこそいぶかしんでいたけれど、誰よりも誠実でまっすぐに物事と向かい合っている彼の問診を体験したら、自分の主治医と呼べる人は珱稚以外にはいないと思うようになってきていた。


「…珱稚はさ、俺のこと怖くないの?」


「晴一のことが怖い?うーーーん、今のところそんな風に感じたことはないけど…あ、待てよ!咲夜にめちゃくちゃ塩対応されても絡みに行けるメンタルはすごいを通り越して…ちょっと怖い」


「んん…そっち怖がられているのか…って、そうじゃなくて…珱稚は俺の身体に触らなくちゃならないだろ…そういうの含めて…怖くないのかなって」


珱稚はやっと意味を理解したと言わんがごとく、ぽんと手を打つと、そのままその手で遠慮も何もなく晴一の目の下を引っ張った。


「んー、ちょっと白いな、貧血大丈夫か検査しとくか…怖くなんかないよ。こう見えても医療従事者、ちゃんとした知識を持っていれば怖くない。

いや、待てよ…仮に晴一に男好きの趣味があった場合は付き合い方考えさせてもらうけれど…」


「流れるように診察しながら、流れるように誤解をしていくな…俺は確かに珱稚のことは好きだけど、別に恋愛対象が男なわけじゃない…そういうあり方を否定するつもりはないけれど、少なくとも自分は…ノーマルな人間…だと思う」


朝も早くから性癖暴露大会が開催されかねない。


「そうだよなー、あんなに可愛い幼馴染が乗りこんでくるんだからそうだよな」


「いやいや、誤解してるよ…俺と亜水弥は距離が近すぎた幼馴染、それこそ何の関係もない」


「…晴一、こういうのもなんだけど、あんまり乙女心読めないと刺されるぞ…いや、これは本来は咲夜に言うべき言葉なんだけれど、晴一もなんかその素質ありそうだし…」


「?どういうことだ?」


「いや、分かんなければいいんだけれど、鈍感すぎるのは別な意味で罪だから…いや、鈍感な振りをしているんだとしたら…いつかは向かいあわないといけないことだ」


明確に寄せられている好意に対して鈍感さを装って、核心に触れないようにする。

それは晴一にとっての精一杯の答えだった。

その手を取ってしまい…歯止めがきかなくならない保証を持つ自信がなかった。

近いうちに大きく悲しませるのにその手をとる資格はないと自分に課した。


「…俺は、鈍感でいいんです。それで刺されたとしても、それはそれでハッピーエンドだなって。」


「…俺、血を見るのはあまり得意じゃないから…刺されるなよ」


「医者なのに?」


「医者だから…なおさらだ。血の色を見たら助けなくちゃいけないって胸が締め付けられて動けなくなるんだ。だから、血が苦手」


強すぎる正義漢と使命感が彼に重荷を背負わせていることは、本人が一番理解できていない部分だった。


「さぁてと、それでは広瀬晴一さん、あなたには今回認知行動療法でもしてもらいましょうか。

いいですか…コロナは晴一とは関係ない。勿論、晴一が患っている病気とコロナは別物です。

ただでさえ、かかったらリスクが高いのだから、無駄なことで不安になるよりも、明るく笑って、たっぷり食べて、たっぷり寝て…免疫を高めておいてください!」


医者らしく珱稚はまっすぐと晴一を見つめて微笑んだ。

言い淀むことなく発せられた言葉は薬のように晴一の不安を和らげいていく。


「あ、そうだ…まぁ、みんな先が見えない状態だから、茉未が不安がらないようにって咲夜が気をはりすぎてるから、今はさらに取扱注意だな!」



「あーなんか入って悪い!けど、珱稚、まーたんのこと診てやってくれ!」

「珱稚せんせー、冷蔵庫のドアに鼻ぶっけたら…鼻血がとまらないにー」


ノックもなしにバタンと扉が開いて、茉未を小脇に支えた要注意人物の咲夜がなだれ込んできた。

辛そうに鼻を押さえる茉未。ドバドバと言う効果音がふさわしい感じに抑えたティッシュから収まり切れなかった血がにじみ出している。


「まーたん!お前はただでさえ鼻血がでやすいのに、まった…くぅ」


「お、おい珱稚!?」


茉未の元へ駆け寄ろうと立ち上がった珱稚の身体が大きく崩れ落ちそうになったのを、ぎりぎり晴一が抑え込んだ。

顔色が真っ白になって小刻みに震える身体。


「…悪い…本当に、血、ダメ…」


「え、あれって話の展開的に医者としての覚悟とかじゃなくて…本当に苦手だったのか!?」


「にー…だりか…助けてほしいに…」


「嘘だろ、この中に医者はいませんか!?」


「…はぃ…わー…赤い…」


「役に立つ医者求む!」


「…はぃ…」


「珱稚は寝てろ!!まーたん、洗面所行こう」


その後、騒ぎを聞きつけてやってきた看護師さんの藍音さんと暁那さんによって無事に茉未の鼻血は止まったけれど、狭い部屋で大声出して、わちゃわちゃと密接したということで四人は仲良く自粛期間のさらに謹慎期間を命じられたとか。


ー新型コロナウイルスにはエイズウイルスのタンパク質が挿入されているー


謹慎中の部屋で晴一はプリントアウトしていたその論文を破り捨てると、珱稚がかけた認知行動療法と怒られはしたが、初めて咲夜と協力してまーたんの鼻血をとめるべく頑張ったことを思い出して、一人そっと笑っていたのでした。







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