届かないソラ
いつだって、神様は試練を与える。
乗り越えられない試練は与えないとか聞くけれど、それが俺に乗り越えられるかどうかなんて…きっと考えてなんかくれていない。俺に与えられる試練は俺一人で乗り越えられたことなんてない。
家族に捨てられ一人で逃げ出した俺は、怪しい男に拾われ、出逢った新たな家族となんやかんやありながらも楽しく幸せに暮らしました。
そんなエンドロールはどうやら準備されていないみたいだ。
轟音が鳴りやむと、そこに残ったのは静寂だった。
落ちてきた材木で強打した頭から流れる血が視界を遮る。
かばうように押し倒した少女にその一滴たりともかかることがないように腕を伸ばす、背中に食い込む木材に押しつぶされそうになりながら、必死に声を上げる。
ここにいる、助けてくれ!
「…っ、さく…や、さ…くや!茉未を…早く、引きずりあげろ!」
幸いだったのは、この館全体が静寂に包まれていたことだ。
振り絞った声はすぐに仲間たちの耳に届き、気絶しているのだろう、力なくうなだれている少女を何人かの手が引きずりあげる。
ほっとした瞬間に、身体にかかる重みに耐えられなくなり、少女のいた空間に今度は自分が倒れこむ。
ざわめき、怒号、指示を飛ばす声…すべてが和音となり頭の中で処理ができない。
「晴一!おまえも早く、早く手ぇ伸ばせ!」
重なり合う声の中で、凛とした声が耳に届いた。
思い頭をわずかにあげると、咲夜が瓦礫の隙間からこちらに手を伸ばしているのが見えた。
光が重なって、彼の色素の薄い髪が天使の輪のように輝いて見える。
この手を彼に向けて伸ばせば、きっと俺の手は彼の手と重なり合う。
震える手を、伸ばしかけてその手が赤く染まっていることに気が付き、面白くもないのに笑いがこみあげてくる。
そうだよ…こういうことなんだよな、神様。
「おまえ、なに笑ってんだよ!」
瓦礫をかき分けたであろう彼の手は、無数の傷ができ血がにじみ出していた。
「…触るな…大丈夫だ、自力でそっちに行くから…いいから、俺に触るな…」
「何言ってんだよ、兄貴!!早く止血しないと、死にたいのかよ!!」
怒鳴り声。
「…まだ…もう少し…死にたく……ないな…」
咲夜は必死に手を伸ばす…あと少し…あと少しなのに…どうしても咲也側から手を伸ばしただけでは足りなかった。
「じゃあ早く!!手を…晴一?」
俺は静かに流れ落ちる血を手でふき取りながら、咲也にしっかりと顔を向けた。
「…死にたく…ない…けどさぁ…おまえらを…殺したくないから…」
「何言ってんだよ!!」
ほとんどの人がその言葉の意味を分っていなかった。
ただ亜水弥が泣きながら咲夜を止めていた。そしてその二人の前に珱稚が悲しそうな表情を浮かべて、俺との間に割って入った。
気を失っていた茉未がふっと目を覚まし、不思議そうにその光景を眺めている。
「晴一…兄さんは?」
ふわふわとした場違いな声が響きわたる。
「!?おまえらなにしてんだよ!!早く、早く助けてやらないと…」
自分を取り囲む団員たちにこのままでは噛みつきかねない咲夜を見て、俺は…重い口を開く。
騙していたわけではないんだとかそういう言葉を付ける余裕はなく、とにかく彼が俺にこれ以上近寄ることを避けなくてはならないから。
タイミングもシチュエーションも最悪なカミングアウト。
「…俺は………エイズ…なんだ…」
…泣いているのは誰だろう。
あぁ、泣いているのはソラなのか。
俺がこの手を伸ばしても決して届くことのない…ソラなのか。