冒険の書記録係の歓喜
苦難の旅路を乗り越え、遂に魔王城へと辿り着いた勇者一行。数々の魔物による歓迎を受けたその後に待ち受けていたのは、殺しても死なない魔族だった。苦戦する勇者一行の命運はーー
「ここは俺に任せて先に行け!!」
「そんな!」
姫の悲痛な叫びに武道家はニヤリと笑う。
「俺を誰だと思ってんだ姫さん。あんなひょろっちい魔族くらい楽勝だぜ」
「嘘をおっしゃい!ここに来るまでで貴方は脇腹を怪我しているのよ!それにーー」
「行こう、姫。ここは頼んだぞ」
「勇者様!?」
心の中では必死に止めさせようとする姫に同意している。でも、武道家が寄越した目線には覚悟が宿っていた。恐らくあれは、テコでも動くまい。
「おうよ!」
「ほんとに一人で大丈夫なの?」
不安げに見上げる魔法使いの頭をくしゃりと撫でて武道家は不敵に笑う。
「当たり前だろ。大丈夫だ、さっさと倒してすぐに追いつく」
憂いは晴れないのだろう、魔法使いは暗い表情のままこくりと頷いた。
それを見てか姫も渋々納得したような様子を見せる。僕は武道家に向かって強く頷いた。武道家はいつもの様に山賊みたいな笑顔で答えた。
「さぁみんな、先に行こう」
魔王を倒せばこの戦いは終わるんだ。後ろ髪を引かれながらも走り出そうとしてーー
「キターーーーーーッ!知名度5ツ星フラグ!!しかも2コンボ!これは間違いなく死亡フラグですね!空を飛べる魔族vs武道家というどう考えても不利なこの対局でこの自信、もしや、最終奥義とか使いますか?もしかしてこの間武道家のお師匠様の庵にお邪魔した時ですかね?夜な夜な二人で何かをしていると思ったら、やはり最終奥義の継承でしたか?そしてその覚悟を決めたお顔、やはり命と引き替えに威力を得る類いの奥義ですか?これは記録係としては見逃せない重要フラグですね!!」
ウキウキと飛び上がりながら歓喜を体全体で表現している神官に足を止めさせられた。
「お前何で知って!?」
「偶然見かけただけですのでお気になさらず。さぁ、どうぞご存分にお戦い下さい!!」
「貴方は馬鹿なんですか!?死ぬと分かっていてさせる訳が無いでしょう!!」
神官の奇行狂言には馴れたつもりだったが、状況と内容に思わず固まってしまった。いち早く回復した姫が怒りを飛ばすが神官は神妙な顔をして姫を止める。
「何を言っているのですか姫。ここは空気を読んで戦わせるべきです」
「その前に空気を読んで暴露すんな!!」
せっかく格好をつけたのに全て暴露された可哀想な武道家は神官に当たり前のツッコミをする。
「何を言うのです。いつもの様に私は居ない者として無視すれば良いではありませんか。戦う力も守る力も癒しの力もロクに持たない私の事を居ない者として扱うことは貴方方の十八番ではありませんか」
「そ、そこまでしてないよっ」
魔法使いがあわあわと抗議する。確かに、何の力も持たない神官は武道家と姫からは無視されがちではあった。
「真実がどうであれ、私は女神様より冒険の書の記録を承ったただの記録係です。どうぞお気になさらず奥義とやらのお披露目をなさってください。安心してください、私がきちんと貴方の死に様を詳細に記録して見せます。貴方の半生を振り返りつつ、魔法使いに対する想いを交えつつ、貴方の覚悟を後世に遺しましょう。記録係の威信にかけて!」
「お前はもう黙ってろ!」
もはや憐れな武道家は少し涙目である。真の敵は神官か。
魔法使いは思わぬ情報に「ふえぇぇえぇ?」と狼狽えているし、何故か姫は「まぁ!」と頬を染めているし、緊張感どこ行った。
「益々貴方を死なせる訳にはいきませんわ。こんな若くしてレディを未亡人にするなんて私が許さなくってよ」
「ふえぇぇぇ!待って、私まだ結婚してないよぅ!」
「ああぁぁあぁああぁぁああああ!!!!」
不憫極まりない武道家は遂に頭を抱えて崩れ落ちた。あんまり興奮すると脇腹の傷に響くぞ。
神官が至極真面目な顔をして姫の前に立った。
「いけません姫。彼の覚悟を無駄にすることはこの私が許しませんよ」
「お前がああああああああ!!」
最後まで言葉を続けることも出来ずに武道家が地に沈む。地面の染みは脇腹の血だけではなさそうだ。
いい加減、止めるべきだよなぁ。
「ねぇ、神官さん」
「なんですか、勇者様」
「ちなみになんだけど、このフラグの最後はどうなると予想されるのかな」
「ふむ」
神官は顎に手をやり少し考える。
「このフラグの場合、武道家の様な脇役と相手が中ボスなので、相討ちで死ぬか残念ながら仕留めきれず武道家だけが死ぬというのが定番ですね。私の予想では前者2割、後者8割かと」
「俺、無駄死にかよ・・・」
後ろで武道家が地面と一体化しているが、魔法使いが慰めてくれているので放っておこう。
「確かに名フラグかもしれないけど、それだとちょっと物足りないんじゃないかな?」
「と言いますと?」
鋭い目をして神官が食いついてきた。ここからは、由来は違えど彼と同郷の腕の見せ所である。
「勇者の為に仲間が命を犠牲にするフラグってさ、中ボス版とラスボス版があるよね?中ボス版でも悪くはないけどさ、ラスボス版で死ぬ方が見せ場っぽくないかなぁ?派手だし感動も誘えるし、『後は任せた』とかのフラグも見れるかもよ?それに、仲間の死で勇者が最終覚醒をするフラグが立つ可能性もあるし」
僕が覚醒する可能性なんて万に一つも無いのだけれど。
しかし、神官の目がキラキラと輝き、それ所か、全身からも眩い喜びを発していた。
「おお!なんということでしょう、私としたことが目先の餌に惑わされるとはっ!流石選ばれし勇者様です、私、感激致しました!!」
飛び上がって手をぶんぶんと振り回される。ひとまずこれで武道家の死亡フラグは回避だ。
「分かってもらえたなら何よりだよ。それで、あの魔族の倒し方なんだけど、何か案はないかな?」
神官は戦闘面において非力な代わりに各地にある神殿や人々からの情報収集にたけており、度々助けてもらっているのだ。嘘か真か女神様の制約とやらがあるらしく、積極的には助けてくれないが。
「それなら問題ありません。簡単に倒せますよ」
しかしアッサリと告げられた言葉には驚くしかなかった。
「アイツ、心臓突き刺しても首を落としても死ななかったんだけど・・・」
「それはあの魔族の真の心臓とも言える核が自在に動かせるからですね。あの手の魔族は核を壊さない限り死にません。そして仮にも中ボスであるあの魔族は核を体内で自由に動かして傷つかないようにすることが出来ます」
「それは倒すのが難しいのではなくって?」
怪訝そうに姫が聞けば、「だからですよ」と神官は返した。
「核がどこにあるか分からないのならば、全身同時に滅却すれば良いのです。どれだけ動かせようと体内には必ず存在しているのですから。なので、魔法使いの重力操作魔法で地面に落として身動きを封じ、姫の広範囲聖魔法で攻撃するか、勇者様が滅多切りにするか、魔法使いが焼くかすれば良いのですよ」
続けてさらりと提示された神官とは思えない作戦に呆気に取られる。
しかし、それだけで終わらせないのが神官でもある。
「いやー、お分かりかとは思いますが、正直武道家とかなり相性が悪い魔族なんですよねぇ。核は動かせるわ再生するわ飛んでるわでもはや出会ったら即チェンジするくらいの相性の悪さです。腕二本足二本しかない人間の武道家では勝ち目は薄いかと」
「じゃあ何で俺を戦わせようとしたんだよ!?」
これ以上ない追い討ちに武道家が悲鳴を上げれば、神官はさも当然な顔をした。
「え?だって貴方が奥義を継承したであろうことは予想がつきましたが、その詳細までは知りませんから。もしかしたら死ぬまで殺し続ける技とか、全身粉砕する技とか、自分の命と引き換えに相手も必ず死ぬとか、そんな技かもしれないじゃないですか。それならチャンスがありますよね?」
言い終えた神官はとても良い笑顔だった。実は無視されていたことを根にもっていたのだろうか?
武道家は完全に立ち上がる気力を失った。
「・・・とりあえず、その案で行こうか」
魔族は五秒で倒せた。
ざっくり登場人物設定
勇者:異世界召喚された高校生。
姫:とある王国の姫。聖魔法使い。
魔法使い:天才的魔法使い。見た目幼女(16才位のはず)。
武道家:山賊みたいな顔した男。根は義理堅い良い人。
神官:女神に転生させられ、冒険の書記録係を命じられた。フラグオタクとなる。