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 四月の中頃だっただろうか。

 池袋サンシャイン通りにある丸大ビルの六階に、ぼくは行った。五階は「モーメント」という美容室が入っていて、七階は「北進ゼミ」という予備校だった。丸大ビルはテナントビルで、一階から七階まで、様様な会社が入っている。KTC中央学院もその中のひとつだ。ここに来たのは、二度目だった。カウンセリングの後、お母さんと見学に来て以来だ。その時は六階までエレベーターで行って、お母さんと校内を見学した。床は絨毯が敷いてあって、エレベーターを出るとすぐ受付があった。そこから奥に向かうと、白い仕切りで何部屋かに分かれていた。一部屋、二〇人くらいが限度だろうか。中には学校で使うような机とイスが並べてあった。前方にはホワイトボード。

「予備校みたいだね」

 とお母さんは言ったけど、予備校に行ったことがないぼくにはよくわからなかった。

 それから窓際の応接スペースでそこの先生と話をした。学校生活とかサポート校のシステムについてとか、単位のこととかだ。通信制だけれどサポート校というシステムの為、授業は毎日行っている。卒業には、テストとスクーリング、レポート提出が必要で、それによって単位が認定される。

 テストは文字通りの意味で、中学でもあった期末テストと同じものだ。スクーリングは、一週間か二週間に一度、授業に必ず出席しないといけない日があって、それに出席しないと単位がとれない。もし、欠席した場合は、補習が必要になる。一日、五時間程度の授業だ。レポートは大学とかでいうそれとは違って、小テストのようなものだ。穴埋め式の問題が出題されているので、自力でそれを解いて提出する。一週間から二週間に、一〇枚から二〇枚程度。一学期で大体、一〇〇枚くらいはある。それは、例えば四月二一日まで、みたいにプリントごとに期限が決まっている。それまでに出せないと、補習になる。レポートは郵送で送ってもいいし、学校に持っていってもいい。このレポートの作成をサポートするのが、サポート校らしい。学校で、毎日行っている授業は単位には関係がない。単位は、テスト、スクーリング、レポートによってのみ認定される。

 普段の授業の表向きの理由は、レポート作成だ。授業はレポートに沿って行われるので、出席すればレポートが簡単に解ける。わからない場合は、先生が教えてくれもする。だから、レポートの為に授業に出なさい、という大義名分を先生が言える。そしてひきこもらず、外に出る習慣を生徒につけさせることができる。KTCは不登校やひきこもりの子供を中心に扱っている学校だから、ちゃんとした生活習慣をつけさせるのはとても重要なことなのだ。

 学費は一年間で一〇〇万円ほど。普通の私立と大差ないけれど、学校側から見たら、運用コストが低いからぼろ儲けだと思う。通学制の学校には校舎があるから、相応にお金がかかる。電気代も水道代も建物を管理するだけで相当だ。しかし、うちは違う。

 KTCの系列校は全国各地にあって、池袋校だけでなく都内だけでも原宿、吉祥寺、渋谷、新宿、高円寺にある。各校は特に触れあうことはない。だから他校の生徒の名前も、学校の場所すらも知らない。池袋校は一年生だけで五〇名くらい居る。だから、単純計算で年/一億円の利益がある。そこから、経費を引くわけだが、先生の数は一五名程度しかいないし、事務の人も数人。そして建物の維持費はサンシャイン通りのテナントと、他にもうひとつ池袋内にテナントを借りているが、そこだけなのだ。いくらかかるのかは知らないが、相当に儲かると思う。もっとも儲けようと儲けまいと、ぼくには関係がないことであるが。

 お母さんと見学した後、ぼくはここに入学することになった。お母さんはいつものように、

「千尋の好きにしたらいい」

 と言った。ぼくは、普通になりたかった。でも、ここは普通の学校じゃない。通信制だし校舎もない。だけど、今のまま、何もせずにニートをしていても、ダメだと思った。頑張らなきゃいけない。何でもいいから、何かをしなければいけない。だから、外に出ようって思った。

 通信制だけれど、高校卒業資格もとることができる。上手くいけば、友達もつくれるかもしれない。人混みは恐いけれど、琴音先生から薬は貰っている。ジェイゾロフトだ。それを使えば、こんな人混みだってなんとか乗りきることができる。実際に、お母さんと来たその日は、琴音先生のところに行ったあの日とは比べものにならないくらい、体調が安定していた。だから、通おうと思えば通える。後は気持ち次第だ。自分を変えるためには、ぼくは学校に行こうって思った。

「どうする? 千尋」とお母さんは訊いた。「行ってみる」とぼくは答えた。

 そして、手続きはすぐに進んだ。うちは、お金持ちではない。シングルマザーだし、他に支援してくれる人は居ない。家のローンも残っている。お母さんは近所の介護施設で働いている。お父さんと結婚する前は小学校の先生をしていたから、人の世話をするプロだ。介護と教育は違うけれど、しかし、小さな子供と認知症の老人は必ずしも遠からず、とテレビ番組で観たことがある。

 認知症になると自分で自分を抑えられなくなって、大人でありながら子供みたいになっていくらしい。子供は年と共に大人になっていき、そしてまた子供になって死ぬ。その言葉をモチーフにしたハリウッド映画もあった。琴音先生の家に来てから、みんなで鑑賞したことがあった。けっこう面白かった記憶がある。ブラッドピッドが主演だった。

 お母さんの収入は低いけれど、家族ふたりでほそぼそと暮らしていくくらいはあった。また、貯金もあった。父と離婚した時の慰謝料なのか、元からあったのかは知らない。父のことは、タブーだった。ぼくは父に関連するものを見たり、聞いたりすると、発作が起きた。だから、父が居なくなってからは、その話をしないのがふたりの間での暗黙の了解になっていた。

 中野サンプラザで入学式もあった。お母さんと一緒に行った。帰りに中野の商店街で中華料理を食べた。お母さんは「白ごま坦々麺」を注文して、ぼくは、「麻婆豆腐+ライスのセット」を頼んだ。

 お母さんは辛いのが苦手だから、

「甘いのないのかなぁ」

 と言っていた。

「杏仁豆腐は?」

 とぼくが訊くと、

「デザート以外で!」

 と怒っていた。

「じゃあ、中華やめたらよかったのに」

「だって千尋、辛いの好きだから」

「気つかわなくてもいいのに」

「気つかうくらいさせてよ。お母さん、千尋に何もしてあげられないから」

 その中華料理屋は、「山椒」といって、池袋にもあると後から知った。それを教えてくれたのは川澄あおいだった。

 *

 四月の中頃。一〇時前。池袋。サンシャイン通りの入り口。ぼくは一人で池袋まで来た。ぼくが住んでいたのは東京の外れだったから西武線で三〇分くらいあれば来られるが、ぼくには大冒険だ。

 先生から貰った精神薬のおかげで少しマシになったとはいえ、朝の通勤ラッシュの中を電車に揺られてくるのは大変だった。九時頃だから、ラッシュのピークではないとはいえ、それでも、人の数はまるで波のようだった。

 吐きそうになりながらもぼくは学校に辿り着いた。お母さんは、

「一緒に行ってもいいわよ」

 と言ったけれど、お母さんの仕事もあるし、それはだめだ。何より、一人で頑張らないといけないと思った。池袋駅に着いたら、電車を降りて西武口から外に出た。眼下には池袋東口のビル街が飛び込んでくる。その日は雨が降っていた。雨によって靄がかかり、ヤマダ電機とかビックカメラの上の看板が靄に隠れて見えづらかった。傘がカラフルな模様になって街を飾っている。雨粒で視界が悪い。それは好都合だった。人が見えない。人を人として意識しづらい。人間は傘だ。それも雨粒で霞んでいる。ぼくも傘に隠れて中央分離態を渡ってサンシャインに向かって歩いた。

 学校まで徒歩五分もかからない。東口駅前交番を通って、松屋の前の十字路を越えた。そしたらもう学校だ。右の昇降口から中に入って、エレベーターで二階へ行った。傘を閉じたら隣には生徒が何人かいた。川澄あおいも、その中に居たが、まだ、ぼくらは他人だった。

 エレベーターの密室でも、まだジェイゾロフトの効果は続いていた。半減期は二〇時間以上はある。だから、朝服用すれば、人によっては一日は大丈夫だったりする。けれど、不安症状が強い場合は、何回も服用する。ぼくもそうだ。ぼくは昼も夜も処方されていた。

 六階で降りて受付を通って奥の部屋に行った。見学の時にはあった仕切りが外されていて、部屋が二部屋つながって五〇人くらい入れる部屋になっていた。

 学校の先生が、

「好きなところに座って下さい」

 と言った。

 席は特に決まっていない。それは、今もそうだ。クラスも特にない。自由登校だから、当然といえば当然だ。ちなみにスクーリングの日は、席が決まっている。

 ぼくは先生の言うとおりに好きなところに座った。右端の真ん中辺りだ。川澄あおいは、ぼくの左後ろに座っていた。

 それから数分くらい経って、一〇時になった。そしたらドアが閉まって、先生のホームルームがはじまった。入学説明みたいなやつだ。これからの流れとか、先生の自己紹介とかをした。

 クラスはないので担任はいない。その人は一応、学年主任のような立場だった。最初の登校日、出席してきていた生徒は二〇人くらいだった。学校が学校だけに、別にそんなものだろうとぼくは思った。

 それから、ホームルームが終わったあとは普通に授業になった。

 最初は英語だった。内容は初歩の初歩で、BE動詞の使い方くらいから始まった。ぼくらは中学校に行ってない子が多いから、授業内容は一学期は中学の復習が主になる。もっともぼくには初体験の内容の方が多くなるが。その時のぼくが知っていた英語の知識は、過去形くらいまでである。中学二年生の五月くらいまでしか教育受けていなかったから、仕方ないのだ。

 授業は丁寧で、中学校と比べても別に適当とかそういう感じはなかった。しっかりした真面目な授業だった。二限目は数学。先生が代わったが、真面目な空気に変化はなかった。そして二限目が終了するとお昼休みになった。

 ぼくは、お母さんから昼食代を貰っていたので、外に食べに行く予定だった。もちろん一人でだ。薬の効果で発作は起きていなかったが、誰かと話せる余裕はなかった。まず、外に居る、だけでぼくはいっぱいいっぱいだったから。友達を作ろうとか、高校デビューだ、とか、そんな発想はまったくなかった。誰とも目をあわせないし、見るからにひきこもりで暗い空気だったと思う。だから、ぼくに話しかけてくる人は居なかった。席を立って部屋の外に出た。エレベーターで一階へ。そのエレベーターにあおいも居た。一階に着いてエレベーターからエントランスに出た。

 そこでだ。あおいがぼくに話しかけてきたのは。

「ねえ、雨は好き?」

 とあおいはぼくに言った。

 エレべーターから同時に降りた数人は道路に行った。けれどあおいはその場に立ち止まって、ぼくに話しかけてきた。声をかけられたので、ぼくもびっくりして歩を止めた。

 あおいの顔は見えなかった。彼女が顔を隠していたわけではない。まだエントランスだから傘もさしていない。けれど、ぼくが顔を上げられなかったのだ。あおいの、白いソックスを履いた膝下の足とローファー、そしてチェックのスカートが一部見えたが、顔は見られなかった。

「好き?」

 とあおいは訊いた。

 今日は土砂降りというわけではないが、大粒の雨が降り注いでいる。エントランスに居ても、雨の音がする。池袋の繁華街を車が際限なく走り続けて、水しぶきをあげている。

「私は、好きじゃないなぁ」

 澄みきった冬の空気のような、とても涼やかな声だった。

「やっぱり晴れが一番ね」

 とあおいはエントランスから外を見ている。

「だって私はあおいだし」

 とつぶやいた。

「あ、私、川澄あおいって言うの。だから青い空、っていう冗談ね。わかったかしら」

 とあおいは淡々と言った。

 冗談、と自分では言うが話し方に一切感情がこもっていなかったので、笑わせる気があるようにはまったく思えなかった。

「きみは? 何ていう名前?」

 ぼくは、どう返したらいいのかわからなくなった。いや、名前を言えばいいっていうのはわかっている。しかし、最後に同世代の子と会話をしたのは、一年ぐらい前になる。ぼくの部屋のドア越しに、学級委員長に、「学校に来なよ」と誘われた時だった。面と向かって、となると、本当に二年ぐらいぶりだった。理屈では理解していても、言葉が出てこない。

「ねえ、何ていうの?」

 ぼくは何も言えず、モジモジしていた。顔が紅くなって、脈が速くなった。でもそれはPTSDじゃなくて、緊張や、あがっている、状態だった。

「ねえ」

 とあおいは言った。変わらず感情がなく棒読みだった。

「ねえねえねえ」

 と何度も棒読みで言った。

 ふざけているのかと思った。まるで本を読むように、あおいの言葉は抑揚がない。常に平坦だった。

「自己紹介くらい、してくれてもいいじゃない」

 棒読みだが怒っているのはわかった。確かに、ぼくが悪い。会話もまともにできないぼくが悪いのだ。

「き……、です」

 とぼくは意をけして答えた。普通に話したつもりだったが、凄く小声になった。

「え? き? 何?」

「ゆう! き……、です」

 一部、声がうわずってしまった。ぼくは背が小さくて線も細い。もう一五才だったから声変わりは勿論していたけれど、それでも声が高かった。そしてとても細い声だった。だからうわずると女子みたいな声になってちょっとコンプレックスだった。

「ふーん。ゆうきくん? 名字は?」

「いや、あの。名前、名字、優木、です」

「あー、そうなんだ。下の名前かと思った。ごめんね。優木くん……。優木、何くん?」

「ち……ろ、です」

「え? 何?」

「ちひろ、です」

「優木、千尋くん?」

「はい、そうです」。

 多分、震えていた。

 声も、体もだ。長い間人と話していなかったし、あおいの顔を見なくても、その震えが止まることはなかった。恥ずかしいからぼくはできるだけ普通を演じていたけれど、隠せているはずもなかった。あおいにはバレバレだった。

「ねえ、寒いの?」

「え?」

「震えてるみたいだから」

 その日は、雨が降っていたし、少し気温が低かった気がする。

 ぼくは元々、寒がりというわけではない。けれど、室内にいる時間が長かったから、体温調節が苦手だ。二年もの間、夏も冬もエアコンの中で過ごしてきたからだ。だけどその日は別に、寒くなかったので震えていた言い訳にはならない。

「私が、あっためてあげよっか」

「えぇ?」

 とぼくは驚いて思わず顔を上げた。

 そこで初めて、ちゃんとあおいの顔を見た。ボブの黒い髪をしていて、肌はとても白かった。目は少し堀が深くて鼻が高かった。一瞬、ハーフかと思ったくらいだ。そしてちゃんと見ると、体がとても細かった。栄養失調のぼくよりももっと細くて、背も小さかった。

「えへへ。なーんて、嘘」

 笑っているのか笑っていないのか、あおいの顔はよくわからなかった。微笑、というべきなかもしれない。でも、目が笑っていない。薄い唇の口は、ちょっと口角があがっている。だから、笑っているように見えるのかもしれない。

「うふふ、騙された?」

 とても美人だと思った。声も綺麗だし、ぼくが人生で出会った中で、一番、綺麗だった。二年もひきこもっていたぼくが出会った数なんて、大したものじゃないけれど、それでもあおいの顔はとても整っていた。

「わーいわーい、騙されたー」

 あおいがふざけているのはわかった。でも、表情も声も、一切変化がなかった。平坦で坦々としている。あおいは能面美人だ。いつだって無表情で棒読み。それには理由があったのだけれど、その時のぼくには察しもつかなかった。

「怒った?」

「いや」

「ふーん」

「……」

「ねえ? 何か話してよ」

 とあおいは言葉を催促したが、ぼくが何も言えないでいると、

「つまんないつまんないつまんない」

 と何度も繰りかえした。

 ぼくは緊張して言葉がでてこなかった。

「ねえ、優木くんは、ご飯、どこで食べるの? 一人?」

「うん」

「じゃあよかったら一緒に食べない?」

 女の子にご飯に誘われたのは人生初めてだったから、ぼくは、すぐには返答ができなかった。

「だめ?」

「だめじゃないよ。ぼくでいいなら」

「うん。いいに決まってるじゃない。優木くんはどこで食べる予定だった?」

「松屋」

 注文をするだけでもぼくはビビってしまうから、食券タイプの松屋でご飯をとろうと思っていた。

「ふーん。いーけど、よかったら中華とかどう? 中華山椒っていう、おいしいお店があるんだけど」

「あ、行ったことある」

「そう? 池袋の?」

「いや、中野の店なんだけど」

「あ、それ私の家の近所」

「え? そうなの?」

「うん、私の家、あの辺りなの」

「へー、中野なんだ?」

「うん。優木くんは?」

「東久留米」

「私の家とすぐ近くね」

「そうでもなくない?」

「近い近い。心の距離は遠いけど」

 とまた、つまらない冗談を言った。

 冗談につっこんだりするテクニックは、当時のぼくにはなかった。

「じゃあ、山椒行きましょうか?」

「うん」

 とぼくは言った。傘をさして外に出た。

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