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 三上琴音先生は精神科医である。

 三〇代前半。未婚で独身。性格は明るいが、ちょっと変わっている。

 ぼくは今、その琴音先生の家で暮らしている。先生とは血の繋がりはない。けれども、事情があって先生がぼくを預かっている。いわゆる里親、というやつだ。

 ぼくは最近、一七歳になった。一応、高校生だ。一応、と言ったのは、ぼくが通っているのは通信制の高校だからである。ぼくはちょっと普通じゃないから、いわゆる平凡な人生は歩めていない。

 実の親とは、しばらく会っていない。連絡はとっているが、仲良しではない。あまり人に話したくない内容ではあるが、ぼくは両親から厳しく育てられた。もっと直接的な言い方をするなら、虐待を受けていた。食事を与えられなかったり、暴行を受けたり、家から追い出されたり、その方法は多岐に渡った。でもぼくはそれが普通なんだって思っていた。

 小さいころから煙草のヤケドが体中にあった。食事が何日も抜きにされたのも、しつけの一貫だし、ぼくが悪いことをしたせいでそうなっていると思っていた。どこの家庭でもある当たり前のことだと。実際に、そうなのかもしれない。ぼくは常識がないし、普通を知らないから。

 だから、これから話すぼくの話は、きっと、ところどころ間違っていると思う。けれど、今、ぼくが見ている世界は紛れもなくこれが全てだ。

 


 三上琴音先生は、埼玉県立児童医療センターに勤務する精神科医である。年齢は三〇才と少し。未婚で、今のところ彼氏もいない様子だが、本当のところはよく知らない。先生はよく嘘をつくからだ。

 先生は東大医学部卒で、とても頭がいい。なおかつ目鼻立ちが整っていてとても美人だ。目が悪いので銀ブチのメガネをかけているが、それがとても似合っている。上品なのだ。黙っていたら高貴に写るかもしれない。

 髪は年齢を感じさせないくらいキメが細かくて、綺麗に染められた茶髪は毛先にウェーブがかかっていて、大人の色気を漂わせている。

 でも、ちょっと性格が変わっている。明るいけれど、なんというか、世間とずれたところがある。

 専門は小児医療で、その筋では全国的にも有名な医師である。児童虐待や不登校など、少年少女の心の問題がクローズアップされるようになった昨今だが、十数年前はけしてそうではなかった。

 けれど先生はそんな時代から、子供の心の問題、を自信のテーマにかかげて、研鑽を重ねてきた。だからこそ、若くして、この道のスペシャリストとして名を馳せている。

 書籍は何冊も出版しているし、テレビ出演したこともある。

 一〇年くらい前に起きた東京都東村山市での児童虐待事件では、被害に遭った児童の主治医として治療に携わった。その事件は当時、九歳だった児童が長年に渡り両親から虐待を受け死亡寸前にまで追いやられた。被害児童は七歳頃から毎晩のように暴行を繰りかえされ、失神するまで湯船に顔を沈められたり、悪意を持って体を殴られたりといった暴行を受けた。食事を抜きにされることも多く、その影響か事件発覚時点でその年齢の平均身長を大きく下回っていた児童の体は、酷くやせ細りあばらが浮くほどであった。

 虐待を定義する四つの要素がある。身体的虐待、性的虐待、精神的虐待、そして育児放棄(ネグレクト)だ。

 児童は父から激しい暴行を受け、なおかつ罵詈雑言を浴びせかけられた。食事を与えなかったり、あるいは与えてもジャンクフードばかりといった具合だから、ネグレクトにも充分あてはまる。児童は父から毎晩のように、こう言われていたらしい。「お前なんて生まれてこなければよかった。生むんじゃなかった」と。実の両親からの存在を否定する言葉は、どんな暴言よりも残酷である。当たり前だが自我の発達のためには愛情が必要である。誰かから、愛という存在の証明、あるいは肯定を貰えることによって、子供は「自分はここにいいてもいいんだ」と思えるのである。

 事件のことはとあるルポライターが出した「児童虐待とその事案」という書籍に細かく書いてある。もちろん被害児童や犯人を特定できるような部分は伏せてあるけれど、三上琴音という名前はハッキリと出てくる。心身共に衰弱し、特に心が両親からの抑圧によって壊れ、ロボットのようになった被害児童と琴音先生がどう向き合ったのか。ぼくはその本で先生のことを知った。

 事件は、後にその地名から東村山児童虐待事件と呼ばれるようになった。発覚したのは被害児童が病院に運ばれたからである。その日も、いつものように折檻が行われていた。それは父が開発した電極を使って、児童の体に電気を流し込むという残虐な虐待である。いつもならもはや泣き叫ぶことも無かった児童だったが、その日はどういうわけか涙を流し、叫び、そして呼吸停止に陥った。さすがにこれは不味いと思ったのか、あるいは何の問題にもならないと思ったのかはわからないが、両親は救急車を呼んだ。救搬先で、父と母は、「授業で使う器具で子供が誤って遊んでいたら感電した」と嘘をついた。両親は小学校の教師だった。しかし、極度に痩せた体や数々のあざから病院の医師は真実を見抜いた。そして事件が発覚した。

 教師である両親が犯人であったこと、虐待のために独自の器具を開発したこと、長い間誰もそれに気がつかなかったこと等から、世間で大変な話題となった。閑静な住宅街に訪れた突然の悲劇に世間は騒然とし、テレビやマスコミにとっては格好のネタとなった。連日連夜ワイドショーや新聞紙面は賑わいを見せ、数週間、様々な報道がなされた。

 犯人や児童の様子を報道するため勤務先の学校に取材班が殺到し、憶測が飛び交い、犯行にいたった心理や性癖等あることないことを有識者やコメンテーターが話し合った。そして祭りのような日々が過ぎ、犯人は逮捕され、児童は精神病院へ入院することになった。

 三上琴音先生はそこで児童と会った。児童は感情のない瞳をし、笑うことも、声を出すこともなく、意思を表明することもなかった。児童は何を問いかけても全てに頷いた。虐待により死にかけたトラウマからなのか、もう自分という物を完全に投げ捨てていた。それをひと目見て理解した先生は児童を抱きしめた。そして言った。「大丈夫」と。

 それから児童は先生による様々な治療を受けた。プレイルームを使った箱庭療法とか、催眠療法とか。けれど本にはその辺の詳細は書かれていない。当たり前だが、守秘義務があるからだ。

 ぼくは、この事件とは別に起きた、「大宮連続児童誘拐虐待事件」に大変な興味があり、それに関連する書籍を読んでいる際に、この事件のことも三上琴音先生のことも知った。先生と出会う前の話だ。これだけ世間の注目をさらった事件に先生は携わっていたのだから、さぞや立派な人なんだと勝手にイメージしていた。だから先生と出会ってから、そのギャップに驚いた。

 県立児童医療センターでは小児精神科に勤務し、朝の九時から夕方六時まで働いている。県立医療センターは埼玉県川越市のなぐわし公園周辺にあり、先生はそこまで電車とバスで通勤をしている。なぐわし公園の周辺は田園風景が広がり、とても見晴らしがいい。近くには運動場もあり、カウンセリングの一環として、子供と共に公園を散策したりもするようだが、詳しくは知らない。

 仕事が終わると、先生は西武線で家に帰る。家は狭山市にあり電車とバスで数十分かかる。

 その間、先生は音楽を聴いている。音楽を聴くのが先生の趣味なのだ。

 話しが少し戻るが、先生が学生だったころは、小児精神医療というのは日本ではまだまだ未熟であったらしい。これは先生から聞いた話だから、所々、齟齬があるかもしれない。けれども、当時、「虐待死」を、「折檻死」と呼んでいたように、日本ではこの分野に対する認識が甘かった。古来から日本では家庭のことに、よそ者が口をだすべきではない、という風潮があり、「この国に居ては最先端医療が学べない」と思った先生は日本を出て、アメリカに行った。アメリカには数年居たらしい。そこで先進小児医療を学んだ先生は帰国後、トップランナーとして活動をするようになった。留学時代に語学もレベルアップしたらしく、もはやネイティブスピーカーに近い英語力を持っているのだというが、それが本当なのかはどうかは、ぼくには判断できない。ぼくは英語なんてまったくわからないからだ。

 けれども留学時代に英語の音楽に数多く触れた先生は、今でも洋楽をよく聴いている。一番好きなのは、「ジャックスマネキン」というアーティストで、ピアノを基調にしたパワーポップというジャンルらしい。ぼくも聴かせてもらったことがあるけれど、歌詞の意味はわからないがメロディやサウンドは明るくてとても元気が出る曲だった。

 ジャックスマネキンを聴いているうちに、先生は家に着く。

 家は狭山市入間川にあり、駅から徒歩一〇数分の距離だ。狭山市駅西口から降りたら、音楽を聴きながら入間川に沿ってゆっくり歩く。入間川は埼玉県内を流れる一級河川であり、荒川につながっている。狭山市の入間川には鯉や鮒が生息していて、朝や休日には釣り人がちらほら居る。一方で流れが急なことと、水深が深いということもあり、泳ぐ人はあまり居ない。

 入間川に沿って歩くこの時間が、先生はとても好きだという。ドーパミンは歩いているときに多く分泌される。そして音楽を聴いてリラックスすることで、さらに脳がリラックスできるのかもしれない。

 入間川一丁目には先生のマイホームがある。頭金数百万円をかけてローンで購入した先生の持ち家である。三十年ローンで月四万円支払っている。合計するとかなりの額になるが、それに見合った価値はあると思う。

 まず立地がいい。入間川に面しており春は桜吹雪が間近で見えて、夏~秋は新緑や紅葉の風景が一望できる。周囲には建物が少なくて、多くは田んぼと茶畑。狭山市の名物は全国的にも有名な狭山茶だけれど、その水源として入間川を利用しているからこの辺には家よりも畑が多い。先生の家と隣の家は、一〇〇メートルほど離れている。なので大声で歌ったり、楽器の演奏をしたりしても、あまり迷惑にはならない。

 敷地面積は一五〇坪もあり、建物の床面積は九〇平米を越えて、とても広々としている。建物内部は5LDKにバストイレ付き。建物そのものは建設からかなり年数が経っており、基礎部分はそれなりに老朽化している部分もあるのだろうが、先生が購入した際に数百万かけてリフォームした為、外観、内部共、見た目はとてもきれいだ。通勤にころよい場所であり、夜も朝も静かな立地で、広さもあるので、結婚したらそのまま家族で住んでいけると思う。

 しかし先生がこの家を買った理由は、多分、結婚の為じゃない。。

 それは、先生が里親として、ぼくや雪村めぐみと暮らすためだ。

 里親システムの詳細はまたあとにするが、先生がしていることは要するに、家庭環境に問題があったり、非行が続く未成年者を預かって、十八才まで育てることである。

 里親には誰もがなれるわけではなく、法律によって適正のある者が決まっており、かつ希望したら必ず採用されるわけでもなく、厳格な審査もある。また、里親と一口に言っても様々な形態があり、その子供の状況によってどの里親に預かるかを児童相談所や市や区の担当者が決める。

 ちなみに、先生がしているのは、専門里親、というものである。これは、非行や虐待された少年少女を預かり、養育することである。

 ぼくや雪村めぐみは、虐待を受けて育った。

 そして心に大きな欠陥を持ち、精神薬の服用やカウンセリングがかかせない。異常な人間である。

 ぼくらは紆余曲折を経て、琴音先生の里子になった。

 だが、その詳細は、また別の機会に語らうことにする。

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