月海の夜に住む
大きく空に舞い浮かぶ満月。
漆黒の夜空にぽっかり空いた穴のよう。
満月の夜は好き。
だって明るくて、どこまでも照らしてくれそうで、一人を紛らわせてくれる。
石づくりの城に閉じ込められた生活。
ベッドから目覚めると夕食が用意されている。
真っ赤に染まったワイングラス。ふんわりと狐色をしたパンが二つ。
それと、たっぷりと深い赤紫のソースがかけられたステーキ。
ワゴンに乗せられたそれらが綺麗に盛りつけされて置かれていた。
私は一瞥するとと、窓から見える夜景を眺めた。
どこまでも続く海。
空と海の境界線が見えないほどの闇。崖下からは波しぶきの音がやけに大きく聞こえる。
頬を撫でる風はひんやりと冷たい。でもそれが心地よい。
夕方に目覚め、移ろいゆく空を見て過ごす。
どれだけそうして過ごしてきたのだろう。
時たま城の中をあるく。一定間隔にロウソクが立てられそのオレンジ色に揺らめく灯りだけが頼り。
でも、それで充分。私は夜目が利くから。
少しばかりの明かりで赤い絨毯の繊維まで見えるくらいには。
どこも丁寧に掃除され塵一つ落ちていない。
ずっと先まで続く廊下に聞こえるのは私の呼吸する音と足音だけ。
それだけ。本当にそれだけ。
少しすると両開きの大きな扉が見えてくる。
ひんやりとした取っ手を掴み、木材の軋む音を立てて中に入る。同時にインクと紙の匂いが立ち込める。そして詰まるようなホコリの匂いが混じり私は安心する。
唯一ここだけが手を加えられないようにしてある。
ここには私以外住んでいない。
そう、住んではいないの。
かつての従者たちが未だにここにとり憑いている。
そして生前にしていた掃除や主人の世話を死んだあともしているらしい。
らしいというのは、私にはそんなもの見えないから。
生まれた時から一人で、見えない死霊に育てられて、ずっと生きてきた。
生きてきたというのもどうかと思う。
そもそも生きているってなんだろう……
そんなことを知りたくて、見つけた大量の本の部屋。
一生かかっても読みきれない本の山から生きている意味を知るために読み始めた。
でも一向に分からない。
人間というのは、家庭という組織に属して同じ種族と会話をし、また新たに家庭を作り子を成す。
そんなの子孫を残すだけの行為。
私には一向に理解できない。
大きな部屋の片隅で蹲って本を読みあさる。
何冊か読み終えるとまた自分の部屋に戻る。
往復するだけの生活。そんな変化のない生活でも最近になってようやく目的ができた。
「外の世界を見てみたい」
本は私に世界というものを教えてくれた。
町という人間たちの集落。森という植物と動物が共存した空間。
私は海と空しか知らない。
だんだんと夜が明けていく空模様。
私は急激に眠気に襲われる。
これ以上は、もう、起きていられない。
私の体はそういう遺伝子に支配されてる。
食事も取らなくていい、規則的な生活を強要される運命。
私が寝ている間に何かされているのかも知れない。
夜にしか生きれない種族。
私はベッドに身体を横たえた。
薄れゆく意識の中、大きな音が聞こえ始める。
人、という種族の声。
その声は絶叫、憤慨、憎悪、そんなようなもの。
あぁ、今日も彼らがやって来る。
彼らの声を子守唄にして、深い意識の海に落ちていく。
早く、来て。
早くここに来て――
この命を終わらせて――
「私を解放して」