声
コウヤ・ハヤセ:
本名コウヤ・ムラサメ。何事においてもそつなくこなす器用な人物。主人公
ハクト・ニシハラ:
地連の兵士。フィーネの元艦長。階級は大尉
ユイ・カワカミ:
コウヤの前に現れた少女。
レイラ・ヘッセ:
ゼウス軍の兵士。階級は少尉
クロス・バトリー:
イジー、レイラの探し人。コウヤの過去にも大きく関係している人物。
ディア・アスール:
元中立国指導者。
シンタロウ・コウノ:
コウヤの親友。軍に志願した。訓練所破壊の後、行方不明扱い。
アリア・スーン:
コウヤと友達。軍に志願した。
レスリー・ディ・ロッド:
地連の中佐。冷酷で最強で世界一の軍人と呼ばれる。
キース・ハンプス:
コウヤを助けてくれた男性。階級は少佐。
イジー・ルーカス:
レスリーの補佐。階級は中尉。
リリー・ゴートン:
ハクトの部下。階級は曹長。
モーガン・モリス:
フィーネの機械整備士。気さくな少年。
ソフィ・リード:
戦艦フィーネの元副艦長。階級は准尉。
レイモンド・ウィンクラー:
地連の大将。ほぼ隠居状態。ロッド中佐の後ろ盾だった。
ライアン・ウィンクラー:
地連の総統。軍トップ。レイモンドの弟。
テイリー・ベリ:
ディアの補佐であり、彼女に忠誠を誓っている。地連軍のことをよく思っていない。
マウンダー・マーズ:
ゼウス共和国の生んだ天才と名高い若き研究者であり医者。ダルトンの兄。通称マックスと呼ばれる。
ラッシュ博士:
ゼウス共和国のドール研究を仕切っている謎の女。
タナ・リード:
元地連少将。「天」襲撃の際にゼウス共和国に渡り、ゼウス共和国准将となった。ソフィの父親。
ギンジ・カワカミ:
カワカミ博士。ドールプログラムの開発者の一人。
マリー・ロッド:
レスリーの母親。息子想いの優しい貴婦人。
ミヤコ・ハヤセ:
記憶を失ったコウヤを引き取った今の母親。
ユッタ・バトリー:
幼いころのイジーの親友。クロスの妹。「天」に避難していた。襲撃時に死亡。
シンヤ・ムラサメ:
ムラサメ博士。ドールプログラムの開発者の一人。「希望」破壊時に死亡。
レイ・ディ・ロッド:
ロッド侯爵。レスリーの父。レイモンドの親友。襲撃時に死亡。
ロバート・ヘッセ:
ゼウス共和国のトップ。ヘッセ総統。ロッド中佐に殺害される。
ジュン・キダ:
ゼウス共和国の若き兵士。ロッド中佐によって殺害される。
ダルトン・マーズ:
ゼウス共和国の若き兵士。マウンダー・マーズの弟。ロッド中佐によって殺害される。
グスタフ・トロッタ:
第6ドームの訓練施設に関係している研究者。訓練施設の教官に殺害される。
廊下を走る男が足を速めた。
「気配が強くなった・・・誰かが見つけたのか・・・」
男の声には焦りが浮かんでいた。
「嫌な気配もあるな・・・・」
男はそう言うと腰の銃に手をかけた。
扉を開き先にシンタロウがソフィの手を引き中に入り、しばらくしてから次にコウヤ、カワカミ博士、最後にディアが部屋に入った。
部屋の中には数人の研究者が倒れていた。
「・・・・安心しろ。生きている。」
シンタロウは心配そうに研究者を見つめるコウヤに言った。
部屋の奥には強化ガラスに阻まれた空間があり、その先には一人の少女が横たわる容れ物があった。
「プログラム該当者の長期保存も視野にいれて研究をしていたようですね。」
カワカミ博士は横たわる少女を見て呟きガラスの先に行く扉を探した。
「プログラム該当者の長期保存はもうすでに実践されていたのよ。」
ソフィは思い出すように呟いた。
カワカミ博士はそれを無視し扉を見つけたようだった。だが開く手段がないのか近くの端末を触り始めた。
「・・・・どうやらこの扉は先ほどの扉と違い機械で開けるようです。少しかかりますが開けることは可能です。」
とすぐに開ける作業にかかった。
ソフィは無視されたことを気にするわけでもなく再び話し始めた。
「私もずっと不思議だったの。・・・・おそらくディアさんも・・・ニシハラ大尉も知らないんじゃないかしら?」
ソフィは挑戦的に言った。
「何がだ?」
ディアはとげのある言い方でソフィに反応した。
「私たちフィーネが何で、宙で、ゼウス軍に追われたか、コウヤ君たちと会う前に運んでいたモノ・・・・・いえ、人を・・・・」
ソフィは微笑みながらコウヤとカワカミ博士を見た。
「フィーネが運んでいた・・・・人・・・・」
コウヤはあの日、フィーネを見に行った時のことを考えていた。
まだ、艦長であったハクトと会う前、記憶が戻る前、平穏な日々、そして・・・・
「まさか、ユイを運んでいたのか・・・・」
コウヤは思わずソフィの胸倉を掴んだ。
「私じゃないわ。『希望』付近を回ることで何か反応がないか調べていたみたいよ。ラッシュ博士が・・・」
ソフィは心外そうな顔をしていた。
「ラッシュ博士はドールプログラムの元を、いえ、トップの権限を持つプログラムを搭載したドールを探していたのでしょう・・・・あの女がどこまで知っているのかわかりませんが。」
カワカミ博士は、何かを押し殺したように呟いた。
ディアは相変わらず険しい表情をしており、シンタロウは変わらずソフィを冷ややかに見ていた。
ゴトン
5人のやり取りを止めるように無機質な音が響いた。
「・・・・開きました。」
カワカミ博士はそう言うとコウヤとディアを交互に見た。
「行こう。」
コウヤは先ほどのソフィとの会話でのもやもやを解消しきれていないのか、声にかすかに濁りが見えた。
「・・・・ああ。」
ディアも何か割り切れない表情をしていたが、ソフィを軽く睨み扉に歩み出した。
扉の先、ガラスの先には水に浸された容れ物とそれに横たわる少女がいた。
揺らめく金髪、白い頬、長いまつ毛。
記憶の中のレイラと同じ特徴を持つ。
「・・・レイラだ。」
確信をもって呟いたのはシンタロウだった。
シンタロウの言葉を聞き、コウヤとディアは互いに目を合わせ頷き合い、レイラに近寄った。
シンタロウは何も言わずにソフィの後ろに立ち、部屋と廊下の様子を見れる位置についた。
カワカミ博士は端末を操作し続けていた。
「コウヤ様、ディア様・・・・私にできるのはここまでです。これ以降はあなたたちで戻してください。」
カワカミ博士はそう言い、キーを叩くとレイラの横たわる容器の水が引いていった。
ゴポゴポ・・・ザー
水が引くと、レイラにドールプログラムとの接続が行われていたことが分かった。
「想定していたが・・・・私たちの声で戻るか・・・・」
ディアは不安そうな顔をしていた。
「・・・正直俺も思うよ。ユイかクロスがいれば・・・って。ユイはいつもレイラと張り合っていたし、クロスは大切な存在だから。でも、レイラには戻ってもらわないといけないんだろ。」
コウヤは有無を言わせない雰囲気でレイラに向き直った。
「レイラ。久しぶり。俺だよ。コウヤだ。」
コウヤは堅苦しいながらも、親しみを込めた口調でレイラに語り掛けた。
レイラの反応はなかった。
「レイラ。私だ。ディアだ。何度かドールでもやり合っただろ?」
対するディアは皮肉を込めた言い方で語り掛けた。
レイラの眉が少し動いた気がした。
「コウ。堅苦しくなるな。思ったことをぶつけた方がいい。」
「わかった。ディア。」
コウヤはディアの言葉に頷き再びレイラを見た。
「レイラ。俺だ。コウだ。お前の話は聞いている。とんでもないことをしでかしてくれたな。」
コウヤは笑顔もなく、ただレイラを責める口調で言った。
「!?」
ディアは一瞬驚いた表情をしたが、直ぐに納得したような表情になった。
「レイラ。お前にはやらないといけないことがあるんだ。お前のやったことの罪は消せない。そして、大きい。だが、お前は戻らないといけないんだ。」
コウヤはレイラに強く語り掛けた。
レイラの眉が動いた。
自身を覆っていたぬるい液体が消えていく感覚だ。
ただ、水気を残した肌や、髪、着衣は外気に触れて冷えた。
その冷たさを感じることから私は体の感覚が生きていることを分かった。
だが、それだけだ。
振り返った行いや、それに対する責苦の覚悟。
私は望まれて死ぬのだろう。
考えたら少し気持ちが和らいだ。
何故かわからないけれど、和らいだ。
冷たさを感じていた外気に人の気配が混じった。
声が聞こえる気がした。
だが、その言葉を認識することができない。
懐かしい気がするが、聞き覚えのない声。
もう一つの声がした。
この声は聞いたことがある。
《ディア?》
確か、ドールで戦ったことがあった。
声を声と認識せず、音と認識している。
だが、私は声だと分かっている。
《ディアと誰だ?懐かしい誰か・・・》
ふと考えたが、私はそんな親友たちに再会することも縋る行為に値する。私は呼び掛ける声を振り払った。
楽しかった日々、優しい記憶。
大切な親友達。それらは私の大事なもの。
だからこそ、私はそこに行ってはいけない。
懐かしいけど、聞き覚えのない声が何やら先ほどとは違う響きを発した。
《私を呼ばないで。私はそこに行けない。》
「・・・・ふざけるな。」
コウヤが歯を食いしばりながら呟いた。
ディアもコウヤと同様に歯を食いしばっていた。
「今のは、私にもわかった・・・・」
ディアはレイラを睨んだ。
「どうした?」
シンタロウはレイラとディアの様子を見て何やら異常を感じたようだ。
それはカワカミ博士も同じのようで外を気にしながらもガラスの向こう側に入ってきた。
ソフィも不思議そうな顔をしていた。
「・・・レイラのやつ・・・俺らとは一緒に行けないと」
コウヤは、今度は内容を確実に言った。
「は?」
シンタロウは何を言っているのかわからない顔をしていた。
「・・・レイラは自分の犯した罪を・・・・・背負い望まれて死ぬと・・・強く願っている。」
ディアも感知したようだが、表情はより険しさを深めていた。
「・・・・どうにかして戻さないと・・・ニシハラ大尉を取り戻すどころではないです。」
カワカミ博士はディアとコウヤを交互に見た。
だが、二人は首を横に振った。
「レイラは頑固者だ。クロスの存在も欲しいが・・・・彼女は私たちに縋ることをしないだろう・・・・」
ディアは悔しそうな表情をした。
「時間はかかってもいいから取り戻そう。カワカミ博士。このままでいいからレイラを連れ出しましょう。」
コウヤはレイラを起き上がらせようとした。
「待ってください。今のまま接続を解くのは危険です。」
カワカミ博士はコウヤを急いで止めた。
「どうするんですか?・・・・レイラもいないと・・・」
コウヤはレイラを睨みながら、カワカミ博士に言いながらもレイラに訴えるように言った。
「・・・・ユイなら。レイラはユイと張り合っていたと話しただろ?彼女がいれば・・・私たちより可能性はある・・・もうしばらくしたら来るはずだろ?」
ディアは曖昧そうに言った。どうやら自信はないようだ。
「ニシハラ大尉を取り戻すのにも必要だと思いますが・・・それより先にも6人は必要なのです・・・」
コウヤとディアの様子から、カワカミ博士は落胆したようだ。
「・・・・ざけんな」
落胆する3人の会話を切り裂くようにシンタロウが吐き捨てるように言った。
「シンタロウ・・・・」
コウヤとディアとカワカミ博士はシンタロウを見た。
シンタロウはソフィを放置しレイラの元に近寄った。
途中のコウヤとディアを押しのけ横たわるレイラの胸倉を掴んだ。
「シンタロウさん!!接続は無理に解かないでください!!」
カワカミ博士は急いで叫んだ。
「そんな気は無いですよ。」
シンタロウはそう言うとすぐにレイラを睨んだ。
「ふざけんな。お前それこそ逃げだろ?俺に言った『教訓と縛られていることは違う』は何だ?お前こそ縛られているだろ。」
レイラの眉が少し動いた。
「お前が逃げることを俺は許さない。そうだろ?俺はお前自身が逃げないために助けられたんだろ?そのくせに自分は死に逃げるのか?黒い奴の訃報がそこまでだったのか?」
シンタロウの叫びは部屋中に響いた。
「仕事放棄すんじゃねえ!!ヘッセ少尉!!この・・・」
シンタロウが叫び終える前にシンタロウが宙に舞った。
ドスン
床に叩きつけられはしなかったが、よろめきながら着地し、かすかに呻いた。
コウヤはシンタロウが舞ったことより別のことに目が向いていた。
レイラもコウヤと同じ方向を見て目を丸くしていた。
「・・・・言葉が過ぎるぞ・・・・仮にも上官だ・・・・」
顔を歪めた金髪の少女が拳を握り、床に着地したシンタロウを見下ろしていた。
「・・・・レイラ・・・・」
コウヤとディアは同時に呟いた。
レイラは二人を確認するとすぐに目を逸らした。
「私は・・・・お前らに縋ることはしない。ただ、仕事放棄と部下に言われるのが我慢ならなかっただけだ。」
口を尖らせて言う。
バチン
その頬をディア張った。
レイラは目を丸くしていた。
「縋れよ。アホ。それが効率的な生き方だ。」
ディアは乱暴な言葉づかいで言った。
「ディアの言う通りだ。それに、望まれて死のうと思わないでくれよ。レイラ。お前はまだまだ仕事がある。」
コウヤはディアに同意した。
「びっくりした。レイラ。思いっきり吹っ飛ばしやがって・・・・。」
シンタロウは笑いながらも、気安くレイラに笑いかけた。
「・・・・多少の無礼は許していたが、胸倉を掴まれるのは心外だ。お前なら着地出来ただろ?」
そう言うとレイラはコウヤとディアを見た。
「相変わらずいけ好かない女ね。ディア。でも、あなたの言うことはいつも正しいような気がしてくる。」
悪口を混ぜて笑うが、その表情には気楽さが見えた。
そして
「コウ。あんたハクトの言った通り生きていたのね。」
心から安心したような顔でコウヤを見た。
「レイラ。死にきれなくてね。いや、死んだら何もできないからな。」
コウヤはその言葉に重みを込めた。
ソフィは少しつまらなさそうな顔をしていた。
カワカミ博士は安心したような顔をしていた。
「シンタロウさん。ありがとうございます。」
「俺はとりあえずレイラの部下ですから。上官が仕事放棄しようとしているのを見逃せないだけですよ。」
シンタロウはそう言うと再会を果たした3人を笑顔で見ていた。
「それはそうと・・・・シンタロウ。お前、ここまで来れるとは・・・ゼウス軍が殺しにかかってきただろう?お前のことだから簡単に殺されはしないと思ったが・・・大丈夫か?」
レイラはシンタロウの方を見て不思議そうな顔をした。
「それはそれは、待ち伏せされてて一歩間違ったら殺されていた。」
シンタロウはそう言うと顎でソフィを差した。
「彼女が准将の娘だ。そして、地連とゼウス軍を繋いでいたスパイ。それを地連の関係者に伝えに行っていた。」
それを聞くとレイラは険しい表情をした。
「准将のか・・・・・。だが、シンタロウ。よくわかったな。」
「彼女は、俺たちと同じ船に乗っていたからな。」
そう言うとシンタロウはコウヤを見た。
「俺たち・・・・?」
「レイラ。俺は言わないといけないことがあった。」
そう言うとシンタロウはコウヤに近付き肩を組んだ。
「俺の親友だ。」
シンタロウは笑顔で言った。
コウヤも思わず笑顔になり
「どうも。俺の親友のシンタロウだ。」
と続いて言った。
「?」
レイラは事態が掴めないようで口をぽかんと開けていた。
「え?は?え?」
レイラはディアを見て首を傾げた。
「運命のいたずらだ。」
ディアは楽しそうに笑った。
「それでは、ユイ達が合流しやすいように廊下に出ましょう。」
カワカミ博士も笑顔で言った。
レイラは目を輝かせた。
「ユイが・・・・ここに全員・・・・」
言いかけた時、少し顔が暗くなった。
それを見てコウヤは口を開きかけたが、直ぐに黙った。
ディアもコウヤに頷いた。
レイラは表情を引き締めて歩き出した。
それを見たコウヤは肩を貸そうとしたが、レイラは片手で制しそのまま歩いた。
シンタロウはディアに視線を移しソフィを顎で差し頷いた。
ディアはシンタロウに頷きソフィの後ろに付いた。
シンタロウはカワカミ博士の前に付き、廊下をそっと覗いた。
「・・・・・特にいないな・・・・さっきの合流部屋に戻るか?どこの部屋だかわからないから、確実に合流できるところにいた方がいいだろ?」
シンタロウはディアとカワカミ博士に訊いた。
コウヤは少し不満そうな顔をしていたが、文句を言う気配はなかった。
「そうだな。ユイが安定したとしても、感知できるかは分からない。あと・・・」
ディアが少し言いづらそうにしていると
「ユイはおバカだからね。」
レイラはあっけらかんと言った。
「レイラ!!とりあえず、ユイの父親もいるから!!」
コウヤはカワカミ博士の方をとっさに見た。
カワカミ博士は微笑んでいた。
「知っています。わが子ですから。」
6人が廊下に出た時
『・・・・赦さない・・・・』
うめき声のような、恨み、悲壮さ、負の感情をすべて含んだ音が響いた。
「がっ・・・・」
「うあっ」
「ぐっ」
コウヤ、ディア、レイラは頭を抱えうずくまった。
「コウヤ!レイラ!ディア!」
シンタロウは三人に駆け寄った。
「・・・・が・・・・頭が・・・・何か、脳みそが振動しているように痛い・・・・」
コウヤは焦点の定まらない目を薄めて切れ切れに言った。
ディアはまともに前が見えていないようで床を手でひたすら触っている。
レイラもディア同様に見えていないようで目だけが前を向いている状況だった。
「・・・・一体何を持っているのだ・・・キャメロン」
カワカミ博士は歯を食いしばりつぶやいた。
「が・・・・」
一人の男が廊下にうずくまった。
頭を抱え、彼にしては珍しく手に持っていた銃を落とすという失態を犯した。
カラン
だが、そんなのに気が付かないほどなのか、男は口を歪め脂汗をかいていた。
そこに一人の少女がやってきた。
少女はうずくまる男を見て一瞬動揺したようだが、落ちている銃を捉えると動揺は消えた。
少女は男を全く気にせず、迷いなく銃を拾い上げ一目散に走り出した。
うずくまる男はそれに気づく様子はない。
ただ、ひたすら呟いていた。
「・・・助ける・・・・助ける・・・・今度こそ・・・・」
言葉に力はなく、儚げだった。
廊下を走る少女は口を綻ばせていた。
「神様はいるんだ。私に・・・・私に味方している。」
少女は嬉しそうに言うと、先ほど拾ったばかりの物騒な金属の塊を大切そうに撫でた。
頭の声なんか気にならない。
私は役目を全うする。それだけ。
少女、アリアの目は異様に輝いていた。
「があ・・・・う・・・」
ストレッチャーに転がるユイが呻いた。
「・・・・ハンプス少佐!!先ほどの声・・・・」
イジーは何かの変化を感じ取り後ろ向いた。
「イジーちゃん。俺らにどうしようもできる問題じゃない。走り続けるぞ。」
キースは呻くユイを見たが変わらず走り続けていた。
イジーは頷き足を速めた。
厭な感じがする。
私はこっちに逃げてきてだめだったのかもしれない。
シンタロウ達と一緒に行けばよかったのか・・・・
「ハンプス少佐・・・・すみません。私、先に走ります。先ほどの合流部屋で止まってください!!」
イジーはそう言うと、ストレッチャーを押しながら走っているせいで少し遅いキースに合わせていた速度を上げ、距離を広げた。
キースは前を向くイジーには見えていないのに、強く頷いた。
シンタロウがコウヤ達を気にした一瞬の隙をついて、ソフィはまだ開いていない扉のロックを解除した。
シンタロウがそれに気づきソフィを追った。
「何をするつもりだ!!」
ソフィはシンタロウの叫びに笑い扉を開いた。
扉の先からは研究者だったものたちが5、6人飛び出してきた。
シンタロウはとっさに銃を構え引き金を引いた。
先ほどよりの研究者が多い。
「・・・・ここの部屋はね、休憩所なのよ。研究員の人たちの。だから、他の部屋より多いの。」
ソフィはそう言うと銃を撃つのに気が向いているシンタロウから逃げるようにし、また別の部屋のロックを解除し始めた。
シンタロウは銃口を研究員ではなく足を引きずり、這うように歩くソフィに向けた。
ダン
頭を狙った。だが、よろめきながら歩くソフィの動きのせいで肩に当たった。
「ギャア!!」
ソフィの苦痛を訴える悲鳴が響いた。
シンタロウは顔を青くした。
確実にとどめを刺そうと思い上を狙ったため、重大なミスを犯した。
肩に当たった銃弾は血を舞わせた。
血が飛ぶ、壁に、他の部屋の扉に
崩れ落ちるソフィがシンタロウを見て笑った。
「私の方が軍人は長いのよ。」
「・・・・狙ったのか・・・・」
シンタロウは残りの弾数を気にした。
いや、それよりもコウヤ達とカワカミ博士を見た。
ガタン
ガタン
血が付いた扉のロックが外される音が響いた。
シンタロウはそっちに見向きもせずにカワカミ博士に頷きコウヤ達の元に駆け寄った。
「合流部屋まで行きましょう。」
カワカミ博士はコウヤの腕を自身の肩にかけ、立ち上がった。
シンタロウはディアとレイラの腕を持ち、それぞれの腕を両肩にかけた。
ソフィは自身に目もくれないシンタロウを見てつまらなそうな顔をしたが、肩を撃たれた傷と、元々負わされていた両足の傷で動けないのか、黙って見送っていた。
「お兄ちゃん。」
優しい声が頬叩くように響いた。
いや、この声が響くことはもうないはずだ。
この声の持ち主はもういない。
枯れるほど流した涙。最初は悲しみ、喪失感。
いずれは憎しみ。
「起きて。お兄ちゃん。」
なんという幻覚だろう。
ここまで幸せな幻覚ならずっとこのままでいい。
無意識に口元をほころばせていた。
「全てが無駄になる・・・・・お前は何ために手を汚した?」
急に憎むべき相手の声に変った。
心の中の憎しみが爆発したのか、驚きで目を開いた。
この憎むべき相手もまた、もういない。
自分の大切なものすべてを奪ったこの声の持ち主は、いない。
この男の命を奪ったのは間違いなく自分だ。
大切なものをすべて奪った男だが、皮肉にも大切なものも、彼によってもたらされたものだ。
大切なものの声よりも、憎い相手の声の方が意識を戻す。
これもまた、なんという皮肉だろうか・・・・
開いた目に風景は映らない。
頭は不思議なくらい揺れる感覚がし、目を開いたことが信じられない。
立ち上がることができたのも不思議であった。
立ち上がると、歩むのも惰性のように行えた。
足を進めると、止まることはない。
痛む頭の片隅に、別の大切な存在を確認する。生きている。
それを確認すると足が早まった。
気付いた。
銃がない。
その事実は、より彼を現実に、正気に戻した。
走る、走る、走る
私のこの復讐は、神様に祝福されている。
じゃないと、こんな都合よく銃が手に入るわけ、ないじゃない。
鼻に鉄臭さを感じた。
血だ。
何やら倒れている人や、壁に寄りかかる人がいる。
「アリアちゃん・・・・?」
呼ばれた気がした。
この声は知っている。けれど、今の私を止めることはできない。
私は呼ばれた声を無視した。
あの女がいた部屋に向かう。
おかしい、扉が開かれていて、中に誰もいない。
いたけど、倒れている研究者のような奴だ。
いない。どこだ。
急いで廊下に出る。
頭に響く声はもはや気にならない。
頭の中よりも現実に響く音に意識を研ぎ澄ませた。
ザリ・・・ザッ
複数の何かを引きずる音、足音が混ざった音が聞こえる。
「そっちね・・・・」
私は、走る。走る。走る。
「くそ・・・・流石にキツイ・・・・」
シンタロウはほぼ三人分の体重を自身で支え、歩いていた。
カワカミ博士もコウヤと合わせて二人分を支え歩いている。
中年を超えた初老の男には辛いのだろう。
だが、カワカミ博士は先ほどのソフィとシンタロウのやり取りで、彼にかなりの重荷を背負わせてしまったと思っているようで
「お一人・・・・こちらで背負います。」
カワカミ博士はそう言い、シンタロウが歩むのを待った。
「・・・・大丈夫です。あなたは俺よりも重要な人です。」
「あなたがいないとレイラ様は戻せなかった。あなたは自身を軽んじないでください。」
カワカミ博士は有無を言わせぬ表情でシンタロウの肩からディアの腕を引き、自身の肩にかけた。
シンタロウもカワカミ博士も集中力が切れかけていた。
そう、危険と安心を繰り返した感性は何度も伸び縮みしたゴムのようにすり減っていた。
だから気付かなかったのかもしれない。
「見つけた。」
ダン
その声と同時に銃声が響いた。
銃弾はシンタロウの左肩に身を預けるレイラの右肩を貫通し、シンタロウの左肩に留まった。
「があっ・・・ぐ」
シンタロウは突然のことに思わず倒れこんだ。
「・・・・う・・・」
痛みにレイラの意識が戻ったのか、うめき声をあげて目をうっすらと開いた。
「が・・・・は・・・は」
倒れこんだシンタロウは顔を歪めて呼吸を整えようとしていた。だが、呼吸をするたび空気漏れのような音がする。
「シンタロウさん!!」
「はやく・・・・行って・・・・」
シンタロウは共に倒れたレイラの腕を肩にかけなおし、立ち上がろうとした。
そんなシンタロウの肩から腕を払い、レイラは一人の力で立ち上がった。
「大丈夫だ・・・・」
レイラはそう言うと銃声の元を見た。
「まだ生きている・・・・」
銃を抱え、顔を歪めた少女が立っていた。
「・・・・お前・・・・・私を狙ったのか・・・・」
レイラは少女の目を見て、納得したような表情をした。
「だめだ!!レイラ・・・・お前は・・・ゲホッ」
シンタロウは急いでレイラの腕を引き叫んだ。だが、途中で咳き込み、血を吐いた。
「私の大切な人を・・・・あんたたちが奪った。」
少女は銃口をレイラに向けた。
「やめ・・・・」
シンタロウは血を吐きながらも銃を持ち、少女に銃口を向けた。
ヒュー、ヒュー・・・・
呼吸音に異音が混じっている。そして
「・・・・やめろ、アリア!!」
シンタロウは少女の名を呼んだ。
アリアはその声に反応した。
「・・・・え?死んだはずでしょ・・・・・幻覚かしら・・・・」
アリアは目を丸くしてシンタロウを見た。
「カワカミ博士・・・・ディアだけ連れて行ってください。」
「コウヤ様は・・・?」
シンタロウはまだ頭が痛むのか、意識が朦朧としているコウヤを見た。
「起こしてください。殴ってでも。」
そう言うシンタロウの顔は縋るような表情をしていた。
「わかりました!!」
カワカミ博士はそう言うとためらいなくコウヤの頬を拳で殴った。
「そうよ・・・・さっきも幻覚を見たもの、幻聴を聞いたもの・・・・」
アリアはブツブツと自分に言い聞かせるように言うと、銃口をレイラに向け、引き金に指をかけた。
「生きている!!」
シンタロウは叫んだ。だが、その声はアリアには響かなかった。
「私の復讐は神様も認めているのよ。」
アリアの異常さを確認したシンタロウは表情を無くし、銃口をアリアに向け、引き金に指をかけた。
「やめろ!!」
レイラはシンタロウの変化をとっさに察知し、銃を下ろさせようとした。
ダン
アリアが引き金を引いた。
レイラがシンタロウの腕に手をかけようと動いたおかげで、銃弾はレイラの左頬を掠めた。
「外した・・・・」
アリアはそう言うと再び銃口を向けた。
別方向から銃を構える音が聞こえた。
「銃を下ろしなさい!!」
叫び声だが、祈るような声が響いた。
「・・・あんたも邪魔するの?」
アリアは声の元を見た。
シンタロウはその声に一瞬安堵のような表情を浮かべた。
「イジー・・・・」
振り返るとイジーが銃を構え立っていた。
「お前は・・・・・」
レイラはイジーを見て驚いた表情をしていた。
「私がこの人を撃つ。」
イジーは迷いなく言った。
その言葉にシンタロウは無表情ではなく、悲痛な表情をした。