血
コウヤ・ハヤセ:
一般人。何事においてもそつなくこなす器用な人物。主人公
ハクト・ニシハラ:
地連の兵士。戦艦フィーネの艦長。階級は大尉
ユイ・カワカミ:
コウヤの前に現れた少女。
レイラ・ヘッセ:
ゼウス軍の兵士。階級は少尉
クロス・バトリー:
イジー、レイラの探し人。コウヤの過去にも大きく関係している人物。
ディア・アスール:
元中立国指導者。
シンタロウ・コウノ:
コウヤの親友。軍に志願した。訓練所破壊の後、行方不明扱い。
アリア・スーン:
コウヤと友達。軍に志願した。
レスリー・ディ・ロッド:
地連の中佐。冷酷で最強で世界一の軍人と呼ばれる。
キース・ハンプス:
コウヤを助けてくれた男性。階級は少佐。
イジー・ルーカス:
レスリーの補佐。階級は中尉。
リリー・ゴートン:
ハクトの部下。階級は曹長。
モーガン・モリス:
フィーネの機械整備士。気さくな少年。
ソフィ・リード:
戦艦フィーネの副艦長。階級は准尉。
レイモンド・ウィンクラー:
地連の大将。ほぼ隠居状態。ロッド中佐の後ろ盾だった。
ライアン・ウィンクラー:
地連の総統。軍トップ。レイモンドの弟。
テイリー・ベリ:
ディアの補佐であり、彼女に忠誠を誓っている。地連軍のことをよく思っていない。
マウンダー・マーズ:
ゼウス共和国の生んだ天才と名高い若き研究者であり医者。ダルトンの兄。通称マックスと呼ばれる。
ラッシュ博士:
ゼウス共和国のドール研究を仕切っている謎の女。
タナ・リード:
元地連少将。「天」襲撃の際にゼウス共和国に渡り、ゼウス共和国准将となった。ソフィの父親。
ギンジ・カワカミ:
カワカミ博士。ドールプログラムの開発者の一人。現在行方不明。
マリー・ロッド:
レスリーの母親。息子想いの優しい貴婦人。
ミヤコ・ハヤセ:
記憶を失ったコウヤを引き取った今の母親。
ユッタ・バトリー:
幼いころのイジーの親友。クロスの妹。「天」に避難していた。襲撃時に死亡。
シンヤ・ムラサメ:
ムラサメ博士。ドールプログラムの開発者の一人。「希望」破壊時に死亡。
レイ・ディ・ロッド:
ロッド侯爵。レスリーの父。レイモンドの親友。襲撃時に死亡。
ロバート・ヘッセ:
ゼウス共和国のトップ。ヘッセ総統。ロッド中佐に殺害される。
ジュン・キダ:
ゼウス共和国の若き兵士。ロッド中佐によって殺害される。
ダルトン・マーズ:
ゼウス共和国の若き兵士。マウンダー・マーズの弟。ロッド中佐によって殺害される。
グスタフ・トロッタ:
第6ドームの訓練施設に関係している研究者。訓練施設の教官に殺害される。
「・・・・特に何もないな・・・・」
キースは廊下から部屋を覗き込み確認した。
「やっぱり中佐が全部倒したり破壊したりしているんじゃない?」
モーガンはキースの後ろから部屋を覗きこんで言った。
「だが、銃の弾数は無くなる。おそらくもうそろそろ足りなくなるだろ。」
「ここから監視カメラのシステムを乗っ取れるかやってみます。」
執事はそう言うと部屋に我先にと入って行った。
「執事さん!!先に俺らを入れて!!」
キースは慌てて続いた。
「リリー?どうしたの?」
モーガンは一番後ろで青い顔をしたリリーに話しかけた。
「ああ・・・なんか、頭がぼーっとするのよ。」
「頭が・・・?執事さんが作業している間横になった方がいい。」
キースは部屋の中の椅子をいくつか並べて寝転がれるスペースを作った。
「そんな気を遣わなくていいですよ。たぶん少し集中力が落ちているだけなので・・・」
「万一の時動けないと命取りです。休んでください。」
執事はキース以上に強く休むことを勧めた。
「・・・・執事さんにそう言われたら・・・・休ませていただきます。」
リリーはしぶしぶと椅子の上に寝転がった。
「・・・・・これは、これは、どうやらモルモットの居場所は把握しているようですよ。」
執事は端末をいじりながらキースに話しかけた。
「これは、地図だな。点滅しているのがモルモット・・・警備か。」
キースはモルモットというのが嫌なのか途中で訂正した。
「そうみたいですね。これを見ると監視カメラを壊されてもどこに人がいるかわかりますね。」
「この光っていない点は・・・・死体か?」
「そうですね。先ほどのけが人の居場所に光っていない点があることから、死人か支配から外れたものでしょうね。」
「中佐は少し進んでいるな。ここに警備が溜まっている。動いていないから」
「・・・・ここ、異様に死体が多い・・・・」
モーガンはある一点を指さした。
「・・・・・正体がわからない協力者か、いずれわかるだろう。」
キースはそう言うと視線をずらした。
「執事さん。どこにハクト達はいると思う?」
「ここにはいないでしょうね。」
執事は自信ありげに言った。
その言葉にモーガンは飛び上がった。
「じゃあ、俺らは何をやっていることに・・・」
モーガンは信じられないものを見るように執事を見た。
「慌てるなモーガン。俺も薄々そう思っていた。」
キースも執事に同意した。
「キースさんまで!!そしたら、どこに・・・・」
「モーガン。この地図にはない部屋っていうのを考えろ。おそらく、ここの部屋に割り当てられた研究員はハクト達VIPの存在を知らない可能性がある。」
「それは私も同意です。ラッシュ博士は他人を裏切りこの研究を手に入れた者。そんな人物が他の研究員と情報を共有するとは思えません。」
「じゃあ・・・・」
「制御室・・・・この地図の一番奥ですね。ここに行きましょう。」
モーガンは何かに気付いたようだ。
「執事さん。ここの死体がたくさんあるって俺が言ったところ・・・・これって行き止まりじゃないよね。」
モーガンは部屋がたくさんある一角の行き止まりを指さした。
「どうしてそう思った?」
キースは興味深そうに訊いた。
「たぶん、ここ住居スペースだとおもうんだ。サブドールの実験場から真っすぐいけるからモルモットって言われている人たちの部屋だと考えられるんだ。そして、いくら制御しているとはいえか弱い研究者たちが彼らと接するにあたって一方向にしか出口がないっていうのは不自然だよ。建物って作るときに防災面も考慮しないといけないでしょ。」
「そうですね。モーガンさんの言う通りここは不自然ですね。」
執事は頷きモーガンの意見に賛同した。
「ちょうど制御室に面しているところだな。・・・・・モーガン少し休め。」
キースは心配そうにモーガンを見た。
「それより艦長を助けないと。」
モーガンは疲れた様子を見せず、むしろ興奮していた。
「だめだ・・・・開けられない。」
シンタロウはロックのかかった扉を前にして悩んでいた。
「廊下が狭くてサブドールは無理ね・・・・」
イジーもシンタロウと同じく悩んでいた。
「他の行き止まりを探そう。」
シンタロウはそう言うと引き返し始めた。
イジーはシンタロウの後に付いて歩いた。
無言で歩く二人、しばらく足音だけが響いていた。
「シンタロウ・・・」
「なんだ?」
「銃弾どれだけ残っている?」
「あと4発だ。イジーは?」
「私まだ予備もあるからこれあげる。」
イジーは手持ちのカバンから弾の束を取り出しシンタロウに渡した。
「サンキュー・・・・」
シンタロウは受け取ると自身のカバンに入れた。
「・・・・」
二人は無言で歩いていた。
「・・・・なあ、イジー」
「何?」
「割り切るって難しいな。」
「割り切れないわよ。でも、そうするって決めたのよね。」
「ああ、俺かっこ悪いな。決めたのに怖気づいてる。」
「私も付いていくって決めたのに、止まろうとしている自分がいる。」
「そう言うもんだろ。下手に突っ切るとぶっ壊れるぞ。」
シンタロウは元気づけるようにイジーに言ったが、その顔は引きつっていた。
「説得力ない。表情筋を鍛えなさい。」
イジーはシンタロウに冷たく言った。
「ひどいな。精いっぱいの笑顔だったのに。」
シンタロウは口を尖らせて言った。
「笑顔っていうのは、ただ口の端を上げるだけじゃないのよ。目が死んでいる場合は目を細めて笑う。ほっぺの筋肉を無理やり上げる感じで」
イジーはそう言うと営業スマイルをシンタロウに見せた。
「そういうの女は得意だよな。」
シンタロウは感心してイジーの表情を見ていた。
「私の場合、働いていたからそのせいね。」
「でも、俺はイジーのその表情は好きじゃないな。」
「え?」
シンタロウの言葉にイジーは足を止めた。
「それより、俺に嫌味を言っている顔の方が自然だぞ。」
シンタロウは笑顔で言った。
「笑えるじゃん。」
イジーはシンタロウの笑顔を見て安心した。
「心配してくれてありがとうな。」
「当然でしょ?あんたが私に嘆き方レクチャーしてくれないと、困るんだから・・・」
イジーは少し照れながらも嫌味らしく言った。
「そうだな。でも、俺の事よりも自分のことだぞ。イジー」
二人はぎこちなく笑い合い廊下を歩いてた。
「なんだよ・・・・確かに警備だが・・・・こんな捨て身の作戦・・・・まるで・・・」
影に引きずられているミゲルは丸腰で倒れている警備の死体を見てから様子がだいぶ変わっていた。
コウヤはシンタロウに早く会おうと内心焦っていた。
廊下を歩くなか、時たま死体を見るたびにその気持ちが強くなった。
焦るコウヤにある感覚が働いた。
「ディア、ハクト達の気配がある。」
シンタロウのことばかり気にしていたが、ハクト達の気配を察知してしまいそれどころではなくなった。
「本当か・・・?私は不思議と全く感じないんだ。」
ディアは弱った表情をした。
「ディアが察知できなくて俺が察知できるとかあるのか?どうした?」
「わからない。不純物が多すぎてなにも見えない状況と同じだと思うが・・・・だが、コウの様子を見る限り私の方に問題がありそうだ。」
ディアはまた弱った表情をし頼もしそうにコウヤを見た。
「コウヤ、どっちからだ?」
前を歩く影はミゲルを引きずりながら訊いた。
影に引きずられているミゲルは、警備のモルモットの死体に萎縮し無言で固まっているわけではなく、何かを思っているのか悲しそうな顔をしていた。
「この廊下・・・たぶん直進に位置するところだ。」
「地図によると、直進の道はあったな。横道に逸れないでか・・・」
ディアは自身の持つ銃に手をかけた。
「なるべく俺が前線に立つ。ディアとコウヤは温存してくれ。どう考えても消耗させる意図が見える。」
影はそう言うとミゲルを左手で引きずり右手で銃に手をかけた。
「しかし、先に人がいるのに音が全く聞こえないのは防音がすごいのか?」
ディアは感心して言った。
「そ・・・そうだ。ここに収容されるのは手術後の安定していないモルモットだ。防音をしないとうるさくて仕方ないだろ?」
ミゲルはディアの質問に顔を青くしながらも得意げに答えた。しかし、声は消え入りそうになっていた。
「ミゲル、今まで見た死体の数とお前が把握しているモルモットの数・・・・同じくらいか?」
影はおとなしく引きずられるミゲルに訊いた。
「・・・・まだまだいる。ラッシュ博士は精鋭を作っていた。おそらくそいつらは消耗したお前等に充てるつもりだろう・・・・」
ミゲルは素直に答えた。
「どうした?逆らわないと落ち着かないな。嘘を言っているのか?」
影はミゲルの様子に不審さを感じた。
「うるさい・・・・お前等野蛮な奴らと俺みたいな研究者を一緒にするな。」
ミゲルは神経質そうに怒った。
「・・・・ミゲルの言うことが本当なら気を付ける必要があるな。」
ミゲルはディアの言葉を聞くと、コウヤ、ディア、影を順に見た。
「・・・・コウヤだっけ?お前の言う通りだ。この廊下を直進したらロックのかかっている部屋がある。そこからこの研究施設の最重要部屋に行ける。」
「・・・・そこにハクト達がいると?」
「そうだ。ロックの解除方法は網膜か指紋。パスワードもあるが数時間おきに変わるからそれで入るのはおすすめしない。重要人物の場合、血液だ。」
ミゲルはそう言うと親指を立てた。
「血液・・・?」
影は眉を顰めた。
「そうだ。ラッシュ博士の協力者に娘がいる。登録者と親子以上の血縁関係なら登録しなくても入れるというわけだ。まあ、基本は目や手が吹き飛ぶことを考えての登録だ。」
ミゲルはもくもくと説明した。
「・・・・・登録者は・・・・?」
コウヤは恐る恐る訊いた。
「だいたいはゼウス共和国のお偉いさん数人だ。あと・・・・俺も登録している。」
ミゲルは最後の言葉を静かに言った。
「・・・・・モルモットの死体が堪えたのか・・・・・」
影はミゲルから手を離した。
「・・・・」
ミゲルは無言で影を見た。
「ミゲル。反対意見は聞き入れないが、お前を使う。だが、いいのか?」
ディアも影と同じような視線でミゲルを見つめていた。
「・・・・俺はラッシュ博士の元にお前らを連れていく仕事がある。」
ミゲルは下を向いて言った。
「ミゲル・・・・ありがとう。」
コウヤはミゲルにお礼を言うと手を差しだした。
「しばらく協力してくれ。」
ミゲルはその手を見て笑った。
「俺の名前、ミゲル・ウィンクラーじゃないんだ。本物は今頃『天』の軍本部で何かやっているんじゃないのか?」
ミゲルは皮肉気に言ったが、コウヤの手をしっかりと握った。
「本名はなんていう?」
ミゲルは少しためらったが、影とディアをチラリと見た。
「・・・・俺は賢い。そして、割り切れる性格をしている。そんな自分が許せないが、今は感謝している。」
ミゲルは自嘲的に呟いた。
「許せない・・・?」
コウヤはミゲルを見た。
ミゲルは泣きそうな顔をしたが、直ぐに生意気な顔をした。
「俺は分別があるってことだ。自分の力量もわきまえているし・・・誰が悪いのか分かっている・・・・」
チラリと影を見て首を振った。
「?」
影はミゲルの様子を見て首を傾げた。
「ぶっちゃけ本名好きじゃないんだけど・・・・マウンダー・マーズだ。マウンダーは呼びにくいだろうから・・・・マックスって呼んでくれ。昔から呼ばれているあだ名だ。」
ミゲルはそう言うと少しだけ笑った。
「じゃあ、マックス。気を付けろよ。ロックを解除するときは任せるが何があるのかわからない。」
影はマックスの頭を軽く叩くと、彼の前に出て歩きだした。
コウヤは何かが引っかかる感じがしていた。
「・・・・マーズ・・・・」
どこかで聞いた名前だった。
「ディア・アスールは分かるはずだ。名前は知らないだろうが・・・・」
マックスはディアを複雑そうな表情で見ていた。
「わかる・・・?」
「ああ。俺には弟がいた。お前を暗殺しようとして失敗した。その後の任務で死んだが。」
コウヤは第6ドームで会った少年を思い出した。
「・・・・ダルトン・・・・」
「コウヤも知っていたか。だからといって何かあるわけじゃないけどな。」
マックスは気にする様子もなく前を歩く影に続いた。
コウヤは何を言おうか迷った。
彼の弟『ダルトン・マーズ』の最期を見たのは自分であること。
彼を殺したのは・・・・
「マックス。ロックは血縁者で解除できるって言ってたが、その中に前ゼウス共和国総統のロバート・ヘッセは登録されているか?」
影はマックスに訊いた。その声はどこか慎重さがあった。
「ああ。もちろん。まだ登録されたままか知らないけど、このドームを作り始めたのはヘッセ総統だ。」
「そうか・・・・」
影はそう言うとまた黙った。
「・・・では、レイラは入れるわけか・・・・まあ、中にいるのだから関係ないか。」
ディアは頭を抑えて呟いていた。
「ディア?どうした?」
コウヤはディアの顔色が悪いことに気付いた。
「いや・・・・なんか頭が働かない。こんなこと言っている場合じゃないのだがな。」
ディアはそう言うと自分を鼓舞するように息を吐いた。
ダンダンダン
キースは向かってくる警備のモルモット達に銃を放っていた。
「くそ。急に湧いてきやがった。」
キースの後ろでモーガンは周りを見渡して何かを探していた。
「キースさん!!かなり前の方に監視カメラあった。壊れていないよ。」
モーガンが叫ぶのを聞いて執事は頷いた。
「・・・・やっぱりあの人は別の道を選んだんですかね。」
「あの人って中佐?」
リリーは疲れが回復したのかだいぶ顔色がよくなっていた。
「ええ。私たちは制御室に向かいますが、あの人はおそらく別方向の道に行ったでしょうね。だから、警備も監視カメラも健在なのです。」
「ねえ、どうせならみんな固まって行った方がいいんじゃないですか?バラバラだと弾も使うし・・・・」
リリーは今更ながら意見を言った。
「それは中佐さんに言ってくれよ。」
キースは監視カメラを撃ちぬきながら言った。
「あとどのくらいですか?」
モーガンは執事の持つ見取り図を写した写真を覗き込んだ。
「あと少しです。ただ、制御室に行ってから私がロックを力ずくで解除するまで待ってください。」
執事は三人を順に見た。
「当然だ。ついでにモーガンもリリーちゃんも休んどけ。」
「ハンプス少佐もですよ。一番疲れているんですから。」
リリーは苦笑いで言った。
「はいはい。」
4人は目的の制御室の前に着いた。
キースは制御室の中を覗き込み人がいないかを確認した。
月ドーム『天』の軍本部は熱狂していた。
「軍を導くの人物は俺らで決める。」
若い軍人たちが年老いた軍人を囲んでいた。
「どうします?この老いぼれ達の処分は・・・」
若い軍人たちが会話していると
「外部から通信入りました。」
「わかった。この部屋につなげてくれ。」
というやり取りが行われた。
どうやらこの部屋で今は本部を仕切っているようだ。
「・・・・一時の感情でこんなことしていいと思っているのか?お前等は誰が築き上げてきたと思っている!!この地連の軍の権威を」
年老いた軍人の一人が叫んだ。
『それは、私ですかね・・・・・』
ノイズの入った音だが部屋に緊張を持たせるには十分な声が響いた。
「お前・・・・」
年老いた軍人は声を聴くと顔色が変わった。
「中佐!!ご無事で!!」
年老いた軍人たちとは対称的その声に若い軍人は沸いた。
『君たちが私の無事を喜んでくれてうれしく思う。そして、大きな働きをしていることに感謝している。その働いているときに頼みたいことがあるのだが、動けるものはいるか?』
人々に与えている印象とは違い優しい声が中佐は言った。ただし、最後の部分はどこか威厳がありその差に若い軍人たちは表情を引き締めた。
「はい!中佐の指示なら!!」
対象がいないのに若い軍人たちは姿勢を正した。
『では、指示を出す。今私は研究用ドームにいるが、次の連絡を入れるまでは戦艦フィーネ以外の船で出てくる船があれば撃墜できるようにしておけ。』
「はい。中佐!!ドーム周辺に部隊を・・・・」
『なるべく離れて待機してくれ。洗脳電波が発信されている。原因を止めたらまた連絡する。』
中佐はそう言うと返事も聞かずに通信を切った。
彼が返事を聞かなかったことなど若い軍人たちは気にする様子もなくただ、指示を貰ったことと声を聞いたことに熱狂していた。
その様子をみて年老いた軍人が呟いた。
「・・・まるで、昔のゼウス共和国の・・・」
それ以上は、言わなかった。
「・・・・このロックを解除すれば・・・か。」
「解除方法はこのカバーを外して指紋、網膜もしくは・・・・血液だ。」
そういうとマックスは扉の横にあるカバーを外し、指紋や網膜を検知できる機会を指差した。
「俺の場合は指紋と網膜だから・・・」
そう言うと機械に指をこすりつけ、レンズのようなところに右目を押し当てた。
ガチャ
扉の中で何かが外れる音がした。
「マックス下がれ。俺が先頭を歩く。」
影はマックスを自身の後ろに配置させ扉の脇に身を置いた。
ディアとコウヤも扉の脇に身を置き、影たちと向かい合う形になった。
ギギー・・・ゴトン
重苦しい金属音が響きドアは開かれた。
「マックス。この扉開けっ放しにできる?」
コウヤは反対側にいるマックスに声を潜めるように訊いた。
「それは可能だと思う。ちょっと待て。」
そう言うとマックスは扉の向こうに走り出した。
「馬鹿め。」
影はマックスのあとを、周りを気にしながら追った。
「制御室の壁を探してください。どこかにあるはずです。」
執事は部屋の壁を撫でながら言った。
「しっかし、機械がたくさんあるな。流石制御室だ。」
キースも執事同様に壁を撫でていた。
「ハンプス少佐は少し休んでください。探すものならできます。」
そう言うとリリーはキースを座らせた。
モーガンは目を瞑っていた。
「なんか・・・変な光源が感じるのかな・・・光源なのに」
モーガンはそう言うと何かを辿るように手を動かし歩いた。
「おいおい、モーガン大丈夫か?」
キースは立ち上がろうとした。
「だめです!!」
リリーがすごい剣幕で言った。
「モーガンさん。その光源の場所探ったら休んでください。あなたは若いのでここの妨害電波に中てられて今までとは別の感覚が生じてます。」
「それってすごい・・・・」
リリーが感動したようにモーガンを見た。
「ある種のリミッターが外れるのですよ。ここで訓練したら人によれば物凄い実力者になれる可能性もあります。可能性ですけど・・・・」
執事は言葉を濁しながら説明した。
「ここだ。」
モーガンは機械も何もない壁を叩いた。
執事はモーガンの指さした壁を撫でた。
「・・・・熱源がありますね。ここに見づらいですが継ぎ目があります。」
執事はそう言うと自身のポケットから先の尖った千枚通しのようなものを取り出した。
「執事さん。俺も手伝うよ。」
キースはリリーを押しのけ立ち上がり執事の元へ向かった。
「で、お前は休め。」
途中でモーガンを無理やり座らせた。
「執事さん。どこかにスイッチとかないのか?」
キースは周りを見渡した。
「あるのでしょうが、これだけ機械があるとどれがどれだかわからないです。」
千枚通しで継ぎ目を叩き隙間を作ろうとしていた。
「・・・・なあ、手りゅう弾って威力どのくらいだ?」
キースが何かを思い出したように言った。
執事はキースを見て頷いた。
「確かに、空気清浄機ありますか?あと、リリーさん。消毒液と水筒を頂いてもいいですか?」
執事は水筒中に空気清浄機のフィルターを切り刻み消毒液と入れ、その外にも幾つかの機械の部品を入れた。最後に手持ちの遠隔操作できる手りゅう弾を入れ密封させた。
「部屋から出てください!!」
執事は密封させた水筒を壁の前に置き叫んだ。
その声に従い全員外に出た。
「なるべく部屋から離れてください。」
執事は部屋を覗き、水筒の様子を見ていた。
「この一帯から離れてください。」
執事はそう言うと自身も部屋から大きく離れた。
3人も彼を追い部屋から離れた。
ボガン
ゴゴゴゴ
廊下一帯に爆発音と破壊音が響いた。
4人は耳を塞ぎ廊下に這いつくばり、音が落ち着くのを待った。
「なんだ?今の音・・・・・」
コウヤは廊下の先から響いた何かが爆発した音を察知して身構えた。
「マックス。ここの施設では爆弾を武器として使うか?」
影の質問にマックスは首を振った。
「いや。爆弾は基本的に使っていない。自爆機能を持つモルモットもいるが、もっと爆発音は小さいはずだ。」
マックスはそう言ってジェスチャーで大きさを表した。
「この先には何がある?この先に関しては見取り図にない。お前の案内が頼りだ。」
影はマックスに少しばかり縋るような口調で言った。
それがマックスには気分がよかったのか、少しばかり嬉しそうな顔をした。
「この先は合流部屋だ。さっき通った扉のほかに同じようなロックがかかった扉は二つある。そのうちの一つと合流できる。」
「じゃあ、フィーネのみんなと合流するにはうってつけの場所ってことだな。」
コウヤは合流できると思ってうれしそうな顔をした。
「ただ、合流部屋には何か待ち構えていておかしくない。合流部屋の先にはVIPルームに繋がっている研究部屋がある。そこから先の構造は俺にもわからない。」
マックスは注意を促すような口調で説明した。
「ありがとう。マックスはもう安全なところに移動しろ。どこが安全だかわからないが・・・」
影はマックスを気遣ってか退くように言った。
「俺はラッシュ博士の元に戻るまで仕事だ。今はお前らに協力しているが、後ろからバッサリと・・・・」
マックスが言いかけた時、後ろを歩いていたディアが崩れ落ちた。
「ディア!!大丈夫か?」
コウヤはディアに駆け寄った。
「ああ、三半規管がおかしくなっているのか少しバランスがとりにくいだけだ。」
その様子を見て影は立ち止まった。
「マックス。ラッシュ博士が持っているといった精鋭は、どのレベルだ?」
「悪いけど、影さんは敵わないかもしれない。そこのコウヤの実力は知らないけど、二人で敵う相手じゃない。」
マックスは悪意など感じさせる口調ではなく、淡々と事実を述べるように言った。
「・・・・ディアの回復を待った方がいいな。少し休もう。」
影はそう言うとコウヤとマックスをディアの前後に座らせ、自身は立ったまま壁に寄りかかった。
「なあ、マックス・・・・お前の弟のダルトンは・・・」
コウヤはマックスに自分が最期を見たと言おうとしたが
「いいよ。あいつがディア・アスールを殺していればラッシュ博士の研究は進まなかったかもしれない。あいつが死んだのも地連のせいだとかは思っていない。捨て駒扱いされたのは知っているし、俺も納得していた。」
マックスは自身の弟のことだが淡々と話した。
分かっていることのように言うが、複雑そうな表情だった。
「マックス・・・・彼は死ぬ前に軍から抜けようとしていた。」
コウヤはマックスがあまりにも淡々と言うので口が滑った。
「優柔不断なあいつにしては思い切った決断をしてたんだな。」
マックスは複雑そうだが少し嬉しそうな顔をしていた。
「ご飯よ。降りていらっしゃい。」
優しい母の声が聞こえた。
自分がいる二階の自室から一階にあるリビングに行くと父が新聞を広げていた。
「今日も遅くまで勉強か?」
父は自分を見つけると笑顔で言った。
「いいことでしょ?自分からやるなんて。でも、遊びたいときは遊んでいいのよ。」
母は食事をテーブルに載せながら優しく言った。
「大丈夫だって。遊びたい友達もいないし。」
そう自分は言った。
その言葉にとてつもなく違和感があった。
「そう。そうよね。」
母は笑顔だった。
「そうだな。友達いないからな。」
父も笑顔だった。
その笑顔が能面のように見えて思わず席を立った。
「どうしたの?ご飯を食べましょ。」
母はそう言うと自分の手を引っ張り椅子に座らせた。
その手の力が強く抗えなかった。
「ハクトには友達がいないからね。」
父と母は笑い合い言うと、食事を始めた。
『違う・・・・俺は』
思っても喉から先に出てこない。
「執事さんやばいなさっきの手りゅう弾の威力・・・・」
キースは先ほど執事が手りゅう弾を置いた壁を見て言った。
先ほどまで壁だったところにはどうやら隠し扉あったようだ。
その扉と壁を丸ごと破壊し、先の道に続く空間が広がっていた。
そこの壁だけでなく、部屋全体が吹き飛ばされたようで、置いてあった機械など跡形もなかった。
「ロック・・・外さなくてもよさそうですね。」
リリーは苦笑いをしていた。
「さっき何入れていたの?」
モーガンは水筒に執事が詰めたものを気にしていた。
「まあ、気にしないでください。それより、部屋が落ち着くまで待ったので時間を置いてしまいました。急ぎましょう。」
執事はそう言うと真っ先に壊れた壁の先に行こうとした。
「待て、俺が先導する。ここから先、部屋に入ることがあったら俺が先に入る。他は俺の合図がなかったら部屋に入らずに逃げろ。」
キースはそう言うと執事を押しのけ前を歩いた。
爆風と熱で壁は変形し、隠し扉は通路の壁にめり込んでいた。
「この先、おそらく危険だ。正直ここまで連れてきて後悔している。」
キースはそう言うとリリーとモーガンを見た。
「私は・・・フィーネの一員として・・・・艦長であるニシハラ大尉と・・・・副艦長であるリード准尉のことに責任を感じています。」
リリーはそう言うとキースの目をきりっとした表情で見た。
「俺・・・・自分もそうです。」
モーガンはリリーと同じような表情でキースを見た。
「もし、置いていくと言われても無理にでもついていきます。ハンプス少佐。」
リリーはキースを睨んだ。
「言わない。ただし、死ぬな。これが守れないなら逃げてもらう。」
キースはそう言うと執事の方を見た。
「すまんね。最後には執事さんに頼るかもしれないけどいい?」
「はい。頼ってください。」
執事はキースに強く頷いた。
4人は一列に廊下を進んでいた。
行き止まり地点に扉があった。どうやら先に行くにはその扉を開けるしかないようだ。
「俺が先に行く。」
キースは3人に言った。
「わかりました。2分経っても来ない場合・・・・」
リリーはそこから先を言おうとしたが
「逃げろ。」
キースはリリーの言葉をつづけるのを許さなかった。
そう言うとキースは扉に手をかけ慎重に開けた。
『侵入者。侵入者。』
廊下全体に警告音のように、無機質な人工音声が響いた。
「なんだ?・・・・誰か入ったのか?」
休んでいたコウヤはあたりに響く音声に立ちあがった。
「・・・・警告音だ。無理やりロックを解除したか、誰かが合流地点の部屋に行ったんだ。」
マックスはコウヤと影を順に見た。
「コウヤ。俺はこの先に行く。」
「待て。俺も行く。誰かが入ってきたならそれを助けないといけない。」
コウヤは先走る影に言った。
「だめだ。」
「なら私が行こう。」
ディアはふらつきながらも立ち上がった。
「ディア。お前はニシハラ大尉が絡むと頭がとことん馬鹿になるみたいだな。休め。落ち着いてから来い。」
「影、私はこの先にいる研究者をぶん殴らないと気が済まないのだよ。マックスには悪いが、ラッシュ博士を一発殴らないと気が済まない。」
ディアの目は据わっていた。
「・・・・・気は済まなくていい。お前らを失うわけにはいかないんだ。」
コウヤとディアは影の悲痛そうな顔に黙った。
「失うことはない。」
コウヤは影を見つめた。
「俺はキャメロンと話さないといけない。ディアは殴らないといけない。お互いこの先に行く用事がある。」
ディアも強く頷いた。
「手遅れになるわけにはいかない。ハクトを助けるのも、ユイやレイラを助けるのも早い方がいい。そして、これは私たちにしかできない。」
ディアの言葉に影は何も言わずに廊下の先を向いた。
「わかった。・・・ただし、無茶はするな。あと、俺の邪魔もするな。」
影は念を押すように言った。
「待って、影、ディア!!・・・・マックスは・・・?」
コウヤはもう一人の仲間がいないことに気付いた。
ディアと影は顔を見合わせて
「あのくそガキ!!」
「警告音か・・・・別方向からロックを外したのだな。」
男は警告音の響く通路にいた。
周りの風景を見る限り、どうやら彼もロックの先にいるようだ。
「おそらく無理やりロックを解除したのか。」
男はそう言うと口を歪めて笑った。
「皮肉なものだ・・・・・まさかこんな形で役に立つとは・・・・」
そう呟くと男は壁に手を当てて慎重に歩きだした。
「・・・・厄介そうな集団がいるな。・・・・ハンプス少佐たちには悪いが・・・別の方向から行かせてもらおう。」
壁に当てられた男の手には小さな傷があり、少量の出血が見られた。