表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやとり  作者: 吉世 大海(近江 由)
六本の糸〜地球編〜
22/231

うつる

 コウヤ・ハヤセ:

 一般人。何事においてもそつなくこなす器用な人物。主人公

 ハクト・ニシハラ:

 地連の兵士。戦艦フィーネの艦長。階級は大尉

 ユイ・カワカミ:

 コウヤの前に現れた少女。

 レイラ・ヘッセ:

 ゼウス軍の兵士。階級は少尉

 クロス・バトリー:

 イジー、レイラの探し人。コウヤの過去にも大きく関係している人物。

 ディア・アスール:

 中立国指導者。美しく聡明。


 シンタロウ・コウノ:

 コウヤの親友。軍に志願した。訓練所破壊の後、行方不明扱い。現在ゼウス共和国側にいる。

 アリア・スーン:

 コウヤと友達。軍に志願した。


 レスリー・ディ・ロッド:

 地連の中佐。冷酷で最強で世界一の軍人と呼ばれる。

 キース・ハンプス:

 コウヤを助けてくれた男性。階級は少佐。

 イジー・ルーカス:

 レスリーの補佐。階級は中尉。

 リリー・ゴートン:

 ハクトの部下。階級は曹長。

 モーガン・モリス:

 フィーネの機械整備士。気さくな少年。

 ソフィ・リード:

 戦艦フィーネの副艦長。階級は准尉。

 レイモンド・ウィンクラー:

 地連の大将。ほぼ隠居状態。ロッド中佐の後ろ盾だった。


 テイリー・ベリ:

 ディアの補佐であり、彼女に忠誠を誓っている。地連軍のことをよく思っていない。


 マウンダー・マーズ:

 ゼウス共和国の生んだ天才と名高い若き研究者であり医者。ダルトンの兄。通称マックスと呼ばれる。謎の女研究者の助手をしている。


 ギンジ・カワカミ:

 カワカミ博士。ドールプログラムの開発者の一人。現在行方不明。

 マリー・ロッド:

 レスリーの母親。息子想いの優しい貴婦人。


 ユッタ・バトリー:

 幼いころのイジーの親友。クロスの妹。「天」に避難していた。

 シンヤ・ムラサメ:

 ムラサメ博士。ドールプログラムの開発者の一人。「希望」破壊時に死亡。

 ロバート・ヘッセ:

 ゼウス共和国のトップ。ヘッセ総統。ロッド中佐に殺害される。

 ジュン・キダ:

 ゼウス共和国の若き兵士。ロッド中佐によって殺害される。

 ダルトン・マーズ:

 ゼウス共和国の若き兵士。マウンダー・マーズの弟。ロッド中佐によって殺害される。

 グスタフ・トロッタ:

 第6ドームの訓練施設に関係している研究者。訓練施設の教官に殺害される。



 作戦から戻ったレイラはドールから降りるとぐったりと項垂れた。

 何かを考え込むように黙っているところにシンタロウは足音を大げさに立てて近寄った。

「少尉・・・・休んでください。今日はおかしいですよ。」

 シンタロウはレイラから白衣の女から与えられたドールのキーを取り上げた。

「・・・・お前、いつになく生意気言うな・・・」

 レイラはむすっとしながらも反抗しなかった。

「どうしたんですか?おかしいですよ。言っていることとやっていることが違いますよ・・・・どうした?お前」

 シンタロウは敬語でなくなった。

「わからない、この頃おかしい。・・・・抑制ができない。」

 レイラは頭を抱えた。声が震えていることから不安であるのがわかる。

「・・・・・抑制?軍の訓練にないのか?抑制できなくなることがドールに乗ると起こることなのか?・・・ドールというのは、自分を抑えるものだろう。」

 シンタロウはレイラに厳しい目を向けた。

「なんとでも言うといいだろう。だが、自分を抑えるものだとお前は思っているのか?シンタロウ?」

 レイラはシンタロウの思わず発した疑問に引っかかった。

「・・・いや、俺の個人の考えだ。それよりも、この頃と言ったな。」

 思わず自分の受けていた訓練内容を言っていたことに気付いて訂正したが、レイラはシンタロウを疑うような目で見ていた。

「お前はドールというのは自分を抑えつけるものと教わったのだな。」

「教官ごとに言っていることは違う。俺の事よりもお前のことだ。何があった?」

 シンタロウは首を振り話題を逸らすようにレイラを睨んだ。

「この頃、ドールに乗ると自分の中にある凶暴な部分が表に出る。」

「潜在意識というやつか?だが、俺はお前がそんなに凶暴な性質を持っているとは思えない。確かに感情的な部分はあるが・・・」

 シンタロウはレイラを観察するように見た。

「お前の評価が間違っているのかもしれない。まあ、・・・・ドールに関してはまだ解明されていないプログラムがあるんだ。」

 レイラは諦めたように笑った。

「・・・・・今日は休んでくれ。そうじゃなきゃ・・・・俺がお前を殺すことになる。」

 シンタロウは何かを見据えたように言った。

 それを聞くとレイラは声を上げて笑った。

「どうしましたか?少尉。」

「いや、・・・あんた、私の行動を抑えるために部下になったのね・・・・」

 レイラはシンタロウを口元に笑みを浮かべながら睨んでいた。

「・・・・水を持ってきます。」

 シンタロウは何も言わずに部屋を出た。



 シンタロウはレイラの精神に疾患があるのではないかと考えた。

「・・・・もしかしたら何か変な薬物を」

 自分が受けていた訓練と薬物を関連付けた。ましてや、あの訓練を見ていたのはゼウス共和国の研究員だった。

 薬物で幻覚を見せ、シュミュレーションで完全に心を折る。自分が受けていた訓練の内容を反芻して、レイラの行動と被るところを探した。

 あの白衣の女とマーズ研究員なら何か知っていると思い、探ろうと二人の居室を探し、訪ねようと考えた。

 今自分たちのいるこの船に二人ともいるのがわかっていた。ただの研究員になら気付かれないように行動するのは容易い。

 白衣の女の部屋の前に行くと先客がいるようであった。マーズ研究員は別行動のようで、女と何やら医者のような男だった。

 シンタロウは下手に移動するのも面倒になったため、部屋の前で様子を窺うことにした。

 なにか言い争いのような声が聞えた。

 以前の自分ならダメなことと判断していたが、耳を澄ませた。


「これ以上は精神が崩壊します・・・・だめです。」

 医者のような男の声がした。

「無理じゃないわ。あの子の精神でなく体さえあればいいのよ。それに、精神を崩壊させているわけじゃないわ。プログラムで操れるようにしているのよ。なんで撤退させたの!!もう一つのサンプルを捕らえ損ねたじゃない!!」

 女は拗ねるような口調で男に媚びるように言った。女の方は間違いなく煙草臭かった白衣の女だ。

 シンタロウはさらに注意して聞いた。

「素晴らしいことよ。あの子が乗っているドールは特別なのよ。完全にコントロールできるようになるまで出撃させ続けなさい。サンプルはまた別の機会を狙うわ。」

「・・・そんな、あの子は、今本当はゆっくり休むべきなんだ。・・・・精神的にも疲弊しているんだ。」

 医者の男は女に切実に訴えた。

「だからいいのよ。あの子の心の支えがなくなった今こそが完全にプログラムの操り人形にするのよ。」

「・・・・それこそ、ドールにするのか・・・?」

「そうよ。これこそドールプログラムの最終目的よ。だから多少の破壊活動も目をつぶっているのよ。・・・・いえ、推奨しているのよ。」

 女は笑いながら言っていた。

 シンタロウは手が震えた。

 《ドール・・・だと?》

 医者が大きな足音を立てて部屋から去ろうとしたため、足音に便乗してシンタロウも部屋から離れた。




 ハクトは隠れ家のようなメモを頼りに上層部の人間の居室に向かおうと、何度か歩いたことのある本部の廊下を走っていた。

 そして、そのメモに書いてあった複数のフィーネ乗務員の名を考えて、ハクトはメモをそっとパイロットスーツの中に隠した。

 走り始めてしばらくすると外部から寒気がした。

 空気漏れでもしたのかと思ったが、違い、むしろ汗をかいていた。

 耳の裏がざわつくような感覚は覚えがあった。

「おい!!フィーネ。応答しろ。外に敵は見えるか?」

 慌ててフィーネに通信を繋げると慌てたようにリリーが返事をした。

『えー、特にはまだ見えません。』

「・・・来ている。俺は戻る。フィーネも離脱して、指定した集合場所で落ち合おう。ドールで向かうから心配しないようにとハンプス少佐に伝えてくれ。」

 ハクトは手短に伝えると、通信を切り、来た道を引き返し始めた。

「・・・俺たちの行動が、バレているのか・・・」

 しまったメモに書かれた名前を浮かべてハクトは苦い顔をした。



 ハクトから急に通信が来たと思ったらすぐに切られてリリーは悲しそうな顔をしていた。

「そんなに落ち込むな。あいつは無意味なことはしないって。」

 キースは笑いながら言うとソフィを見た。

「どうしました?」

「ソフィちゃん。戦艦出せ。ハクトの言う通り、敵が来た。」

 キースは手を叩き操舵室の面々の注目を集めた。


「さて、休み時間じゃないぞ。フィーネの皆。リリーちゃん。モーガン呼んでくれ。ドールは出さないからあいつに砲撃操作もやってもらう。」

「は・・・はい!!」

 リリーは慌ててモーガンに通信を繋げた。

「ハンプス少佐。私たちはどこに?」

「ハクトが言っていただろ?合流地点だ。」

 キースは自信満々で言った。だが、他の者は首を傾げた。

「何ですか?」

 リリーが困った顔をしているのを見てキースはソフィの方も見た。ソフィも同じような表情をしていた。


「あー、あいつ言い忘れていたのかよ。今から出す地点に集まるように言ったんだ。」

 キースはリリーの横に立ち、モニターに地図を表示させた。その中に一点目立つように印をつけた。

「・・・ここですね。」

 ソフィは地図の位置を確認すると舵を操作し始めた。

 キースは苦笑いをしていたが、その顔からは徐々に血の気が引いていた。




 マックスは考え事をしていた。単純に仕事のこともだが、別の心配もあった。

「・・・何で俺には鍵を診させてくれないんだ・・・」

 自分の能力は過信ではないことは分かっている。これが過信かもしれないが、能力があるのは確かだ。現に自分は現在において最強レベルのドールを設計した。

 それが負けたことについてはおそらく自分のせいでないと考えるほどだ。

 だが、上司である白衣の女は、自分に肝心の鍵を診させてくれない。データーは貰えるからいいが、それが気にかかっている。

 明らかに自分よりも能力の低い者が診ている。自分が診た方が絶対にいいに決まっているのに何故だかわからない。

「せめて、トロッタならな・・・」

 マックスは自分の次の地位にいた研究員を思い出した。自分より何歳か年上で負けず嫌いの男だ。敵視されていたが、自分は嫌いでなかった。そういえば、今どこにいるのか分からないな。

「・・・だめだ。考えを逸らすな・・・」

 与えられた仕事のことに考えを戻そうとした。

「マーズ研究員。」

「ぎゃああああ」

 後ろからかけられた声にマックスは飛び上がった。そして、振り向いて姿を確認するとマックスは逃げ出そうとした。

 逃げようとした肩を掴まれた。

「何だ!!離せ!!」

 マックスは大きく暴れたが、相手の手は石のように動かなかった。相当な筋肉量か密度だ。

「少し話がしたい。」

 敵意のない声に恐る恐る振り向いた。

 相手の敵意が無いのは声で分かったが、表情でも確認できた。

「・・・何の用だ?タンシ軍曹。」

 思っていた以上に声が震えた。当然である。マックスは目の前の新参者であるロウ・タンシ軍曹が怖くてたまらないのだった。

 素手でゼウス共和国の兵士四人を戦闘不能にしたのを目撃した。自分が手当てをしたのもあったが、身体能力が高いことはすぐに分かった。

 何よりも

「お前、顔が怖い。」

 この男の顔が怖かった。造形の問題ではない、顔が作る表情がいつでも切り替わることだ。

「すまない。マーズ研究員。聞きたいことがあって呼び止めた。」

「呼び止めたではないだろ?物理的に止めている。」

 マックスは眉間にしわを寄せて敵を前面に押し出した。だが、腰は退けている。

「止まらなかったからだ。」

 申し訳なさそうに答えるが、手は離してくれない。どうやら話をする以外にここから離れる方法は無いようだ。

「俺は戦闘員じゃない。脳筋のお前と違って・・・・いや、お前は脳筋じゃないと自称していたが、俺は、野蛮な思考回路を持っている奴のことは理解できない。」

「効率的だ。時間がもったいない。マーズ研究員いいか?」

 軍曹はマックスの挑発に全く応じなかった。多少なりとも頭に血が上るかと思ったが見る限り血圧も上がっていないし心拍数も早まっていない。

「ドールプログラムについて聞きたい。」

 マックスの様子に構わず軍曹は言葉を続けた。

「範囲が大きい。絞れ。」

「では、レイラがおかしくなった要因についてだ。」

 マックスはため息をついた。言えるはずない。機密レベルだった。

「知らん。」

「知っているはずだ。お前はここのトップレベルの研究員のはずだ。あの変な女も認めている様子もわかる。」

 軍曹は引き下がる様子を見せない。自分がわかっていると断定しているようだ。

「・・・・言えない。機密だ。」

 誤魔化しても無駄だと思い、事実を言った。機密という言葉で引き下がってくれるとは思わないが、こちらのことも察してくれればと考えた。


「・・・レイラは鍵か?」


「は?」

 マックスは飛び上がりそうになりながら軍曹の顔を見た。彼はマックスの顔を見て納得した様子を見せた。

「これは知っているのか。」

 口元に笑みも何も浮かべずに軍曹は淡々と呟いた。

「お前、何者だ?」

「ただのヘッセ少尉の補佐だ。」

 表情を変えずに答えた。

 おそらくマックスの顔は分かりやすいだろう。二択の質問ならすぐに答えを察せられる。

「俺が、思考を止めることがどれだけの損害だと思っている?わが軍の兵士なら思慮深く行動してほしい。」

 マックスは辺りを見渡して助けが来るか確かめた。

 だが、それは無駄だと分かった。

 監視カメラの死角だ。この男はそこに自分が来るのを待って声をかけたのだろう。

「思慮深い兵士がいるようには思えなかったな。お前が思考を止めるのが損害というのは何となくわかるが、俺の知ったこっちゃない。」

「知れ!!」

 マックスは泣きそうな声で叫んだ。

 全力でマックスを掴む軍曹の手を離そうと自分の腕を引っ張った。

 軍曹の手から力が抜けた。そのまま地面に倒れてマックスは尻もちをついた。

「急に離すか?俺は戦闘要員じゃない!!」

 痛みに顔を歪めて軍曹を睨んだ。だが、軍曹はマックスを見て考え込む様な表情をしていた。

「・・・・マーズ研究員。自分とどこかで会ったことあるか?」

「はあ?」

「いえ、どこかで見たことがある気がしたが・・・・気のせいか。」

「・・・俺は野蛮な思考が嫌いだ。」

「人体実験は野蛮でないと?」

 軍曹は表情を元に戻してマックスを見た。

「俺が今のことを報告しないと思うか?お前はせっかく得た補佐から遠ざかるぞ?」

「適合率の上げ方を知っていると言ったら?」

 マックスは顔を上げて軍曹を見た。

「どんな方法だ?・・・俺も知っているが、お前は何を?」

 マックスの様子を見てやっと軍曹は笑みを浮かべた。

「情報は持っている間が一番強い。それを明け渡した瞬間弱くなる。賢い研究員殿は分かっているはずだ。」

「言わなくていいのか?そうしたら今回の事・・・」

「言うのと、俺の知っている方法を聞くのとどっちだ?」

 鍵という言葉を知っていたことからマックスは軍曹の知っている情報にすごく興味があった。この男はそれを見越しているのだろう。だからこんな話し方をするのだ。

「言わないと言ってなかったか?」

「お前書くもの持っているか?」

 軍曹に言われてマックスはメモとペンを取り出した。今時こんな書くものを持っているのは珍しい。

「端末に入力とかではないのか?」

「お前は紙媒体を好むと聞いていた。」

 マックスは淡々とメモに書き込む男を見た。研究所関係なら誰でも知っていることだが、何か引っかかる。

「・・・定期的にこの薬物を飲ませる。食事と一緒でいいじゃないか?一部だが、これで信用してくれるか?」

 彼が差し出した紙を見てマックスは頷いた。

「幻覚剤だ。信用してやろう。あと、脳筋でないともな。」

「脳筋にこだわるなよ。あと、分量は・・・たしか・・・」

 彼は考え込みメモに追記した。

 Mgのgの最後が大きくうねり、ピリオドのように止められた。

「・・・?」

 この書き方には見覚えがあった。いや、幻覚剤を使った適合率を上げる方法を提唱していた同僚がいた。

「信用したか?」

 彼はわざとこの癖を追加したようだ。

「・・・残りもいつか聞かせろ。それが条件だ。」

「ああ。お前の知っている機密を話せば教えてやる。」

 マックスが条件を呑んだのを確認すると彼は、今度は自然に笑った。

 思ったよりも年齢が低いことが分かった。

「お前、幾つだ?」

「・・・18歳ですよ。」

 軍曹は少年のように笑った。

「18・・・か。」

 マックスは彼を直視できなかった。




「ヘッセ少尉。あの戦艦とあなたはどうやら縁があるようね。・・・・あの戦艦を沈めなさい。」

 白衣の女は煙草をふかせながらレイラに言った。

 レイラは顔を顰め、嫌悪を露わにした。

「・・・・煙草はやめてと言ったでしょ。」

「あらら・・・ごめんなさいね。」

 女は笑いながら煙を吐いた。

「で・・・なんであなたが命令するの?」

 レイラは不満そうに言った。

「あら・・・・私は上の命令に従っているだけよ。」

 女は笑った。

 レイラは女を睨みつけその場を去ろうとした。

「そうそう・・・・すぐに出撃してね。」

 女はレイラに言った。

「・・・・わかっている」

 レイラは歯を食いしばっていた。

 レイラはいち早く黒いドールを追いかけたいのにそれを止められているように感じた。

「大丈夫よレイラちゃん。黒いドールはたかが「天」出身の落ちぶれ貴族の坊ちゃんよ。」

 女はレイラを見つめた。

 レイラはその言葉に反応した。

「なんで大丈夫ってわかるの?」

「言ったでしょ。「希望」の滞在歴のない奴はドールの潜在的素質は天性のもの以外ほぼないに等しいのよ。」

 女はにやりと笑った。

「その天性のものに出会ったのね。それより、その話は本当なの?・・・・あいつが「天」出身だって・・・・」

 レイラは女に近づいた。

「調べたのよ。あなたがずいぶん父親の仇を取りたがっていたからね。」

「そう・・・・どこからそんな情報を?」

「地連内には私に情報をくれるひともいるのよ。」

「・・・・・そうなの。」

 レイラは表情が堅くなっていた。

「どうしたの?」

「なんでもない。・・・・出撃する。」

 レイラは足早に去った。

「・・・・そうよ。情報をくれる人がいるのよ。・・・・せいぜいフィーネに乗ったお友達と何も知らずに戯れなさい。」

 女は不敵に笑っていた。


 レイラは手が震えた。自分が殺そうとしていた憎むべき相手が「天」出身であったことに

「あいつも・・・私と同じなのね・・・・」

 レイラは思い出していた。

 自分が「希望」から避難して「天」にいたことを。

 武力攻撃によって失った最愛の人がいたこと。

 自分はクロスのことしか見てなかった。他に「天」に人がいたことすら考えていなかった。

 その人たちも何かを失ったのかもしれない。

 なにより、その武力攻撃の首謀者は自分の父親であったこと。

「あの人は・・・私がやろうとしていることを遂げたのね・・・・」

 急にむなしくなった。

 自分が憎んでいた相手が今の自分のように父を憎み続けていたこと。

「・・・・私は、あいつを殺すと誰に憎まれるのかな・・・・」

 レイラは自分の中の何かが動いていることに気付かなかった。




 目の前に立っている青と黒のドールを見てコウヤは息を呑んだ。

「素人の俺でもわかるほどのドールです。これを俺に・・・?」

 レイモンドは考え込むような様子でコウヤを見た。

「レイモンドールかロッドール、どっちがいい?」

「え?」

 急な質問にコウヤはポカンとした。

「このドールの名前だ。私的にはロッドールがいいなと・・・」

「どっちも嫌です。」

 コウヤは全力で首を振った。

「では、正式名だな・・・」

 レイモンドは仕方なさそうにした。

「いや、最初からそれを言ってください。」

「それを言われたら何も言えなくなる。」

 レイモンドは軍人とは思えないように穏やかでちょいちょい軽口も冗談も言う。

 接しやすい人だなと思い、コウヤはこの軍人が、本人が望んだ以外で隠居になる理由が気になった。

「レイモンドさんは争いを好まない人なんですか?」

 コウヤは拗ねるように口を尖らせるレイモンドを見て訊いた。

「君は私が隠居状態になっている理由を考えたのか。」

「ええ。だって、人の良さそうなレイモンドさんが、よっぽどのやらかしが無い限りこんな隠居生活になるのは考えられないです。だって、大将ですよね。」

 コウヤの問いにレイモンドは笑った。

「君もいずれ知る。あと、君が思っているような人間ではない。」

 レイモンドはコウヤに鍵のようなものを渡した。

「これは?」

「このドールのキーだ。この、ハデスドールのな。」

 レイモンドは青と黒のドールを見て言った。

「ハデスドール・・・・」

 コウヤは呟いてドールを見上げた。

「救ってくれ。レスリーを、ロッド中佐を。そして、ニシハラ大尉を、親友を救うのだろ?」

 レイモンドは親友と言うとき、悲しそうな目をした。

「私は、守れなかった。しかし、君は親友を救うのだろう?」

 コウヤはレインモンドの目を見て頷いた。

「コウヤ君。君はドール乗りとしての能力は高いようだ。・・・・ただし、ドールに心をゆだねてはいけない。ドールは人の精神状態を正常じゃなくする。」

 レイモンドは厳しい表情で言った。

「俺は、一度死にかけたことでいろいろと悟りました。・・・・・ドールに操られてしまうなら乗ってはいけないことくらいわかっていますよ。」


「レイモンドさん・・・・ありがとうございました。」

 コウヤはまだ痛む体をいたわりながらも、レイモンドに背を向けてドールに乗り込んだ。

 発着口が開かれる前にレイモンドはドールから離れて、外気から遮断されたガラス窓が張られた見送り口に入った。


「謝らないといけない。ハクト。」

 コウヤは深呼吸をして久しぶりの神経接続をした。

 身体は痛むが、動けないことは無い。

「待ってろ。」



「行ってしまったのね・・・・レイモンド。」

 ガラス窓に張り付いていたレイモンドの後ろにマリーがいた。

「そうですね・・・・マリーさん。」

「あなたあの子たちを止めたいのね。そして、あの人を守れなかったとあなたは自分を責めているのね。」

 マリーはレイモンドを気遣うように見た。

「私はただ、レイの残した唯一の存在を守りたいだけです。そして、彼が守りたかったものを・・・・。」

 レイモンドは首を振って自嘲的に笑った。

「貴方もみんなも、ムラサメ博士のように、最期まで過去の憎しみに囚われて欲しくないわね。」

 マリーはレイモンドを見て言った。

「難しいでしょう。あなたが思う以上に、憎しみというのは強いですから。」

 レイモンドは虚ろな目をしていた。

「・・・それでも、私は囚われて欲しくない。」

 マリーは飛び去ったコウヤの方を見つめた。





 イジーは不審に思っていた。

「中佐・・・・おかしくないですか?・・・・・なんでこんな意味のない任務をしなきゃいけないのですか?」

 イジーは目の前にいるたくさんの軍学校の生徒を前にして戸惑っていた。

「わからない。ただ、何日かこの生徒たちの講師を務めることが第1なのは確かだ。」

 ロッド中佐は珍しく堅そうな表情をしていた。

「中佐・・・・年齢あまり変わらないから大丈夫ですよ。」

 イジーも珍しくロッド中佐に苦笑いした。

「君が代わってくれ・・・・君の方が年齢は近いだろう・・・・」

 ロッド中佐は憎々しげに言った。

 その言葉が人間らしかったのかイジーは笑った。

「いやですよ。中佐の任務です。」

 と言いイジーは笛を渡した。

「たかが数キロ走るだけです。」

「では、そのあとのドール操作前提の組手は代わって・・・・」

「私は女ですよ。」

 イジーはいい笑顔で言った。ロッド中佐は何も言わずに笛を取り吹いた。

「では、私の後ろを走ってくれ。ついて行けなくなった者はペナルティを課す。」

 そういいロッド中佐はハイペースで走り始めた。

 生徒たちは口々にマジかよ、ヤバい等と言いロッドを追って走り始めた。

「中佐・・・・鬼だ。」

 イジーはどうなるか予想がついたのか笑っていた。


 数分を過ぎるとロッド中佐が帰ってきた。

「・・・・中佐、生徒は・・・・?」

「全員ペナルティみたいだな。」

 ロッド中佐は余裕だったらしく椅子に足を組んで座った。

「・・・・鬼ですよ。」

「ニシハラ大尉ならついてこられた。」

「それも化け物ですよ。あなたと同じで。」

「・・・・・これくらいできなければドールに遊ばれるだけだな。」

「帽子脱いだらどうですか?禿げますよ。」

「上官に言う言葉ではないな。」

 と言いながらもロッド中佐は帽子を取った。

「中佐は美形なんですから帽子取った方がいいですよ。」

「禿げたくないからだ。」

 ロッド中佐は少しむきになっていた。

 イジーは不思議な気がした。

 今までロボットのように感じていた上官と軽口をたたくなど、そして、この前責め立てた人物である。

「ルーカス君・・・・おそらくこの任務の帰りこそ気を付けるべきなのだろうな。」

「どういうことですか?」

「この軍学校は人里離れた場所に位置する。帰りに襲われるだろうな。」

「余裕そうですね。」

「・・・・レスリー・ディ・ロッドを殺していいのはこの世で二人だけだ。」

 ロッド中佐は自嘲的に笑った。

「・・・・誰ですか?」

「さあな。君もよく知っている。」

 と言うとロッド中佐は立ち上がった。どうやらやっと生徒が戻ってきたようであった。

「遅いぞ。」

 生徒たちはロッドの様子を見て口々にすげえ、ヤバい、化け物だなと口にした。だが、その目はどこまで彼を尊敬していることが現れていた。

 冷酷で敵に容赦をしないが、味方の軍のましてや若い者からしたら彼は英雄のような存在の様だ。

 そして彼が帽子を取っていることに気づいた生徒たちは

「・・・・ロッド中佐は俺たちと対して年齢変わらないのですね。」

 一人の生徒がロッド中佐を指さして言った。

「想像は自由だ。なんだ?他にも何かあるのか?」

 ロッド中佐は生徒の変な視線に気づいた。

「・・・・サングラスで目は見えないですけど・・・・顔立ち整っていますね。」

 と一人の生徒が頬を赤らめて言った。

「趣味嗜好は自由だ。そして、私の横に並びたいのなら、私の元まで上がって来い。」

 ロッド中佐は口元に笑みを浮かべて生徒に手を差し出した。

 言われた生徒は顔を真っ赤にして慣れない敬礼をした。

「どんな考えであろうと、皆その可能性がある。待っているぞ。」

 ロッド中佐は生徒の顔を順に見た。見られた生徒たちは熱に浮かされるようにうっとりとし、崇拝する対象のような視線を向けた。

「・・・布教活動かよ。」

 イジーはぼそりと呟いた。耳聡く聞いていたロッド中佐はイジーの方を見てニヤリと笑った。




 戦艦フィーネではハクトが仮眠を取っていた。

 不思議と廃墟と化した軍本部に攻撃が加えられハクトたちはドームを離れざる得なくなった。

 その際にかなりの労力を消費したようだ。

「ハクトは頑張っているな・・・・本当に俺は軍本部が憎くなるな。」

 キースはレーダーを見ながら言った。

「少佐もそう思いますか?・・・・俺も軍本部のやり方は気に入りませんよ。・・・・大尉の次はおそらく中佐が消されますよ。」

 モーガンは憎々しそうに言った。

「そうだな・・・・ロッド中佐ほど恐ろしい人物はいない。ましてや、ロッド中佐は常に軍本部を脅していたようなものだからな。」

「俺は・・・・力がある人が軍を導くべきだと思っています。大尉も中佐も本当は軍の頂点に立つべき人間の一人ですよ。」

 モーガンは熱を込めて言った。

「お前は力=能力だと考えているんだな。」

 キースは笑った。

「・・・・まあ、いろいろありますが・・・・今の戦争を仕切っている奴らは消えるべきですよ。」

 モーガンは苛立ちながら言った。

「そうかもしれないが・・・・彼らからすると力があるものが仕切った方が恐ろしいのだろうな・・・・」

「少佐・・・・力あるものが世界の実権を握るのは昔からの常ですよ。いずれ変わりますよ。ディア・アスールがネイトラルの頂点に立ったようにゼウス共和国も地連も・・・」

「・・・・モーガン・・・・お前どうしてそんなこだわるんだ?」

 キースは不審げに言った。

「俺は力こそが人間の求めるものだと考えていますからね。・・・・・単純ですよ。」

 モーガンは表情を崩して悪戯っぽく言った。

 それを見たキースは安心したように

「原始人か!?」

 と笑いながらツッコんだ。

「あはははは」

 モーガンは笑った。

「ずいぶん楽しそうだが・・・・・残念なことに敵だ。」

 後ろからハクトの緊張した声が聞えた。

「大尉!盗み聞きですか?」

 モーガンがふざけたように言った。

「ドールの整備は済んでいるか?」

 ハクトはモーガンの言葉を無視した。

「済んでいますよ。・・・・大尉そこまで深刻ですか?」

 モーガンはハクトがいつもより張りつめていることに気づいた。

「気配のうち一つはこの前のだが、もう一つは全くわからない。・・・・今までに遭遇したことのないドールだ。」

「そうですか。」

「モーガン、もう一つの準備はどうだ?」

「これはあと少しかかりますね。」

「そうか。」

 ハクトはそう言うと立ち去った。

「少佐。俺何すればいいですか?」

 モーガンは表情を引き締めて訊いた。

「大砲を撃ってくれ。」

 キースはモーガンに武器の操作を指示した。

「少佐。私たちも撃ちますよ。」

 リリーとソフィが走ってきた。

「ああ。これが最後になることはないように頼むぜ。」

 そう言うとキースは戦艦を動かし始めた。

「フィーネ・・・・浮上する。」

 そう言うとフィーネは揺れながら浮上した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ