流れ続ける因
章最終話。次話から新章に入ります。
誰だ?
クロスは対峙したドールに疑問を持っていた。
自分をドームに叩き落したこのドールは…何者だ?
落下したドームの中でクロスは天井の上に立つドールを見上げた。
《臆するなクロス。》
父の声が響いた。
だが、それと同時になにやら嫌悪感が浮かび上がった。
駄目だ。このままでは駄目だ。
そんな風な声が聞こえる気がする。
《お前ならあの程度、相手ではない。》
父が言う。その通りだと思う。
いつもの自分なら…
いつも?
クロスは、自分がいつもと言うほどに、この兵器に乗っているのかと疑問に思った。
引っかかる。
首筋がチクチクする。
苛立ちに急いで立ち上がろうとした。
「!?…なんだこれ…」
動かそうとした足は鉛のように重く、ドールがそれこそ見た目のまま重い鉄の鎧のように思えるのだ。
《駄目だ!!クロス!!適合率が下がっている!!その疑問は…》
父の声が響いた。
そして、途切れた。
「…お…お父さん?」
不安になり、辺りを見渡した。
だが、そこには無機質なパイロットルームだけだ
「…くそ…なんだ?あれは…」
舌打ちをし、また自分を蹴り飛ばしたドールを見上げた。
そのドールはクロスを一瞥して、まるで何事もなかったかのように飛び出した。
「ま…待てよ。お前は何なんだ?」
クロスはそのドールを追おうとした。
『クロス君!!君はこっちじゃない。おい!!』
どこからかの通信声が聞こえた。
だが、自分を止めるほどの力はない。
何も思い入れのない声だ。
「うるさい。」
クロスは吐き捨てるように言うと、無理やり通信を切った。
あのドールを追わないといけない。
重かったドールが軽くなった気がした。
「待て…」
クロスは自分にかかる声をすべて無視して、自分を攻撃したドールを追いかけた。
ユイはドームの近くにいるドールに目を向けようとした。
だが、それよりもテロリスト側と思われるこの船に対応した方がいいのではないか?
と思った。
「テロリスト側の船確認。優先はドールだけでいいの?」
ユイは戦艦にいるシンタロウに尋ねた。
『できるなら…だが、一筋縄ではいかないと…』
シンタロウがそう言ったとき、ユイもそうだと思った。
なにせ、気配の察知ができないのでモニターでの視認だけだ。あと音。
「ほんとだ…っと」
ユイは勢いよく戻ってきたドールを躱した。
おそらくテロリスト側のドールであろう。
パイロットが全然察知できないのだ。
「…結構いい動きするね。」
思った以上にいい動きをすることにユイは感心していた。
テロリストはどちらかというとネットワークの権限でゴリ押しする戦い方をする有象無象だと思っていたのだ。
ユイに突っ込んだ後、距離を取る。急ぎすぎない。
「普通よりまあまあ適合率は高そう。そして、戦闘訓練を受けているよ。」
ユイは相手方のドールの感想を戦艦に情報として言った。
「…軍人…かな。」
ユイは考えられる可能性を呟いた。
通信の向こうで誰かが息を呑む音が聞こえた。
今は構う必要は無い。
「私なら押さえられ…」
ユイは不敵に笑い、自身に向かってきたテロリスト側のドールに向かおうとした。
だが
『駄目だ!!ユイ!!』
コウヤの叫びが聞こえた。
直ぐにその理由が分かった。
別の白銀のドールが飛び込んで来たのだ。
そのドールも動きがいい。
いうならば、自分と互角レベルだ。
それと同時に、違うネットワークなのに誰かわかった。
「…クロス…だ。」
ユイは自分とテロリスト側のドールの間に入った白銀のドールを見て言った。
「ドールは昔ディアが乗っていた奴だよ。たぶん性能も上げている。ごめん。船まで手が回らない。」
ユイはそう言うと、通信を切り、目の前のドールたちにだけ集中した。
「大丈夫…通信を切っても…」
ユイは呟いた。
《サブドールの機能部分は俺が補助するね。》
とネットワーク内部からコウヤの声が聞こえた。
ユイは頼もしく、と同時に心が満たされるような気がして口がにやけた。
だが、直ぐに目の前のドールたちに目を向け、動き出した。
テロリスト側のドールが動くと、それに着いて行くように白銀のドールが動く。
ユイはまるでまとわりついているようだと思ったが、それがやっかいであり、テロリスト側のドールにも白銀のドールにもダメージを与えにくい。
向こうは隙があらば攻撃してくる勢いだ。
「思ったより厄介かも…」
ユイは歯ぎしりをして呟いた。
ユイからの通信が切れ、操舵室はより一層緊張に包まれた。
「何で…いや、クロス・バトリーが本部に向いていないのはいいことだが…」
マックスは顔が険しくなっている。何か良くないことを考えているようだ。
リコウは先ほどから本部のネットワークの権限を取ろうとしているが、何か妨害しているものがあるらしく全然掴めない。
それはアリアも同じ感想のようだ。
「マーズ博士。シンタロウ。何か妨害する存在があるわ。心当たりない?」
アリアは二人に尋ねた。
「知るか…と言いたいところだが、もしかしたらテロリスト側が過去のゼウス共和国が持っていたデータと技術を持っているとしたらありうる。」
マックスは顎に手を当てて言った。変わらず険しい顔のままだ。
「その妨害…が解けなければ…か。」
ウィンクラー少佐は納得したように呟いた。心なしかウィンクラー少佐の顔色が悪くなっている気がする。病み上がりだから仕方ない。
テイリーが座っていた椅子にコウヤは座って、何やら険しい顔をして目を閉じている。おそらく遠隔操作でユイの補助だろう。
「…妨害しているの…わかった。」
コウヤは目を開いてリコウやウィンクラー少佐を見た。
リコウは目を閉じてまた権限が取れないかと思い、ネットワークを確認した。
だが、どこかで靄がかかっているようだ。
どこか…
「…俺も…わかりました。」
リコウも妨害がどこで行われているかわかった。
「…俺も…わかった。」
ウィンクラー少佐も目を閉じて言った。
その時、彼の口角が上がった。
「そうか!!あのドールか!!ユイ・カワカミがあのドールを抑えないと妨害をされるってわけか!!」
マックスが納得したように叫んで言った。
だが、彼はそれを言った後顔を曇らせた。
「…今の状況だと厳しい。」
マックスの言うとおりだ。
「目指す場所が分かっているなら…といっても簡単にいきませんよね。」
副艦長はポソリと呟いたが、直ぐに首を振って頭を下げた。
「…もし、ユイと交代するとしたら最短どのくらいだ?」
ウィンクラー少佐の言葉にマックスは全力で首を振った。
「ふざけんな。そんなこと。」
「参考にだけだ。どうなるか分からないんだ。」
ウィンクラー少佐は表情を変えずにマックスに尋ねた。
「…戦艦に向かってくる時間を今の距離で考えると…30分だ。
だが、この戦艦の近くなら10~20分だが…そんなきわどいところで戦うのは、俺の知っている限りハクト・ニシハラだけだ。」
マックスは不満そうに言った。
「…妨害があるなら、ユイのサポートをヤクシジ達にも…」
コウヤが言いかけた時
「そうだ!!一番効率がいい方法がある。」
マックスが立ち上がり、リコウの腕を掴み、コウヤ、ウィンクラー少佐と掴んだ。
「ここでアリア・スーンもだ。輪になれば…効率がいい。」
マックスはコウヤ、リコウ、アリア、ウィンクラー少佐を輪にして手をつながせた。
四人が複雑そうな顔をしているが、確かに効率がいい…のか?
「じゃあ、これでユイのサポートに俺が飛ぶから三人は察知と権限探りを頼むよ。」
コウヤは苦笑いをしたが、直ぐに真剣な顔になって目を閉じた。
ウィンクラー少佐は少し戸惑った様子を見せている。どうやら意識を飛ばすようなやり方は彼は馴染みがあまり無いようだ。
「行くわよ。ここまでの強力な味方、なかなかいないわよ。」
アリアは繋いだ手を持ち上げ、リコウに笑いかけた。
リコウは頷いて、コウヤを見習うように目を閉じた。
その途端いつものように光の糸が見えたが…
「は!!」
防衛本能で直ぐに目を開けた。
意識が光の中に吸い込まれそうになったのだ。
「大丈夫。」
隣のアリアを見て言った。
「この戦艦は沈まない。意識はお前なら大丈夫だろう。」
アリアの隣にいるウィンクラー少佐が呟いた。
「…はい。」
「悪いが、俺もこういうのは経験がない。助けられないが、アリアは頼りになる。」
ウィンクラー少佐は横目でアリアを見て言った。
アリアは驚いた顔をした。
「…言っておくが、俺は信用している人間しかこの操舵室に残していない。」
ウィンクラー少佐はそう言うと、彼は目を閉じた。
ウィンクラー少佐の言葉にアリアは嬉しそうだが、悲しそうに微笑んだ。それがリコウは少し嫉妬したが、意識を飛ばしたはずのコウヤは口が笑っている。
「…俺も行きます。」
リコウは意を決して、目を閉じた。
先ほど逃げた光の糸に、今度は自分の意志を持って飲まれるように潜った。
体が軽くなったような気がするが、体が動いているわけではない。
ただ、手を繋いだ感覚はしっかりある。
幽体離脱というのはこのようなことだろうか…と思ったが、自分の体を別視点で見たわけでなく、手を繋いだ感覚はあるのだ。
ギュン…と、勢いよく景色が変わっていく気がした。
自分が感じた靄、それに近付きつつあるのもわかった。
おそらくそれが妨害しているドールのことだろう。
権限をとれない理由なのか、自分の感覚や意思が作用させられる気配がない。
ただ、見ることは出来た。
ドールの先にある船にいる人のことを…
重い音を立てて、地面に落ちた戦艦は浮き始めた。
その操舵室の艦長席にいるナイトは、こめかみに手を当てて眉間に皺を寄せていた。
「親子そろって…脱線しやがって!!」
苛立ちをそのままぶつけるように彼は吐き捨てるように言った。
どうやらクロスのことようだ。
《だが、ドールプログラムが復活した。》
ナイトにしか聞こえない声が彼に言った。
それにナイトは口を歪めた笑みを浮かべた。
「地上に潜むゴミ共のせいで手こずったが、頭を倒せば…」
ナイトは自身の頭を指さした後、モニターに映る建物の向こう側を指さした。
今は浮上途中で見えないが、その先には軍本部の建物、そして不自然に置かれた戦艦があった。
「お前がくず共の盾になる意味は犠牲という意味でしか無かったな。」
ナイトはこめかみに手を当てて目を閉じた。
「テロリストの乱入という素晴らしい誤算だ。私に虐殺しろと言わんばかりの…」
ナイトが笑みを浮かべながら、何かに集中するように眉を寄せた。
ナイトがモニターの方を指さした。
その方角に合わせ、レーザー砲が充填され始めた。
「…中々…頭のいい奴がいるみたいだな。…完全にプログラムを落とすために機能を破壊しているところがある。」
ナイトは人差し指を立当てて感心したように言った。
そして、また同じようにモニターの方角を指さした。同じようにレーザー砲が充填され始めた。
「…地下は完全に切られている。…避難し忘れた一般人か軍人で専門家を雇っているのか
…地下のゴミは諦めるか…」
ナイトは眉を顰めて呟き、目を開いた。
「このまま破壊して本部まで進め!!」
ナイトは大声で怒鳴る様に言った。
彼の声に操舵室の面々は頷いた。
戦艦がレーザー砲を放つ振動と轟音が響いた。
ユイは内心苛立っていた。
戦いにくいのだ。
テロリスト側のドールの動きが悪いわけではない。むしろいい方だろう。
ただユイの相手になるほどではない。
しかし、間に挟まる白銀のドールはユイの相手、いや、それ以上だった。
まるで白銀のドールがテロリスト側のドールを探っている様子で、攻撃しようとしたユイをことごとく邪魔をするのだ。
至近距離や威力を考えレーザー砲は論外だ。そもそもそのような隙が与えられる相手ではない。
《ユイ。無人機を飛ばす。》
コウヤが新たに追加した機能を使うことを言った。
それはドール自身で遠隔操作を行うものだが、この相手ではそこまでユイの集中力を避けない。そのため同じドールに乗っている、もしくは同じく状況をわかる人物が遠隔操作でサポートをするというものだ。
「わかった。」
ユイは自身の乗るドールの身を地面に屈め滑る様に二体のドールの間に入った。
ドールの本来なら武器を収納する場所に設置された無人機が間に入った瞬間に放たれた。
視界を潰すという意味では役割は完璧だろう。
白銀のドールはひるむことなくその無人機を潰そうとしたが、操作するのがコウヤである。簡単に避け、小回りが利くことを生かし白銀のドールの後ろに回った。
集中力がそっちに向いたことをユイは確認してテロリスト側のドールに向かった。
元々の能力もユイの方が上であるのはわかっている。瞬発的な動きもユイの方が上だ。
確かにこのドールは普通の軍人よりは明らかに動きがいい。
ただ、その程度だ。
ユイはコックピットを揺らし、パイロットの動きを悪くするダメージを与えることを選んだ。
ユイが打撃を加えようとしたとき、自身のコックピットをかばう様にドールの右腕が差し出された。
その動きでユイはコックピットではなく腕をもぐことに攻撃を切り替えた。
差し出された腕を握り、力任せに引きちぎった。
神経接続しているドールならば、これだけでもパイロットに大きなダメージを与えられる。
そんなことが頭をよぎった。
だが、
ゴリン…と、自身が身を捩り、ユイが引きちぎろうとした右腕を自ら引きちぎらせ、素早くユイと距離を置いた。
ユイは腕にもったドールの右腕を放り投げ、思った以上に切り替えの速いパイロットに内心焦った。
決して負けるような相手ではない。
「…痛く…ないの?」
ユイは自分が投げた右腕と、片腕のないドールを見比べて呟いた。
何か…この光景、いや、これに既視感があった。
どこかで似たようなことがあった。
それが意味があること何かはわからないが、その感覚にユイは油断をしていたのだろう。
《戻ってきた!!ユイ!!》
コウヤから通信が入り、ユイは慌てて身をひるがえし、その場から離れた。
ユイのいた場所には、白銀のドールが立っていた。
音もそこまで立てずに移動をしている。
気配が察せられない状況のユイには厳しい相手だ。
動きも良くなっている。
ただ…ここで、予想外のことが起きた。
片腕の無くなったテロリスト側のドールに、白銀のドールが初めて攻撃を加えたのだ。
ガゴン…と、テロリスト側のドールが殴り飛ばされた。
それは何かをためらいながらのものに見え、効率の悪い攻撃だった。
しかし、何か異変が起きている。
「変だ。クロスがさっきまであのドールに攻撃をしなかったのに、今攻撃をした。」
ユイは戦艦に通信をつなげて言った。
無残というのはこのようなことを指すのだろう。
先ほどまで荒れた町だったのが、まるで町の跡地となったのだ。
建物はレーザー砲で破壊され、場所によったら地面もえぐれている。
中心にある立派な建物に向かって破壊されている。
まるで道を作るような破壊作業だ。
完全に宙に浮いて体勢を立て直して戦艦は、障害物のない的へ充填された砲口を向けた。
「誤算がなければ、わずかな可能性で勝てたかもしれないほど、嫌な敵だった。」
ナイトは砲口の先、軍本部の建物を見て呟いた。
「建国…いや、財団結成からの念願達成まで」
「…この本部を潰すために…」
操舵室の面々は涙ぐみながら言っていた。
そう、この操舵室及びこの作戦に参加している面々の平均年齢は高い。その理由は皆がナイト・アスールの同志に近いからだ。
彼等はネイトラル…ではなく、アスール財団創設時からの仲間である。
彼等の目的は当初から変わらず
地連軍に復讐をすることだ。彼等は皆それぞれが恨みを持っていた。
「どうせ、その戦艦ではなく、あの立派な建物の中にいるのだろう。」
ナイトは照準を建物に乗る戦艦ではなく、その麓となる本部の下に向けた。
「撃て。」
ナイトの冷たい言葉に呼応するように、レーザー砲は本部の建物の下部分をえぐるように放たれた。
ナイトの予想通り、今のレーザー砲によって、かなりの量の命が消えた。
それに満足しているのはナイトだけでなく、この戦艦の面々もだ。
轟音と、振動、建物は音を立てて崩れ始めた。
上に乗る戦艦が嫌に不安定だ。
まるで、これまでの地連軍の実情を表すようだ…と思いナイトは内心笑った。
チリ…と、何か接触のようなものを感じてナイトは目を細めた。
「…この期に及んで、私に通信を試みるか…」
ナイトは口を歪めて笑った。
こめかみに手を当てた。
「…昔のよしみと…冥途の土産…だな。」
ナイトは手を挙げて、砲撃の充填を始めさせた。
『分かっているのか?これは意味がないことだ。』
聞こえたのは、昔なじみであり、今は外交の時に交流する男の声だ。
「やあ、レイモンド。意味がない…というのは何に関してだ?」
ナイトは演技かかった言い方で嫌味らしく言った。
『この先、下手したらネイトラルと地連の戦争になる。こんなことをやっている場合じゃないだろう。』
レイモンドは冷静な声だった。
今まさに充填されたレーザー砲が向けられているというのに、全く臆した様子はない。
「こんなこと…か?いいこと尽くしだろう。先ほどの砲撃で、どれだけ腐った膿が消えた?誤算でドールプログラムが復活したお陰である程度私のもわかるのだよ。」
『お前はここだけにいると思っているのか?』
レイモンドは挑発するような口調だ。だが、結果が分かっているようなものでもある。
「そうならないために、テロリストはお前ら地連の手のものだったという結論があるのだろう。」
レイモンドが分かっている結果、それをナイトは言った。
『ならば、どうして私は除外した?』
単純な疑問をレイモンドは尋ねた。
「昔のよしみだ。いや、お前が厄介だという理由がある。それに、お前は私を知りすぎている。…普通よりはな。」
このやり取りが時間稼ぎになるのかもしれないと思いながら、それこそ昔のよしみでナイトは返した。
『そこまで…地連軍を恨むのか。ディアちゃんの名前も、彼から取って…』
「お前だって分かるだろう。…お前は私を普通より知りすぎている…というのはお前は私と同じ経験をしたからだ。ロバートとは違った方法だがな。」
ナイトはそれこそ、レイモンドに持つ、昔のよしみを話した。
「レイが死んだとき、お前はどうだった?私を責められるか?」
ナイトはレイモンドを嘲笑するように言った。
レイモンドは黙った。
「時間稼ぎは終わりだ。レイモンド。」
ナイトはゆっくりと砲撃を指示する手を挙げた。
『…そんなことを言える人間を殺したら駄目だ。』
ここで別の人間の声が入った。
そこでナイトは挙げた手を止めた。
『ナイトだろ?その声。』
その声にナイトは目を見開いていた。
挙げた手が震えている。それと同じように唇も震えていた。
『俺は理由とかは分からない。お前の恨みも知らなかった。だけど、このレイモンドさんを殺したら…』
声の主は、ナイトに諭すように言っている。
先ほどのレイモンドの言葉よりも彼の言葉の方がナイトは堪えているようだ。
「…どうして…ここに…」
ナイトは絞り出したような震える声で言った。
言ってからナイトは何かに気付いたように前を見た。
モニターとそれに向けられた照準を…
「と…止めろ!!すぐに…直ぐに止めろ!!」
ナイトは慌てて充填されたレーザー砲を操作する者達に駆け寄った。
だが、それが無理なことは自分が手を挙げた段階でわかっている。
レーザーが放たれつつある振動が戦艦に響いた。
「撃つな!!駄目だ!!やめろ!!」
ナイトは取り乱したように叫んだ。
彼の叫びが響くと同時に、レーザー砲が放たれる轟音が響いた。
《…リコウ…》
リコウに気付いたのか、察したように相手が言った。
《…兄さん‥》
リコウはその存在の前に降り立った。
プログラム内で誰かと対面というのは初めてだが
現実よりずっと平和だと感じた。
真っ白な空間に、リコウとアズマがいた。
《…俺を止められるか?》
アズマは不敵に笑った。
それは、全然知らない兄だ。
《止められるか…?じゃない。俺は止める。》
《はっ。甘ったれたやつのくせに、出来るか?》
アズマはリコウに辛らつに言った。
優しくて頼りになる兄とは違ったが、その様子がなぜかリコウはうれしかった。
何故か、狂気じみた様子が見えないのがうれしい。
《それが…兄さんなんだね。…あのおかしい様子じゃなくて…》
リコウが言うと、アズマの様子は変わった。
《お前までそんなことを言うのか…》
アズマは少し困惑しているようだ。
《…まで…?》
《いや、確かにお前は…いや、お前の仲間は強い。とてつもなくな。だが、こっちだって無策ではない。》
アズマは狂気的に笑いながら言った。
あの、リコウが嫌だと思った様子だ。
嫌だ…
と思った時、リコウはアズマとの空間から弾き出された。
飲まれるような光の川、渦、意思のある濁流のようで息が詰まりそうだった。
その空間で、いや、空間であるかどうかは分からないが、そこにおいてリコウの存在はひどく頼りなかった。
無意識に手を強く握っていた。
《リコウ君。》
アリアの声がした。
隣に彼女がいることがわかった。アズマとの空間には来れなかったようだが、今は隣にいる。
それが安心材料になった。
弾き出され飲まれたが、握っている感覚が自分の戻る場所を意図しているような気がした。マックスの言った効率というのが分かった。
目まぐるしく変わる景色と光の途中、ふわりと…何か栗色のキラキラしたものが視界のわきに見えた。
《…助けて…》
か細い声が聞こえた。
それは過るという瞬間的なものだった。
小さい少女が誰かに寄り添っている。
空間に浮いて、ぐったりとした青年だ。
茶色の髪をした青年だ。リコウの知らない人間だ。
《死んじゃう…二人を…助けて。》
少女は泣きそうな目を向けた。
その目を見て、リコウは息を呑んだ。
真っ赤な目だった。
《…き…君は…》
リコウは過ぎ去る景色に尋ねようとした。
だが、景色は過ぎていき、リコウに尋ねることを許してくれなかった。
それは過るという瞬間的なものであったのだから、仕方ない。
だが、その光景を見た意味と、なぜ見たのか…リコウはそれを考え、隣の手を強く握った。
登場人物
リコウ・ヤクシジ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。ドールプログラムが専門。
コウヤ・ハヤセ:
リコウの先輩。「フィーネの戦士」の一人で、圧倒的な適合率を持っている。
マウンダー・マーズ:
ドールプログラム研究において現在のトップ。「フィーネの戦士」の一人。「マックス」が愛称。
シンタロウ・ウィンクラー:
地連の少佐。「フィーネの戦士」の一人であり、現在の地連にて最強といわれている。コウヤとアリアとは親友であるらしい。
アリア・スーン:
ユイと行動を共にする女性。「フィーネの戦士」ではないが、関係者。コウヤとシンタロウと過去はあるが親友。
イジー・ルーカス:
地連の中尉。「フィーネの戦士」の一人。シンタロウの精神的主柱。アズマたちに連れ去られる。
ユイ・カワカミ:
リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」の一人。コウヤとは恋仲だが、アリアとの方が仲がいい。
ジュリオ・ドレイク:
従軍経験のある学生。標準的に「フィーネの戦士」を尊敬している。正義感が強い。
カルム・ニ・マリク:
月所属の地連軍の人間。大佐。殲滅作戦の犠牲者に深く関わっている。テイリーの元上官。
オクシア・バティ:
第三ドームの学生。殲滅作戦の犠牲者であるカズキ・マツの甥。叔父の影を追っている。
ミゲル・ウィンクラー:
シンタロウの部下で、彼の艦長をする戦艦の副艦長。階級は准尉。同じウィンクラー姓であるため、ファーストネーム呼びが多い。血縁関係はない。そして、名前も大して知られていない。
ゲイリー・ハセ・ハワード:
地球所属の地連軍の大尉。マリク大佐と同じく艦長をする戦艦をテロリストによって壊滅させられる。元々ウィンクラー親子と対立派の立場。
レイモンド・ウィンクラー:
現在の地連軍のトップで総統。「フィーネの戦士」ではないが、作戦の責任者であった。
テイリー・ベリ
ネイトラルの情報局のトップ。フィーネの戦士との接点が多く、作戦に関係していた。それ以前は元地連の大尉であり、殲滅作戦でいとこを亡くし地連から離れた。
ハクト・ニシハラ:
元地連大尉で「フィーネの戦士」の一人。ディアとは婚約関係。
ディア・アスール:
ナイト・アスールの娘。「フィーネの戦士」の一人。母親について何か秘密があるらしい。ハクトとは婚約関係。
レイラ・ヘッセ:
「フィーネの戦士」の一人。ゼウス共和国の人間。ジュリエッタの娘。
ジョウ・ミコト:
ゼウス共和国を成長させた指導者。国民からの信頼が厚い。「フィーネの戦士」の一人。
カカ・ルッソ:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。「フィーネの戦士」の一人。
リオ・デイモン:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。「フィーネの戦士」の一人。
クロス・ロアン(クロス・バトリーorヘッセ)
「フィーネの戦士」の一人。三年前に死んだと言われているロッド中佐本人であり、本物のレスリー・ディ・ロッドとは協力関係にあった。ロバート・ヘッセとカサンドラの息子。ナイトに捕らわれる。
タナ・リード:
現在ゼウス共和国の人間だが、三年前の黒幕のような人物。今はカワカミ博士と行動を共にする。
ギンジ・カワカミ:
リコウを新たなネットワークの鍵に設定した人間。ユイの父親であり、ドールプログラムの開発者の一人であり、「フィーネの戦士」でもある。
レスリー・ディ・ロッド:
「フィーネの戦士」の一人で、クロスと入れ替わっていた。マックスと共にテロリストに襲撃され、その時にマックスを庇って捕まる。
ナイト・アスール:
ネイトラルの現在の指導者。ディアの父。彼女の婚約者であるハクトにとても好意的。テロリスト集団を乗っ取り、地連軍に協力を持ち掛ける。地連に深い恨みを持っている。
カサンドラ・バトリー(カサンドラ・ヘッセ):
ゼウス共和国を暴走させた独裁者ロバート・ヘッセの元妻。テロリストを主導する立場だったが、ナイト・アスールに乗っ取られる。
アズマ・ヤクシジ:
リコウの兄。地連の軍人で一等兵だった。第三ドーム襲撃の際、テロリスト集団「英雄の復活を望む会」を手引きし、自身もそのメンバーの一員だった。新たなネットワークの鍵でもあり、大きな脅威となっている。
リュウト・ニシハラ:ハクトの父親。ナイト・アスールが自ら友人と言う存在。
キョウコ・ニシハラ:ハクトの母親。少しディアに雰囲気が似ている。
ルリ・イスター:第三ドームの市民。リコウに淡い思いを抱いている。
グスタフ・トロッタ:
かつてマックスと共にゼウス共和国のドール研究に携わっていた研究員。シンタロウと因縁がある。
キース・ハンプス:
「フィーネの戦士」の一人で、元少佐。戦士たちの精神的主柱であり、今の地連軍だけでなく他国の者にも影響を与えた。カズキ・マツの最期の部下。
ユッタ・バトリー:
クロスの妹でカサンドラの娘。ゼウス共和国と地連の争いで命を落とす。
マイトレーヤ・サイード:マリク大佐の部下。テロリストの暗躍により死亡。
ジュリエッタ:
カサンドラが手にかけた女性。ナイト・アスールのスパイとして前ゼウス共和国総統の元にいた。レイラの母親。その正体は謎が多い。
ナオ・ロアン:
ロバート・ヘッセの元腹心。カサンドラ達の亡命に加担したことにより、捨て駒にされ死亡する。レイラの父で、彼女の緑色の瞳は彼譲り。ジョウの元上司でもある。




