浮上
ザーザー…というノイズが響いていた船内、やっとクリアなざわめきが聞こえた。
「おお。やっと繋がったか。」
船内にいるタナ・リードは、安心したように言った。
「ええ。ですが、事は一刻を争います。…どうにかレイモンドさんに…クロス様がいることを伝えないといけない。」
通信機を操作しているカワカミ博士は険しい顔のままだった。
「…ここから本部にはどれくらいかかる?」
タナ・リードはふとモニターを見て尋ねた。
モニターには外の様子と、隅には地図が映っている。
「最短で…6…いえ、4時間です。」
カワカミ博士は考え込んでから答えた。
「…なるほど。なら、最悪はレイモンドをこれに乗せ連れて行くことができる。」
タナ・リードは安心したように言った。
「…彼がどうこたえるか知りませんが、とりあえず向かいます。」
カワカミ博士は目線だけタナ・リードに向けて、何か言いたそうな顔をしたが、短く答えた。
『総統。…なにか通信が入っているようです。』
通信の向こうから聞こえるざわめきの中に、こちらに気付いたようなものがあった。
『どこからだ?』
通信の向こうから警戒するようなレイモンドの声が聞こえた。
「…6、2、9…と…」
カワカミ博士は短く言った。
『…誰だ?この番号を知っているのは…』
通信のマイクを取ったようで、レイモンドの声がクリアに聞こえた。
「お久しぶりです。レイモンド様。」
カワカミ博士が言うと
『…博士か。…探したぞ…と、今はそれはいい。どうした?生憎だがこちらは今は…』
「久しぶりだな。レイモンド。」
タナ・リードがレイモンドの言葉を遮る様に言った。
『…タナか。…どうして一緒にいるのかは今はいいか。お前のことも探した。』
「そうだろう。ナイトのことだな。」
『ああ。だが、こっちは記録を見つけた。…遅かったがな。コウヤ君には送った。』
レイモンドは諦めがにじんだ声で言った。
「警告をしようと思ってな。…ナイトの手には、クロス君がいる。」
タナ・リードは深刻そうな声で言った。
『…そうか。』
レイモンドは間をおいて答えたが、驚いた様子はなかった。
「驚かないのか?」
『ナイトが、ただの軍勢を率いて来るとは思えない。確実に潰しに来る…と思っているからな。』
レイモンドはあっけらかんとした様子で言った。
「4時間で本部につく。お前はナイトの対象外だ。そう言われただろう?」
タナ・リードはレイモンドの口調に険しい顔をした。
それにはカワカミ博士も気付いて、戦艦の操舵機能の操作に専念し始めた。
『ああ。本部にいない連中には近づくなと連絡している。極秘にだが、無関係な人間を優先して避難も実施している。』
「違う。お前だ。」
タナ・リードは苛立たし気に言った。
『私は逃げない。ここで老骨ながらも戦わせてもらう。』
レイモンドは当然のことのように答えた。
「言っただろ?クロス君がいるとな…」
『ああ。』
「そうだ。シンタロウ君は?彼はコウヤ君たちと一緒だったはずだ。彼等なら…」
『シンタロウ君は…怪我をして今は動けない。戦艦も動かない状態だ。』
レイモンドは淡々と事実だけを述べるように言った。
タナ・リードは片手で顔を覆い、息を呑んだ。
「…4時間で着く。」
低い声で、呟いた。
『…ならば、テロリストを追うといい。どうも私はナイトとテロリストが乖離しているように思える。』
レイモンドは事務連絡のように言った。
「悠長に言っている場合か?」
タナ・リードは怒りをにじませて言った。
『それはこっちのセリフだ。カワカミ博士ならわかるはずだ。私の言っていることが。』
レイモンドは静かな口調で、淡々と言った。
『テロリストの…中枢はこれを機に逃げようとしている。いや、宇宙に解き放たれようとしている。』
「…そうでしょうね。」
『きっと、彼等と一緒に…レスリー君やルーカス中尉がいる。』
「そうでしょうね。」
『研究者じゃないが、宇宙にテロリストの操るネットワークが広まると…きっとよくない。というところだろう。』
「はい。」
カワカミ博士は静かに返事をした。
沈黙が船内に広がった。
タナ・リードは険しい顔をしていた。
『こちらからは人員は割けない。だが、警告感謝する。』
レイモンドは短く礼を言うと、通信を一方的に切った。
「おい!!レイモンド!!」
タナ・リードは通信機に叫んだが、切られたことを告げる機械音だけしか応えなかった。
それに苛立ち、タナ・リードは機械を殴った。
「…どうしますか?」
カワカミ博士はその様子を見、目をそらして尋ねた。
「…予定通り、本部に向かってくれ。」
タナ・リードは息を切らせながら言った。
「…賢明ではないと思いますが…」
「ナイトは、立ちはだかるものは片付けるだろう。クロス君の恐ろしさは…よくわかっているだろう。」
「ええ。ですが、ナイト・アスールは…地連軍を潰せば満足する。しかし、テロリストの中枢は違う。」
「レイモンドはナイトに立ちはだかる気だぞ」
「知っています。しかし、私たちが何ができるのですか?特に…あなたは何ができるのですか?」
カワカミ博士は棘のある口調で言った。
タナ・リードは崩れ落ちるように椅子に座った。
「…なあ、ゼウス共和国から…本部までどれくらいだ?」
「…半日…12時間はかかります。」
カワカミ博士は悲痛そうな顔で応えた。
「…ナイトは…きっとそれも考慮しているな…」
タナ・リードは諦めたような口調で呟いた。
「あなたも私も、今は使える手をすべて使って…ラッシュ博士を探すべきです。それに…使える手はまだあります。」
カワカミ博士は変わらず操舵の作業を続けている。
「できること…か。」
「ええ。レイモンド様はああ言われていましたが、シンタロウ様は無理でも、コウヤ様達が人智を超えた力を持っていること忘れていませんか?」
「…そうだったな。」
「クロス様がいることは脅威であると同時に、…それを利用して干渉できる隙でもあります。あなたは情報網を使ってラッシュ博士を探し、ナイト・アスールの機械について探る。」
「…ははは。そうだったな。」
タナ・リードはいつものように明快に笑った。
「…それに、レイモンド様は…お子様を残していくような方ではないです。」
「…我々と違って…か。」
タナ・リードは自嘲するように笑った。
大きな手。
無条件で、自分に愛情を与えていたのはいつのことだか…
何でこんなことを思い出すのだろう…
クロスは、自分の過去を奥底にある、葬られた、葬ったものだった。
「私と同じだ。」
どこからか声が聞こえる。
「葬った過去があるのは。」
知っている声だ。ひどく胸がざわつく。警告音のように心臓がバクバクする。
危険な声だ。
「…ロバートのこと…知りたくないのか?」
彼は、まるで誘惑するように言った。
ロバート…、ああ。父だ。
あの大きな手の人だ。
だが、自分は父を赦せなかった。
大切な者を奪い、壊した彼を…
「でも、彼は君に殺されたとき…どんな顔をしていた?」
誘惑する声は、響く。
そんなこと言われても、殺したとはどういうことだ?
ああ。そういえば…自分は父に引き金を引いた。
その時の父は…
向き合った僕を、私の正体を知るとひどく驚いて…
『よりによって…地連軍…はは…』
彼は私の軍服を見て歪んだ笑みを浮かべた。
躊躇いはなかった。
当初驚いた父も、最初だけ取り乱した様子を見せていたが、私が銃口を向けるとあきらめたように笑った。
「彼が本当にやりたかった未来を君は知っている。そうだろう?」
また声が響いた。
それも知っている。
それは、死んだ後の父が…僕に話してくれた。
僕に協力してくれた…彼が
このドールプログラムの中で出会った。
彼は…
無条件で愛を与えた時の顔をしていた。
憎くて、赦せない父で、殺したことは後悔などしていないのに
自分の陰に付きまとう父の陰が忌まわしくて、切り離したくて、苦しくて…そして
「…何で。僕は…期待しているんだ。」
発した声は、震えていた。
僕は、また、プログラムの中で…彼が手を差し伸べてくれることを…
僕は待っている。
「ロバートのことを知りたくないか?」
声は僕を誘惑するように囁いた。
「…うるさい!!僕は知っている。あいつが野望に野心に…それゆえに壊したことを!!」
僕は声を振り払うように叫んだ。
声は思ったよりも響いた。
どこかに反響して、僕に木霊のように響く。
何度も、何度も…
「ロバートの過去を知らないからだ。」
誘惑する声は、僕を責めるように言った。
父の過去?
など、僕は知らない。望んでいない。
ただ、父は許せないことをした。それだけだ。
「逃げるな。クロス。君は知る必要がある。ロバートを殺した君は知る必要がある。」
声は僕を責め、追い詰めるように言った。
「また逃げるのか?自分の犯した罪から…」
彼のその言葉は、僕の心に冷たく沈んだ。
逃げる…?
僕は、戦ってきた。
だけど、僕は苦しかった。
それは、僕が、僕で手を汚したからだ…
「…立ち向かおう。」
声は優しく囁いた。
「ロバートの過去と、君の罪…」
声はどこまでも優しかった。
まるで自分のことを言っているようだ。
「そして、戦おう。クロス…クロス・ヘッセ。」
彼の鼓舞する声に、僕の視界は明るくなった。
テイリー・ベリという存在はリコウも知っている。
というよりも、フィーネの戦士とセットで覚えている人間も多い。
地連の元大尉という経歴がありながらも、一時的とはいえディア・アスールの後にネイトラルの代表に据えられていた。そのあとはナイト・アスールがついたが、彼はその後国内でも有力な地位についていると有名だった。
情報局であったため、あまり知られていなかったようだが、たまに表舞台に出ることがあったため、リコウでもその外見は知っていた。
腰までの長い黒い髪と茶色の混じった瞳、涼し気な目元とどことなく温室育ちのような雰囲気。
うろ覚えだが、リコウの見たことのあるテイリー・ベリだった。
そんな有名人が、自分の目の前にいる。
今、リコウ達はネイトラルの戦艦の操舵室にいる。
艦長の席にはウィンクラー少佐が座り、その後ろにはテイリー・ベリが立っている。
テイリー・ベリの部下たちが座っていたであろうオペレータの席にコウヤ、マックス、ユイ、アリアと座っており、操舵室の入り口には副艦長がいた。
リコウとジュリオは二人並んで立っている。
「…戦艦を貸すのは異存がない。ただ、俺も連れていけ。」
テイリー・ベリはウィンクラー少佐に半ば脅すような口調で言った。
「それは問題がないです。単体で動くよりもネイトラルの人間がいた方がいい。」
ウィンクラー少佐は椅子に寄りかかり頷いた。
「マリク大佐は見つかりそう?」
ユイはテイリー・ベリの部下の顔を覗き込んで尋ねた。
「探し出して1時間経つが、ここまで見つからないのなら、もう無理だろう。本当に彼がスパイなら、察して逃げている。」
テイリー・ベリは諦めたような口調で言った。
「気付かなかった…けど、心当たりはあるんですね。」
テイリー・ベリの様子を見て、コウヤが目を光らせて言った。
というよりも、協力者だとわかっていてもウィンクラー少佐はいいとして、コウヤはテイリー・ベリに気安すぎではないか?もちろんアリアもだ。
リコウはそんなことを考えながら彼等を見ていた。
「ああ。納得だが、俺が軍を抜けてフラフラしばらくしていた時、ナイト・アスールにスカウトされた。…あまり俺は表立つことが無かったから、俺の得意分野の席が用意されていることに、当時は彼の情報収集能力に驚いた。だが、そうだな。納得だ。上官から漏れていたのだからな。」
テイリー・ベリは自嘲するように言った。
「どのみち、彼を待つ暇はないだろ。準備ができ次第向かわないと間に合わない。」
ウィンクラー少佐と同じように椅子に座ったマックスは腕を組んでいった。ただ、彼はふんぞり返っている。
「念のための武装も無駄ではなかった。…無駄であって欲しかったが」
テイリー・ベリは皮肉気に言った。
それよりも、先ほどからジュリオが黙っている。
その様子から彼は、テイリー・ベリも尊敬しているようだ。わかりやすい。
アリアは何か険しい顔をして居る。
「…どうしましたか?」
リコウはさりげなくアリアの横について、尋ねた。
「…いや、私、ナイト・アスールさんの映像を見て…既視感を持ったの…」
アリアはこめかみに手を当てて、考え込むように呟いた。
「…俺もだ。」
彼女に同意するのはウィンクラー少佐だった。
アリアは驚いた顔をしたが、直ぐに頷いて、また考え始めた。
「…なんか引っかかるな。それは…」
マックスは興味深そうに二人を見ていた。
リコウは蚊帳の外でさみしく思ったが、アリアは横目でリコウを見て「心配ありがとう」と小さく呟いた。
リコウはそれだけでうれしかった。
操舵室に慌てた様子の軍人が入ってきた。彼は地連のウィンクラー少佐の部下だ。
彼は副艦長に耳打ちをした。
するとすぐに副艦長は顔色を変えた。
「少佐!!大変です!!」
どうやら彼は艦長と呼ばずに少佐と呼ぶようだ。
「どうした?」
ウィンクラー少佐は座ったまま尋ねた。
「戦艦の方に通信が入ったようですが…それが…、こっちにつなげようとしているのですが」
副艦長は険しい顔をして言った。
どうやら少佐達あてに通信が入ったが、それをこの戦艦にまで回したいがそれで手間取っていると…
「いいよ。俺がやる。」
コウヤが簡単なことのよう言うと、操舵室の通信機が音を立て始めた。
本当に化け物…という芸当で、未だにリコウは驚く。
「名乗ってはいなかったですが、コウヤ様あてでした。」
報告に来た軍人はコウヤに言うと、敬礼をした。
「…俺ではなく…か、コウヤが乗っていることを知っている人物だな。」
ウィンクラー少佐は腕を組んで言った。
「あと、シンタロウが怪我をしていることを知っている人だね。…もしかして…」
ユイは何やら険しい顔をして呟いた。何か心当たりがあるようだ。
通信機がまた音を立てた。
「繋がった…」
コウヤは安心したように言うと…
『流石ですね。…コウヤ様。』
と男の声が響いた。
彼の声をリコウは聞いたことがあった。
「…お父さん…」
震える声で言うのはユイだった。
『…ユイ…か。いや、当然か。』
男の声はユイの声に狼狽えた様子を見せたが、直ぐに冷静な声に戻った。
「…カワカミ博士ですか。」
テイリー・ベリが慎重な様子で尋ねた。
『…その声、テイリー・ベリか。ネイトラルでも君はナイトとは違うわけか…』
今度は違う人物の声が響いた。
男の声だが、リコウは聞いたことが無い。
「お前…」
コウヤが驚き、声を詰まらせた。
『今は情報を…きっと、レイモンド様からナイト・アスールの情報が届いているはずです。それもそちらに転送したらいいでしょう。そして、もっと大事なことです。』
ユイの父と言われた男は、淡々と言っていたが、声を潜めて深刻そうに言った。
「…大事なこととは?」
眉間にしわを寄せてウィンクラー少佐が尋ねた。
『…シンタロウ君か…君大丈夫なのか?』
リコウが聞いたことのない男の声がウィンクラー少佐を心配する声を上げた。
「それよりも、何があったんですか?」
ウィンクラー少佐はユイの父、に尋ねた。
『…クロス様が、現在ナイト・アスールの元にいます。』
「はあああ!?」
大声を上げたのはマックスだ。
『彼の意志ではありません。しかし、彼は操られるはずです。そして、ナイト・アスールは彼を使って地連軍本部を叩くつもりです。』
ユイの父は深刻そうな声色だった。
いや、深刻だ。
リコウは自分の知っている情報を頭でまとめた。
要は、ロッド中佐が相手…ということだ。
「…最悪だ。」
コウヤは震える声で呟いた。
ユイはショックなのか、顔を蒼白にして呆然としている。
「そちらは、これからどう動くんですか?」
テイリー・ベリは、努めて冷静な声を出そうとしているのだろう。わざとらしく声を張って尋ねた。
『我々は…、ラッシュ博士を探します。』
ユイの父が言ったとき
「そうだ!!ナイト・アスールさんの…あれ、手術をした人のしぐさに似ているんだ!!」
アリアが思い出したように言った。
『あの映像で気付きましたか。』
ユイの父はアリアの言葉に感心したように言った。
「…それも最悪だ。要は…彼も力を持っていると思っていいということですか…」
ウィンクラー少佐は困ったように呟いた。
『ええ。こちらは、ラッシュ博士を探します。…このことは、もうすでにゼウス共和国にいる皆様には伝えました。』
「皆様?」
ユイがやっと明るい声を上げた。
『ええ。ゼウス共和国には、ハクト様、ディア様、レイラ様、ジョウ様、リオ様、カカ様がいました。』
ユイの父もまた明るい声で答えた。
彼が言ったのは、全てフィーネの戦士たちだ。
「…よかった。みんな無事なんだ。」
コウヤが安心したように言った。
『そして、皆さま…ナイト・アスールを止める気です。』
「…なら、俺たちが先に行く必要があるな。」
テイリー・ベリは力強く頷きながら言った。
「ここからだと…最短で3時間。総統を…レイモンドさんを信じるしかない。」
ウィンクラー少佐は険しい顔をして言った。
『…やはりレイモンドは残る…と思っているのだな。』
ユイの父でない男がウィンクラー少佐の言葉に反応した。
「…あなただってそう思って、そうわかっているのでしょう。…いや、もう連絡を取っていると見ていますよ。タナ・リード」
ウィンクラー少佐はユイの父でない男に言った。
リコウとジュリオは驚いた。
あの声の主こそが捜していた男、タナ・リードであったのだから…
『…頼む。』
タナ・リードは、すがるような声で言った。
「言われなくても…当然です。」
ウィンクラー少佐は短く言った。
そこで、テイリー・ベリが近くの艦内の無線を取った。何か連絡が入ったようだ。
「…積み込み終了した。いつでも出られる。」
テイリー・ベリの言葉に皆緊張した様子を見せたが、頷いた。
「では、また。」
ウィンクラー少佐はそう言うと通信を切る様にコウヤに伝えようとしたようだが。
「待って。お父さん。」
ユイが止めるように言った。
だが、
『ユイ。後で会いましょう。』
通信の向こうのユイの父は、そう言うと、向こうから通信を切った。
「…ユイ。」
アリアがリコウから離れ、ユイの元に駆け寄り、彼女の肩を叩いた。
「港にアナウンスをかけたら問答無用で出る。」
ウィンクラー少佐は短く言うと、後ろに立つテイリー・ベリに目を向けた。
「異存はない。」
テイリー・ベリは頷いた。
「了解。」
アリアはその様子を見て頷くと、自身の座っていた席に戻り、慣れた様子で通信機器を操作した。
「こちら戦艦“ネイトラル12号”です。まもなく出港します。直ぐに港から出てください。」
アリアはよく響く声で言った。どうやらアナウンスをしているようだ。
「二人とも、座って。」
コウヤが自身の座っている席から立ち上がり、リコウとジュリオの元に駆け寄ってきた。
彼は廊下への扉近くにある空席を指さして言った。
「戦艦が動き出すときは、座らないといけない。…まして…」
コウヤはチラリとアリアを見た。
「出港…許可されない。」
アリアは舌打ちをして言った。
「無理やり出る。…で、いいですよね。」
ウィンクラー少佐はチラリと後ろに立つテイリー・ベリに尋ねた。
「異存はない。」
テイリー・ベリは頷いた。
アリアはそれを見て、再びアナウンスに戻った。
「緊急事態。直ぐに港から避難してください。」
と今度は避難のアナウンスを始めた。
「港にいる軍人に念のため連絡を入れておきます。」
副艦長はそう言うと、操舵室から飛び出して行った。
アリアのアナウンスから一分ほど経ったとき、リコウの隣の席にテイリー・ベリがやってきた。
驚いたが、考えてみると、空席はここだけだった。
ジュリオも同じく驚いていたが、直ぐに納得したような顔になった。
「…君の話も聞いた。」
テイリー・ベリはリコウの方を見ずに言った。
「…はい。」
「兄…が、身内が敵だと辛いだろう。俺には何も言えない。」
「…お気遣い、ありがとうございます。」
「当然だ。」
テイリー・ベリはリコウの方を見た。
「一緒に戦う仲間を気遣わないわけがない。」
テイリー・ベリは、リコウとジュリオを見て言った。
「仲間…」
リコウはテイリー・ベリの言った言葉を反芻した。
登場人物
リコウ・ヤクシジ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。ドールプログラムが専門。
コウヤ・ハヤセ:
リコウの先輩。「フィーネの戦士」の一人で、圧倒的な適合率を持っている。
マウンダー・マーズ:
ドールプログラム研究において現在のトップ。「フィーネの戦士」の一人。「マックス」が愛称。
シンタロウ・ウィンクラー:
地連の少佐。「フィーネの戦士」の一人であり、現在の地連にて最強といわれている。コウヤとアリアとは親友であるらしい。
アリア・スーン:
ユイと行動を共にする女性。「フィーネの戦士」ではないが、関係者。コウヤとシンタロウと過去はあるが親友。
イジー・ルーカス:
地連の中尉。「フィーネの戦士」の一人。シンタロウの精神的主柱。アズマたちに連れ去られる。
ユイ・カワカミ:
リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」の一人。コウヤとは恋仲だが、アリアとの方が仲がいい。
ジュリオ・ドレイク:
従軍経験のある学生。標準的に「フィーネの戦士」を尊敬している。正義感が強い。
カルム・ニ・マリク:
月所属の地連軍の人間。大佐。殲滅作戦の犠牲者に深く関わっている。テイリーの元上官。
オクシア・バティ:
第三ドームの学生。殲滅作戦の犠牲者であるカズキ・マツの甥。叔父の影を追っている。
ミゲル・ウィンクラー:
シンタロウの部下で、彼の艦長をする戦艦の副艦長。階級は准尉。同じウィンクラー姓であるため、ファーストネーム呼びが多い。血縁関係はない。そして、名前も大して知られていない。
ゲイリー・ハセ・ハワード:
地球所属の地連軍の大尉。マリク大佐と同じく艦長をする戦艦をテロリストによって壊滅させられる。
レイモンド・ウィンクラー:
現在の地連軍のトップで総統。「フィーネの戦士」ではないが、作戦の責任者であった。
テイリー・ベリ
ネイトラルの情報局のトップ。フィーネの戦士との接点が多く、作戦に関係していた。それ以前は元地連の大尉であり、殲滅作戦でいとこを亡くし地連から離れた。
ハクト・ニシハラ:
元地連大尉で「フィーネの戦士」の一人。ディアとは婚約関係。
ディア・アスール:
ナイト・アスールの娘。「フィーネの戦士」の一人。ハクトとは婚約関係。
レイラ・ヘッセ:
「フィーネの戦士」の一人。ゼウス共和国の人間。ジュリエッタの娘。
ジョウ・ミコト:
ゼウス共和国を成長させた指導者。国民からの信頼が厚い。「フィーネの戦士」の一人。
カカ・ルッソ:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。「フィーネの戦士」の一人。
リオ・デイモン:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。「フィーネの戦士」の一人。
クロス・ロアン(クロス・バトリー)
「フィーネの戦士」の一人。三年前に死んだと言われているロッド中佐本人であり、本物のレスリー・ディ・ロッドとは協力関係にあった。ロバート・ヘッセとカサンドラの息子。
タナ・リード:
第17ドームに滞在している男。ゼウス共和国の人間で「フィーネの戦士」と因縁がある。
ギンジ・カワカミ:
リコウを新たなネットワークの鍵に設定した人間。ドールプログラムの開発者の一人であり、「フィーネの戦士」でもある。
レスリー・ディ・ロッド:
「フィーネの戦士」の一人で、クロスと入れ替わっていた。マックスと共にテロリストに襲撃され、その時にマックスを庇って捕まる。
ナイト・アスール:
ネイトラルの現在の指導者。ディアの父。彼女の婚約者であるハクトにとても好意的。テロリスト集団を乗っ取り、地連軍に協力を持ち掛ける。地連に深い恨みを持っている。
カサンドラ・バトリー(カサンドラ・ヘッセ):
ゼウス共和国を暴走させた独裁者ロバート・ヘッセの元妻。テロリストを主導する立場だったが、ナイト・アスールに乗っ取られる。
アズマ・ヤクシジ:
リコウの兄。地連の軍人で一等兵だった。第三ドーム襲撃の際、テロリスト集団「英雄の復活を望む会」を手引きし、自身もそのメンバーの一員だった。新たなネットワークの鍵でもあり、大きな脅威となっている。
リュウト・ニシハラ:ハクトの父親。ナイト・アスールが自ら友人と言う存在。
キョウコ・ニシハラ:ハクトの母親。少しディアに雰囲気が似ている。
ルリ・イスター:第三ドームの市民。リコウに淡い思いを抱いている。
グスタフ・トロッタ:
かつてマックスと共にゼウス共和国のドール研究に携わっていた研究員。シンタロウと因縁がある。
キース・ハンプス:
「フィーネの戦士」の一人で、元少佐。戦士たちの精神的主柱であり、今の地連軍だけでなく他国の者にも影響を与えた。カズキ・マツの最期の部下。
ユッタ・バトリー:
クロスの妹でカサンドラの娘。ゼウス共和国と地連の争いで命を落とす。
マイトレーヤ・サイード:マリク大佐の部下。テロリストの暗躍により死亡。
ジュリエッタ:
カサンドラが手にかけた女性。ナイト・アスールのスパイとして前ゼウス共和国総統の元にいた。レイラの母親。その正体は謎が多い。
ナオ・ロアン:
ロバート・ヘッセの元腹心。カサンドラ達の亡命に加担したことにより、捨て駒にされ死亡する。レイラの父で、彼女の緑色の瞳は彼譲り。ジョウの元上司でもある。




