追走する悪夢
避難誘導の命令が出てから、随分と経ち、さらに、ドームの外に感じていたわずかな揺れが収まってからも随分と時間が経った。
「少佐から戦艦に戻るように…と入った。」
マリク大佐は他の軍人に混ざって民間人の様子を見ていたジュリオに言った。
ジュリオはマリク大佐を見た。
マリク大佐は歴戦の戦士らしさもあるが、包容力がありそうでもある。
年齢は40以上ではあると思うが、結婚はしていなさそうな感じがする。
それだけ仕事一筋であったのだろうと思った。
事実、彼は指導者として中々だとジュリオも評価している。
身長は高くないが、醸し出す空気は堂々としたものがある。
それこそ、ウィンクラー少佐の横に立っていても大丈夫なほどだ。もちろんウィンクラー少佐は別格だ。
そんな彼だが、先ほど出会ったオクシアという青年に対しての動揺っぷりはジュリオも驚いた。
初対面であったオクシアは何とも思っていない様子だが、このマリク大佐を少しでも知っているジュリオは違った。
二人は、軍の車で戦艦に向かう途中、無言であった。
ジュリオが運転をし、マリク大佐が助手席に座っている。
車の中には二人だけだ。
「すみません。少し聞いていいですか?」
ジュリオは気になったのもあり、マリク大佐に尋ねた。
「ああ。どうした?」
マリク大佐は何も気にすることなく頷いた。
別にマリク大佐との無言が気まずいわけではない。
「あの…先ほどのオクシアという奴の叔父さんって…」
とりあえず気になったのだ。
「ああ…。」
マリク大佐は諦めたように頷いた。
「すみません。ただ、あまりにも動揺が気になったので…」
ジュリオはマリク大佐を探る様に見た。
別に聞けなくてもいいが、なんとなくあのオクシアという青年がこれからも関わってきそうな気がするのだ。
あと、一筋縄ではいかないような空気もあったのだ。
「彼は知らないけど、叔父といっていたカズキ・マツは…私の教え子でもあったんだ。」
マリク大佐は懐かしそうに目を細めたが、いい思い出ではないことはわかった。
「結構有能な子だった。…まあ、私は沢山の教え子を失った。それこそ言う人からは死神と呼ばれるほどね…」
マリク大佐はそう言うと自嘲的に笑った。
ジュリオはそれで察した。
「すみません…」
申し訳ない気持ちになった。
確かにそれではあのような顔になってもおかしくない。
「いいんだ…実際、表情に出してしまった私も悪いのだから…」
マリク大佐は悲しそうに笑った。
その笑みには自嘲があった。
「そんな…悪いのは…作戦を決行した人たちです。」
ジュリオはマリク大佐の表情を見て、いたたまれない気持ちになった。
「…でも、やっぱり、私も……いや、これはここまでにしよう…」
マリク大佐は振り切るように首を振ると、ジュリオを見た。
ジュリオは頷き、運転のため引き続き前方を確認した。
車は丁度港に入ったところで、このドームでは市街地よりも港の方が交通量が多い。
なので、特に運転に気を付ける場面だ。
「今は、戦艦に戻ることに…」
ジュリオが目線を戦艦に向けて、格納庫側の出入り口に入れるか確認しようとしたとき…
ドゴンッ…ゴゴゴゴゴゴゴ…ドゴン
港中に轟音が響いた。
鈍い爆発音と打撃音が地響きのように反響している。
ジュリオは思わず急ブレーキを踏んだ。
車は徐行状態であったためそんなに衝撃は無かったが、音の原因が気になった。
「これは…」
マリク大佐は青い顔をしている。
「港の…外、ドームの外ですよね…」
ジュリオは港のドームの出入り口に目をやった。
「あれは…」
マリク大佐は絶句した。ジュリオもだ。
『緊急です。すぐに室内に避難してください。すぐに避難してください。』
港中に緊急放送が響いた。
幸い港には、先ほどの避難指示のおかげで軍関係者だけだった。
それよりも、今は二人とも愕然としていた。
港の出入り口、またはドームの壁が凹んでいるのだ。
外側からの力により内側に…
「…ドームの外で…いったい何が…」
マリク大佐は青い顔をしていた。
ジュリオもマリク大佐の言う通り、ドームの外が気になった。
「とにかく戦艦に向かいましょう。」
ジュリオは車を戦艦の格納庫に向けて走らせた。幸い格納庫の出入り口は開いている。中に数人の人影が見えた。
だが…急に目の前で何かが破裂した。
風景に遅れゴッ…
という音が聞こえた時
急にジュリオの視界はぐるりと回った。
一瞬何が起きたのか分からなかった。
「ぐ…」
だが、慌てて体勢を整え衝撃に備えた。
予想通り、体に大きな衝撃が走った。
体だけではない。車全体に衝撃が走ったのだ。
ジュリオは隣に座るマリク大佐を見た。
マリク大佐はジュリオよりも下の位置にいた。
どうやら車は横に転がっている。
マリク大佐側が地面になったようだ。
しかし、マリク大佐も同じく衝撃に備えていたようで無事だった。
「大丈夫ですか!?」
ジュリオは大声で言った。つもりだった。
発した声は聞こえない。
それに加え、マリク大佐も口を動かしているが何も聞こえない。
「何で…何ですか?」
ジュリオが尋ね返そうとした。
キーン…
とひどい耳鳴りがした。
「…何が…」
ジュリオは自分の状況を見た。
視界の回転は、車が回転したようだ。
なら、それはなぜか…
這い出るように窓から外を見た。
「何だ…いったい…」
ジュリオは驚き呟いた。
しかし自分の呟きは聞こえない。
周りの音も聞こえない。
ただ、耳鳴りが響いている。
それでもわかるのは
自分達が入ろうとした戦艦の格納庫が燃え上がっていることだ。
「何が…」
ジュリオは呆然と呟くことしか出来なかった。
格納庫は混乱にあった。
煙と炎があがり、叫び声がおそらく響いている。
人々が慌てる様子を見て、コウヤはゆっくりと顔を上げた。
コウヤは状況を確認しようと周りを見渡した。
「…コウ…シンタロウが…」
コウヤの下で彼に庇われるようにいたユイが声を震わせて指さした。
コウヤはゆっくりとユイの指差す方向を見た。
そこには、誰かを庇うように倒れるシンタロウと、彼を心配する部下たちがいた。
「少佐!!少佐!!」
部下たちは必死に彼を呼んでいる。
コウヤは起き上がろうとした。
「う…」
だが、体に痛みが走り、思わず屈んだ。
「コウ!!無理しないで…私を庇って…」
ユイは泣きそうな顔をして居る。
「…クソ…」
コウヤは思わず悪態をついた。
コウヤはなぜこうなったかを思い返していた。
遡ること、数十分前…
シンタロウは他の戦艦から呼ばれた艦長と今後の話や状況についての情報を交換していた。
その様子をユイとコウヤで見て、不審な点が無いかの確認作業をしていた。
だが、呼ばれた艦長は驚くほど素直で情報もおそらく全て話している。
「拍子抜けだね…」
ユイは退屈になったのか周りを見渡していた。
「まあ、それがいいことだよ。」
コウヤは変わらず艦長を注意深く見ていた。
「それよりも、ユイが後でマックスと話すことの方が気になるよ。」
コウヤは何気なく訊いた。
「そ…それは…それはあと!!」
すると、驚くほどユイは動揺した。
「わかっているよ。」
コウヤはユイの様子に思わず笑ってしまった。
「笑っている場合じゃないことなんだからね…」
ユイは何かを訴えたそうにしていたが、拗ねたように口を尖らせるだけだった。
「こっちだ。そうだ。」
不意にどこからか支配的な声が聞こえた。
コウヤはそちらに目を向けた。
そこには、数人の若者が手錠をされて軍人に連行されていた。
「ああ。あれが今回のテロリストたちだよ。シンタロウの独断で数人選んだみたい。」
ユイは目を細めて連行されているテロリストたちを見ていた。
「残りはあっちの軍艦に任せるって言っていたけど、大丈夫かな…」
コウヤも同じようにテロリストたちを観察した。
「仕方ないよ。こっちの戦艦だけで処理できるものでもないし…」
ユイはそう言うと、再びシンタロウ達に目を向けた。
「…あ、終わったみたい。」
ユイは少し気の抜けたように言った。
「あっけなく終わったな。」
コウヤはシンタロウと呼ばれた艦長が握手するのを見た。
若干向こうの艦長の顔が高揚したような様子なのは、何かシンタロウが激励したのだろうと簡単に予想がついた。
「本当にロッド中佐の後任だよね…」
ユイはその様子を見て感心した様に言った。
怯えが尊敬、畏怖に変わっている。
「…よく敵に回そうとしたよね…」
コウヤはシンタロウの横顔を見つめて、何となく呟いた。
そして、呟いた後、コウヤは思わず笑ってしまった。
何も考えずに出た言葉だったからだ。
昔のシンタロウを知っているコウヤはその違いに頼もしくも寂しくも感じた。
何故こんな感傷的に思うのか考えると、きっとナガオに会ったからだろう。
彼は、変わる前のコウヤ、シンタロウ、アリアの知り合いだ。
握手をしたシンタロウと向こうの艦長は頷き合い、向こうの艦長が乗ってきた小型船に体を向けた。
それに応えるように格納庫の出入り口、出撃口は開かれた。
「帰るみたいだね。」
ユイの言う通り、連れ来た数人の部下が小型船に乗り込み始めた。
「…じゃあ、さっきの話を聞くためにマックスに連絡を取って…」
コウヤは遠隔操作でマックスに連絡を取ろうとした。
すると…
ドゴンッ…ゴゴゴゴゴゴゴ…ドゴン
とくぐもった轟音が響いた。
「!?」
格納庫は緊張が走った。
「何だ!?」
シンタロウは辺りを見渡し、部下に目配せをして走らせた。
「外…だよね」
ユイは青い顔をしている。コウヤも頷きながら、自身の血の気が引くのがわかった。
「少佐…いったい…」
向こうの艦長は不安そうな顔をして居る。
二人は格納庫の出口から外の様子を窺いに向かった。
「ドームの外ですね…いったい…システムは全部取り込んだのに…不完全だったのか?」
シンタロウは呟いて悔しそうに舌打ちをした。
「私たちの船に連絡を取ります。」
どうやら小型船はすぐに連絡を取れるようで、遠隔操作のことを知らない向こうの艦長は小型船に再び向かった。
その時
キイイン…
という何か不思議な音が響いた。
「離れろ!!」
シンタロウは叫び、小型船に近付いた艦長を引っ張った。
艦長が引っ張られた瞬間、小型船は音を立て、破裂するように爆発した。
小型船が爆発する瞬間、コウヤも条件反射で隣のユイを抱えて、機材の陰に向かって庇うように倒れ込んだ。
響く轟音と、煙と鉄の匂い。
痛みよりも衝撃が大きく、耳は音を拾わなくなっていた。
登場人物
リコウ・ヤクシジ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。兄のアズマとは二人きりの家族。カワカミ博士によって新たなネットワークの鍵に設定される。アズマたちテロリストが扱うネットワークに対抗するための手段。
コウヤ・ハヤセ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。「フィーネの戦士」の一人であり圧倒的な適合率と察知能力を持っている。リコウに何やら思い入れが強く庇いがち。
マウンダー・マーズ:
みんなに「マックス」と呼ばれる。若くて軟弱そうだが、ドールプログラム研究において現在のトップ。医者であり「フィーネの戦士」の一人。同じく「フィーネの戦士」であるロッド中佐だった時のクロス・バトリーに弟を殺されている。
シンタロウ・ウィンクラー:
地連の少佐。「フィーネの戦士」の一人であり、レイモンド・ウィンクラー総統の養子の関係。現在の地連にて最強といわれている。コウヤとは付き合いが長く親友である。元の名前はシンタロウ・コウノ。
アリア・スーン:
ユイと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」ではないが、関係者。コウヤとシンタロウと親友。リコウが一目ぼれした女性。
イジー・ルーカス
地連の中尉。「フィーネの戦士」の一人。シンタロウの精神的主柱。アズマたちに連れ去られる。
ユイ・カワカミ:
アリアと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」の一人。コウヤとは恋人同士らしいが、アリアとの方が仲がいい。
ジュリオ・ドレイク:
従軍経験のあるリコウ達と同じ大学に通っていた学生。標準的に「フィーネの戦士」を尊敬している。正義感が強く他人のために力を欲しがっている。
カルム・ニ・マリク:
月所属の地連軍の人間。大佐。「フィーネの戦士」の一人であるリリー・ゴードンの上官である。テロリストの暗躍で部下を沢山失う。ウィンクラー少佐の戦艦に同乗し、行動を共にすることになる。殲滅作戦では指導した沢山の兵士を失ったこともあるのか、オクシアには気まずそうに接している。
オクシア・バティ
第三ドームの学生。総合大学の生徒。襲撃時は別のドームに居て難を逃れた。キース・ハンプス少佐の元上官で殲滅作戦で犠牲になったカズキ・マツの甥。タナ・リードから機密を含めた色々な話を聞き、叔父の影を追うため半ば脅しに近い形でリコウ達の戦艦に乗る。
レイモンド・ウィンクラー:
現在の地連軍のトップで総統。「フィーネの戦士」ではないが、作戦の責任者であった。ウィンクラー少佐を養子にとっている。
アズマ・ヤクシジ:
リコウの兄。地連の軍人で一等兵だった。第三ドーム襲撃の際、テロリスト集団「英雄の復活を望む会」を手引きし、自身もそのメンバーの一員だった。新たなネットワークの鍵でもあり、大きな脅威となっている。リコウ同様元ゼウス共和国の人間だが、ロッド中佐をはじめとした「フィーネの戦士」に対して異常なほど憧れている。
ハクト・ニシハラ:
第三ドームの大学に所属する学生。元地連大尉で「フィーネの戦士」の一人。ディアとは婚約関係。
ディア・アスール:
ネイトラルのトップであるナイト・アスールの娘。「フィーネの戦士」の一人。ハクトとは婚約関係。
レイラ・ヘッセ:
「フィーネの戦士」の一人。ゼウス共和国に滞在していたが、事件をきっかけにクロスを探しに出ている。
ジョウ・ミコト:
ほぼ全滅状態のゼウス共和国を、単体で衣食住を確保できるほどまで成長させた現在のゼウス共和国の指導者。国民からの信頼が厚い。「フィーネの戦士」の一人。
カカ・ルッソ:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにリオと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
リオ・デイモン:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにカカと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
クロス・ロアン(クロス・バトリー)
「フィーネの戦士」の一人。第三ドームの大学に通っていた。三年前に死んだと言われているロッド中佐本人であり、本物のレスリー・ディ・ロッドとは協力関係にあった。ウィンクラー少佐を妨害した黒いドールのパイロット。
タナ・リード:
第17ドームに滞在している男。ゼウス共和国の人間で「フィーネの戦士」と因縁がある。事情に通じており、今はクロスとカワカミ博士と行動をしている。
ギンジ・カワカミ:
リコウを新たなネットワークの鍵に設定した人間。ドールプログラムの開発者の一人であり、「フィーネの戦士」でもある。現在行方不明となっている。
レスリー・ディ・ロッド:
「フィーネの戦士」の一人で、クロスと入れ替わっていた。本人は生きているが、マックスと共にテロリストに襲撃され、その時にマックスを庇って捕まる。
ナイト・アスール:
ネイトラルの現在の指導者。ディアの父。彼女の婚約者であるハクトにとても好意的。カサンドラ主導だったテロリスト集団を乗っ取り、地連軍に協力を持ち掛ける。行動の意図は不明。
カサンドラ・バトリー(カサンドラ・ヘッセ):
ゼウス共和国を暴走させた独裁者ロバート・ヘッセの元妻。死亡したと公表されていたが実は亡命していた。テロリストを主導する立場だったが、ナイト・アスールに乗っ取られる。
テイリー・ベリ
ネイトラル上層部の人間。今はネイトラルで様々な脅威の情報収集に動いている。フィーネの戦士との接点が多く、作戦に関係していた。それ以前は元地連の大尉であり、殲滅作戦でいとこを亡くし地連から離れた。
リュウト・ニシハラ:
ハクトの父親。ナイト・アスールが自ら友人と言う存在。
キョウコ・ニシハラ:
ハクトの母親。少しディアに雰囲気が似ている。
ルリ・イスター:
第三ドームの市民。リコウが常連になっている喫茶店の店員。彼に淡い思いを抱いており、それが暴走して外部に情報を漏らす事態になった。
グスタフ・トロッタ:
かつてマックスと共にゼウス共和国のドール研究に携わっていた研究員。シンタロウと因縁があるらしい。三年ほど前から行方不明。
キース・ハンプス:
「フィーネの戦士」の一人で、元少佐。戦士たちの精神的主柱であり、今の地連軍だけでなく他国の者にも影響を与えた。カズキ・マツの最期の部下。
ユッタ・バトリー:
クロスの妹でカサンドラの娘。ゼウス共和国と地連の争いで命を落とす。
マイトレーヤ・サイード:
月所属の地連軍の人間。マリク大佐の部下。第六ドームの救援として来たがテロリストの暗躍により死亡。
ジュリエッタ:
カサンドラが手にかけた女性。カサンドラと思われていた遺体が彼女であった。ナイト・アスールのスパイとして前ゼウス共和国総統の元にいた。レイラの母親。その正体は謎が多い。