惑わす声
「ユイ!!大変!!」
アリアが息を切らして格納庫にいると、何とも言えない複雑そうな顔をしたマックスとユイがいた。あとなんか整備士が手持無沙汰そうに立っていた。
「どうした?アリア・スーン」
マックスは普段なら誰かの陰に隠れるが、それどころではない様子だった。
「どうしたのか聞きたいところだけど、今は私もそれどころじゃないわ」
アリアはユイとマックスを交互に見ながら言った。
だが、どういっていいのか分からない。何せアリアの頭の機械が動いているような現象なのだからだ。
そんな可能性は低いのだ。
考えると、また頭が痛みだした。
《誰だ?何でだ?》
痛みと同じく声も響いた。
《お前はどうして?どうしてだ?》
声はアリアだけに響いているようだ。周りの皆に聞こえている気配は無い。
声の不気味さと痛みに顔を顰めると、ユイとマックスの表情が同時に変化した。アリアの様子を見てのことだろう。
おそらくユイがマックスに相談したのかもしれないと簡単に想像できた。
「…私のことよりも、周り…大変なことになっている。」
アリアは二人が何を心配しているのか分かっていると暗に示しながら言った。
「周り?」
ユイが不思議そうに首を傾げた。
どうやら彼女は察知していないようだ。
「…このドームの周りに…きっと沢山の戦艦がいる。」
アリアはどういうも、自分が察知したことの最悪の事態を言った。
「何だと?」
マックスは普段なら怖がるアリアに駆け寄った。
「とにかく、今は私のことよりも…」
アリアは首を振った。
「その機械…無効化したのが原因で…ネットワークがリセットされたのか?」
マックスがブツブツと言っていた。どうやら何かのスイッチが入ったようだ。
「私コウ達に連絡するね。…君もね。」
ユイはマックスの様子を見て、手持無沙汰そうにしていた整備士のような青年に声をかけ、彼に連絡を任せていた。
「…これは…きっと想定外だろう…」
マックスは変わらずアリアを見て言っていた。
「想定外?」
「…アリア・スーンがそうなら…ジョウ・ミコトもありうるか?…いや、あいつは機械を無効化していない。…じゃあ、やっぱりこいつだけか…」
マックスはアリアの言葉を無視してブツブツと呟いていた。
アリアは不安になってきたが、頭は変わらず痛かった。
「…つ…」
変わらない痛みではなく、痛みの波の腹のような痛みの強まりがアリアを襲った。
波と比喩できるように、痛みは引いていった。
だが、その理由を知った時、アリアはやはり嫌な予感がした。
荒野を這う小さな戦艦、それは先ほどまで大量の地連軍を相手にしていた黒いドールが所属する機体、カワカミ博士とタナ・リード、そしてクロスの乗る戦艦だった。
操舵室では、三人が揃って警戒するようにモニターを見ている。
ただ、その中でクロスは違うことを考えていた。
《声も態度も、ロバートそっくりだな…》
《女は、父親に似ると幸せになるというが、男はどっちだろうな…、君はどっちに似ても不幸だろう。》
どっちにしても、殺戮者だ。
クロスはナイト・アスールの言葉を反芻し、自嘲的になった。
自分の作り出した、復讐のためのロッド中佐は、いわずともわかるほど殺戮者だ。
彼は、若いころの父そっくりであるらしい。
その違いを、レイラが部下に命令する時と普段を意図して言葉使いを替えるように、クロスも自分とロッド中佐に境界線を引いていた。
だが、保ってきたクロスという自分で、とうとう手を汚したことにクロスは相当堪えていた。
そして、クロスで堪えることで更に自分の行いを、ロッド中佐としての行いを実感する。
自分は、本当に平和な道を選んでよかったのだろうか?
クロスは、テロリストが出てくるまでの平和な日々を思い返していた。
戦いを終え、ロッド中佐を葬り去った先に、償いのための貢献を目指した。
死など、生ぬるいと思っていたが、生きていくほどに平和な日々を過ごすほど、自分は自分を忘れていたのではないか?
《親切にここまで教えたのは、あなた方の協力が欲しいからですよ。》
《だから…平和のためですよ。》
ナイト・アスールの言葉は、胡散臭いが嘘はない。
彼が平和にために動いているというのは事実だろう。
その動き方が気に食わないが、だが、犠牲を出すやり方はクロスも行ってきた。さらに言うなら、それは平和のためなどという大義もない、復讐という私怨だったが。
今の自分の行動は、とってしまった行動は…果たして、ナイト・アスールの言葉を真に受けるのなら、彼を非難出来るのか?
どんな形を求めているのかは分からないが、クロスは今の自分は、彼の意図する、理想としている行動をしている気がした。
気に食わず、信用できない人間だ。
だが、苛立ちもあるが…不思議と…
「どうする?クロス君。」
タナ・リードが急に声をかけた。
クロスは慌てて思考を現実に戻し、モニターに集中した。
「どう…も、今は逃げるしかない。」
クロスは簡単に答えた。
「今までどこに居たんだ?…というレベルで湧いてきていますね。」
カワカミ博士はモニターに映る映像を見て苦々しい顔をして言った。
モニターに映るのは、外の映像だけでなく、熱探知の映像も並べてある。
あとは、乗っ取ったであろうどこかの衛星から得た上空の映像もだ。
「どこの衛星だ?」
タナは上空からの映像を見て感心した様に聞いた。
「宇宙はまだテロリストの…なのかわからないですが、こちらが干渉できないネットワークが広がっていないみたいなんですよ。それは簡単に拝借できます。」
カワカミ博士は得意げに答えた。
「このことをどれだけの人が知っています?」
「だいたいの人はわかると思います。といっても、プログラムに関係している者達、いわばネットワークが違うことを認識できるものだけですけど」
クロスの問いにカワカミ博士は簡単に答えた。
「フィーネの戦士はどう動いている?」
タナ・リードはクロスを横目で見て訊いた。
「ハクトとディア、レイラは合流しているだろう。元ネイトラルの二人組も一緒のはずだ。」
クロスは淡々と答えた。
「主力はどうだ?」
「は?」
「だから、シンタロウ君とコウヤ君だ。間違いなく二人は主力だろ。プログラム関係でならコウヤ君は外せない。そして、今一番戦力を持っているのは間違いなくシンタロウ君だろ?」
タナ・リードは当然のように答えた。
「…二人はおそらく一緒だ。…ユイとアリア・スーンも合流していた。」
クロスは言いにくそうに言った。だが、その言いにくいのは決してタナ・リードから指摘されたからではない。
「第三ドームが襲われ、第三ドームに滞在していたコウヤさんと、その対策に動いたシンタロウさん…一緒にいて当然ですけど、ルーカス中尉が攫われたということはさらにテロリストと接触しているようですね。」
カワカミ博士は頷きながら言った。
「ほう…で、クロス君は接触をしたようだが…」
タナ・リードは探るような目でクロスを見た。
「…隠すほどじゃないが、油断していたとはいえ…ドールの腕をシンタロウ君にもがれ…敗れた。」
クロスは隠すことでないと思い、また、隠しているのが情けないことのように思えて事実を話した。
「ほう。…だが、驚かないがな。」
タナ・リードは感心した様に言ったが、納得したようだ。
「…まあ、彼等は一番戦力があるというのは正しい。」
クロスは早く話題を終わらせたくて、締めくくるように言った。
「…君は脆いな。」
タナ・リードはクロス様子を見て言った。
「は?」
クロスは怒りを含めた声を上げた。
操舵室に、何とも言えない、嫌な空気が漂った。
「今は、これからのことに集中しましょう。」
カワカミ博士は不穏な気配を察知したのか、話題を変えた。
クロスもそれに倣い、話題を変えることに乗じたが…
タナ・リードの言うことは、正しいと思った。
「…これから…どうします?」
クロスは言葉でカワカミ博士と相談しながら内心ヒヤリとしていた。
手を汚したことが相当堪えているせいか…
ナイト・アスールの言葉と、その意図通り動いているかもしれない可能性を考えると
少しだけ心が楽になっていた。
自分が手を汚した責任を、誰かに転嫁しているが、そう考えることでクロスは自分のことをうやむやにしていた。
ナイト・アスールは気に食わず、信用できない人間だ。
だが、苛立ちもあるが、
不思議と彼の意図と目的が、クロスの心にわずかな救いと和らぎを与えていた。
登場人物
リコウ・ヤクシジ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。兄のアズマとは二人きりの家族。カワカミ博士によって新たなネットワークの鍵に設定される。アズマたちテロリストが扱うネットワークに対抗するための手段。
コウヤ・ハヤセ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。「フィーネの戦士」の一人であり圧倒的な適合率と察知能力を持っている。リコウに何やら思い入れが強く庇いがち。
マウンダー・マーズ:
みんなに「マックス」と呼ばれる。若くて軟弱そうだが、ドールプログラム研究において現在のトップ。医者であり「フィーネの戦士」の一人。同じく「フィーネの戦士」であるロッド中佐だった時のクロス・バトリーに弟を殺されている。
シンタロウ・ウィンクラー:
地連の少佐。「フィーネの戦士」の一人であり、レイモンド・ウィンクラー総統の養子の関係。現在の地連にて最強といわれている。コウヤとは付き合いが長く親友である。元の名前はシンタロウ・コウノ。
アリア・スーン:
ユイと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」ではないが、関係者。コウヤとシンタロウと親友。リコウが一目ぼれした女性。
イジー・ルーカス
地連の中尉。「フィーネの戦士」の一人。シンタロウの精神的主柱。アズマたちに連れ去られる。
ユイ・カワカミ:
アリアと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」の一人。コウヤとは恋人同士らしいが、アリアとの方が仲がいい。
ジュリオ・ドレイク:
従軍経験のあるリコウ達と同じ大学に通っていた学生。標準的に「フィーネの戦士」を尊敬している。正義感が強く他人のために力を欲しがっている。
カルム・ニ・マリク:
月所属の地連軍の人間。大佐。「フィーネの戦士」の一人であるリリー・ゴードンの上官である。テロリストの暗躍で部下を沢山失う。ウィンクラー少佐の戦艦に同乗し、行動を共にすることになる。
オクシア・バティ
第三ドームの学生。ハクト達と同じ総合大学の生徒。襲撃時は別のドームに居て難を逃れた。カズキ・マツの甥で軍とは距離を置いている。タナ・リードから色々な話を聞かされた。
レイモンド・ウィンクラー:
現在の地連軍のトップで総統。「フィーネの戦士」ではないが、作戦の責任者であった。ウィンクラー少佐を養子にとっている。
アズマ・ヤクシジ:
リコウの兄。地連の軍人で一等兵だった。第三ドーム襲撃の際、テロリスト集団「英雄の復活を望む会」を手引きし、自身もそのメンバーの一員だった。新たなネットワークの鍵でもあり、大きな脅威となっている。リコウ同様元ゼウス共和国の人間だが、ロッド中佐をはじめとした「フィーネの戦士」に対して異常なほど憧れている。
ハクト・ニシハラ:
第三ドームの大学に所属する学生。元地連大尉で「フィーネの戦士」の一人。ディアとは婚約関係。
ディア・アスール:
ネイトラルのトップであるナイト・アスールの娘。「フィーネの戦士」の一人。ハクトとは婚約関係。
レイラ・ヘッセ
「フィーネの戦士」の一人。ゼウス共和国に滞在していたが、事件をきっかけにクロスを探しに出ている。
ジョウ・ミコト:
ほぼ全滅状態のゼウス共和国を、単体で衣食住を確保できるほどまで成長させた現在のゼウス共和国の指導者。国民からの信頼が厚い。「フィーネの戦士」の一人。
カカ・ルッソ:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにリオと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
リオ・デイモン:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにカカと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
クロス・ロアン(クロス・バトリー)
「フィーネの戦士」の一人。第三ドームの大学に通っていた。三年前に死んだと言われているロッド中佐本人であり、本物のレスリー・ディ・ロッドとは協力関係にあった。ウィンクラー少佐を妨害した黒いドールのパイロット。
タナ・リード:
第17ドームに滞在している男。ゼウス共和国の人間で「フィーネの戦士」と因縁がある。事情に通じており、今はクロスとカワカミ博士と行動をしている。
ギンジ・カワカミ:
リコウを新たなネットワークの鍵に設定した人間。ドールプログラムの開発者の一人であり、「フィーネの戦士」でもある。現在行方不明となっている。
レスリー・ディ・ロッド:
「フィーネの戦士」の一人で、クロスと入れ替わっていた。本人は生きているが、マックスと共にテロリストに襲撃され、その時にマックスを庇って捕まる。
ナイト・アスール:
ネイトラルの現在の指導者。ディアの父。彼女の婚約者であるハクトにとても好意的。カサンドラ主導だったテロリスト集団を乗っ取り、地連軍に協力を持ち掛ける。行動の意図は不明。
カサンドラ・バトリー(カサンドラ・ヘッセ):
ゼウス共和国を暴走させた独裁者ロバート・ヘッセの元妻。死亡したと公表されていたが実は亡命していた。テロリストを主導する立場だったが、ナイト・アスールに乗っ取られる。
リュウト・ニシハラ:
ハクトの父親。ナイト・アスールが自ら友人と言う存在。
キョウコ・ニシハラ:
ハクトの母親。少しディアに雰囲気が似ている。
ルリ・イスター:
第三ドームの市民。リコウが常連になっている喫茶店の店員。彼に淡い思いを抱いており、それが暴走して外部に情報を漏らす事態になった。
グスタフ・トロッタ:
かつてマックスと共にゼウス共和国のドール研究に携わっていた研究員。シンタロウと因縁があるらしい。三年ほど前から行方不明。
キース・ハンプス:
「フィーネの戦士」の一人で、元少佐。戦士たちの精神的主柱であり、今の地連軍だけでなく他国の者にも影響を与えた。カズキ・マツの最期の部下。
ユッタ・バトリー:
クロスの妹でカサンドラの娘。ゼウス共和国と地連の争いで命を落とす。
マイトレーヤ・サイード:
月所属の地連軍の人間。マリク大佐の部下。第六ドームの救援として来たがテロリストの暗躍により死亡。
ジュリエッタ:
カサンドラが手にかけた女性。カサンドラと思われていた遺体が彼女であった。ナイト・アスールのスパイとして前ゼウス共和国総統の元にいた。レイラの母親。その正体は謎が多い。