辿る
廃墟だ。
周りは破壊された建物、空には戦いを繰り広げるドール。
これは、数年前の光景だ。
手を汚し、憎しみに生きていたときのことだ。
「待て…!!!」
凛として、気持ちよく通る声に、限りなく憎悪が込められていた。
振り向くと、金髪で緑色の目をした少女がいた。
彼女の顔には、声に込められたものと同等以上の憎悪があった。
震える手が持つ銃は自分に向けられている。
「私に向けるか・・・・」
その時、愉快だった。
自分の計算通りに進んでいる…と
「よくも…パパを…」
彼女は変わらず、憎しみを呟いた。
このまま、この時に彼女が撃っていれば…
クロスは回想から意識を戻し、目を開いた。
目の前には、無機質な天井があった。
カワカミ博士が作った頑丈な小型の戦艦にて、ドール格納庫兼出撃口の部屋の隅でクロスは横たわっていた。
疲労で頭が痛いが、それ以上に精神的に苦しかった。
苦しかった過去を思い出すほどに…
過去の中に入る彼女とも和解して、誤解も解いた。
変わらないのは、自分にとって彼女が一番大切だということだ。
自分には、もう憎しみは無い。
けど…
「僕は、結局…」
クロスは自分の手に生々しく残ったドールを潰した感覚を思い出していた。
何度もやったことなのに…
沢山壊した、破壊した、屠った、葬った、殺した。
「…今の僕は…耐えられるのかな…」
クロスは嗚咽を堪えるように顔を歪めた。
不安だけでない、自分が元に戻るような気配がしてどうしようもない。
心のどこかで、こうなることがわかっていたのかもしれない。
頼る人たちに、見られたくなかったのかもしれない。
見られたくないのに、会いたいと思うのはその人たち。
「…一人って…辛い…」
三年前は、レスリーがいた。
イジーがいた。
そして、ハクト、ディア、ユイ、コウヤ…
「レイラ…」
クロスは呟いた。
「苦しいところ申し訳ないが、君に耳に入れて欲しいことがある。」
沈むクロスの様子に関わらず声をかけたのは、タナ・リードだった。
クロスは舌打ちしそうになったが、彼に弱いところを見られたと認めたくないため、何事もなかったように起き上がった。
「…なんだ?」
「ナイト・アスールの性格についてだ。」
タナ・リードは、ナイト・アスールの言動に思うところがあるようだ。
「ああ。無責任に地連の方に力を与えた。お陰で…」
「力による損害ではなく、結果を考えろ。冷静にな…」
タナ・リードは投げやりに言うクロスを諭すように言った。ここは年齢と経験の差が出るのか、彼が大人だというのがわかる。
クロスはその言葉で冷静になった。
精神的に弱っているのもあるが、攻撃している軍隊が思った以上に厄介だったことで、目の前のことで精一杯になっている。
「勝利者を考えた時…誰が得をする?」
「…誰って…」
「私の勘が正しければ…ネイトラルはレーザー砲を使ったとしても、我々の制圧や地連には全く絡むことはない。」
タナ・リードは断言するように言った。
「何か自信があるんだな…」
「そうだ。君やフィーネの戦士を宇宙の人類ごと消そうと試みた男だ。それを失敗し軌道修正に今も時間をかけている。…君たちの厄介さは、私も含め実感している。」
「何がいいたい?」
「状況は違えど、これは殲滅作戦と似た質を持っている。」
「…レスリーとハンプス少佐の…か…」
クロスは考え込むように呟いた。
「さて、私は操舵室に戻る。君はせいぜいここで悩むがいい。」
タナ・リードは嫌味を言うように、わざとらしくクロスを労わるような口調で言った。
クロスはその言葉に眉をピクリと吊り上げたが、諦めて、直ぐに思案に戻った。
農業用ドームの空は、今は青空を映している。
ただ、その様子にリコウは何となく胸騒ぎを感じていた。
なぜだかわからないが、得体の知れないものを感じていた。
タナ・リードという男を探しに来たリコウ隊はオクシア・バティという青年の後について、彼が滞在していたという建物を出て、しばらく道を歩いた。
オクシアは、ウィンクラー少佐が乗ってきた車の前に立った。
その車は7人ほど乗ることができる、防弾ガラスの半装甲車だった。
「…ここでいいですね…」
彼は周りに他の者がいないのを確認して呟いた。
「タナ・リードは…」
ウィンクラー少佐は警戒するようにオクシアを見た。
「…わかっているみたいですね…少佐と…コウヤさんは…」
オクシアはウィンクラー少佐とコウヤを交互に見て言った。
リコウは隣のコウヤを見た。
「…ドーム内に全くといっていいほど、タナ・リードの気配が無い…けど…」
コウヤはウィンクラー少佐に確認するように言った。ウィンクラー少佐はコウヤに頷いた。
「…彼の居場所などを言う前に…聞きたいことがあります。」
オクシアはコウヤとウィンクラー少佐を見た。
彼は二人に用があったようだ。
「ハンプス少佐の話…か」
ウィンクラー少佐は分かったように頷いた。
「君の叔父…マツって、カズキ・マツのことだよね…」
コウヤはどうやらオクシアの叔父について知っているようだ。
「はい。」
「調べた…キースさんの、殲滅作戦での上官だった人だ。」
コウヤは直接的には知らないが、どうやら調べて知ったようだ。
「調べた…ということは、キース・ハンプスは…叔父の話をしなかったんですね…」
オクシアはコウヤの話を聞いて、悲しそうな顔をしていた。
リコウはオクシアのその顔に何やら不安定なものを感じた。
…いや、違う、リコウは胸焼けするような切迫しているがけだるいものを感じた。
これは…オクシアのせいではない。
耳の裏に響くような…ざわめきを…
「話せるものではなかった…んだろうな。」
ポソリと言ったのは、ウィンクラー少佐だった。
「え?」
「決意した出来事、ある一種のトラウマのようなものは…人に話せるものではない。」
ウィンクラー少佐はハンプス少佐に共感するように、まるで自分もその経験があるようだ。
「まして…キースさんは…殲滅作戦で死んだ仲間の元にいきたがっていた。俺たちに知られると、止められる。そう思っていたんだよ。」
コウヤは確信するように言った。
「いきたがって…って、死んだ人のことがわかるんですか?…それとも、死ぬ前に話したんですか?」
オクシアは、悲しそうだが何かに縋るようにコウヤを見た。
「…そうだね。そういう感じだよ。」
コウヤは言葉を濁した。
その様子からリコウはコウヤが知ったのは、ドールプログラムの利用でだとわかった。
「プログラムを利用すると…死人にも会える…らしいですね。」
オクシアは確信を得たように言った。
「え?」
コウヤは驚いて間抜けな声を上げた。
「…そうだ。あなたはきっと亡くなっているハンプス少佐からその情報を得た。…あの人も言っていた。あなたたちはそれが出来る人間だと…」
オクシアはコウヤとウィンクラー少佐を羨ましそうに見ていた。
「待て…どういうことだ?誰からそんなことを…」
ウィンクラー少佐は慌ててオクシアの言葉を止めて質問した。
確かにドールプログラムでのそんな話を聞いたことがある気がする。
そして、それはリコウがマックスに会ってから知ったようなことだ。
専門でドールプログラムを勉強しているリコウですら知らなかったことだ。オクシアは農学の人間で、ドールプログラムとは関りが少ない。
だからウィンクラー少佐は慌てて質問をしたのだろう。だが、それにしてはウィンクラー少佐とコウヤも表情がおかしい。
そんな風に思い、オクシア達の会話を聞きながら、リコウは嫌な予感、不安が最高潮になった。
耳の裏に響くようなざわめきが耳障りで仕方ないのだ。
オクシアが話し出そうとしているが、リコウは耐え切れなくなった。
「…先輩。すごくうるさく感じ…」
リコウは不快感をコウヤに訴えようとした。
「うるさく?」
コウヤがピクリと反応し、リコウを振り返り、駆け寄ってきた。
その様子をオクシアは怪訝そうに見ている。
だが、ウィンクラー少佐は深刻そうに見ていた。
コウヤの手が、リコウの肩に触れた。
その時、リコウはまた光の糸を見た。
やはり自力で見るよりも多く、広い世界だ。
そして、その糸を沢山巡らせた物体が、周りに風景を見た。
コウヤが隣で息を呑んだ。
「どうし…!?」
ウィンクラー少佐はコウヤの様子を見て何かを察したようだが、その途中彼もまた何か察知したようだ。
「どうしました?」
マリク大佐が不安そうに二人を見た。
ジュリオもだ。
「…テロリストのネットワークを持った者が…このドームの周りを囲んでいる。」
ウィンクラー少佐は険しい顔をして言った。
彼は舌打ちをしながら、オクシアが立っている車の元に走った。
「話は後だ。戦艦にいるメンツだとテロリストの奴は察知できない。」
ウィンクラー少佐は車に乗り込むと、コウヤとリコウも乗るように促した。
「マリク大佐とジュリオはこの一帯を総括している施設に言って、緊急放送と港との連絡を強化するように言ってください。」
ウィンクラー少佐は淡々とジュリオとマリク大佐に指示をした。
「わかりました。」
「はい。」
マリク大佐とジュリオは姿勢を正して返事をした。
「…あの、俺は…」
緊急事態に会話を止められたオクシアは手持無沙汰そうにウィンクラー少佐たちを見ていた。
当然だ。おそらく彼はテロリストと言われても実感も危機感も無いはずだ。
「機密を知っている存在を、放置は出来ない。」
ウィンクラー少佐は悩む様子もなく、オクシアも車に乗るように促した。
その様子を見てジュリオは驚いたのと、羨ましそうに彼を見た。
登場人物
リコウ・ヤクシジ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。兄のアズマとは二人きりの家族。カワカミ博士によって新たなネットワークの鍵に設定される。アズマたちテロリストが扱うネットワークに対抗するための手段。
コウヤ・ハヤセ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。「フィーネの戦士」の一人であり圧倒的な適合率と察知能力を持っている。リコウに何やら思い入れが強く庇いがち。
マウンダー・マーズ:
みんなに「マックス」と呼ばれる。若くて軟弱そうだが、ドールプログラム研究において現在のトップ。医者であり「フィーネの戦士」の一人。同じく「フィーネの戦士」であるロッド中佐だった時のクロス・バトリーに弟を殺されている。
シンタロウ・ウィンクラー:
地連の少佐。「フィーネの戦士」の一人であり、レイモンド・ウィンクラー総統の養子の関係。現在の地連にて最強といわれている。コウヤとは付き合いが長く親友である。元の名前はシンタロウ・コウノ。
アリア・スーン:
ユイと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」ではないが、関係者。コウヤとシンタロウと親友。リコウが一目ぼれした女性。
イジー・ルーカス
地連の中尉。「フィーネの戦士」の一人。シンタロウの精神的主柱。アズマたちに連れ去られる。
ユイ・カワカミ:
アリアと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」の一人。コウヤとは恋人同士らしいが、アリアとの方が仲がいい。
ジュリオ・ドレイク:
従軍経験のあるリコウ達と同じ大学に通っていた学生。標準的に「フィーネの戦士」を尊敬している。正義感が強く他人のために力を欲しがっている。
カルム・ニ・マリク:
月所属の地連軍の人間。大佐。「フィーネの戦士」の一人であるリリー・ゴードンの上官である。テロリストの暗躍で部下を沢山失う。ウィンクラー少佐の戦艦に同乗し、行動を共にすることになる。
オクシア・バティ
第三ドームの学生。ハクト達と同じ総合大学の生徒。襲撃時は別のドームに居て難を逃れた。カズキ・マツの甥で軍とは距離を置いている。タナ・リードから色々な話を聞かされた。
レイモンド・ウィンクラー:
現在の地連軍のトップで総統。「フィーネの戦士」ではないが、作戦の責任者であった。ウィンクラー少佐を養子にとっている。
アズマ・ヤクシジ:
リコウの兄。地連の軍人で一等兵だった。第三ドーム襲撃の際、テロリスト集団「英雄の復活を望む会」を手引きし、自身もそのメンバーの一員だった。新たなネットワークの鍵でもあり、大きな脅威となっている。リコウ同様元ゼウス共和国の人間だが、ロッド中佐をはじめとした「フィーネの戦士」に対して異常なほど憧れている。
ハクト・ニシハラ:
第三ドームの大学に所属する学生。元地連大尉で「フィーネの戦士」の一人。ディアとは婚約関係。
ディア・アスール:
ネイトラルのトップであるナイト・アスールの娘。「フィーネの戦士」の一人。ハクトとは婚約関係。
レイラ・ヘッセ
「フィーネの戦士」の一人。ゼウス共和国に滞在していたが、事件をきっかけにクロスを探しに出ている。
ジョウ・ミコト:
ほぼ全滅状態のゼウス共和国を、単体で衣食住を確保できるほどまで成長させた現在のゼウス共和国の指導者。国民からの信頼が厚い。「フィーネの戦士」の一人。
カカ・ルッソ:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにリオと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
リオ・デイモン:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにカカと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
クロス・ロアン(クロス・バトリー)
「フィーネの戦士」の一人。第三ドームの大学に通っていた。三年前に死んだと言われているロッド中佐本人であり、本物のレスリー・ディ・ロッドとは協力関係にあった。ウィンクラー少佐を妨害した黒いドールのパイロット。
タナ・リード:
第17ドームに滞在している男。ゼウス共和国の人間で「フィーネの戦士」と因縁がある。事情に通じており、今はクロスとカワカミ博士と行動をしている。
ギンジ・カワカミ:
リコウを新たなネットワークの鍵に設定した人間。ドールプログラムの開発者の一人であり、「フィーネの戦士」でもある。現在行方不明となっている。
レスリー・ディ・ロッド:
「フィーネの戦士」の一人で、クロスと入れ替わっていた。本人は生きているが、マックスと共にテロリストに襲撃され、その時にマックスを庇って捕まる。
ナイト・アスール:
ネイトラルの現在の指導者。ディアの父。彼女の婚約者であるハクトにとても好意的。カサンドラ主導だったテロリスト集団を乗っ取り、地連軍に協力を持ち掛ける。行動の意図は不明。
カサンドラ・バトリー(カサンドラ・ヘッセ):
ゼウス共和国を暴走させた独裁者ロバート・ヘッセの元妻。死亡したと公表されていたが実は亡命していた。テロリストを主導する立場だったが、ナイト・アスールに乗っ取られる。
リュウト・ニシハラ:
ハクトの父親。ナイト・アスールが自ら友人と言う存在。
キョウコ・ニシハラ:
ハクトの母親。少しディアに雰囲気が似ている。
ルリ・イスター:
第三ドームの市民。リコウが常連になっている喫茶店の店員。彼に淡い思いを抱いており、それが暴走して外部に情報を漏らす事態になった。
グスタフ・トロッタ:
かつてマックスと共にゼウス共和国のドール研究に携わっていた研究員。シンタロウと因縁があるらしい。三年ほど前から行方不明。
キース・ハンプス:
「フィーネの戦士」の一人で、元少佐。戦士たちの精神的主柱であり、今の地連軍だけでなく他国の者にも影響を与えた。カズキ・マツの最期の部下。
ユッタ・バトリー:
クロスの妹でカサンドラの娘。ゼウス共和国と地連の争いで命を落とす。
マイトレーヤ・サイード:
月所属の地連軍の人間。マリク大佐の部下。第六ドームの救援として来たがテロリストの暗躍により死亡。
ジュリエッタ:
カサンドラが手にかけた女性。カサンドラと思われていた遺体が彼女であった。ナイト・アスールのスパイとして前ゼウス共和国総統の元にいた。レイラの母親。その正体は謎が多い。