辛苦
タナ・リードが滞在していると言われた場所周辺に着くと、親切に声をかけてきた青年がいた。
茶色い髪をした切れ長の目をして居る、涼しい顔立ちで中性的な雰囲気の青年だ。
体格は中肉中背とはいえず、細身で、肉付きの問題ではなく骨格自体が細い、全体的に線が細い印象を持つ。
身長はリコウよりも低くマックスと同じくらいだろう。やや小柄だ。
そして偏見だが、外見と彼のもつ雰囲気はこのドームにはどこか合わない。
彼を見て、マリク大佐は目を見開き驚いた。
「…マツ…君」
と震える声で、おそらく意図せずに呟いたのだろう。
今度はその言葉に青年が固まった。
「え…?」
彼の顔が徐々に強張っていく。
リコウ達は黙って青年とマリク大佐を見た。
「あんた、叔父さんの知り合いか?」
彼は先ほどまで親切さの欠片もない、低い声で唸るように言った。
「お…叔父…か…」
それを聞いてマリク大佐ははっとした様に彼を見た。
「…マツ…」
リコウの横にいたコウヤが何か思い出したように呟いた。
「…失礼しました…何か探していますか?」
彼は少し投げやりな様子で、仕切りなおしたようにリコウ達に尋ねた。
ただ、リコウの気のせいかもしれないが、彼は自分たちの目的をわかっているような気がしたのだ。
「タナ・リードという男がこの辺りにいると聞いてきた。」
そう答えたのはリコウ達ではなかった。
リコウ達の来た道の方角から歩いてきたウィンクラー少佐だ。
彼の後ろには軍の車がある。おそらく戦艦に乗せている車で来たのだろう。
「ウィンクラー少佐」
ジュリオが少し安心したような顔をした。
確かにリコウも彼の登場に安心した。
マリク大佐と青年の間にあった空気は、どこか不穏で、どこか取り返しのつかないような苦しさを持つものだった。
「ウィンクラー少佐…あなたが…」
青年はウィンクラー少佐を見てピクリと表情を変えた。それは、何かを期待しているような物だった。
「ああ…そうだが、君が案内してくれると言った人か?」
ウィンクラー少佐は青年が見て尋ねた。
どうやら事前に連絡を入れた時に案内を申し出た人物がいたようだ。
「え?…それは、俺では…」
青年は聞いていなかったらしく、首を振った。
その時
「ウィンクラー少佐――!!」
建物の方から声がした。
声の方には、数人の青年が慌てて走って来ていた。
「?」
コウヤがその青年たちを見て何やら首を傾げた。
ウィンクラー少佐も青年たちを見て顔を顰めている。
3人ほどの青年たちが走ってきた。
彼等はリコウ達と同い年か、年上かとそのくらいの年齢だ。
その青年たちの中の一人が、コウヤとウィンクラー少佐を見て目を輝かせていた。
「…お前…ナガオ?」
ウィンクラー少佐はその目を輝かせている青年を見て、何かに気付いたようだ。
というよりも、コウヤもだが知り合いのようだ。
「少佐。知り合いなんですか?」
ジュリオはその青年を観察するように見た。
おそらく彼等の知り合いということで、フィーネの戦士関係者だと考えているようだ。
「本当に…コウヤとシンタロウだ…」
彼は戦いなどの気配のない、安穏とした雰囲気で言った。
「第一ドームにいた時の、同級生だよ。」
コウヤが説明するように言った。
「へえ…」
リコウは青年を見た。
茶色の混じった赤毛と、丸い目、中肉中背よりも太めで、先ほどのマリク大佐と不穏な空気を醸し出していた青年よりも明らかに、彼の方がこのドームに合っていた。
「まあ、案内するぜ!!」
彼は馴れ馴れしくコウヤとウィンクラー少佐の肩を叩いた。
少し毒気の抜かれたようなウィンクラー少佐の顔は中々見たことが無い。
本当に彼が普通の学生時代があったというのが、信じていなかったわけではないが、そんな時代があったのだな、と分かった。
「お前身体やばいな!!軍人ってやっぱり鍛えるのか!!コウヤは普通だな!!」
彼はウィンクラー少佐とコウヤを見て笑いながら言った。
あっけの取られるリコウ達をほっておいて、青年を始めとする案内を申し出た4人は、先導するように建物に向かって歩き出した。
リコウははっと思い出し、マリク大佐と先ほどの線の細い青年の方を見た。
マリク大佐はどうしていいのか分からない様子だが、ウィンクラー少佐について行きたいようだ。ただ、青年を放っておくこともできないようだ。
「…お前も来いよ。」
ジュリオが青年の方を見て言った。
「…ああ。」
青年は頷いて歩き出した。
マリク大佐は安心したようにウィンクラー少佐の後ろに付いて歩き始めた。
リコウはジュリオを尊敬した。
案内されたのは、農業の中でも研究をする施設のようだった。
案内してくれた青年たちだけでなく、建物の中には他にも人がいた。
話を聞くと、彼等も第三ドームの学生又は関係者らしい。
その中でも総合大学だから、リコウもジュリオも驚き、羨望のまなざしで見た。
「…俺たちも他人事じゃないからな…」
そう言ったのは、ウィンクラー少佐達の同級生と言われた青年で彼はナガオというらしい。
やはり第三ドームの犠牲は大きい。未だ鮮明になっていないが、連絡の取れない者は絶望的というのはわかる。
「俺たちは運よくこのドームに研修で来ていたけど…」
彼のその言葉には罪悪感があった。
その様子を見ていると、リコウは胸が痛くなった。
「言う必要は無い。」
コウヤがリコウの横で小声で言った。
「…先輩。」
「ここで精神を削るな。“後”にしろ」
コウヤはアズマがやったことを言いそうなっているリコウに言ったのだ。ただ、“後”という言葉を強調していた。
「そのタナ・リードって、ゼウス共和国の人だよな…たしか、この辺に滞在していたけど、どこかに用事で出かけたらしい…」
ナガオは何やら複数で相談し、辺りを見渡した。
「どうした?」
ウィンクラー少佐はその様子を見て尋ねた。
「いや、確か彼の面倒を見ていたというよりも、傍で接していた奴がいるんだ。えっと…」
彼は誰かを探すように見渡した。
「あ!!いた!!バティ!!」
ナガオは誰か見つけたようで、大声で名を呼び手招きをした。
リコウ達のことを遠巻きに見る学生や、その関係者は呼ばれた青年に目を向けた。
それは自然なことで、リコウ達も自ずとその青年が誰だか見当がつく。
「…はい。」
呼ばれた青年は歩み出てきた。
前に出てきたバティと呼ばれた青年は、先ほどの線の細い青年だった。
「こいつだ。」
何も知らないナガオは、笑顔で言った。
「オクシア・バティです。」
青年はやや冷めた声で名乗った。
「確か用事でどこか行ったって言っていたけど知っているのか?」
「はい。案内もしますよ。」
ナガオにオクシアは答えた。
マリク大佐が微かに顔を歪めた。
嫌悪ではなく気まずいのだろう。
「そこの軍人さんは彼と知り合いですか?」
何も知らないナガオは、気楽そうな声で訊いた。
「…いや、知り合いというよりかは…」
マリク大佐が何て言おうかと迷っていると
「俺の叔父の知り合いです。」
とオクシアは言った。
「へえ。初耳だ。叔父さん軍人なのか?」
気楽そうにナガオは続けて訊いた。
何というのだろう、リコウは針の筵のように感じた。
ジュリオもだ。
内心それ以上聞くなとも思うが、気になるには気になる。
「はい。」
オクシアは淡々と答えた。
「なら、ウィンクラー少佐とかとも知り合いかもしれないな」
気楽そうに周りの青年たちは言った。
「…そうですね。」
オクシアはその言葉に寂しそうに笑いながら言った。
そして、コウヤとウィンクラー少佐を見た。
「…キース・ハンプス少佐と知り合いなら…」
と二人を期待するように見た。
それには冷やかしも何も無かった。
マリク大佐は言っていることが分かるのか、目を伏せた。
コウヤとウィンクラー少佐は驚いたように目を見開いた。
「…じゃあ、俺に付いてきてください。終わったらここに戻りますね。」
オクシアは歩き出し、後に続くようにという様子で言った。
「わかった。」
ウィンクラー少佐は頷き、彼の後に続いた。
リコウはオクシアという青年の背中を見ながらタナ・リードという人物について考えた。
この建物にいる者は彼のことを良く知らず、どこかに出かけたと言っていただけで、全てこのオクシアに任せている。
相当気難しいか、彼が人を寄せ付けなかったかだろう。
そんな考えを巡らせていたリコウは、気付かなかった。
オクシアの後に続くウィンクラー少佐とコウヤが険しい顔をしていたこと…ではなく、マリク大佐の表情が、戦艦に乗っていた部下たちを亡くした時と同じくらい悲愴なものであったことを…
登場人物
リコウ・ヤクシジ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。兄のアズマとは二人きりの家族。カワカミ博士によって新たなネットワークの鍵に設定される。アズマたちテロリストが扱うネットワークに対抗するための手段。
コウヤ・ハヤセ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。「フィーネの戦士」の一人であり圧倒的な適合率と察知能力を持っている。リコウに何やら思い入れが強く庇いがち。
マウンダー・マーズ:
みんなに「マックス」と呼ばれる。若くて軟弱そうだが、ドールプログラム研究において現在のトップ。医者であり「フィーネの戦士」の一人。同じく「フィーネの戦士」であるロッド中佐だった時のクロス・バトリーに弟を殺されている。
シンタロウ・ウィンクラー:
地連の少佐。「フィーネの戦士」の一人であり、レイモンド・ウィンクラー総統の養子の関係。現在の地連にて最強といわれている。コウヤとは付き合いが長く親友である。元の名前はシンタロウ・コウノ。
アリア・スーン:
ユイと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」ではないが、関係者。コウヤとシンタロウと親友。リコウが一目ぼれした女性。
イジー・ルーカス
地連の中尉。「フィーネの戦士」の一人。シンタロウの精神的主柱。アズマたちに連れ去られる。
ユイ・カワカミ:
アリアと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」の一人。コウヤとは恋人同士らしいが、アリアとの方が仲がいい。
ジュリオ・ドレイク:
従軍経験のあるリコウ達と同じ大学に通っていた学生。標準的に「フィーネの戦士」を尊敬している。正義感が強く他人のために力を欲しがっている。
カルム・ニ・マリク:
月所属の地連軍の人間。大佐。「フィーネの戦士」の一人であるリリー・ゴードンの上官である。テロリストの暗躍で部下を沢山失う。ウィンクラー少佐の戦艦に同乗し、行動を共にすることになる。
オクシア・バティ
第三ドームの学生。ハクト達と同じ総合大学の生徒。襲撃時は別のドームに居て難を逃れた。カズキ・マツの甥で軍とは距離を置いている。タナ・リードから色々な話を聞かされた。
レイモンド・ウィンクラー:
現在の地連軍のトップで総統。「フィーネの戦士」ではないが、作戦の責任者であった。ウィンクラー少佐を養子にとっている。
アズマ・ヤクシジ:
リコウの兄。地連の軍人で一等兵だった。第三ドーム襲撃の際、テロリスト集団「英雄の復活を望む会」を手引きし、自身もそのメンバーの一員だった。新たなネットワークの鍵でもあり、大きな脅威となっている。リコウ同様元ゼウス共和国の人間だが、ロッド中佐をはじめとした「フィーネの戦士」に対して異常なほど憧れている。
ハクト・ニシハラ:
第三ドームの大学に所属する学生。元地連大尉で「フィーネの戦士」の一人。ディアとは婚約関係。
ディア・アスール:
ネイトラルのトップであるナイト・アスールの娘。「フィーネの戦士」の一人。ハクトとは婚約関係。
レイラ・ヘッセ
「フィーネの戦士」の一人。ゼウス共和国に滞在していたが、事件をきっかけにクロスを探しに出ている。
ジョウ・ミコト:
ほぼ全滅状態のゼウス共和国を、単体で衣食住を確保できるほどまで成長させた現在のゼウス共和国の指導者。国民からの信頼が厚い。「フィーネの戦士」の一人。
カカ・ルッソ:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにリオと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
リオ・デイモン:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにカカと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
クロス・ロアン(クロス・バトリー)
「フィーネの戦士」の一人。第三ドームの大学に通っていた。三年前に死んだと言われているロッド中佐本人であり、本物のレスリー・ディ・ロッドとは協力関係にあった。ウィンクラー少佐を妨害した黒いドールのパイロット。
タナ・リード:
第17ドームに滞在している男。ゼウス共和国の人間で「フィーネの戦士」と因縁がある。事情に通じており、今はクロスとカワカミ博士と行動をしている。
ギンジ・カワカミ:
リコウを新たなネットワークの鍵に設定した人間。ドールプログラムの開発者の一人であり、「フィーネの戦士」でもある。現在行方不明となっている。
レスリー・ディ・ロッド:
「フィーネの戦士」の一人で、クロスと入れ替わっていた。本人は生きているが、マックスと共にテロリストに襲撃され、その時にマックスを庇って捕まる。
ナイト・アスール:
ネイトラルの現在の指導者。ディアの父。彼女の婚約者であるハクトにとても好意的。カサンドラ主導だったテロリスト集団を乗っ取り、地連軍に協力を持ち掛ける。行動の意図は不明。
カサンドラ・バトリー(カサンドラ・ヘッセ):
ゼウス共和国を暴走させた独裁者ロバート・ヘッセの元妻。死亡したと公表されていたが実は亡命していた。テロリストを主導する立場だったが、ナイト・アスールに乗っ取られる。
リュウト・ニシハラ:
ハクトの父親。ナイト・アスールが自ら友人と言う存在。
キョウコ・ニシハラ:
ハクトの母親。少しディアに雰囲気が似ている。
ルリ・イスター:
第三ドームの市民。リコウが常連になっている喫茶店の店員。彼に淡い思いを抱いており、それが暴走して外部に情報を漏らす事態になった。
グスタフ・トロッタ:
かつてマックスと共にゼウス共和国のドール研究に携わっていた研究員。シンタロウと因縁があるらしい。三年ほど前から行方不明。
キース・ハンプス:
「フィーネの戦士」の一人で、元少佐。戦士たちの精神的主柱であり、今の地連軍だけでなく他国の者にも影響を与えた。カズキ・マツの最期の部下。
ユッタ・バトリー:
クロスの妹でカサンドラの娘。ゼウス共和国と地連の争いで命を落とす。
マイトレーヤ・サイード:
月所属の地連軍の人間。マリク大佐の部下。第六ドームの救援として来たがテロリストの暗躍により死亡。
ジュリエッタ:
カサンドラが手にかけた女性。カサンドラと思われていた遺体が彼女であった。ナイト・アスールのスパイとして前ゼウス共和国総統の元にいた。レイラの母親。その正体は謎が多い。