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あやとり  作者: 近江 由
~糸から外れて~流れ続ける因
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徒花

 

 荒れ地を巡回するドール小隊は、機体に地連軍の証がついている。

 どうやら地連軍の小隊のようだ。


「…予想通り、察知できない。引き付けるのでその隙に逃げてください。」

 岩陰に隠れ、様子を窺っているクロスは、シンタロウと戦った黒いドールに乗っている。

 その腕は直されたらしく、外見は装備が万全だった。


『ナイト・アスールの言ったこと、気を付けてください。』

 やや強張ったカワカミ博士の声が響いた。


「わかっている…」

 クロスは頷いたが、その声も強張っていた。


「…集中したいので、少し通信を切ります。」

 クロスは緊張と動揺を知られたくなくて、通信を切った。

 といっても、きっとそんなことは察しているだろう。


 ただ、今回は状況が違う。


 クロスは深呼吸をした。


 周りのドールの気配は、ドールプログラムを活用したネットワークでは察せられない。


 だが、ドールではなく人なら、かつて軍の上層部ににらみを利かせていた経験から、人の気配、悪意には聡いのだ。


「…よし…」

 クロスは神経を研ぎすまし、今巡回しているドールの方に飛んだ。


 サブドール4体、ドール3体というのから、気を付けるのはドールだが、更に気を付けるべきはその後ろにいる母艦だ。


 クロスを見つけたドールの1体は、何やら手を挙げた。

 それに続くように周りのドール達もクロスを見た。


「…連携はまあまあだな…」

 クロスは地を這うようにドールの1体に迫った。

 その動きや速さはかつてのロッド中佐を彷彿させるものだった。本人だから当然だが。


 近付き、クロスの得意な手足をもぐという攻撃をしようとした。だが、そのとき


 ガガガガ…と地響きがした。


「!?」

 クロスは方向を切り換え、身をひるがえすようにした。


 ゴオオオー…と、クロスの向かっていた場所、その周辺にレーザー砲が飛んできた。

 狙っていたドールは勿論避けていたが、クロスが砲口を切り替えるのが遅ければ、その衝撃波でのダメージは大きい。


「…やっかいな…」

 クロスは冷や汗をかいた。


「!?」

 クロスはまたその場から離れた。


 次は母艦の方角からレーザー砲が放たれたのだ。

 どうやら避けさせる算段ではあったようだ。


 避けると妨害するようにサブドールがいる。

 クロスはそれをいなしたが…


「クソ!!」

 またレーザー砲が飛んできた。


 連携の取れている動きに、少し焦りを感じた。

 自分の知っている軍は、本当に昔の物だというのが分かったからだ。


「…私は、過去の遺物になり下がったのか…」

 クロスはシンタロウに負けたことを思い出し、思わず自嘲的に呟いた。


 その間にもレーザー砲が飛んでくる。


 エネルギー切れを狙いたいが、レーザーの流れ弾をカワカミ博士たちの乗る艦にさせてはたまらない。

 せめてそこにはいかないように気を配りながら避けた。


 サブドールがやっかいだ。

 ドールもやっかいだ。


 母艦もやっかいだ。


 シンタロウに切り落とされた腕は治ったが、ドールの簡易的な補強しかしていないため、内蔵されている武器を使える状況ではないのだ。


 倒すのは簡単だ。

 それは、相手を殺せばいい。


 そう思った時、クロスはその考えを振り払った。

 もう、自分は沢山手を汚した。

 せっかくやり直す機会を、償い切れないと分かりながらも生き続ける道を選んだ。


「…私は…僕は…」

 冷や汗だけでなく、集中しているためにかいた大量の汗をぬぐう暇もなくクロスは周りを見て、考えを巡らせた。


 一機のサブドールに目をつけた。

 動きに隙が出来ると思ったからだ。


 徐々に動きをそちらに向かせるように動いた。


 ドールのレーザーを避けた時、クロスの前に回り込んだそのサブドールに予想通り隙があった。

 踏み出しが遅かったのだ。


 クロスは動く速さを上げ、その踏み出しを狙い、足を捻り上げた。そしてその足をサブドールに投げつけ、コックピットに衝撃を加わる程度の攻撃をした。


 一台が潰れると連携も崩れる。


「いける…」

 クロスは口に笑みを浮かべ、他のサブドール、またドールに向かった。


 2体とサブドール全てを行動不能にしたとき、母艦からレーザー砲が飛んできた。


 それを避けたが、クロスは周りの状況に気付いて慌てた。


 母艦が放ったレーザーは、カワカミ博士たちのいる戦艦が隠れる岩に当ったのだから。


 ガガガガ…と音を立て、削がれた岩の陰から一つの小さな船が顔を出した。


 残りのドールも、母艦もおそらく狙いを変えたであろう。

 そのくらい、ネットワークに接せなくてもわかる。


 そのレーザー砲は、確実に向けられている。

 そして、放たれる直前の地響きが聞こえる。


「しまった…」

 クロスは慌てて、咄嗟に、力を出してしまった。


 三年前、何度もやった癖だ。


 ゴシャン…と、ドールを攻撃していた。


 ただ、力加減を出来ずにコックピットまで大きく響く攻撃だった。


「…く…」

 クロスは血の気が引く気がした。だが、中のパイロットが生きていると察し、少し安心した。


 しかし、そこで止まっている場合ではなく、母艦の方に向かった。


 そして、その砲台だけ攻撃し、全てを無力化したと思った。


「え…」

 方向を変えたことで、クロスは初めて気付いた。

 自分が疲れていたこと、そして…


「こんなに…」

 自分が戦っていた小隊以上に、周りには戦力があったことを…


「!?」

 驚いている暇はなかった。


 周りには、20機を超すドール、そして、一隻の大きな戦艦。


 全ての砲台はこっちに向いている。


 後ろには守らないといけない船…


 ザーザー

『クロスさん!!こちらは逃げるので、無理をせずに援護に…』

 気を遣うようなカワカミ博士の声が響いた。

 どうやら無理やり通信を繋げたようだ。


「大丈夫ですよ…」

 飛び上がった。


 かつてのロッド中佐のように、クロスは

 両手を広げた。

 まるで的にするようにと…


 ドールのレーザー砲は、適合率によって使えていた。だが、今は関係なしに使える。

 しかし、その精度はやはり適合率が関係する。


 クロスに向かった砲撃はやはり適合率が高い者ではなかった。


 ただ、クロスの狙いはその砲撃の際の隙だった。


 地をすさまじい勢いで這い、出来る限りのドールの手足をもいだ。

 だが、クロスの狙いどおりにはいかない。


 避ける時、とっさに近くのドールを盾にし、レーザーから逸れてしまった。


 ドールの腕の先で、一機のドールがレーザーに溶けていった。

 昔自分が振るった力よりも、生々しく感じる。


 目の前で確かに、命が消えた。

「あ…」

 あまりの儚さに、クロスはたじろいだ。


 しかし、周りのドールは待ってくれない。


 仲間が死ぬことで、皮肉なことに結束力は高まる。


 そして、勢いも増すものだ。


 残りのドールはクロスに向かって来た。

 放たれるレーザーをクロスは踊るように躱した。


 サブドールが回り込んでいない分、先ほどの方が厄介だった。

 ただ、先ほどは殺していない。


 大きな戦艦から砲撃の気配がした。


 複数の砲台がクロスに向かい、放たれた。

 それを踊るように避けるが、周りにはそれを狙うドール。


 ゴシャン…と、回り込まれたドールを避けきれず、潰してしまった。


 だが、それはコックピットではなく頭だった。

 モニターが潰れただけで、パイロットの命は無事だ。


 それに安堵したが、そのドールごと狙うレーザーが放たれた。


「!?」

 クロスは避けたが、そのドールはレーザーに溶けていった。


 また、命が消えた。


「…なんで…」

 予想以上に困惑する自分に驚きながらも戦い続けなくてはと自分を鼓舞した。

 だが、周りは待ってくれない。


 クロスではなく狙いはカワカミ博士たちが乗る船に向かった。


 大きな戦艦の複数の砲台、そして複数のドールたち…


 動揺しているうちに時間は過ぎる。


「やめ…やめろおおお!!」

 クロスは咄嗟に腕を伸ばし、自分に許されているレーザーを放ち、放ったまま軌道を動かし、空を切った。


 クロスの放ったレーザーは、戦艦の操舵室部分を破壊し、その向こうの複数のドールを破壊した。


 命が消えた。


「…は…はあ、はあ…」

 クロスは集中力を使ったレーザーに息を切らせたが、まだ船の近くに残っているドールがいる。


 慌てて船の方に向かい、そちらに向かっているドールを無力化した。

 まだ、まだ手足をもいで無力化に専念した。


 最後のドールも無力化した…というとき、一機のドールがクロスに襲い掛かった。

 そのドールは、先ほどクロスが咄嗟に攻撃してしまったドールだった。

 コックピットまでに響いた攻撃は、確かに効いたようだ。

 しかし、そのダメージが捨て身の攻撃をさせているとは思わなかった。

 その捨て身の攻撃にクロスは手を伸ばした。


 ゴシャン…と、今度はコックピットを潰してしまった。


 三年前、何度もやったことだ。

 やけに生々しい感覚だった。


「…は…はははは…」

 クロスは思わず笑ってしまった。


 簡単に守ることができたということではない。


「…僕には…この道しかないのか…」

 笑いながら呟いた。


 《女は、父親に似ると幸せになるというが、男はどっちだろうな…、君はどっちに似ても不幸だろう。》


 先ほど入れたナイト・アスールの言葉が蘇った。


「…私は…僕は…クロスだ…でも…」

 クロスは周りの光景を見た。


 無力化されたドールと戦艦。破壊されたドールと煙を上げ小さな爆発を繰り返す戦艦。


 レーザーの攻撃により、抉れた地面と岩山の残骸…


「…疫病神は…僕だった…」

 声にならない声でクロスは言った。


登場人物


リコウ・ヤクシジ:

第三ドームの第四区の大学に所属する学生。兄のアズマとは二人きりの家族。カワカミ博士によって新たなネットワークの鍵に設定される。アズマたちテロリストが扱うネットワークに対抗するための手段。


コウヤ・ハヤセ:

第三ドームの第四区の大学に所属する学生。「フィーネの戦士」の一人であり圧倒的な適合率と察知能力を持っている。リコウに何やら思い入れが強く庇いがち。


マウンダー・マーズ:

みんなに「マックス」と呼ばれる。若くて軟弱そうだが、ドールプログラム研究において現在のトップ。医者であり「フィーネの戦士」の一人。同じく「フィーネの戦士」であるロッド中佐だった時のクロス・バトリーに弟を殺されている。


シンタロウ・ウィンクラー:

地連の少佐。「フィーネの戦士」の一人であり、レイモンド・ウィンクラー総統の養子の関係。現在の地連にて最強といわれている。コウヤとは付き合いが長く親友である。元の名前はシンタロウ・コウノ。


アリア・スーン:

ユイと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」ではないが、関係者。コウヤとシンタロウと親友。リコウが一目ぼれした女性。


イジー・ルーカス

地連の中尉。「フィーネの戦士」の一人。シンタロウの精神的主柱。アズマたちに連れ去られる。


ユイ・カワカミ:

アリアと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」の一人。コウヤとは恋人同士らしいが、アリアとの方が仲がいい。


ジュリオ・ドレイク:

従軍経験のあるリコウ達と同じ大学に通っていた学生。標準的に「フィーネの戦士」を尊敬している。正義感が強く他人のために力を欲しがっている。


カルム・ニ・マリク:

月所属の地連軍の人間。大佐。「フィーネの戦士」の一人であるリリー・ゴードンの上官である。テロリストの暗躍で部下を沢山失う。ウィンクラー少佐の戦艦に同乗し、行動を共にすることになる。


オクシア・バティ

第三ドームの学生。ハクト達と同じ総合大学の生徒。襲撃時は別のドームに居て難を逃れた。カズキ・マツの甥で軍とは距離を置いている。タナ・リードから色々な話を聞かされた。


レイモンド・ウィンクラー:

現在の地連軍のトップで総統。「フィーネの戦士」ではないが、作戦の責任者であった。ウィンクラー少佐を養子にとっている。



アズマ・ヤクシジ:

リコウの兄。地連の軍人で一等兵だった。第三ドーム襲撃の際、テロリスト集団「英雄の復活を望む会」を手引きし、自身もそのメンバーの一員だった。新たなネットワークの鍵でもあり、大きな脅威となっている。リコウ同様元ゼウス共和国の人間だが、ロッド中佐をはじめとした「フィーネの戦士」に対して異常なほど憧れている。



ハクト・ニシハラ:

第三ドームの大学に所属する学生。元地連大尉で「フィーネの戦士」の一人。ディアとは婚約関係。


ディア・アスール:

ネイトラルのトップであるナイト・アスールの娘。「フィーネの戦士」の一人。ハクトとは婚約関係。


レイラ・ヘッセ

「フィーネの戦士」の一人。ゼウス共和国に滞在していたが、事件をきっかけにクロスを探しに出ている。


ジョウ・ミコト:

ほぼ全滅状態のゼウス共和国を、単体で衣食住を確保できるほどまで成長させた現在のゼウス共和国の指導者。国民からの信頼が厚い。「フィーネの戦士」の一人。


カカ・ルッソ:

ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにリオと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。


リオ・デイモン:

ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにカカと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。



クロス・ロアン(クロス・バトリー)

「フィーネの戦士」の一人。第三ドームの大学に通っていた。三年前に死んだと言われているロッド中佐本人であり、本物のレスリー・ディ・ロッドとは協力関係にあった。ウィンクラー少佐を妨害した黒いドールのパイロット。


タナ・リード:

第17ドームに滞在している男。ゼウス共和国の人間で「フィーネの戦士」と因縁がある。事情に通じており、今はクロスとカワカミ博士と行動をしている。


ギンジ・カワカミ:

リコウを新たなネットワークの鍵に設定した人間。ドールプログラムの開発者の一人であり、「フィーネの戦士」でもある。現在行方不明となっている。


レスリー・ディ・ロッド:

「フィーネの戦士」の一人で、クロスと入れ替わっていた。本人は生きているが、マックスと共にテロリストに襲撃され、その時にマックスを庇って捕まる。



ナイト・アスール:

ネイトラルの現在の指導者。ディアの父。彼女の婚約者であるハクトにとても好意的。カサンドラ主導だったテロリスト集団を乗っ取り、地連軍に協力を持ち掛ける。行動の意図は不明。


カサンドラ・バトリー(カサンドラ・ヘッセ):

ゼウス共和国を暴走させた独裁者ロバート・ヘッセの元妻。死亡したと公表されていたが実は亡命していた。テロリストを主導する立場だったが、ナイト・アスールに乗っ取られる。



リュウト・ニシハラ:

ハクトの父親。ナイト・アスールが自ら友人と言う存在。


キョウコ・ニシハラ:

ハクトの母親。少しディアに雰囲気が似ている。


ルリ・イスター:

第三ドームの市民。リコウが常連になっている喫茶店の店員。彼に淡い思いを抱いており、それが暴走して外部に情報を漏らす事態になった。



グスタフ・トロッタ:

かつてマックスと共にゼウス共和国のドール研究に携わっていた研究員。シンタロウと因縁があるらしい。三年ほど前から行方不明。


キース・ハンプス:

「フィーネの戦士」の一人で、元少佐。戦士たちの精神的主柱であり、今の地連軍だけでなく他国の者にも影響を与えた。カズキ・マツの最期の部下。


ユッタ・バトリー:

クロスの妹でカサンドラの娘。ゼウス共和国と地連の争いで命を落とす。


マイトレーヤ・サイード:

月所属の地連軍の人間。マリク大佐の部下。第六ドームの救援として来たがテロリストの暗躍により死亡。


ジュリエッタ:

カサンドラが手にかけた女性。カサンドラと思われていた遺体が彼女であった。ナイト・アスールのスパイとして前ゼウス共和国総統の元にいた。レイラの母親。その正体は謎が多い。


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