隠匿
港に停まった戦艦の格納庫で、マックスは一人の整備士を捕まえ、そしてユイと一緒に作業をしていた。
「…自分は何でここに…」
整備士は眉を寄せて呟いていた。
その後ろにはマックスが彼を盾にするようにいた。
「マックスは私が苦手なのよ。一番付き合いが長いのにねー」
ユイはカラカラと笑いながら言った。
「あれ?だって、少佐との付き合いが長いのでは?」
整備士は首を傾げ、マックスとユイを見た。
「こいつは…言い方悪ければ、モルモットとしての関りだ。人としては短い!!」
マックスは首を振った。
「あははは。確かに。」
ユイは愉快そうに笑った。
「ええ…」
整備士は思ったよりも不穏な言葉が出たが、明るく何事もない様子のユイからどう反応していいのかわからないでいる。
ただ、大人しくここでマックスの盾になるのがいいと悟ったのか、大人しくなった。
「そうだ。これマックスが作ったやつだね。この操作の試験を私がすればいいでしょ?」
ユイは目の前にある端末とそれに接続されたモニターを指して言った。
「ああ。とりあえずお前のやりやすい形で探してくれ。データは貰ったものをいれたのと、データの網の張り方はシンタロウがだいたい作っていたから、そのまま使っている。」
「有能だねーシンタロウは…」
ユイは感心した様に言うと、頷いてから端末に触れた。
「遠隔でもできるけど、早さを求めるなら、これが一番楽なんだよ。」
ユイはマックスに説明するように言った。
「わかった。とりあえず、探す元のDNAデータの形は覚えて、目を通してくれ。」
「データの透視だね。わかった。」
マックスとユイの会話を聞いて、整備士は訳が分からないようで、首を傾げ何度も目を泳がせていた。
「お前以外みんなタナ・リードを探しに行ったからな…」
マックスは少し寂しそうに言った。
「いたら私を呼ばないって?マックスって本当に私たち苦手だね。」
ユイはやはり楽しそうに笑っていた。
マックスは整備士の陰に隠れながらユイを睨んだ。
「好きに言え…。そういえば、アリア・スーンはどうした?」
マックスはいつもユイと一緒にいるアリアが見えないことに気付いたのか、辺りを見渡した。
だが、決して心配の類ではなく、万一、気付かずに自身の背後にいる状況になると嫌だから探しているだけだ。
「…そうだ。マックスさ、アリアの機械わかるよね。」
ユイは端末から視線を外さずに言った。
「ああ。ラッシュ博士がほとんどやって触らせてもらえなかったが、設計も仕組みも分かっている。」
マックスは少しだけ不満を滲ませて言った。
過去の研究で、今も思うところがあることのようだ。
「アリア、最近頭痛があるようだけど…それって関係あるかな?」
ユイは端末から視線を外さずに聞いた。
「…何とも言えない。痛みの種類にも依るが…機械はラッシュ博士が無効化したんだろ?」
「なんだけどね…、最近慌ただしいし、プログラム関係で刺激のある環境にいたと思うから、心配でね…」
ユイは声を沈めて言った。
どうやら心底心配しているようだ。
「痛みは感覚だから、アリア・スーンに訊くのが一番だ…だが、俺の認識が正しいなら、あの三人組は揃って不調を訴えない類の人間だと思う。」
マックスは腕を組んで困ったような顔をした。
「あはは。コウ、シンタロウ、アリアだね。」
ユイは愉快そうに笑った。
「まあ、看てみるに越したことはないし、俺も確認したいな。」
マックスは少し目を輝かせた。
どうやらアリアの機械の様子が、研究者として気になるようだ。
「助けてくれるならどんな目的で見ても構わないよ。マックスのことは信頼しているからね」
「それは嫌味か?ユイ・カワカミ」
ユイの無邪気な言葉にマックスは顔を顰めた。確かにかつて自分のことをモルモットのように見ていた青年に言うには皮肉すぎる。
「そんなことないよ。マックスはかわ…?」
ユイは言いかけて何かに気付いたようで、言葉を止め、端末に集中した。
「見つかったのか?」
マックスは整備士の陰から顔を出してユイの方を見た。
「…いや。違和感…今流し見で、まだ照合はしていないんだけど…」
ユイは顔を顰めていた。
「違和感?」
「…嘘…え?…どういうこと…」
ユイはなにやら混乱しているようだ。
「何があった?ユイ・カワカミ!!」
マックスは気になって仕方ないのか、ユイのところまで駆けた。
「見つけた…でも、手掛かりにはならない…」
ユイは未だに混乱が残る表情でマックスを見た。
「見つけただと?…どれだけのデータ量だと…いや、それはいい!!何があった?」
マックスは端末の方に目をやった。
「この人が…レイラのお母さんと…DNAで、親子以上の関係の…」
ユイは端末を操作し、画面になにかの画像を映し出した。
「…は?」
マックスはそれを見て、間抜けな声を上げた。
荒野には、サブドール4体、ドール3体の小隊が飛んでいた。
ドール達の動きは、何かを探しているようだ。
その七体の機体の近くには、小規模の戦艦があった。
どうやらそれを母艦として活動しているようだ。
「この力を以てすれば、ウィンクラーの時代は終わる。」
母艦の艦長らしき男が、窓とモニターに映る景色を眺めながら言った。
「ナイト・アスールが気に食わないとはいえ、この力があれば、我々は同等になれる。」
彼は両手を広げ、何かを訴える様子だった。
「確かにフィーネの戦士はすごい。実績もある。しかし、それだけが軍を動かしていいのか?我々は、ただの傀儡となっているのではないのか?」
「テロリストは…我々に与えられた機会だったのだ。」
彼は演説をするように言った。
どうやら彼はフィーネの戦士であるウィンクラー親子が力を持つのを気に食わないようだ。
「今、我々が倒そうとしているのは…ロッド中佐の亡霊だ。」
彼の言葉に周りの船員たちは息を呑んだ。
「時代は廻る。時は流れる。流れ去るものなのだ。我々は、その中でただ流れる存在であっていいはずがない。」
彼はまた、両手を広げて天に何かを乞うように上を仰いだ。
「これは、人々のためのことだ!!」
彼の大声に、船員たちはわずかだが、確実に少しずつ同調する声が響いた。
そんなやりとりをしている戦艦の内部を、映しているモニターがあった。
それにはきちんと音声が入っており、会話も全て聞こえている。
だが、戦艦の中に入る者達はこのように映し出されているのを知らないようだ。
だが、知らなくても見ているものは多くない。
その様子を見ているのはわずか一人だけだった。
「…テロリストが与えられた機会…か…」
豪華な椅子に腰を掛け、口を歪ませ笑うのは、ナイト・アスールだった。
彼は、今はやや古い輸送船ではなく、どこかのドームの安定した通信手段のある部屋にいた。
「タナの気持ちがよくわかるな…ここまで愚かだと…」
彼はそう言うと、愉快そうにくっくっく…と肩を震わせて笑った。
《悪い趣味だ…昔、こんな手段を取った人間がいた。》
どこからか声が響いた。
「ほう…、それはそれは…」
《それはドーム殲滅戦という作戦名であって、無駄死にを出した作戦だった。》
「これは無駄じゃない。」
ナイト・アスールはすぐさま否定した。
《ここまで犠牲を出す舞台を整えて何を言っている。》
響く声は、無機的だが、何かを危惧しているようにも聞こえる。
響く声に、ナイト・アスールは肩をすくめただけで、答えようとはしなかった。
ただ、彼は目の前のモニターに映るどこかの戦艦の様子を見て頷いて
「我々人間が地球から受け継いだ、自浄作用というものを期待するか…」
と言い、愉快そうに笑った。
農地の貯水池を見つめながら、オクシアは昔の祖父の家の池を思い出していた。
池にかかる橋と、隣には今の自分よりも若い叔父。
《…池の淀みって、もとは浮かんでいたんだよな…》
感慨深く言った彼は、気ままな暮らしから一変して軍に入ったばかりだった。
《そりゃあ、そうだよ。》
オクシアは当然のように応えた。幼い自分でもそんなことはわかる。
《でも、時間が経つとみんな沈んでしまう。》
叔父は少し寂しそうに言った。
彼は言い方は、淀みと何かを重ねているようだった。
《でも、淀みになるようなものは、元から綺麗なものじゃないよ。》
オクシアは叔父の言葉に返した。
当時は叔父が何を思って言ったのか、全く分からなかった。
《確かに…元から綺麗じゃない…よな。》
オクシアの言葉に叔父は少し悲しそう言った。
《オクシアは屁理屈こきだなー》
叔父はオクシアの方に近寄り、彼の頭をガシガシと撫でた。
褒められているのかオクシアはよくわからなかった。だが、何か吹っ切れたような清々しい笑顔だった。
「…もし、生きていたら…」
オクシアはポソリと呟いてふと思った。
自分には兄弟がいなかったから、叔父はまるで兄のようだった。
今も、彼の存在が自分の道を決めている。
叔父が死んだから、叔父を死なせたから軍に頑なに入らない。
彼の好きな花も、彼の遺した意志もオクシアは知りたい。
そして、
「…叔父さんに…会いたい。」
オクシアは呟いた。
まともな別れもせず、遺体も戻らずにいたからかわからない。けど、全ての根底にはそれがあった。
水面に映る自分の顔を見て、つくづくそう思った。
「この辺だな…」
どこからか、誰かの声が聞こえた。
オクシアは何気なくその方向を見た。
道の先から複数の男達が歩いてきていた。
三人はオクシアと同い年くらいだが、一人だけ中年以上の男の四人組だ。
彼等は辺りをきょろきょろと見ている。
「…あの建物か…」
前髪が長くて、少しむさ苦しい外見をした青年がオクシアの滞在していた建物を指した。
彼等は何かを探してオクシアの滞在していた建物を目指しているのだ。
オクシアは橋を渡り、四人のいる方に歩いた。
《今の最強さんに…亡霊と一緒にいるとな。》
タナ・リードが言った言葉が引っかかったからだ。
ただ、彼の言う最強はこの中に入るのか、よくわからなかった。
とりあえず、オクシアは胸騒ぎを覚えた。
「どうしました?」
オクシアは胸騒ぎを抑えて、四人に声をかけた。
だが、直ぐに後悔をした。
四人のうちの一人が軍人だったからだ。
数年かけて軍を避けていたオクシアは、無意識なかなり弱いが拒否反応のような感情が芽生えていた。
中年ほどの男が軍人だったのだ
褐色の肌をし、目鼻がはっきりとした黒髪黒ひげの男だ。
しかし、声をかけたからには仕方ない。
オクシアは努めて親切そうな様子を繕おうとした。
「…マツ…君」
「え…?」
オクシアはその軍人の言葉に固まった。
顔が強張るのがわかった。
次に何かを言おうと思っても繕える自信がない。
三人の青年はオクシアと軍人を交互に見ている。
「あんた、叔父さんの知り合いか?」
オクシアは低い声で言った。
オクシアは、叔父に似ている。
年を重ねるほど、オクシアは叔父に近付いているのだ。
登場人物
リコウ・ヤクシジ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。兄のアズマとは二人きりの家族。カワカミ博士によって新たなネットワークの鍵に設定される。アズマたちテロリストが扱うネットワークに対抗するための手段。
コウヤ・ハヤセ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。「フィーネの戦士」の一人であり圧倒的な適合率と察知能力を持っている。リコウに何やら思い入れが強く庇いがち。
マウンダー・マーズ:
みんなに「マックス」と呼ばれる。若くて軟弱そうだが、ドールプログラム研究において現在のトップ。医者であり「フィーネの戦士」の一人。同じく「フィーネの戦士」であるロッド中佐だった時のクロス・バトリーに弟を殺されている。
シンタロウ・ウィンクラー:
地連の少佐。「フィーネの戦士」の一人であり、レイモンド・ウィンクラー総統の養子の関係。現在の地連にて最強といわれている。コウヤとは付き合いが長く親友である。元の名前はシンタロウ・コウノ。
アリア・スーン:
ユイと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」ではないが、関係者。コウヤとシンタロウと親友。リコウが一目ぼれした女性。
イジー・ルーカス
地連の中尉。「フィーネの戦士」の一人。シンタロウの精神的主柱。アズマたちに連れ去られる。
ユイ・カワカミ:
アリアと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」の一人。コウヤとは恋人同士らしいが、アリアとの方が仲がいい。
ジュリオ・ドレイク:
従軍経験のあるリコウ達と同じ大学に通っていた学生。標準的に「フィーネの戦士」を尊敬している。正義感が強く他人のために力を欲しがっている。
カルム・ニ・マリク:
月所属の地連軍の人間。大佐。「フィーネの戦士」の一人であるリリー・ゴードンの上官である。テロリストの暗躍で部下を沢山失う。ウィンクラー少佐の戦艦に同乗し、行動を共にすることになる。
オクシア・バティ
第三ドームの学生。ハクト達と同じ総合大学の生徒。襲撃時は別のドームに居て難を逃れた。カズキ・マツの甥で軍とは距離を置いている。タナ・リードから色々な話を聞かされた。
レイモンド・ウィンクラー:
現在の地連軍のトップで総統。「フィーネの戦士」ではないが、作戦の責任者であった。ウィンクラー少佐を養子にとっている。
アズマ・ヤクシジ:
リコウの兄。地連の軍人で一等兵だった。第三ドーム襲撃の際、テロリスト集団「英雄の復活を望む会」を手引きし、自身もそのメンバーの一員だった。新たなネットワークの鍵でもあり、大きな脅威となっている。リコウ同様元ゼウス共和国の人間だが、ロッド中佐をはじめとした「フィーネの戦士」に対して異常なほど憧れている。
ハクト・ニシハラ:
第三ドームの大学に所属する学生。元地連大尉で「フィーネの戦士」の一人。ディアとは婚約関係。
ディア・アスール:
ネイトラルのトップであるナイト・アスールの娘。「フィーネの戦士」の一人。ハクトとは婚約関係。
レイラ・ヘッセ
「フィーネの戦士」の一人。ゼウス共和国に滞在していたが、事件をきっかけにクロスを探しに出ている。
ジョウ・ミコト:
ほぼ全滅状態のゼウス共和国を、単体で衣食住を確保できるほどまで成長させた現在のゼウス共和国の指導者。国民からの信頼が厚い。「フィーネの戦士」の一人。
カカ・ルッソ:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにリオと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
リオ・デイモン:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにカカと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
クロス・ロアン(クロス・バトリー)
「フィーネの戦士」の一人。第三ドームの大学に通っていた。三年前に死んだと言われているロッド中佐本人であり、本物のレスリー・ディ・ロッドとは協力関係にあった。ウィンクラー少佐を妨害した黒いドールのパイロット。
タナ・リード:
第17ドームに滞在している男。ゼウス共和国の人間で「フィーネの戦士」と因縁がある。事情に通じており、今はクロスとカワカミ博士と行動をしている。
ギンジ・カワカミ:
リコウを新たなネットワークの鍵に設定した人間。ドールプログラムの開発者の一人であり、「フィーネの戦士」でもある。現在行方不明となっている。
レスリー・ディ・ロッド:
「フィーネの戦士」の一人で、クロスと入れ替わっていた。本人は生きているが、マックスと共にテロリストに襲撃され、その時にマックスを庇って捕まる。
ナイト・アスール:
ネイトラルの現在の指導者。ディアの父。彼女の婚約者であるハクトにとても好意的。カサンドラ主導だったテロリスト集団を乗っ取り、地連軍に協力を持ち掛ける。行動の意図は不明。
カサンドラ・バトリー(カサンドラ・ヘッセ):
ゼウス共和国を暴走させた独裁者ロバート・ヘッセの元妻。死亡したと公表されていたが実は亡命していた。テロリストを主導する立場だったが、ナイト・アスールに乗っ取られる。
リュウト・ニシハラ:
ハクトの父親。ナイト・アスールが自ら友人と言う存在。
キョウコ・ニシハラ:
ハクトの母親。少しディアに雰囲気が似ている。
ルリ・イスター:
第三ドームの市民。リコウが常連になっている喫茶店の店員。彼に淡い思いを抱いており、それが暴走して外部に情報を漏らす事態になった。
グスタフ・トロッタ:
かつてマックスと共にゼウス共和国のドール研究に携わっていた研究員。シンタロウと因縁があるらしい。三年ほど前から行方不明。
キース・ハンプス:
「フィーネの戦士」の一人で、元少佐。戦士たちの精神的主柱であり、今の地連軍だけでなく他国の者にも影響を与えた。カズキ・マツの最期の部下。
ユッタ・バトリー:
クロスの妹でカサンドラの娘。ゼウス共和国と地連の争いで命を落とす。
マイトレーヤ・サイード:
月所属の地連軍の人間。マリク大佐の部下。第六ドームの救援として来たがテロリストの暗躍により死亡。
ジュリエッタ:
カサンドラが手にかけた女性。カサンドラと思われていた遺体が彼女であった。ナイト・アスールのスパイとして前ゼウス共和国総統の元にいた。レイラの母親。その正体は謎が多い。




