引導
慌ただしく時間は過ぎ、あと数時間で第17ドームに着くが、リコウにはきちんと休む時間を与えられた。
与えられた部屋はジュリオと同室だが、部屋にはシャワールームがついている。
リコウは訓練の汗を流し終え、シャワールームから出て、ベッドに腰かけた。
「…どうした?」
向かいのベッドに寝っ転がるジュリオがリコウの様子を見て訊いた。
「別に…これから寝るところだけど…」
「何かあっただろ。」
ジュリオはゆっくりと起き上がり、リコウを見つめた。
「…疲れているだけだと思う。」
リコウは首を振って言った。
ジュリオが気にして聞いていることは、きっと正しい感覚だ。
だが、リコウは自分の何が何かあったと思っているのかがわからないのだ。
「…お前さ…わけわからないんだな。」
ジュリオはリコウを見て何やら合点がいったようだ。
「は?」
「いや。眠るといい。」
ジュリオは一人納得した様子で頷き、再び寝っ転がった。
リコウは訳が分からないが、ジュリオと同じように寝っ転がった。
シャワーを浴びたばかりで若干髪が濡れているが、気にせず頭まで布団をかけた。
リコウはこれからのことを考えたが、今を把握していない自分が考えられるわけがないとすぐに考えるのを止めた。
次は今までのことを考えた。
だが、今度は自己嫌悪が激しくなり、また考えるのを止めた。
頭が疲れているのに、頭が冴えて眠れない。
リコウは向かいのベッドで眠るジュリオの方を見た。
シルエットがもぞもぞと動いている気がして、彼が起きているのを確信した。
「なあ…」
「なんだ?」
思った通り、リコウの声にジュリオは淀むことなく答えた。
「…お前さ…家族いるんだろ?」
「ああ」
「…軍に志願すること、なんも思わないのか?」
「心配はされている。」
ジュリオは寝返りを打ち、リコウの方を見た。
「…何でお前は戦うんだ?」
リコウはジュリオの顔を見て、疑問をぶつけた。
ただの雑談のような口調だが、リコウにとっては深刻なことだ。
「何で…って、赦せないだろ?」
ジュリオは当然のことのように言った。
「赦せない?」
「第三ドームで何を見た?」
ジュリオは呆れたように訊いた。
「…」
「その前に、大学に入る前に軍にいたって、知っているよな。」
ジュリオは簡単に三年前に軍いたことを言った。
「お前、ロッド中佐に憧れていたんだな…」
リコウはアズマと同じようにロッド中佐に憧れるジュリオを見て、少しだけ暗い気持ちになった。
「当然だろ…あれだけの力があれば…って思う。今もだ。」
「でも、今はウィンクラー少佐に憧れているんだろ?」
リコウはジュリオがウィンクラー少佐に向けるまなざしを思い出した。
更に言うなら、彼は外部部下のような扱いでもいいから下に付きたがっていた。
「基本的に、フィーネの戦士は俺たち人類の命の恩人だから尊敬している。…けど、ウィンクラー少佐とロッド中佐はその中でも違う…な」
ジュリオは考え込むように、少しゆっくりと呟きながら頷いた。
「強いから?」
「それなら、俺はおそらくコウヤさんのことも尊敬するはずだけど…」
ジュリオは言葉を濁すように言った。
確かジュリオはリコウへの接し方で、コウヤのことをあまりよく言っていなかった。
「先輩に対して何か思うところがあるんだな。」
「まあな。…けど、力があるのはわかるから純粋に羨ましい。」
ジュリオは少し目を輝かせて言った。
「…力が欲しいって言っているけど、どうしてだ?」
リコウはジュリオの様子を見て疑問に思った。
自分はアズマを止めるため、アズマに勝つために力を欲しがった。でも、ジュリオは家族もいるうえに、責任を感じる立場でもないはずだ。
「…簡単なことだろ。戦う力があって戦う方が、何もできずに死ぬよりもずっといい。」
「そうだとしても、お前はウィンクラー少佐の元にいる必要は…」
「ここが一番、皆を守れるだろ。」
ジュリオはあっけらかんとした様子で言った。
「…?…お前、皆って?」
「だから、戦えない奴らだよ。いつか犠牲になってしまうかもしれない人たちだ。」
ジュリオは呆れたように言った。
リコウは少し呆然とした。
なぜなら、あまりにも当然のような正義に満ちたことだったからだ。
悲しいことに、リコウはジュリオの言ったことを強く思ったことはない。
兄が“殺してしまった”から、その償い、自分にある責任からだ。
「…お前、いい奴だな…」
リコウはジュリオを眩しく思った。
「…気持ち悪いな…」
リコウの思っていることを知るはずもないジュリオは、リコウの言葉に眉を顰めた。
《いつまでそうしているんだい?》
また、声が響いた。
シンタロウは、慣れてしまった声を無視した。
今彼は、操舵室の艦長席に座っている。
他の乗組員は交代で休んでいるが、どうしても休む気になれないシンタロウは何か出来るわけではないが起きていた。
もうじき目的地に着くのもあり、乗組員を押しのけて起き続けるという嫌な上官をやっている。
《君の大事な人、君の向かう先にはいないよ》
また、声が響いた。
操舵室ではシンタロウ以外に聞こえない声だが、嫌に響く。
《君だってわかっているんだろ?ナイト・アスールの元に彼女はいない。》
嫌に頭に響く声は、無視はできても気に障るには十分だ。
《ナイト・アスールと戦うなら、今まで通りじゃ行かないよ。》
声色に変化があった。
いままでの冷やかすような口調ではなく、少しだけ重い口調だった。
「…どういうことだ?」
シンタロウは独り言のように呟いた。
彼の言葉に部屋にいる軍人たちは驚いたが、シンタロウの様子を見て考え事をしていると思ったのか、自分の作業に戻った。
《君たちの強みがなくなるってことだよ。》
シンタロウが応えたことが嬉しいのか、声は得意げだった。
「適合率か…」
《もちろん、それによってのドール操作が上手いのはあるけど…その適合率の一番の恩恵はなんだっけ?》
「…察知能力…か。」
《それも適合率だけど、それは違うね。》
声は試すようにシンタロウに尋ねる。
シンタロウは溜息をついて、無視することを決めた。
《ひどいな…でも、話を聞くと慌てるよ。》
シンタロウは溜息をついて、目を閉じた。
艦長席だが、声を完全に無視するために少し寝ようと思ったのだ。
「!?」
だが、その思惑は通じないようだ。
目を閉じたら、目の前にいたのだ。
黒髪で色白の、白衣を着た青年が。
笑顔で立っていた。
《目を閉じた方が、話しやすいよね。》
彼は得意げに言った。
「…」
シンタロウは無視するのを諦めた。
それに、彼の言うことが正しいのなら聞くべきだとおも思ったからだ。
《ナイト・アスールのせいで、ドール戦での犠牲は増えるよ。》
彼は声のトーンを落として言った。かなり深刻なようだ。
「…今も多い。」
《比べ物にならないくらい増える。だって、全員が同じになるんだ。》
シンタロウは彼の言うことが分かったのか、眉をピクリと動かした。
《あっちのことはよくわからないけど、それは間違いないと思う。》
彼は断言した。
その様子には冷やかしはなかった。
シンタロウは、目を開くとすぐに通信機器を操作し始めた。
「少佐。何か…」
シンタロウの様子に気付いた乗組員は、何か手伝えないかと思ったのか立ち上がり彼の元に向かって歩き始めた。
「…大丈夫だ。席に戻れ。」
シンタロウはその動きを制し、通信機器で目的の人物へ繋げると、呼び出しをした。
『…なんだ?』
通信の向こうからは不機嫌そうなマックスの声が聞こえた。
「マックス、ドールの操作の上で、適合率が一番特権であることってなんだ?」
『はあ?』
マックスは少し怒りを含めた声だった。
「それの特権に近いものが、全員に与えられたら…どうなる?」
シンタロウは、答えはわかっているようだが、マックスに確信を求めるように訊いた。
『…な!?』
マックスはシンタロウの言葉を聞いて息を呑んだ。
「ああ。…俺“も”犠牲が増えると思う。」
シンタロウはマックスの様子を察して確信したようだ。
いくら見ても、ドームの天井が作り出す人工的な夜空の違和感には慣れない。
オクシアはそんなことを思い、空を、天井を見上げていた。
今日、緊急放送で流れた情報は、オクシアが面倒を見ていたタナ・リードの話したことを反芻するには十分すぎるものだった。
沢山人が死んで、その主犯がわかった。
とりあえずその認識でいた。
「…カサンドラ・ヘッセ…いや、バトリー…か。」
オクシアは、呟いてふと思った。
テロリスト側から得た情報ならば、カサンドラ・ヘッセと名乗るのだろうか?と…
夫がイヤで逃げた妻が、夫の姓を自分が主犯となっているテロ組織で声高に名乗るだろうか?
それと同時に、ゼウス共和国に対して「またこの国のせいか…」と、無意識に思ったものある。
タナ・リードの話を聞いていると、今一番信用できるのはゼウス共和国だと思えたのだ。
「…難しいことはわからない。」
オクシアは考えるとドツボにはまりそうで、途中で思案を止めた。
何よりも、考え始めるとオクシアの嫌な思い出が蘇るのだ。
それと似た片鱗があるのだろうか?
叔父が死んだときの状況に似ているのだろうか?
思案しても、嫌だから逃げ、でも気になるから思案する。
堂々巡りに近い、逃げの状況にオクシアはただ茫然とすることにした。
人工的な夜空が作り出す星の光は、何も考えずに見るものとして丁度いい。
何も考えずに星を見ていると、身に慣れない振動が足に伝わった。
「?」
オクシアは周りを見渡し、地面に触れた。
ゴゴゴゴゴ…と、地面は振動し始めた。
振動が地震のような地響きを具え、徐々に大きくなってきた。
「な…なんだ!?」
オクシアは慌てて周りを見渡した。
人気のないドームだが、オクシアと同じように思った者も多くいるようで、普通なら建物も暗い時間だが、ところどころ見える建物に明かりが灯った。
中には建物からでてきて外の様子を見ている者もいる。
ザーザー…と、緊急避難用の放送が入り始めた。
『…ドームに船が入ります。港に近付かないでください。』
地響きと共に入った放送にオクシアは混乱した。
それは周りも同じで、どこからかパニックになるような声が聞こえた。
それを察したのか、何か言われたのか分からないが、
『ドームに地上主権主義連合国軍の船が入ります。』
訂正するように声が響いた。
それを聞いて、オクシアは安心した。
登場人物
リコウ・ヤクシジ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。兄のアズマとは二人きりの家族。カワカミ博士によって新たなネットワークの鍵に設定される。アズマたちテロリストが扱うネットワークに対抗するための手段。
コウヤ・ハヤセ:
第三ドームの第四区の大学に所属する学生。「フィーネの戦士」の一人であり圧倒的な適合率と察知能力を持っている。
マウンダー・マーズ:
みんなに「マックス」と呼ばれる。若くて軟弱そうだが、ドールプログラム研究において現在のトップ。医者であり「フィーネの戦士」の一人。
シンタロウ・ウィンクラー:
地連の少佐。「フィーネの戦士」の一人であり、レイモンド・ウィンクラー総統の養子の関係。現在の地連にて最強といわれている。コウヤとは付き合いが長く親友である。元の名前はシンタロウ・コウノ。
アリア・スーン:
ユイと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」ではないが、関係者。コウヤとシンタロウと親友。リコウが一目ぼれした女性。
イジー・ルーカス
地連の中尉。「フィーネの戦士」の一人。シンタロウの精神的主柱。アズマたちに連れ去られる。
ユイ・カワカミ:
アリアと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」の一人。
ジュリオ・ドレイク:
従軍経験のあるリコウ達と同じ大学に通っていた学生。体育会系の体型をしている。標準的に「フィーネの戦士」を尊敬している。ウィンクラー少佐の外部部下と任命される。
カルム・ニ・マリク:
月所属の地連軍の人間。大佐。「フィーネの戦士」の一人であるリリー・ゴードンの上官である。テロリストの暗躍で部下を沢山失う。
オクシア・バティ
第三ドームの学生。ハクト達と同じ総合大学の生徒。襲撃時は別のドームに居て難を逃れた。カズキ・マツの甥で軍とは距離を置いている。タナ・リードから色々な話を聞かされた。
ルリ・イスター:
第三ドームの市民。リコウが常連になっている喫茶店の店員。彼に淡い思いを抱いており、それが暴走して外部に情報を漏らす事態になった。
レイモンド・ウィンクラー:
現在の地連軍のトップで総統。「フィーネの戦士」ではないが、作戦の責任者であった。ウィンクラー少佐を養子にとっている。
アズマ・ヤクシジ:
リコウの兄。地連の軍人で一等兵だった。第三ドーム襲撃の際、テロリスト集団「英雄の復活を望む会」を手引きし、自身もそのメンバーの一員だった。新たなネットワークの鍵でもあり、大きな脅威となっている。リコウ同様元ゼウス共和国の人間だが、ロッド中佐をはじめとした「フィーネの戦士」に対して異常なほど憧れている。
ハクト・ニシハラ:
第三ドームの大学に所属する学生。元地連大尉で「フィーネの戦士」の一人。ディアとは婚約関係。
ディア・アスール:
ネイトラルのトップであるナイト・アスールの娘。「フィーネの戦士」の一人。ハクトとは婚約関係。
レイラ・ヘッセ
「フィーネの戦士」の一人。ゼウス共和国に滞在していたが、事件をきっかけにクロスを探しに出ている。
ジョウ・ミコト:
ほぼ全滅状態のゼウス共和国を、単体で衣食住を確保できるほどまで成長させた現在のゼウス共和国の指導者。国民からの信頼が厚い。「フィーネの戦士」の一人。
カカ・ルッソ:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにリオと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
リオ・デイモン:
ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにカカと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。
クロス・ロアン(クロス・バトリー)
「フィーネの戦士」の一人。第三ドームの大学に通っていた。三年前に死んだと言われているロッド中佐本人であり、本物のレスリー・ディ・ロッドとは協力関係にあった。シンタロウを妨害した黒いドールのパイロット。
タナ・リード:
第17ドームに滞在している男。ゼウス共和国の人間でレイラと因縁があるようだ。
ギンジ・カワカミ:
リコウを新たなネットワークの鍵に設定した人間。ドールプログラムの開発者の一人であり、「フィーネの戦士」でもある。現在行方不明。
レスリー・ディ・ロッド:
「フィーネの戦士」の一人で、クロスと入れ替わっていた。本人は生きているが、マックスと共にテロリストに襲撃され、その時にマックスを庇って捕まる。
ナイト・アスール:
ネイトラルの現在の指導者。ディアの父。彼女の婚約者であるハクトにとても好意的。
カサンドラ・バトリー(カサンドラ・ヘッセ):
ゼウス共和国を暴走させた独裁者ロバート・ヘッセの元妻。死亡したと公表されていたが実は亡命していた。
リュウト・ニシハラ:
ハクトの父親。ナイト・アスールが自ら友人と言う存在。
キョウコ・ニシハラ:
ハクトの母親。少しディアに雰囲気が似ている。
グスタフ・トロッタ:
かつてマックスと共にゼウス共和国のドール研究に携わっていた研究員。シンタロウと因縁があるらしい。三年ほど前から行方不明。
キース・ハンプス:
「フィーネの戦士」の一人で、元少佐。戦士たちの精神的主柱であり、今の地連軍だけでなく他国の者にも影響を与えた。カズキ・マツの最期の部下。
ユッタ・バトリー:
クロスの妹でカサンドラの娘。ゼウス共和国と地連の争いで命を落とす。
マイトレーヤ・サイード:
月所属の地連軍の人間。マリク大佐の部下。第六ドームの救援として来たがテロリストの暗躍により死亡。
ジュリエッタ:
カサンドラが手にかけた女性。ナイト・アスールと面識がある。