表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あやとり  作者: 近江 由
~糸から外れて~流れ続ける因
162/232

恋愛観

 


 リコウは今、マックスのようにジュリオの陰に隠れている。

 そして、ジュリオは恨めしそうに後ろのリコウを見ているが、仕方なさそうにもしている。


 そして二人の前には、ルリがいた。


「私も行くの!!そうしないといけないの!!」

 ヒステリックに叫ぶ彼女は話が通じる段階ではない。


 今から遡ること、数分前…


 げっそりとしたジュリオに力ずくで連れてこられた戦艦のエントランス部分。


 そこで待っていたのは、何を決意したようなルリだった。

「えっと…久しぶり…」


 リコウは何から話していいのかわからず、テキトーに声をかけた。


 リコウが声をかけると、ルリは嬉しそうに笑った。

 大学生に人気があっただけあり、ルリの笑顔は人々を魅了するものだ。


 かわいいと、思うのだが、リコウにはそれだけだった。


「…あのね…リコウ君…その…私…」

 ルリはもじもじしながらリコウを見上げ、庇護欲の擽られる上目遣いをした。


 その時、リコウは何故が知らないが、先に言わないといけないと思った。


 彼女から、何か粘り付くようなものを感じたのだ。

 ただ、それは不快ではなかった。ただし、危険を感じる、危うさのある不安定なものだった。


 リコウはルリの唇に目を向けた。

 何か言葉を作ろうとしている。


 彼女が何を言うのかわかったのだ。

「今までありがとう。ルリ。」

 リコウはルリが発言する前に彼女の肩を両手で優しく掴んで言った。


 ルリは目を丸くしている。

 状況に気付いたのか、頬を染めている。


「避難船が来るらしいから、早く安全な地域に避難したほうがいいよ。」

 リコウはルリに気を遣うような口調で言った。


 後ろにいるジュリオが感心した様に頷いていた。


「え…避難って、リコウ君は…」


「俺はこのまま残る。この先、余裕も無くなるけど、俺は先輩やウィンクラー少佐の足を引っ張らないように協力するつもりだ。」


「…一緒に…避難は?」


「ここでお別れになる」

 リコウはルリを連れて行くという選択肢がないことを匂わせた。


「…お別れ?」


「今まで本当にありがとう。」

 リコウはなるべくルリを傷つけないように、柔らかく別れを言った…つもりだった。

 そもそも恋人関係ではないのだが…


「…私も行く。」


 柔らかい別れは、ルリには通用しなかった。


「は?」

 間抜けな声を上げたのは後ろにいるジュリオだった。


「私も行く。だって、リコウ君を支えるのが私の役目だもん。」

 ルリはリコウに詰め寄り、誘惑するように指先で彼の肩から胸をつつ‥となぞった。


「!!」

 リコウは思わず息を呑んだ。

 少し前のリコウなら落ちていたかもしれない。だが、今のリコウは違う。


 兄を止めたい気持ちや、自分の無力さをわかっている。


 憧れや密かな恋心はあっても、それを優先してはいけないのだと思っている。実際そうだ。


「ルリ…だめだよ。」

 リコウはルリの手を払った。


「え?」

 ルリは目を丸くしてリコウを見ていた。


「君は俺と一緒に来るべきじゃない。」

 リコウは冷たく突き放すように言うと、ルリと距離を取った。


 その様子を見て、安心したような顔をしたのは先ほど間抜けな声を上げたジュリオだった。


「え…」

 ルリはポカンとしている。


「…さよなら…」

 リコウは、薄々気付いていた彼女の気持ちへ、決別をこめて言った。


 呆然としているルリを横目に、リコウはジュリオの元に寄り、戦艦の中に入ろうとした。


 が


「…なにそれ…ちがうでしょ。私は一緒にいたいのに…一緒にいないといけないんだから…」

 ルリはブツブツと呟き、リコウの元につかつかと歩いてきた。


「ルリ…だから…」


「何で優しくしたの!?それって、一緒にいたいからでしょ?リコウ君を支える人が必要だからでしょ?」

 ルリはリコウにすごい勢いで詰め寄った。


 リコウはその勢いに怖気づき、先ほどルリに決別を言った人物とは思えないほど情けない様子でジュリオの陰に隠れた。


「あ!?おい!!馬鹿!!」

 ジュリオは自分に隠れたリコウを怒鳴ったが、詰め寄るルリの顔を見て息を呑んだ。


 怖いのだ。目を見開いて、ギラギラとしている。

 本当なら恨めしいのだが、仕方ない気がした。


「私も行くの!!そうしないといけないの!!」

 ヒステリックに叫ぶ彼女は話が通じる段階ではない。






 

 ギャアギャアと騒がしい戦艦のエントランスに駆け込むと、案の定リコウとジュリオとルリがいた。


 アリア、ユイ、シンタロウのあとにコウヤが到着した。


 その惨状を見たシンタロウは顔を顰めた。

「…色恋沙汰は専門外だ…」

 舌打ち交じりに呟いた。


「…俺も…」

 コウヤは何か懐かしい思いを感じて、少しだけいたたまれなくなった。


 その様子をも察したのか、シンタロウは横目でコウヤを冷たく見た。


「専門の人なんていないわよ…」

 アリアはシンタロウを押しのけ、ユイと二人でリコウ達のもとに向かった。


「ちょっと、止めなって。」

 ユイが困ったような顔でルリの前に立った。

 アリアは彼女の後ろで擁護するように様子を見ている。


 その後ろにはジュリオに隠れたリコウがいる。


「…情けないな…」

 コウヤがその様子を見て思わず小さく笑った。


「…そう言うな。たぶんに身に覚えのない恋愛関係を求められているんだ。」

 シンタロウは横目でコウヤを少し非難するように見た。

 コウヤはそれに黙った。


「情けないなら…あっちだろ?」

 シンタロウはルリの喚き声で集まった野次馬のような軍人たちの陰にマックスを見つけて言った。

 そのマックスは誰にも見られていないと思っているようで、楽しそうに目をキラキラさせて、ひねくれた普段の様子から考えられないような綺麗な笑顔をしていた。


「あいつ笑ってやがる。」

 コウヤはマックスの予想外の笑顔に苦笑いをした。


 そんな男どもの会話の最中も現場は進む。


「あなたたち…あなたたちなら私を連れて行ってくれるように取り合えるでしょ!?」

 ルリは目の前に来たユイとアリアに交渉を挑んだ。

 といっても交渉ではないが


「できないよ。これ以上一般人は乗せられない。」

 ユイは首を振った。


「…あなたたちは何なの?」


「作戦関係者だよ。言っておくけど、これは見の安全のために言っているんだよ。」

 ユイはルリを刺激しないようになるべく危険性を強調している。


「作戦関係者?だって二人とも軍人みたいじゃないわ!!どうせ軍に知り合いがいるからそのコネでしょ!!」

 ルリはユイとアリアを一般人認定したようだ。


「作戦関係者だよ。私はユイ・カワカミって言ったら分かるでしょ?ここから先は本当に関係者以外は危険なんだよ。」

 ユイは首を振って言った。


「あなたみたいな普通の女性が?…信じられると思う?だって、かわいいし…って、まさかリコウ君を狙って!?」

 ルリはユイとアリアを交互に見て顔を潜めた。そして、見当はずれな推測をすると二人を睨んだ。


「リコウ君は絶対にない。私コウ一筋だし。」

 ユイは真顔で即座に否定した。

 脊髄反射のような否定だった。


「…」

 渦中の人なのに今や見物人と化したリコウはジュリオの陰で複雑そうな顔をした。


「…悪いことは言わないわ。戻りなさい。」

 アリアは呆れた様子でユイを押しのけ、ルリの前に出てきた。


 アリアが出てきたことでジュリオの影のリコウは少し身を乗り出した。

 ジュリオはこれ以上ルリを怒らせルことを避けるようにと、リコウの足を軽く踏んだ。


「…あなたは…違うでしょ!?たぶんフィーネの戦士でもない」

 ルリは何かを考えてから確信を得たように言った。


「ええ。ただ、私は関係者でもある…いえ、今はあなたの話よ。」

 アリアは首を振って、ルリを見た。


「私?」


「昔私も同じことを思って軍に志願した。幼い私は好きな人を追ってのぼせ上って、その状況に酔いしれていた。」

 アリアは自嘲するように口を歪めていた。

 その様子から彼女が事実を言っているとわかる。


「私はそんなのぼせ上ってなんて…」


「相手の心を考えた?私は自分の感情だけで走って、相手の思いとのギャップで暴走した。」


「相手…」

 ルリはリコウに目を向けた。


「私の思いは相手にとって、現実逃避にちょうどいいものだった。結局現実を見た彼は私に別れを切り出したわ。」


「それは相手が最悪なだけよ!!リコウ君はそんなことしない!!」

 ルリは断言した。


「ただ、それは私も分かっていたこと。傍に居たい…って、私はそれだけで能力も無かったし、それを得ようともしてなかった。」


「その結果、私は大砲で彼を撃つことになったわ。私はその後自暴自棄になって、自ら人体実験に名乗り出て、手を汚した。」


「それは、あなたと相手だったから…」


「その時に思ったわ。私は選べたのに選ばなかったって…ね。」

 アリアは首を振って、ルリを見た。


「選べた?」


「あなたはまだ、好きになる人を選べる。戦いに身を投じる人を好きになって後を追うことは、お涙頂戴の悲劇だけじゃない。綺麗ごとじゃない汚い部分もある。そしてその中に自分を投じることなのよ。自分も汚れる…それは考えた?」


「それはあなたと…」


「そうよ。私だからそうだった。けど、その可能性もある。」

 アリアはリコウを見た。

「彼は、私が好きになった人よりもずっと弱い。彼にはあなたを守る力はない。」

 アリアは断言した。


「…」

 ルリは口を尖らせて黙った。


「あなたはまだ、好きな人を選べる。後戻りのできる場所にいる。」

 アリアはルリの肩を叩いた。


「…私はだって、リコウ君と…」


「ただ、私は選べることと付いてきては行けないことを言っている。好きになるのを止められないのなら仕方ないから…」

 アリアはルリの目を見て笑みを浮かべた。


「全てが終わってから、また彼に会いに行きなさい。あなたを止める者は何もない。」

 アリアは羨ましそうにルリを見て言った。



 ルリはアリアのその顔を見て、少しだけ不満そうだが、頷いた。


「じゃあ、彼女は私とユイで外まで送るから」

 アリアは少し非難するようにコウヤとシンタロウを見て言い、リコウとジュリオに流し目のように目配せしてルリの肩に手をかけながらユイと外に出て行った。


 三人のいなくなったエントランスでは、ジュリオとリコウ、コウヤとシンタロウが呆然と立っていた。



登場人物


リコウ・ヤクシジ:

第三ドームの第四区の大学に所属する学生。兄のアズマとは二人きりの家族。カワカミ博士によって新たなネットワークの鍵に設定される。アズマたちテロリストが扱うネットワークに対抗するための手段。


コウヤ・ハヤセ:

第三ドームの第四区の大学に所属する学生。「フィーネの戦士」の一人であり圧倒的な適合率と察知能力を持っている。


マウンダー・マーズ:

みんなに「マックス」と呼ばれる。若くて軟弱そうだが、ドールプログラム研究において現在のトップ。医者であり「フィーネの戦士」の一人。


シンタロウ・ウィンクラー:

地連の少佐。「フィーネの戦士」の一人であり、レイモンド・ウィンクラー総統の養子の関係。現在の地連にて最強といわれている。コウヤとは付き合いが長く親友である。元の名前はシンタロウ・コウノ。


アリア・スーン:

ユイと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」ではないが、関係者。コウヤとシンタロウと親友。リコウが一目ぼれした女性。


イジー・ルーカス

地連の中尉。「フィーネの戦士」の一人。シンタロウの精神的主柱。アズマたちに連れ去られる。


ユイ・カワカミ:

アリアと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」の一人。


ジュリオ・ドレイク:

従軍経験のあるリコウ達と同じ大学に通っていた学生。体育会系の体型をしている。標準的に「フィーネの戦士」を尊敬している。ウィンクラー少佐の外部部下と任命される。


カルム・ニ・マリク:

月所属の地連軍の人間。大佐。「フィーネの戦士」の一人であるリリー・ゴードンの上官である。テロリストの暗躍で部下を沢山失う。


オクシア・バティ

第三ドームの学生。ハクト達と同じ総合大学の生徒。襲撃時は別のドームに居て難を逃れた。カズキ・マツの甥で軍とは距離を置いている。タナ・リードから色々な話を聞かされた。


ルリ・イスター:

第三ドームの市民。リコウが常連になっている喫茶店の店員。彼に淡い思いを抱いており、それが暴走して外部に情報を漏らす事態になった。


レイモンド・ウィンクラー:

現在の地連軍のトップで総統。「フィーネの戦士」ではないが、作戦の責任者であった。ウィンクラー少佐を養子にとっている。



アズマ・ヤクシジ:

リコウの兄。地連の軍人で一等兵だった。第三ドーム襲撃の際、テロリスト集団「英雄の復活を望む会」を手引きし、自身もそのメンバーの一員だった。新たなネットワークの鍵でもあり、大きな脅威となっている。リコウ同様元ゼウス共和国の人間だが、ロッド中佐をはじめとした「フィーネの戦士」に対して異常なほど憧れている。



ハクト・ニシハラ:

第三ドームの大学に所属する学生。元地連大尉で「フィーネの戦士」の一人。ディアとは婚約関係。


ディア・アスール:

ネイトラルのトップであるナイト・アスールの娘。「フィーネの戦士」の一人。ハクトとは婚約関係。


レイラ・ヘッセ

「フィーネの戦士」の一人。ゼウス共和国に滞在していたが、事件をきっかけにクロスを探しに出ている。


ジョウ・ミコト:

ほぼ全滅状態のゼウス共和国を、単体で衣食住を確保できるほどまで成長させた現在のゼウス共和国の指導者。国民からの信頼が厚い。「フィーネの戦士」の一人。


カカ・ルッソ:

ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにリオと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。


リオ・デイモン:

ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにカカと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。



クロス・ロアン(クロス・バトリー)

「フィーネの戦士」の一人。第三ドームの大学に通っていた。三年前に死んだと言われているロッド中佐本人であり、本物のレスリー・ディ・ロッドとは協力関係にあった。シンタロウを妨害した黒いドールのパイロット。


タナ・リード:

第17ドームに滞在している男。ゼウス共和国の人間でレイラと因縁があるようだ。


ギンジ・カワカミ:

リコウを新たなネットワークの鍵に設定した人間。ドールプログラムの開発者の一人であり、「フィーネの戦士」でもある。現在行方不明。


レスリー・ディ・ロッド:

「フィーネの戦士」の一人で、クロスと入れ替わっていた。本人は生きているが、マックスと共にテロリストに襲撃され、その時にマックスを庇って捕まる。



ナイト・アスール:

ネイトラルの現在の指導者。ディアの父。彼女の婚約者であるハクトにとても好意的。


カサンドラ・バトリー(カサンドラ・ヘッセ):

ゼウス共和国を暴走させた独裁者ロバート・ヘッセの元妻。死亡したと公表されていたが実は亡命していた。



グスタフ・トロッタ:

かつてマックスと共にゼウス共和国のドール研究に携わっていた研究員。シンタロウと因縁があるらしい。三年ほど前から行方不明。


キース・ハンプス:

「フィーネの戦士」の一人で、元少佐。戦士たちの精神的主柱であり、今の地連軍だけでなく他国の者にも影響を与えた。カズキ・マツの最期の部下。


ユッタ・バトリー:

クロスの妹でカサンドラの娘。ゼウス共和国と地連の争いで命を落とす。


マイトレーヤ・サイード:

月所属の地連軍の人間。マリク大佐の部下。第六ドームの救援として来たがテロリストの暗躍により死亡。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ