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あやとり  作者: 吉世 大海(近江 由)
~糸から外れて~流れ続ける因
159/231

望郷

 

「いやだあああ!!」

 戦艦内に悲痛な叫び声が響いていた。


「何やら…騒がしいが…」

 ウィンクラー少佐は部屋の中にいても聞こえる叫び声に首を傾げた。


「…さっき聞いていたけど…」

 アリアは眉を顰めた。


「…避難した学生の中に…実家がこのドームで…両親も滞在していた子がいて…」

 アリアは言葉を探すように、慎重に言った。


 ウィンクラー少佐は納得したような顔をしたが、彼も悲痛そうな顔をした。


 両親がドームに滞在してたために…

 リコウはかつて見た、火星のゼウス共和国全滅の映像を思い出した。

 両親がいなくなった時のことだ。


 呆然としたが、リコウにとって確かに愛情はあったと思っても、両親は自分を教育するシステムの一部のような機械的なものに感じていた。


 自分は、嘆いても衝撃が大きすぎたな…

 そんな他人ごとに思いながら思い出していた。


「…どんな目的があっても…こんな残虐な行為が許されるはずない。」

 マリク大佐も悲痛そうな顔をしていた。


 リコウはこの中で自分だけがその知らせを聞いて表情が深刻になっていないと思った。


 ウィンクラー少佐もジュリオもユイもコウヤもマリク大佐も…


 いや、マックスとアリアは悲しそうな顔だが、他の人と何かが違う。

 アリアはリコウの顔に気付いて、そのことに顔を曇らせた。

 コウヤもリコウの表情に気付いたようだが、何も言わなかった。


「場所はあっても、人がいなくなれば、故郷を失くすようなものだからな…」

 マリク大佐は何か思い出すように呟いた。


「…故郷か…」

 コウヤはポツリと呟いた。


「…」

 コウヤとマリク大佐の呟きに、リコウとジュリオ以外の人間は俯いた。


「自分は…今はネイトラルの一部になったドームの出身ですが、このご時世ですから親戚親兄妹全員いなくなりました。血縁はいるかもしれませんし、ドームもありますけど…」

 マリク大佐は寂しそうに言った。


 マリク大佐の言葉はリコウには納得できた。

 両親ではなく、リコウにとって故郷はアズマが象徴的なのだ。


 改めて思うと、リコウはまた暗い気持ちになった。


 決して元に戻らないのだから…


「…あ、すみません…」

 マリク大佐は横にいるウィンクラー少佐を見て何か気付いたのか、慌てて謝った。


「気にしないでください…確かに、あなたの言うことは合っていると思う。俺も同じような身の上です。」

 ウィンクラー少佐は悲しそうに言った。


「故郷や両親も大事だが…今は何が大事なんだ?大佐」

 マックスはしんみりした空気に少しまどろっこしさを感じたのか、マリク大佐を問い詰めるように言った。

 いや、おそらく彼なりの気遣いだ。


 この空気を打破するためのものだ。


 マリク大佐やウィンクラー少佐はマックスの意図に気付いたのか驚いたような顔をしたが、直ぐに力強く頷いた。


「…嘆いている学生には、何も言えないが…悲しむことや苦しむことは……大事だ。別に悲劇が起きて欲しいわけじゃないが、悲しいことを悲しまずにいるのは苦しい。」

 マックスは口を歪めながら言った。


 マックスの顔を見てコウヤは何かを察したのか、悲しそうに目を伏せた。


「大佐は…軍人じゃない俺が言うことじゃないけど…今は故郷に思いをはせるんじゃなくて…死んだ部下のことを考えるのがいいと思う。」

 マックスはマリク大佐を一度見て、目を伏せた。


 マリク大佐は驚いて目を見開いている。


「…お前を責めるわけじゃないけど…じゃないと、死んだ部下が…俺は可哀そうだと思う。…あと、お前も可哀そうだと思う。」

 マックスは何かを後悔するように言った。

 おそらくが、彼の言葉はマリク大佐に向けているだけではない。


「シンタロウもコウヤも…お前らも俺も…故郷なんて…感傷的になっている場合じゃないだろ?俺はレスリーさんを助けたいし、そのためならこの脳みそフル活用は勿論体を張ることも厭わない。」

 マックスはマリク大佐、ウィンクラー少佐を順に見た後にリコウを見た。


「…まあ、昔話をするなとは言わない…お前らの過去は…凄まじいものなのはわかっているし、これから先に起こるであろう事態に過去が大きく関わることも知っている。」

 マックスは腕を組んで少し気まずそうに言った。


 どうやらみんなからの視線を集めて照れくさいようだ。

 それも期待や尊敬に近い視線だったのだから。


「マックスが体を張っても足手まといだろ」

 コウヤは呆れたように呟いた。

 だが、少し嬉しそうだった。


「例えだ。それぐらいの心意気でいると察しろよ。」

 マックスは鼻の上に皺を寄せて険しい顔をした。


「マックスがそんな話術を得ていたなんて、俺は知らなかったよ。」

 コウヤは少し小ばかにしたように言った。


 マックスは不貞腐れたように頬を膨らませた。

 だが、ウィンクラー少佐の方を見てそちらに駆け寄った。


「シンタロウ。故郷も過去もお前はこれから考えるだろう。けど、イジーを助けるなら、レスリーさんを助けるなら過去を思い出すのはいいが…決して、引きずられるな。」

 マックスは何か確信を持っているのか、ウィンクラー少佐の目を見てしっかりとした口調で言った。


「…ああ。…ありがとうな。」

 ウィンクラー少佐は嬉しそうに口元に笑みを浮かべて頷いた。


「…俺は、お前の協力者だろ。」


「…そうだったな。」


 ウィンクラー少佐とマックスは、なにやら二人だけにわかる話をしているようだ。

 それに関しては、コウヤ達は何も触れる様子もなく、分かっていることのように見ていた。


 その中で、ユイはマリク大佐と同じように驚いたように目を見開いていた。


「何だ?ユイ・カワカミ…」

 マックスはユイを横目で見た。

 そしてすかさずウィンクラー少佐の後ろに隠れた。


「本当に…変わったね。あの研究者とは思えないよ…」

 ユイはマックスを観察するように見た。


「過去を掘り起こすな。」


「だって昔話はいいって言ったじゃん。」

 ユイは得意げに言った。


「コウヤ。お前の彼女たち悪いぞ。」

 マックスはウィンクラー少佐の陰からコウヤに訴えた。


「全部聞いているから大丈夫。」

 コウヤは呆れたように言った。


 マックスの言葉でコウヤとユイの関係がわかった。

 そうか、恋人同士だったのか…


「「って…ええ!?」」

 リコウはコウヤとユイを交互に見た。

 ジュリオも驚いて叫んだが、彼は何故かウィンクラー少佐を見ている。


「何だよ…」

 コウヤは少し照れくさそうにリコウを見た。


「…彼女持ち…いけ好かない…」

 リコウは思ったままの言葉を発した。


「…俺…てっきりウィンクラー少佐とだと…」

 ジュリオは驚いたようにポカンと口を開けて呟いた。

 その言葉に、全員がジュリオに注目した。






『…第六ドームの被害は甚大で…生存者は100名弱と…』

 機内のスピーカーから流れる放送にハクトは愕然としていた。


「…嘘だろ。第六ドームと言ったら、規模は相当大きい…そんなのを…」

 ハクトは操縦席の背もたれに持たれながら呟いていた。


「…ネイトラル国民も沢山いる…これはネイトラルも黙っていられなくなった…」

 その隣でディアは眉を顰めていた。


「…一番攻め込みやすそうなゼウス共和国に見向きもしないのは不思議ね…まあ、まだ攻撃していないだけかもしれないけど、これだけのことができるなら今のゼウス共和国を消すのは容易いんじゃないかしら?」

 その後部座席に座るレイラは腕を組んでふんぞり返っていた。


「俺の直感ですけど…ゼウス共和国って…あの、今一番まともですから…その、テロリストの標的にはならないんじゃないですか?」

 カカがおずおずと手を挙げて言った。


「地連だって、今のトップはレイモンドさんでしょ?」

 レイラは前に座るハクトとディアに尋ねるように言った。


「それが…中々規模が大きい国はややこしいらしいな。父から聞いたが、総統の下では権力抗争が始まっているらしい。シンタロウ君の立ち位置もだが、フィーネの戦士の取り合いだ。リリーちゃんやモーガン君、イジーちゃんも大変らしいな。」

 ディアは両手を上げて言った。


「ネイトラルは平和だな…そう考えると…」


「どこがだ?あの狸おやじが私やハクトの知名度を利用してほぼ独裁状態にしているだろ。ただ、中立国というスタンスは変えていないのが救いだがな。」

 ハクトの言葉にディアが大げさに反論した。


「自分の父親でしょ…」

 レイラが呆れたように言った。


「だからだ。あの男が他人に心を開いているのは見たことが無い。…いや、ハクトの父には開いているな…」

 ディアは言いかけて直ぐに否定した。


「らしいな。父さんはナイトさんの話を色々聞いているらしい。」

 ハクトは頷いた。


「…とにかく、第六ドームの惨状を聞くとどうにかしないといけないと思うわよ。今の状況だと何よりも地連の情報が欲しいわ。できればシンタロウと連絡を取りたいけど…」

 レイラはディアとハクトを見た。


「マックスも心配だな…テロリストがどんな手段を持っているのか分からない。」

 ディアは腕を組んで頷いた。


「武器の装備にしても……一度ゼウス共和国に…」

 レイラは言いかけて言葉を止めた。


「レイラさん?」

 カカは横に座るレイラの顔を無遠慮に覗き込んだ。

「トイレですか?」

 更に遠慮のない言葉をリオがかける。


「そうだな…ゼウス共和国だ。」

 ハクトは何かわかったようで頷いた。


「マックスが目指すとしたらそこだな。…シンタロウ君の動き次第だが、少し考えれば、この件に関して安全圏がゼウス共和国だとわかるはずだ。」

 ディアも頷いた。


「「…ああ!!」」

 リオとカカも何か合点がいったのか、叫び頷いた。


 レイラはカカの顔を退かして、リオの頭を小突いてから前の席に座るハクトとディアの背もたれに寄りかかり、身を乗り出した。

「案内なら任せて。」

 レイラはディアとハクトに笑いかけた。


「…そうだな。」


「ああ。」

 ディアとハクトは笑顔で頷き、小型の飛行船の方向転換を始めた。

 五人は行き先をゼウス共和国に変更して進み始めた。



登場人物


リコウ・ヤクシジ:

第三ドームの第四区の大学に所属する学生。兄のアズマとは二人きりの家族。カワカミ博士によって新たなネットワークの鍵に設定される。アズマたちテロリストが扱うネットワークに対抗するための手段。


コウヤ・ハヤセ:

第三ドームの第四区の大学に所属する学生。「フィーネの戦士」の一人であり圧倒的な適合率と察知能力を持っている。


マウンダー・マーズ:

みんなに「マックス」と呼ばれる。若くて軟弱そうだが、ドールプログラム研究において現在のトップ。医者であり「フィーネの戦士」の一人。


シンタロウ・ウィンクラー:

地連の少佐。「フィーネの戦士」の一人であり、レイモンド・ウィンクラー総統の養子の関係。現在の地連にて最強といわれている。コウヤとは付き合いが長く親友である。元の名前はシンタロウ・コウノ。


アリア・スーン:

ユイと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」ではないが、関係者。コウヤとシンタロウと親友。リコウが一目ぼれした女性。


イジー・ルーカス

地連の中尉。「フィーネの戦士」の一人。シンタロウの精神的主柱。アズマたちに連れ去られる。


ユイ・カワカミ:

アリアと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」の一人。


ジュリオ・ドレイク:

従軍経験のあるリコウ達と同じ大学に通っていた学生。体育会系の体型をしている。標準的に「フィーネの戦士」を尊敬している。ウィンクラー少佐の外部部下と任命される。


カルム・ニ・マリク:

月所属の地連軍の人間。大佐。「フィーネの戦士」の一人であるリリー・ゴードンの上官である。テロリストの暗躍で部下を沢山失う。


オクシア・バティ

第三ドームの学生。ハクト達と同じ総合大学の生徒。襲撃時は別のドームに居て難を逃れた。カズキ・マツの甥で軍とは距離を置いている。タナ・リードから色々な話を聞かされた。


ルリ・イスター:

第三ドームの市民。リコウが常連になっている喫茶店の店員。彼に淡い思いを抱いており、それが暴走して外部に情報を漏らす事態になった。


レイモンド・ウィンクラー:

現在の地連軍のトップで総統。「フィーネの戦士」ではないが、作戦の責任者であった。ウィンクラー少佐を養子にとっている。



アズマ・ヤクシジ:

リコウの兄。地連の軍人で一等兵だった。第三ドーム襲撃の際、テロリスト集団「英雄の復活を望む会」を手引きし、自身もそのメンバーの一員だった。新たなネットワークの鍵でもあり、大きな脅威となっている。リコウ同様元ゼウス共和国の人間だが、ロッド中佐をはじめとした「フィーネの戦士」に対して異常なほど憧れている。



ハクト・ニシハラ:

第三ドームの大学に所属する学生。元地連大尉で「フィーネの戦士」の一人。ディアとは婚約関係。


ディア・アスール:

ネイトラルのトップであるナイト・アスールの娘。「フィーネの戦士」の一人。ハクトとは婚約関係。


レイラ・ヘッセ

「フィーネの戦士」の一人。ゼウス共和国に滞在していたが、事件をきっかけにクロスを探しに出ている。


ジョウ・ミコト:

ほぼ全滅状態のゼウス共和国を、単体で衣食住を確保できるほどまで成長させた現在のゼウス共和国の指導者。国民からの信頼が厚い。「フィーネの戦士」の一人。


カカ・ルッソ:

ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにリオと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。


リオ・デイモン:

ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにカカと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。



クロス・ロアン(クロス・バトリー)

「フィーネの戦士」の一人。第三ドームの大学に通っていた。三年前に死んだと言われているロッド中佐本人であり、本物のレスリー・ディ・ロッドとは協力関係にあった。シンタロウを妨害した黒いドールのパイロット。


タナ・リード:

第17ドームに滞在している男。ゼウス共和国の人間でレイラと因縁があるようだ。


ギンジ・カワカミ:

リコウを新たなネットワークの鍵に設定した人間。ドールプログラムの開発者の一人であり、「フィーネの戦士」でもある。現在行方不明。


レスリー・ディ・ロッド:

「フィーネの戦士」の一人で、クロスと入れ替わっていた。本人は生きているが、マックスと共にテロリストに襲撃され、その時にマックスを庇って捕まる。



ナイト・アスール:

ネイトラルの現在の指導者。ディアの父。彼女の婚約者であるハクトにとても好意的。


カサンドラ・バトリー(カサンドラ・ヘッセ):

ゼウス共和国を暴走させた独裁者ロバート・ヘッセの元妻。死亡したと公表されていたが実は亡命していた。



グスタフ・トロッタ:

かつてマックスと共にゼウス共和国のドール研究に携わっていた研究員。シンタロウと因縁があるらしい。三年ほど前から行方不明。


キース・ハンプス:

「フィーネの戦士」の一人で、元少佐。戦士たちの精神的主柱であり、今の地連軍だけでなく他国の者にも影響を与えた。カズキ・マツの最期の部下。


ユッタ・バトリー:

クロスの妹でカサンドラの娘。ゼウス共和国と地連の争いで命を落とす。


マイトレーヤ・サイード:

月所属の地連軍の人間。マリク大佐の部下。第六ドームの救援として来たがテロリストの暗躍により死亡。


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