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あやとり  作者: 吉世 大海(近江 由)
~糸から外れて~無力な鍵
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駆け違え

 

「……難しいな…」

 コウヤは無機質な天井を見上げて呟いた。


 コウヤは自室ではなく、戦艦にある医務室におり、そのベッドで横たわっている。


 そしてその横の椅子にはマックスが座っている。

「起きたか?コウヤ。」

 マックスはコウヤの声を聞いて、彼の顔を覗き込んだ。


「ああ。」

 コウヤはふらつきながらも起き上がった。


「無理するな。普通なら情報過多で頭をおかしくするレベルだろ。」


 マックスの言葉にコウヤは首を振った。

「マックス…そう言ってられないんだ。」


「何がだ?」


「完全にやられた。」

 コウヤはマックスを真っすぐ見ていた。


「え?」


「…イジーちゃんが連れて行かれた。」


「え?」

 マックスはその言葉に愕然とした。


「アズマが来たんだろうね…ヤクシジも打ちのめされている。シンタロウも…救援の戦艦もひどいことになっている。…ああ、相手を舐めていた。」

 コウヤは頭を抑えて歯を食いしばって口を歪めた。


「お前の判断は?」

 マックスはコウヤを真っすぐ見て訊いた。


「ルリちゃんの端末含め、情報漏洩の流れも…救援も全てこの誘拐のためだ。」

 コウヤはマックスを見つめ返した。


「そこまで周到な準備を出来る環境と、知識を持っているということだ。」


「攫われたメンツを見ても…テロリストの後ろの奴の目的はわかった。」

コウヤは断定するような口調だが、表情は複雑そうだった。


「目的…レスリーさんと、イジーだが…」


「本気で取りに来ようとしているのは、マックスもだ。」

 コウヤはマックスを指さして、深刻そうに言った。


「フィーネの戦士だから…」


「テロリストはそうだ。だけど、ドールプログラムは違う。」

 コウヤは首を振った。


「違う?」


「ああ。あと、何かずれを感じる。…テロリストとプログラム…それだけじゃない。何かがずれている。」

 コウヤは髪をかきむしった。

 だが、こんな時に限って、頭は働かない。


「ズレ…か。」

 マックスは腕を組んで考えこんだ。


「…一筋縄ではいかないのは確かだ。」

 コウヤはそう言うと、またベッドに寝っ転がった。


 やはり頭が疲れているのだ。


 ただ、頭には打ちのめされているリコウとシンタロウの様子が浮かぶ。


 親友と、自分と同じような道を辿りそうな後輩…彼らに自分は何を言えるだろうか?


「…やっぱり、キースさんに敵わないな…」

 コウヤは瞼の裏に浮かんだ一人の軍人の影を意識だけで追った。


 マックスはその言葉を聞いて黙って、また傍の椅子に腰かけた。


 二人だけの部屋、しばらくの沈黙の後

 ピーピー…という呼び出し音が鳴り、どこかからの連絡が入ったことを示した。


「…どうした?」

 コウヤに負担をかけられないため、通信機器を使ってマックスが応えた。

 マックスの声には警戒があった。

 まだシステムが乗っ取られているかもしれない上に、テロリストの影もあるかもしれないからだ。


『マーズ博士ですか?直ぐに治療して欲しい人がいます。』

 通信の相手は、味方だった。


 マックスは少し肩の力を抜いて連絡を聞いた。



 



 農業用ドームである第17ドームは、主に農地であり、建物と言えば収穫機材や作物を置く倉庫、それらを観察する中心地に監視用の機材を揃えた建物と数少ない住宅だけだった。

 その中の農地内にある貯水池の前にオクシアは立っていた。

 ドームの天井は夜を示している。


 汚染された大気では満足に見えない夜空だが、ドームの天井はそれを再現している。


 再現された人工的な月明かりに照らされ、オクシアは、つい数日前まで滞在していたタナ・リードのことを考え、そして自分の叔父のことを考えていた。


 いくらオクシアが世間と離れた生活をしているとはいえ、自分の通っていた大学のあるドームが壊滅状態にされたことで、テロリストの脅威はわかる。


「…なんで…」

 オクシアはわからなかった。


 タナ・リードという男は、おそらく人を動かしていた立場にいたのだろう。それは見ていればわかる。


 それに、オクシアの叔父である『カズキ・マツ』のことも知っていた。


 彼は軍の中枢に食い込む存在であり、さらには話題の『フィーネの戦士』にかかわりを持っている様子だった。


 そんな彼が、オクシアに伝言を頼んだことだ。


 オクシアは軍なんかに関わりたくない。

 テロリストについても自分たちは守られる側であり、どうにかしてくれる存在を待っているのが当然と思っている。


 そんなことタナ・リードは察せられるはずだ。

 このドームにいる学生は大半がそうだ。


 戦うよりも盾の中で守られたい。


 ただ、オクシアの中には別の感情もあった。


 叔父の意志が生きていることを聞いて…


「…知りたい…のか…」


 オクシアは知りたいのだ。

 叔父がどうして死んだのか、何を思ったのか、その意志を継いだ者達のことを

 フィーネの戦士たちを


 タナ・リードはそれを見抜いたのだろう。

 だからオクシアを引き込むようなことを話した。


 オクシアは知りたいから聞いていた。


「おい…バティ」

 放心したように立っているオクシアに声がかけられた。


 オクシアは驚くことなくゆっくりと振り向いた。

 そこにいたのは、オクシアと共にこのドームに滞在している学生だった。


 彼は同じ学部だが、彼は浪人して入っているためオクシアよりも年上だ。

 彼の名は確か“ナガオ”だったはずだ。


「やっぱり、住んでいたドームが破壊されたのは堪えるよな…」

 ナガオはオクシアの放心した様子がドームの破壊にあると思っているようだ。


「…まあな」

 オクシアは本当のことを言えるはずもなく、曖昧に頷いた。


「…あのおっさん…どうした?」

 ナガオはタナ・リードの行方を気にしているようだ。


「何か、用事があるようでいなくなった。」


「そうか…」


「そういえば、俺も作業に戻るよ。」

 オクシアはタナ・リードの面倒を見ていたため、それまでに行っていた学生達の農業ドームの手伝いを免除されている状態だった。

 だが、それが無くなるとオクシアは作業に戻るのが当然の流れだ。


「ああ。今は皆作業をしていないと落ち着かなくてな…」


「そうだろうな…」

 オクシアは叔父のことやタナ・リードとの会話があったから深く考えなかったが、他の生徒たちは自分たちの滞在していたドームが破壊されたことを知ってどうにもできない状態だった。

 それを誤魔化すように作業をし続けているのだろう。


「昔…俺も滞在していたドームが破壊されたことがあったんだ。」

 ナガオがぽつりと言った。


「そうなのか?…大丈夫だったのか?」


「俺は大丈夫だった。…ただ、行方不明になった奴や家族を亡くした知り合いもいるし、それをきっかけに軍に入ったやつも…」

 ナガオは何かを言いかけて、思い出したように言葉を止めた。


「?」


「…さっきな、“フィーネの戦士”の名前が公表された話を聞いたんだ。」


「そうなのか?全然知らなかった。」


「結構話題になったらしい。俺も知らなかったけど、さっき誰かが情報を見たらしい。」


「それが?」


「いや、俺さ、昔第一ドームに居たんだ。その時の知り合いの名前があったんだ。」


「え?」

 ナガオの言葉にオクシアは何かの繋がりを得た気がした。


「避難してから大学入っているから俺、二年浪人しているんだ。」


「浪人しているのは知っているけど、知り合いって…」

 オクシアはついさっき考えていたフィーネの戦士と自分の叔父の関係を、叔父の意志を間接的に継いでいる者達のことで頭が一杯だった。


「“コウヤ・ハヤセ”と“シンタロウ・コウノ”だ。あいつら同じクラスだったんだ。名前が変わっていたし、雰囲気も違っていたから気付かなかったけどシンタロウがあのウィンクラー少佐だったなんて驚いた。」

 ナガオは懐かしそうに目を細めていた。


「…その、その二人とお前は連絡を取ったりするのか?」


「え?」


「その…二人に俺を会わせてくれないか?」

 オクシアの頭には、タナ・リードに頼まれた伝言はもうなかった。




登場人物


リコウ・ヤクシジ:

第三ドームの第四区の大学に所属する学生。元々ゼウス共和国の人間だったが、3年前に両親を火星で亡くす。兄のアズマとは二人きりの家族。カワカミ博士によって新たなネットワークの鍵に設定される。アズマたちテロリストが扱うネットワークに対抗するための手段。


コウヤ・ハヤセ:

第三ドームの第四区の大学に所属する学生。リコウが通っている研究室の先輩。リコウからは苦手意識を持たれている。人の感情の変化を読むのに長けており、何やら不思議な力をもっているらしい。「フィーネの戦士」の一人。養母がレイモンド・ウィンクラー総統と結婚したため戸籍上ではウィンクラー少佐と兄弟になっている。


マウンダー・マーズ:

みんなに「マックス」と呼ばれる。若くて軟弱そうだが、ドールプログラム研究において現在のトップ。医者であり「フィーネの戦士」の一人でもあり「英雄の復活を望む会」から狙われる。


シンタロウ・ウィンクラー:

地連の少佐。「フィーネの戦士」の一人であり、レイモンド・ウィンクラー総統の養子の関係。現在の地連にて最強といわれ、実績もあり、有能で有望。ドールプログラムの声に苦しんでいる。コウヤとは付き合いが長く親友であり、さらに戸籍上では兄弟になっている。元の名前はシンタロウ・コウノ。


アリア・スーン:

ユイと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」ではないが、関係者のようだ。コウヤとシンタロウと親友。リコウが一目ぼれした女性。


イジー・ルーカス

地連の中尉。「フィーネの戦士」の一人。シンタロウの精神的主柱。アズマたちに連れ去られる。


ユイ・カワカミ:

アリアと行動を共にする女性。リコウ達の乗る戦艦に保護される。「フィーネの戦士」の一人。


ジュリオ・ドレイク:

従軍経験のあるリコウ達と同じ大学に通っていた学生。体育会系の体型をしている。標準的に「フィーネの戦士」を尊敬している。ウィンクラー少佐の外部部下と任命される。


カルム・ニ・マリク:

月所属の地連軍の人間。大佐。「フィーネの戦士」の一人であるリリー・コードンの上官である。


マイトレーヤ・サイード:

月所属の地連軍の人間。マリク大佐の部下。


オクシア・バティ

第三ドームの学生。ハクト達と同じ総合大学の生徒。襲撃時は別のドームに居て難を逃れた。叔父であるカズキ・マツを捨て駒のような作戦で失ってから軍とは距離を置いている。タナ・リードから色々な話を聞かされた。


ルリ・イスター:

第三ドームの市民。リコウが常連になっている喫茶店の店員。彼に淡い思いを抱いており、それが暴走して外部に情報を漏らす事態になった可能性がある。


アズマ・ヤクシジ:

リコウの兄。地連の軍人で一等兵だった。第三ドーム襲撃の際、テロリスト集団「英雄の復活を望む会」を手引きし、自身もそのメンバーの一員だった。新たなネットワークの鍵でもあり、大きな脅威となっている。リコウ同様元ゼウス共和国の人間だが、ロッド中佐をはじめとした「フィーネの戦士」に対して異常なほど憧れている。



ハクト・ニシハラ:

第三ドームの大学に所属する学生。元地連大尉で「フィーネの戦士」の一人。ディアとは婚約関係。


ディア・アスール:

ネイトラルのトップであるナイト・アスールの娘。「フィーネの戦士」の一人。ハクトとは婚約関係。


カカ・ルッソ:

ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにリオと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。


リオ・デイモン:

ネイトラル出身のここ数年で出てきた俳優。公私ともにカカと共に行動している。「フィーネの戦士」の一人。


クロス・ロアン(クロス・バトリー)

「フィーネの戦士」の一人。苗字を変えて第三ドームの大学に通っていた。シンタロウを妨害した黒いドールのパイロット。


レイラ・ヘッセ

「フィーネの戦士」の一人。ゼウス共和国に滞在していたが、事件をきっかけにクロスを探しに出ている。


ジョウ・ミコト:

ほぼ全滅状態のゼウス共和国を、単体で衣食住を確保できるほどまで成長させた現在のゼウス共和国の指導者。国民からの信頼が厚い。「フィーネの戦士」の一人。


レイモンド・ウィンクラー:

現在の地連軍のトップで総統。「フィーネの戦士」ではないが、作戦の責任者であった。ウィンクラー少佐を養子にとっている。


ナイト・アスール:

ネイトラルの現在の指導者。ディアの父。彼女の婚約者であるハクトにとても好意的。


タナ・リード:

第17ドームに滞在している男。ゼウス共和国の人間でレイラと因縁があるようだ。


カサンドラ・バトリー(カサンドラ・ヘッセ):

ゼウス共和国を暴走させた独裁者ロバート・ヘッセの元妻。死亡したと公表されていたが実は亡命していた。


グスタフ・トロッタ:

かつてマックスと共にゼウス共和国のドール研究に携わっていた研究員。シンタロウと因縁があるらしい。三年ほど前から行方不明。


キース・ハンプス:

「フィーネの戦士」の一人で、元少佐。戦士たちの精神的主柱であり、今の地連軍だけでなく他国の者にも影響を与えた。カズキ・マツの最期の部下。


レスリー・ディ・ロッド:

「フィーネの戦士」の一人で、元中佐。宇宙一の戦士と呼ばれ、若い世代を中心に敵味方関係なく崇拝する者が多かったほどのカリスマ性と存在感があった。3年前の作戦で戦死したと言われている。


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